鮮血伯爵
私は多くの才に恵まれて生まれてきた。
絵を書くのが得意だ。
キチンと勉強した訳ではないのだが、私は自分の見た風景をありのままにキャンパスに落とし込む事ができた。
楽器を弾くのが得意だ。
大概の楽器は、少し練習しただけで、まるで自分の手足のように操ることが出来た。私の奏でる音楽はあらゆる人を虜する。
勉強が得意だ。
小さな頃から本を読むことが好きで、屋敷にある書籍を貪るように読みあさった。軍略、哲学、数学、帝王学、文学。ジャンルは問わない。
そして何より、
私は
殺しが、得意だった。
◇
◇
「閣下!! 背後から敵兵が!」
血相を変えて叫ぶ側近の兵。
私は慌てふためいた彼を冷静な瞳で見据えると、一つため息を吐いてスルリと抜刀した。我が家に代々伝わる名剣 ”レベリオン”。数多の戦場で血を啜った肉厚の刃は、陽光を反射して鈍く光っている。
「死ね鮮血伯爵!! 貴様はここまでだ!」
くるりと振り返ると、そこには憤怒を顔に浮かべた一人の兵士。どこからこの陣営に潜り込んできたのかは知らないが、側近に気づかれるようでは、どうやら不意打ちは下手らしい。
殺意を込めた一撃を繰り出さんと刃を振り上げる敵兵。
しかし遅い。
遅すぎる。
私は無造作に剣を振るうと、相手が刃を振り下ろすよりも先に、その喉元を切り裂いて息の根を止めた。
信じられないとばかりに目を見開いて地面に倒れ込む敵兵。私は懐から布きれを取り出すと、刃に付着した血液を丁寧に拭う。
「下らんな、不意打ち一つまともに出来ぬのなら、なんで一人敵陣に侵入してきたのだ」
慌てて駆け寄ってくる側近の兵を、私はジロリと一瞥した。
「この賊はどこから忍び込んできた? まさかこの私が考えた陣に隙があったとでも?」
その言葉に、側近の兵は顔を真っ青にして、首を横に振った。
「ま、まさか・・・そんな筈はございません。閣下の陣はまさに難攻不落。決して・・・決して・・・」
「・・・・・・兵に厳重態勢を敷かせろ。我が軍の勝利は目前だ。これ以上つまらぬ茶々を入れられるのは辛抱ならん・・・・・・次は、無いぞ? この意味はわかるな」
「は・・・・・・はい!! 決して、決して今後このような事は!!」
フンと鼻をならすと、私はくるりと踵を返して自分用のテントの中に戻る。鉄製の兜を脱ぐと、凝り固まっていた首をゆっくりと回しながら簡素な椅子に腰掛けた。
敵軍は壊滅状態。対して自軍の被害は軽微・・・勝利は確定したも同然だった。
しかしこんな状況でも気分は高揚しない。
先ほどの横やりのためではなく、もともと私には勝利に対する執着など無かった。
何故なら・・・・・・。
私は一度も、負けたことなど無かったのだから・・・・・・。
◇
◇