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忘却の彼方への旅  作者: JunJohnjean
第13章 帰国
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祇園



4(2)


 あくる年の四月、信太は京都の大学に復学。先ずは下宿探しに奔走する。やっと市内の下京区に下宿先が見つかる。ここから中心繁華街の四条河原町までさほど遠くない。この四条通りを真っ直ぐ東に行くと八坂神社の西楼門に突き当たる。京阪電車祇園四条駅から東の一帯を祇園と言うが、この祇園という名は平家物語の冒頭に出てくるので馴染み深い。


祗園精舎の鐘の聲、

諸行無常の響きあり。

娑羅雙樹の花の色、

盛者必衰の理をあらはす。

おごれる人も久しからず、

ただ春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、

ひとへに風の前の塵に同じ。


 祇園精舎というのは、インドでお釈迦さんが説法をし、仏教の修行僧が集って生活をしていた場所のことを言うので、信太はなぜそんな遠いところの名前を取って京都のこの界隈を祇園と言うのだろうと不思議に思う。


 次の諸行無常は「人生とは一瞬のもので儚いもの」という意味で、人は生まれて老い死を迎える。又、夜空に輝く数多の星も生滅を繰り返す。西洋ではヘラクレイトスの「万物は流転する(パンタ・レイ)」や英語の「エヴリシング・チェインジズ(全てのものは変わる)」に相当する。それにしても、信太は諸行無常と聞くと反対語の「永久不変」「常住不変」が無性に思い出されるのだが、なぜだかわからない。


 先の旅行で西洋人は信太が日本人だと知ると「サムライ」と言ったり、「武士道」と言ったりしたので、妙にこの二つの言葉が頭にこびり付いて離れない。大学では心身鍛錬のために運動部、それも武道系に入部を願うのだが、その中に真武士道部というのがある。刀剣が主要な武器だ。


 道場訓は次の通り。

一、 礼に始まり礼に終わる これ即ち基本精神なり

二、 相手を敬うべし

三、 呼吸法を学ぶべし

四、 相手の隙を狙うべし

五、 相手を斬るべし


 信太は三、四、五が精神修養というより技術的なものと理解するが、ともかく入部を申し込む。


 後日、疑問に思っていたことを先輩に問う。

「道場訓に呼吸法がありますが、なぜ必要なのですか?」

「人は生まれて死ぬまで呼吸から離れられないものだ。」


 そう言われてみれば確かにそうで、頷くしかない。

「隙を狙うというのがわかりません。」

「真剣勝負を前提としている。真剣であればあるほど相手の隙が見えて来る。」

「相手を斬るというのは何か物騒な感じがするのですが。」

「打つや叩くのではなく、斬るのだ。」

「はあ?」

「あっはっは。こう言うのもなんだが、そのうちわかってくる。」


 先輩の雲を掴むような話に信太は困惑するが、これら道場訓の目標は遠大な理想に向かう一里塚に過ぎないのだ。


 信太はからだを鍛え精神を強化するにつれ、帰国途中の機内で決意した再渡航の意志が固まる一方だ。


 前途洋々たる若者が夢を抱き行動するのを誰が阻めようか。


挿絵(By みてみん)

祇園を散策する


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