1話
AQUTOPIAシリーズ5章目となります。渚珠たちと過ごすちょっと未来の時間をお楽しみください。今回は新ヒロイン登場のお話です。
「みんな、集まってくれ」
日曜日の朝食のあと、父親の呼び出しに、自分の部屋のベッドに寝転んでいた山野美桜は部屋を出ていった。
全員が再び集まったダイニング。地区の朝会から帰ってきた父親は家族を見回して口を開いた。
「この、L1-1棟は来年から全面改修に入るそうだ。居住者は一時的に別の場所に移るか移住という選択肢になるそうだ」
「一時的と言っても、全面改修になれば数ヵ月って訳じゃないよな」
美桜の兄も腕組みをしていた。
「そのとおり。少なくても10年近くのプロジェクトになるそうだ」
「この1棟はその間どうなるの?」
美桜には、この住み慣れた場所がどうなるのか気になる。
「一般的な居住者はほとんどいなくなる。作業員が居住区に入ることになるが、家族は近くの2や3棟に移ることになるだろう。外層も作業するそうだから、エアロックを使うような工事になりそうだ。どのみち、我が家も立ち退き対象になるだろう」
「そうなんだ……」
「美桜も、インターン終わったことだし、この先のことを少し考えてくれるか?」
「うん。分かった」
その日の話はそこで終わった。
「ちょっと出掛けてきてもいい?」
「あぁ、気を付けておいで」
美桜は家を出ると、自動走路に乗って、彼女の好きないつもの場所に向かった。
山野美桜、この春にミドルスクールを卒業。インターンを経て、正式に医師免許を取得した。
美桜の家族は医師一家だ。父親、兄も既に開業医として活躍しているし、母親も看護師だ。その末っ子の美桜は、当然のように同じ道を目指してきたのだが、その天性の素質は周囲を驚かせた。
インターンに入った直後から、分かりにくい断層写真から初期の病巣を見つけ出したり、患者の診察は丁寧で判断も的確だった。
父親の監督責任の元に手術室にも入って、オペにも立ち会ってきた。縫合などは間違いなく兄よりも上手だった。
インターン最後の頃は、特に女性患者については、美桜に任せて実績を積ませてもらっていた。
そんなこともあり、一家では一番の将来株とお墨付きを得てもいる。
「どちらまで行かれますか?」
センターポートに向かうエレベーターの場所に到着して、セキュリティチェックを受ける。
「0G展望台に行きます」
美桜は先日交付されたばかりの新しいIDカードを提示した。
「どうぞ。お気をつけて」
ゲートを抜けて、シースルーのエレベーターに乗る。
ぼんやりと外を見ている内にゴンドラが動き出し、だんだんと体が軽くなっていくのを感じる。
エレベーターを降りる頃には、また元のように歩けるようになったが、美桜が目指す先は、目立たない1区画だ。
「あ、美桜さん。いらっしゃい」
ドアには無重量展望台と書かれているが、あまり知られている場所ではない。
「今日はどうですか?」
「相変わらずガラガラですよ。ごゆっくり」
「うん、ありがとう」
扉を開けて、薄暗い部屋に入っていく。
足元がふわりと浮いて、美桜は横にある手摺を持ってそのフロアに入った。
「今日は向きがいいなぁ」
窓からの景色には、美桜が生まれる遙か以前、月と地球と呼ばれていたふたつの星、ルナ=モジュールとアクトピアが見えている。
美桜が暮らしている、L1-1棟と呼ばれる場所は、いわゆるスペースコロニーと言う種類の、いわば巨大な人工衛星だ。
美桜には少々難しい話だったが、L1とはこのアクトピアとルナ=モジュールとの関係からコロニーの設置に適した場所の名前だと言う。1棟とはここに最初に作られたコロニーと言うことだ。
約200年前、当時の地球を脱出し新天地を求めた人たちが、当時の最新技術を注ぎ込んで造り上げた永住型のコロニー。この1棟は車輪型と呼ばれるタイプで、自ら回転させることで人工重力を作り出す。一番外側の壁で、美桜たちが普段生活する1Gを作り出すため、円の中心はほとんど重力が無い。
そのため、重力を必要としない設備や、星間の発着ドックなどが置かれていた。また、小さいながらも展望台が置かれて、自由に観察することもできる。
とは言うものの、大体ガラガラで、美桜のように、気分転換に来る住人が多い場所ではあるのだけれど。
明かりは仄かに灯っているだけなので、美桜はぷかぷか漂いながらぼんやりと星空を見ていた。
「はぁ……、ここともお別れかぁ……」
さっきの話を思い出す。
確かに建造から200年も経っていることを考えて、常に改修はされているだろうが、根本的な部分から見直さなくてはならない部分もあるだろう。
永住型とはいえ、自然の星が母体となっている開拓型コロニーとは思想が違うのも仕方ない。
彼女の問題はそこではなく、この先美桜がどこで暮らして行くかと言うことだ。
形から入れば、美桜はもう一人前と認められている。居住スペースが限られているコロニーでは家族全員が一緒に暮らしているが、美桜が独立することも、規定上では可能だ。
「さすがになぁ……。テラはなぁ……」
彼女が危惧しているのは、山野家がこの先の居住地を、新しく開拓が進んでいる、昔、火星と呼ばれていたテラ=フィールドに計画をしていることだった。
もちろん、新しい開拓地となれば、医者は必須であり、この一家が入植すれば喜んでもらえるであろう。
唯一の問題と言えば、美桜自身の適応性だと思っていた。
美桜は昔から本当に優しい子だった。そのぶん少々気が小さいところがある。完成されたスペースコロニーの中では、彼女も自分の意思を出すことができるのだが、果たして新しい、まだ未完成の地に赴いて、暮らしていけるのか。自分が安心して働ける場所があるのか。
また、大好きな日光浴がテラ=フィールドではまだ出来ないし、屋内外共に、かなり光も弱くなっている。これも美桜に決心を鈍らせている要因だ。
「移民局で求人ないかなぁ……」
時間を見ると、まだ午前中。両親は病院に出ているし、兄は今日は用事があると言っていた。結局、昼食は自分で作らなくてはならないなら、外食しても構わないだろう。
「こんにちはー」
この移民局の庁舎は、先般の医師免許の登録で何度も訪れていた。
「いかがなされました?」
「実はですね……」
美桜は事情を話していく。
このまま家族と一緒に新しい場所に移ってこれまでのようにやっていけるのか。
「なるほど、美桜さんとしては、この近くのコロニーか、ルナ=モジュールとかと言うわけですね? ちなみにアクトピアはいかがですか?」
「アクトピアですか? 行けるんでしょうか? 私でも?」
「勤務先がアクトピアであれば、もちろんそれはあり得ますよ。条件に入れて構わないですか?」
「はい」
係の女性は、美桜のデータと、求人のデータを見比べていく。
「あらっ?」
突然、画面上にメッセージが表示される。
「どうしたんですか?」
「いえ……、よく分からないんですけど、本部に連絡をと出てしまいまして。結果は必ずお知らせしますので、お待ちいただけますか?」
美桜は礼を言って自宅に戻った。
「ただいま」
「おかえり。どこ行ってた?」
「お兄ちゃんは?」
「友達んとこ。ルナに移ることで話が進んでるんだってさ」
「私も……、移民局でお仕事探してもらってる」
「そうか……。確かにテラは美桜には厳しいところかもな。まだ事故もいろいろ起きてるみたいだし。美桜が安心して暮らせるところが他に見つかるなら、反対はしないぞ」
「うん。ちょっと探してみるよ」
美桜は家族全員の夕食を作りに、キッチンに向かった。
美桜が移民局を訪ねた週末の夕方、移民局の係員から連絡が彼女の元に入った。
『来月なんですが、この付近の医療関係者の共通説明会があるんです。共通の試験があるので、受けてみますか?』
「分かりました。やってみます!」
その後、願書が送信されてきて、美桜はサインをして返信した。
この瞬間、美桜の運命が劇的に変わることになるとは、美桜も彼女の家族も知る由もなかった。
「ついに来たか……」
「そうですね。もちろん、全員の合意が必要ですけれど」
モニターを見ていた二人はもう一度、その署名者を確認していた。
「連絡をお願いします」
「分かった。あの所長さんだもんな。大丈夫だろう」
キーボードの上を指が走り、宛先の欄には一人の少女の顔が表示された。
「松木所長さん、頼んだよ」
画面にメッセージ送信ダイアログが表示されて消えた。




