第10話 潜入
「作戦はこうです。まずアルトさんの幻術で透明化しアジトに潜り込む。そして邪教徒を倒して制圧です!」
アルトリアを見つけたライネスとネロはローグの元に戻った。そしてアルトリアの透明化の幻術が他人にもかけられることが分かり、作戦を立てていた。
「ちょっと単純な気もするけどね〜」
「ふはははは!我輩に倒せぬ敵はいない!」
「決行は明日です!」
明日とは急な気もするが反対する者はいなかった。家が無くなったため、アルトリアとライネスは今日は野宿だ。早いに越したことはない。
「俺から言えることはないが、くれぐれも気を付けろよ」
ちなみにローグはこの作戦に参加しない。ローグは魔術協会に属しており、この作戦は規約違反になるため参加できないのだ。
その後一行は解散し、ネロとローグは帰っていった。
夜。ポー、ポーというふくろうの鳴き声が聞こえてくる。アルトリアとライネスは地に寝っ転がって月を眺めていた。
「……家、無くなっちゃいましたね」
「そうだな」
「……後悔、してますか?僕を弟子にしたこと…」
元々ライネスが腕輪を拾ったことが発端だった。ライネスに非はないとはいえ、巻き込んだのは確かだ。
「ふっ。この程度で第16代悪魔公爵である我輩が屈すると思うか!このくらい屁でもないわ!」
そう言って高笑いするアルトリア。その様子にライネスは安堵した。
「そうだ、今度僕にも幻術教えて下さいよ。僕弟子なんですし」
「ふっ、よかろう!師匠である我輩が特別に教えてやる!師匠!だからな!ふはははははぎゃあああああ!」
高笑いが途中から悲鳴に変わり、ライネスは驚いて飛び起きた。
「アルトさん!?どうしたんですか!?」
まさかまた敵襲だろうか。音はしなかったが、もしかしたら矢で射られたのかもしれない。そう思ったが暗くてアルトリアの様子はよく見えなかった。
「ぎゃあああああ!」
「アルトさん!大丈夫ですか!?」
もう一度呼び掛けると、何やらゴロゴロと転がる気配がし――
「虫が、虫が服の中にいいい!うわあああああ!」
「……アルトさん、よく今まで森の中で暮らせましたね」
人騒がせな、とライネスは呆れてため息をついた。
「ら、ライネス!我輩をこの憎き宿敵から助けるのだ!」
「僕、眠いんで寝ます。おやすみなさーい」
「こ、こら!寝るな!我輩を助け…ぎゃあああ!」
翌朝。ライネスは寝不足気味の目を擦りながらむくりと起きた。昨夜はアルトリアが大声で騒ぎ、ゴロゴロと転がりまくってライネスにぶつかってきたのであまり眠れなかったのだ。
「ふああ。おはようございます…」
あくびをしながらアルトリアを見ると、まだ呑気にいびきをかきながら寝ていた。
「アルトさん。起きて下さい。朝ですよ」
「ん〜。あと2時間……」
「……あ!アルトさんの頭上にでかい虫が!」
「ぎゃああああ!」
アルトリアは飛び起きた。もちろん虫はライネスの嘘である。
「ど、どこだ!ただちに殲滅せよ!」
「あ、やっと起きましたね。もうどっか行ったんで大丈夫ですよ」
「そ、そうか」
アルトリアは落ち着いたようで地面に座り、辺りを見回すと口を尖らせた。
「まだ薄暗いではないか。こんな早い時間に起こしおって。我輩は二度寝するぞ!」
「いやいや、普通の人はこのくらいの時間には起きてるんですよ。それに今日は作戦の決行日でしょう?いつまでも寝てられませんよ」
「む、むう」
アルトリアはまだ不満そうだったが一応納得はした。
そのときアルトリアの腹がぐ〜と音を立てた。
「腹が減った」
「う〜ん、食材も燃えちゃいましたからね。森にあるもので何とか凌ぐしか……」
2人は立ち上がり、食べられそうなものを探しに歩きだした。
あまり深くまで行くと危ないので、ライネスはあまり離れないように探索し、食べられそうな木の実や草を拾っていく。とはいってもライネスは元々街に住んでおり、冒険者でもなかったため食用かそうでないかは完全には見分けられない。そこは仕方ないので運と勘に身を任せた。
しばらく探索し、ある程度採れたところで元いた場所に戻ると、アルトリアが先に戻っていた。
「アルトさん、早かったですね……って、何ですかそれ」
アルトリアは両手に毒々しい色のキノコを握っていた。素人目にも分かる。どう考えても毒キノコだ。
「ふふ。いいだろう。あっちに生えていたのだ。これは魔力を多分に含んでいる。体力、魔力増強効果があるに違いない!」
自信満々に言っているが、そういう特殊な効果は一流の付与術師がポーションなどに付けるのが普通だ。いくら幻惑の森とはいえ、そこら辺に生えてる毒キノコにそんな効果が付いている訳がない。
「いやいや、そんな訳ないでしょう!というか増強どころか確実にお腹壊しますよ!」
「ふっ。これだから素人は」
やれやれ、とアルトリアは肩を竦めた。
「まさかそれ、食べないですよね?」
「何を言っておる!これは我輩の朝食だ!」
「いやいや、食べちゃ駄目ですって!お腹痛くなっても知りませんよ!」
「……む。何故そこまで言うのだ。はっ!まさかライネス、自分がちんけな草しか採れなかったからといって、我輩の朝食を狙っているな!?」
アルトリアは両手に持っていたキノコを慌てて懐に隠した。その様子を見てライネスは呆れてため息をついた。全然伝わらない。
「そんなの頼まれたって食べませんよ。もういいです、好きにして下さい」
「ふっ、分けないからな!」
その後二人はそれぞれ朝食をとった。もそもそと食べるが、あまり美味しくはない。というか草は苦くてまずい。ライネスは草は生で食うものじゃない、と学んだ。
「美味い!美味いぞ!」
一方アルトリアはそう言いながらむしゃむしゃときのこを食べていた。毒キノコはまずいと思っていたけど、味だけはいいのか、それともアルトさんの味覚がおかしいのか。そんなことを思いながらライネスはチビチビと草を噛んだ。
約束の時刻に街の中央広場に行くと、一足先にネロが着いていて待っていた。
「お待たせ」
「そんなに待ってないよ〜。そうだ、これライネスに貸してあげるよ〜」
ネロはどこからかメイスを取り出してライネスに渡す。
「いいの?僕なんかに…」
「いいよいいよ〜。それに武器がないと困るでしょー?」
「確かに…。じゃあ借りるよ、ありがとう」
ライネスはネロからメイスを受け取った。
「では皆の者、行くぞ!出陣だ!」
そう言うとアルトリアは意気揚々と歩き出し、ライネスとネロも後ろを着いて行った。
「うう、腹が…。腹が痛い……」
邪教徒の拠点の前まで来ていざ入ろうという時にアルトリアが腹を押えて呻きだした。
「えっ!大丈夫ですか?」
「大丈夫〜?」
ライネスとネロは心配そうにアルトリアの様子を伺う。
「うう、痛い。はっ、これは黒魔術協会の呪いかもしれぬ。我輩の力を妬んでこんな呪いを……くっ、やられた」
悔しそうに表情を歪めるアルトリアだったが、それを見るライネスは冷ややかな表情をしている。
「いや、確実に今朝食べたキノコが原因でしょう」
「キノコ〜?」
「そうだよ。アルトさん、絶対毒キノコだろって色合いのやつを食べちゃったんだ。それも2個も!」
それにアルトリアは心外そうに反論した。
「何を言うか!あんなに美味いものが毒キノコなわけなかろう!やはりこれは闇組織がしかけてきた呪い……くっ、不覚!」
闇組織だの黒魔術協会だのと設定が安定しない。やはり腹に相当ダメージを受けているのだろう。いや、設定があやふやなのはいつものことだったか。
「うーん。あんまり駄目そうなら今日の突撃は中止にしますか?」
「そうだね〜。こんな状態じゃ危険だろうし」
アルトリアがあんまり痛がるのでライネスは中止を提案した。作戦の要はアルトリアなので、彼がダウンしたら終わりなのだ。
「いや、ならん!このまま雪辱を果たせないなど言語道断!我輩は死んでも行くぞ!」
「いや、今日は止めるってだけで、また後日来ればいいじゃないですか。今無理しても辛いだけですよ」
「そうだよ〜。無理しないでー、アルト〜」
「ならん!このくらい屁でもないわ!」
何故か意固地になるアルトリア。断固として意思を曲げない様子に、ライネスとネロはアルトリアがいいならと作戦を実行することにした。
「じゃあ、行きますよ!」
「おおー!」
「うむ……」
透明化した3人は扉の前で最終確認をした後、ライネスが突撃を宣言した。ネロは勢いよく片腕を上に突き出し、アルトリアは弱々しく頷いた。
「……あ、あれ」
3人は先日ライネスとアルトリアが脱出した所から侵入しようとしていたが、そこには早くもドアが修復されていた。ドアノブをガチャガチャと回すライネスのこめかみに汗が一筋流れた。開かない。当然だが鍵がかかっていた。
(な、なんでこんな当たり前のこと思いつかなかったんだ僕!)
ライネスはガチャガチャとしながら後悔した。てっきりまだドアは修復されていないと思っていたのだ。
この作戦、穴だらけだった。
「どうしたの〜?」
いつまでもドアを開けないライネスを不審に思い、ネロは声をかけた。ライネスの額から更に汗が流れる。
(い、言えない。鍵のこと考えてなかったなんて……!)
しかしこのままでは埒が開かない。ライネスは覚悟を決めて振り返った。
「い、いや〜、実は、ちょっとドアが開かなく……」
て、と言い切る前に、ドアノブを握ったままだった手からカチャリ、と何か手応えを感じた。そのときライネスの袖口から僅かに見える腕輪が赤く光った気がして、ネロはじっと腕輪を見た。しかし一瞬のことだったため確証は得られなかった。
「……ん?」
ライネスは不思議な手応えを得たことに疑問の声を上げ、ドアノブを捻った。するとあんなにガチャガチャやっても開かなかったのに、ドアはキィ、と音を立てて開いたのだ。
「おお!開いた!よし、皆中に入ろう!」
ドアノブ壊しちゃったかな、とライネスは少し不安になったが、どうせこれから襲撃するのだからドアノブごとき些細な問題だと気付いて、気合を入れて中に入った。ネロもそれに続き、アルトリアは腹を押えて呻きながら中に入っていった。