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それから(エルリア)

 目を覚ますと見慣れた景色が見えた。

 自分の部屋にいることに気がつき、自分では戻っていないことを思い出した。

 ガバリと身体を起こすと、ラウラが横から顔を出した。


「お嬢様!起きられましたか」

「ええ…わたくし、どうやってここに」

「玄関口で気を失われたのを覚えてらっしゃいますか」

「なんとなく」

「疲れが出たのでしょう。お医者様は異常はないと」

「…そう、ラウラが運んでくれたの?」

「…いえ、その、フィルデン様が」

「ユーリが?そうだわ、ユーリ!怪我は?手当てはした!!?」


 ユーリの怪我の手当てをする前に倒れるなんて、なんてことだ。

 額からは血が出ていた。擦り傷もあった。大きな怪我でなければいいが。


「大丈夫です。きちんと手当てをされております」

「そう…よかった」


 手当てをされていたということでひとまず安心する。

 そういえばと窓から外を見ると日が高い。


「わたくし、どれくらい寝ていたの?」

「倒れられたのが昨日の昼ですから、まる一日くらいでしょうか」

「そんなに!?」


 ということは、今は次の日の昼ということか。

 そんなに疲れがたまっていたのだろうか。


「起きられたことを伯爵様に伝えてきます。それと飲み物と軽いお食事を用意いたしますね」

「ありがとう…」


 あの後ユーリがどうなったのか、クロベッドのバカ共はどうなったのか、知りたいことは沢山ある。

 けれど一番は、ユーリに会いたかった。


「体調はどうだ」

「ご心配をおかけいたしました。もう大丈夫です」

「まったく、お前は父に冷や汗をかかせるのが好きらしい」

「申し訳ございません…」


 面目もない。今回のことは自ら足を突っ込んだつもりは一切無いが、クロベットの怪しい動きをお父様に伝え忘れていたのは痛かった。


「クロベットについては確たる証拠が見つかったからな。こちらで処理をしている」

「さようですか」


 詳しく話を聞くと、クロベットと一緒にいたあの男、船大工であったそうだ。

 船大工と結託して船に隠し金庫を幾つも作り、整備所でそれらを取り出していたらしい。

 密輸された魔法具は複製品のため、それほど威力があるものではないが罪は罪。

 今、他にも前科が無いかを徹底的に調べているとか。


「最近特に怪しい状態であるのは分かっていたが、クロベットの船をいくら調べても何も出てこなかった。まさか船大工と手を組んでいるとはな」


 そう言って、お父様はため息をついた。

 船大工を信じ、船の整備を任せられなければ海には出られない。

 いくら裏切っていたのがお父様が長年信頼していた人ではなくても、船大工が裏切ったというその事実には胸が痛い。


「それと、ユリダリス君のことだが」

「はい」

「会いたいと言っている」

「こちらに来ているのですか」

「彼も事件に関わってしまったからね。ついでとばかりに手伝ってもらっている。どうせ王には報告せねばならない案件だ」

「お父様!ユーリは怪我をしているのですよ!!」

「心配ない。奴は丈夫だ」

「そういうことではありません!」

「で、会うか」

「…会います」


 会いたいと思っていたのだから。

 部屋で待っていると頭に痛々しい包帯を巻いたユーリが入ってきた。

 ソファから立ち上がり駆け寄る。手を伸ばそうとして、怯んでしまい伸ばすのはやめた。


「怪我は」

「たいしたことはない。擦り傷だ」

「そうですか…でも、無理はダメですよ」

「ああ。ありがとう」


 心配をするわたくしの言葉にユーリは嬉しそうに笑った。

 けれど、すぐに悲しそうな顔になった。


「心配をかけてすまない。もう、エリィに迷惑はかけない」

「え?」

「俺は、俺の気持ちばかりをエリィに押し付けてきた。エリィのため、そう思って行動をしてきたがそれがエリィを苦しめていたのに気が付かなかった」

「…ユーリ」

「だが、安心してくれ。俺は、もうエリィのことを諦める」


 何を、言っているのだろう。

 確かに、心配ぐらいさせろと言った。

 だってそれくらいしか出来ないから。

 それくらいしか出来ないのに、それ以上を求めて逃げだしてしまった。


「俺は、」

「嫌よ!」


 さらに言葉を続けようとするユーリを止める。

 逃げてしまったのはわたくし。弱かったのはわたくし。

 けれど、けれど、このままユーリと離れてしまえば心配さえも出来なくなる。


「わたくしは、貴方を運命だと思ったわ」

「………」

「運命の相手だって思った。けれど、それは間違いだと、王都での出来事で思い知らされた。貴方に裏切られたと思った。最後まで信じぬくことが出来なかった。貴方は悪くない。悪いのはわたくし」

「それは違う!」

「いいえ!わたくしは何もしなかった。運命だと思って自分からは何もしなかった」

「違う。俺が気がつかなかったのが悪いんだ。弟を、リュシアンのことに気が付かず、エリィなら分かってくれると甘えてしまった俺が悪い」

「違うわ。わたくしが悪いから、だから諦めるなんて言うのでしょう?」


 ユーリの前では泣くまいと思っていたのに、涙は思うようになってくれない。


「違う。違うんだ」

「なら何故、諦めるの…」


 わたくしはもう貴方を心配することさえ許されないのか。


「俺が傍にいることは、エリィのためにならない」

「わたくしのことを勝手に判断しないで!」

「エリィ…」

「お願いだから…傍に、いさせて」

「…いいのか」


 ユーリの手がそっと頬に触れる。

 その手に重なるように震える手を添えた。

 途端に力強く抱き寄せられてなれた温もりに包まれる。


「愛している」

「わたくしも」


 涙に濡れていたのに、受けた口づけは甘く感じられた。


 ◆ ◆ ◆


 それからのことを少しだけ話そう。

 結局、魔法具密輸という大罪の処理のためにユーリの王都へ帰る日はどんどんと延びていった。

 どうやら王都から色々と指示が飛んできているらしい。


「魔法が制御できるというのは、いつでもうまく使われるものだ」


 と、苦笑して少しだけ指示の事を教えてくれた。

 滞在時間が延びたため、街のあちらこちらでユーリといるところを見られ、街の皆には結局ただの痴話喧嘩だったのかと呆れられ、笑われた。

 あの時、ユーリの腕に絡んでいたのはラウラの友人であるケイトだった。

 店で売れっ子のケイトはユーリのことを聞かされていたけれど、興味が無く誘ったことはなかったそうだ。

 わたくしを心配し、ユーリを良く思っていなかったラウラは王都での話を聞いて、女に簡単に落ちる男だと判断したらしい。

 わたくしからユーリを引き離すためにケイトにユーリを誘惑するように頼んだのだとか。


「申し訳ありません」


 うな垂れたラウラはそれでも!と勢いよく宣言をした。


「私はお嬢様がどれだけあの方を信じていようとも、常に疑いにかかります!」


 わたくしは行き過ぎないように見張らなければと心の中で決心をした。

 ユーリと一緒にリーンおば様に会いに行くと訳知り顔で笑われた。


「お嬢も旦那も未練たらたらだったからねぇ」


 ジェンには会えていない。

 あれからすぐ、海へと出て行ってしまったのだ。

 ただ一言、「次があったら奪ってく」と書いた手紙を残して。


「また見ているのか」

「ユーリ」


 手紙を手にとって海の方向を見ていたら後ろからユーリが声をかけてきた。


「戻ってくるのは3ヶ月以上は先だから…」


 一度海に出てしまうと戻ってくるのは遅い。

 その男たちを待つ海の女は強いといつも思う。

 ふとユーリの顔をみるとユーリは不機嫌そうな顔をしていた。

 本当にユーリは表情が分かりやすくなった。


「どうしたの?」

「…いや、その」


 素直に言葉にするのも慣れてきたユーリが言いよどむ。

 首をかしげているとため息をついて白状をした。


「エリィが他の男を思っているのが嫌だ…」


 嫉妬をしてくれているのだという事実に胸が熱くなる。


「じゃあもう見ないわ」

「いや、友人を心配しているのだろう」

「でもわたくしはユーリが不機嫌になるのが嫌だもの」


 ニコリと笑えばユーリも笑い返してくれた。


「…実は、エリィに言わなければならないことがある」

「あら、なにかしら」

「当分の間、リアキャタフにいることになった」

「まぁ!」

「今回の事件はこの地に魔法を感知出来る者がいないことが根本的な原因だ。もし他国からもっと巨大な魔法具が来ても感知することが遅れれば大事になる。俺なら、感知も出来、そのようなことがあっても抑えることが出来る」

「そんな…それではまるでユーリが防波堤のようではないですか」

「それでも、俺はこの地に、エリィの傍にいられるならそれでいい」

「わたくしは、心配しますよ」

「ああ」

「ユーリが怪我をしたら泣いてしまいます」

「ああ」

「何かあったのではと不安になってしまいます」

「ああ」

「けれど、わたくしもユーリの傍にいたいです」


 そっと抱きしめられる。腕の中では不安は無い。

 しかしその腕はすぐに放されてしまった。そしてわたくしの前にユーリが跪く。

 手を取られ、真っ直ぐに瞳を向けられる。


「エルリア・フォン・リアキャタフ嬢」

「はい」

「俺と結婚して、そして婿にしてくれ」


 喜んでと答えようとして、固まった。

 ……婿?


「ダメか?」

「ま、待って。ダメじゃない。ダメじゃないけど、婿って」


 ユーリにだって侯爵家があるじゃないか。


「侯爵家なら大丈夫だ。リュシアンに継がせる」

「いきなりすぎて頭が追いつかないわ」

「まあ、その、手続きは全て済んでいないのだが…殿下の後見もあるし、なんとかなる」

「侯爵と夫人は」

「大丈夫。両親ならもう納得している」

「…貴方はわたくしを驚かせるのが本当に上手ね」


 出会った時から、驚かされてばかりだ。


「それで、返事は?」

「もちろん、喜んで」


 わたくしの返事に返ってきたのは何度目になるか分からない甘い唇だった。


 わたくしはユーリを運命だと思った。

 けれど、それは間違いだ。

 運命ではない。わたくしが自分から選び、決めたのだから。


最後までありがとうございました。

やっとハッピーエンドまでいきました。

続編を読んでいただいた皆様、短編へ感想をくれた皆様、ありがとうございました。

あとがきは活動報告にていたします。

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