影
「・・・なるほど、王国が魔王に対抗するために大魔術を行使したわけか」
納得した私は、グラスに並々と注がれたワインを口に運ぶ。お気に入りのワインの香りに多少気分が回復した私は、続きを話すようにと目の前に男に目配せをした。
その男の外見を、一言で表すとしたら ”凡庸” であろうか?
どこにでも居る、そしてどこかで見たことがあるような個性の無い外見をした男。男は貧相な服を着たら農民に、武具を持たせたら武人に、豪華な衣装を着せたら貴族に見える・・・そういう訓練をつんでいる。
故にどんな場所にでもすんなりと馴染み、違和感を感じさせる事無く潜入することができる。
子飼いの密偵。名は無く、私は男のことを ”影”と呼んでいた。
「ええ、我が主。王国の秘術・・・異世界より救世主を召還する禁術です」
「異世界・・・か。ふんっ王国もなかなか残酷な事をする」
異世界から時空を超えて救世主を召還する秘術・・・噂には聞いたことがある。
人は次元の境界を突破するとき、まれに超常的な力に目覚める事があるという。王国に伝わるその秘術は、力に覚醒した者が現れるまで何度も異世界人を召還し続ける。
確率で起こる奇跡を数の力業で起こす神への冒涜。そして、召還した異世界人を元の世界へと戻す手段は今のところ確立していないそうだ。
つまり黒髪あの男が召還された異世界人、作られた英雄。哀れな事だ。あの男は自分が幾人の犠牲によって生まれた奇跡であるという事すら知らないのだろう。
「しかし主よ、何故王国はこんな手間のかかる儀式を行ってまで儀式を行ったのでしょうか? 魔王の軍勢を鑑みるに、わざわざ異世界人を召還するまでもなく、王国の軍だけで十分なのでは?」
影の言葉に、私は薄く笑う。
「そんな事は王国もわかっている・・・わかった上で勇者とやらを召還したのだよ」
「? つまりどういう事ですか?」
「正義や騎士道精神を謡っている王国だが・・・ただのきれい事だけであそこまで強大な国家はなりたたない・・・王国の表向きの国策とは別の、裏の顔を担う汚れ役が確実に存在する筈だ」
そう、それは帝国における鮮血伯爵・・・手を血に染め、恐怖の全てをその身に受ける自分のような存在が。
「ようは王国も先を見据えるものがいるのだろうさ・・・魔族と人間の大戦の・・・その先をな」
「・・・なるほど。なんとなく掴めてきました」
影が深く頷く。
彼は頭が良い、これ以上懇切丁寧に説明してやる必要も無いだろう。私は無言で彼にいくらかの報酬を手渡す。
報酬の金貨を受け取った影は、小さく一礼すると、音も無く部屋から立ち去っていった。
「人類の存続を脅かす ”魔王” と対峙するために、異世界からやってきた ”勇者” ね・・・まさに物語の一節のようではないか」
非憎げにそういうと、私は手元のグラスからワインを一気に飲み干す。
ようは王国も、やろうとしていることは我々と同じ・・・人類という種の頂点に立とうとしているのだ。
とはいえ、恐怖と力で世界を統べようとしている帝国とは違い、王国の作戦はいくらか平和的だ。
”魔王” を打ち倒す ”勇者” 。
そんなドラマチックな演出は、きっと民衆の心を掴むだろう。
自国の民だけでなく、供に戦った周辺諸国の民衆の心をも・・・・・・・・・。
勇者は崇め、奉られ・・・そして勇者を召還した王国は戦わずして、自動的に人類の頂きへと昇る・・・そういったシナリオなのだろう。
「幾分かスマートな作戦だ・・・が、私の性には合わないな」
その作戦には欠点がある。それも重大な欠点が・・・。
王国はソレに気がついているのか、いないのか。あるいは気がついた上で見て見ぬふりをしているのかはわからない、だが、明らかに見えている欠点を、この鮮血伯爵が突かないという事はありえないのだ。
私は薄く笑って、机の瓶を持ち上げ、空になったグラスにワインを注ぐ。
「さて、準備を始めようか」
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