つくられた密室(前編)
新作ショートショート・ミステリーでは密室に挑戦!
――事件発生!
の一報を受け、神奈川県警刑事部捜査一課の刑事、森倫太郎は相棒の石川肇と共に小田嶋家を訪れた。
森は五十過ぎ、広い額と虫のように跳ね上がった細い眉が頭の良さと意思の強さを現わしている。そして、薄い唇が彼の持つ酷薄な一面を暗示していた。
石川は四十代、小柄な森と並ぶと子供を連れて歩いているように見えてしまう。分厚い胸板に、えらの張った小さな顔が乗っており、頭脳派よりも肉体派の刑事といった感じだ。
森倫太郎に石川肇。刑事仲間から二人は文豪コンビと呼ばれている。森鴎外の本名が森林太郎で、石川啄木の本名が石川一であり、漢字は違うが同姓同名であることから、そう呼ばれているのだ。
「何でしょうかね? あれ」と森が言う。
住宅街の高い塀に囲まれた一角に小田嶋家はあった。
外からは高い塀に阻まれて見えないが、中は広々としていた。広い庭があって、モダンな家屋や手入れの行き届いた庭に不似合いな小屋が建っていた。
「さあ。別荘のつもりなんですかね」
規制線が張ってあって、警官が立ち番をしている。現場のようだ。
「現場のようですね。行って見ましょう」と森。
お洒落な邸宅に不似合いな掘っ建て小屋に見えたが、近寄ってみると、意外にしっかりとした造りであることが分かった。
入り口のドアを開けると玄関があって、廊下が横に伸びていた。左手側に廊下が続き、前は板壁になっている。壁の向こうに部屋があるのだ。学校の教室のような造りだ。目の前と廊下の向こうに二つ、ドアがある。部屋は二部屋に分かれていて、廊下で繋がっているのだろう。
森が玄関口でしげしげと廊下に置いてあったスリッパを眺めているので、「手前の部屋です」と教えた。
「奥にも部屋がありますね~」
「物置になっているようです」
「そうですか」
ドアを開ける。八畳ほどの広さだろうか。隣に面した壁と廊下側が板壁になっているが、残りの二面は窓になっていた。カーテンが開いていて、部屋は陽光で溢れていた。部屋には液晶テレビにゲーミングチェア、小さなテーブルと椅子が置いてあった。
廊下側の壁には本棚があって、ズラリとゲームソフトが並んでいた。どうやらゲーム部屋になっているようだ。ここなら誰に気兼ねもなく、ゲームが出来る。
「ここに死体があったのですね?」
「そのようです」と石川が説明する。
死んでいたのは、この家の女主人、小田嶋綾、三十五歳。入り口のドアノブにタオルを掛け、首を吊って死んでいた。部屋は密室。窓には鍵が掛かっていて、入り口のドアは綾が塞いでいた状態だった。
「死体を見つけたのは誰でしょう?」
「綾の夫、小田嶋宏士です。母屋で待機してもらっています。後で話を聞いてみましょう」
「そうしましょう。そうしましょう」と森は頷きながら、部屋の様子を見て回った。家具をいちいち、指差しながら確認して回る。部屋を出ると、入り口にあった靴箱をじっくりと見てから、玄関を丹念に観察した。
今度は外に出ると、中腰になって小屋から母屋まで地面を観察しながらゆっくり歩いた。そして、鑑識官を呼ぶと、いくつか証拠採取を頼んだ。
「なんでしょうね?」と森が言う。
「なんでしょうね。なんか、杜撰な犯人ですね。色々、考えが足りないような・・・」と石川が呟くと、「全く」と森が両手を広げた。
森が指摘するまでもなく、石川にも犯人の杜撰さが分かっていた。




