第89話 上級種格闘戦#3
俺は若干ハマっている壁から体を抜き出すと右手に電圧を集中させた。
そして、壁を蹴って一気に走り出す。痛みがアドレナリンで吹き飛んでいるうちに。
向かうべき相手は当然目の前にいる蜘蛛野郎。しかし、真正面から馬鹿正直に挑んでも意味がない。
「ケケケ、まだ足掻くか! いいぞ、もっとこい!」
蜘蛛野郎は指の間から糸を伸ばすとそれを両手で空を引っ掻くように横に振るった。
大きく湾曲してるくせにワイヤーより強度があり、細い糸が勢いよく迫ってくる。あんなものに当たったらバラバラ死体だ。
俺は移動スピードを加速させてその糸の内側へと入る。するとすぐに、蜘蛛野郎が再び横薙ぎに振るってきた。
その糸は湾曲しておらず、跳躍しても避けられそうにない。なら、スライディングしかねぇよな!
「ケケケ、いいね!」
俺がそれで避けた瞬間、一斉に糸の弾丸が襲ってきた。単純に振り回している糸よりも断然に速いそれは俺の体を掠めていく。
右手の篭手のおかげで顔面は防げたが、脇腹や肩は思いっきり被弾してる部分もある。
正直、痛みで止まりそうになったが、もはや自分の体の傷にすら顧みてる時間はない。
そして、俺が顔面から右手をはけて正面に向いた時、目の端で糸が伸びていることに気付いた。
それに気づいた瞬間、俺は戦慄が絶えなかった。
「オレばっかがくるんじゃねぇ。そんなに来たいならこっちから引き寄せてやるよ」
「っ!」
蜘蛛野郎が糸を引いた時、俺の右手はぐんっと勢いよく引き伸ばされていく。
右手首、右ひじ、右肩とそれぞれ脱臼しそうな壮絶な痛みが伝わり、それは数秒間続いた。めちゃくちゃ痛てぇ。
幸い、脱臼することにはなっていないが、それでも俺はほとんど無防備のまま蜘蛛野郎の間合いに入ってしまった。
蜘蛛野郎は引いた手とは反対の手を俺が間合いに入るタイミングで振りかざしていた。
あんなもん、当たった瞬間ジ・エンドだ。運よく生きていてもそこから動かせる状態には絶対になっていない。
だが、逆に言えばチャンスでもある。
俺はずっとこいつの間合いに入るために進んできたのだ。それにこの勢いも強烈な武器になる。
見極めろ。動きを、空気の流れを、相手の呼吸をその全てを視覚で処理しろ!
俺は両目にマギを手中させると右手に溜め込んでいた電気を足に流す。そして、その一部を糸を通して蜘蛛野郎にも電撃を浴びせていく。
その高電圧にやられたか蜘蛛野郎は一瞬硬直、されど糸は俺を吸い寄せる動きを止めない。
その一方で、俺は体を無理やり足を前の方に向けるように体の位置を調整する。
そして、その量足に溜め込んでいた電気を流し込み、少しの間でもまた電圧を上げていく。
「こなくそおおおおお!」
雄叫びをあげながら吸い寄せられるままに蜘蛛野郎の顔面に向かって両足を蹴り込んだ。
その一撃は確かな重さと速さでもって、蜘蛛野郎の頭を弾き飛ばし、体全体が反対向くになっていく。
俺の体は蹴った反作用で後方に跳ぶかと思えば、蜘蛛野郎の頭を打ち抜いたまま前方に進んでいく。
咄嗟に止めようと地面を足につけると勢いに脚が流され、前方にしばらく転がっていく。
しかし、チャンスはここでつぶすわけにはいかない。
すぐに走り出せる体勢になるとそのまま勢いよく走り出す。
そして、思いっきり跳躍、全身全霊の一撃を叩き込む。
「痛かったな、ケケ」
「!?――――――んがふっ!」
体を大きくのけ反らせた蜘蛛野郎と目が合った。
だが、俺の攻撃の方が速いと思っていると蜘蛛野郎は上方に向かって一気に引き上げられていく。
どうやら俺が顔面を蹴った時に頭上の配管にアンカーを飛ばしたようだ。その動きによって俺の攻撃は避けられた。
俺は勢いを殺すことが出来ずそのまま床につくと前に転がっていく。
そして、止まると這いつくばったまま動けなくなった。
「ああああああ!」
体中に意識が飛びそうな激痛が駆け巡る。指一つでも動かせばすぐにでも痛みが襲ってくる。今にも三途の川が見えてきそうだ。
動けやしない。全く動ける気配もない。というか、動かない。でも、動かなければ死ぬし、動いてももはや逃げ切れるかどうか。
体が動かなくなってきたせいでアドレナリンが切れてきた。やばい、痛みで死ぬ可能性すらある。
「ケケケ、なんだもう終わりか?」
蜘蛛野郎が頭上から落ちてきて俺の方を見る。その笑みはニタニタとして実にウザったらしい。
しかし、現状何も出来ない俺は睨みつけることしかできない。もちろん、そんなことでビビって止まる相手ではないのはもはや言うまでもない。
「思ったよりてこずった。雑魚かと思って一番最初に奪って行ったら飛んだ大外れ。でも、結局弱いことには変わりない。それにお前のアストラルは実に美味そうだ」
「くっ......なんだ、お前らは人の感情を食って生きているのか?」
「感情じゃない。それ全てだ。つまりは魂を食ってるんだよ。あんな風にな」
そう言って蜘蛛野郎は周囲に指を指す。すると、遠くの配管に何かがぶら下がっていた。
薄暗くて何かわからないが、断定できなくても推測は出来る。
あれは......恐らく人だろう。蜘蛛野郎に意識を割き過ぎて、周囲のことなど全然わからなかった。
何十人もの人がまるでマリオネットのように頭を垂らしてぶら下がっている。
あれがこいつらに襲われた人間の末路か? だとしても、絶対的に数が少なすぎる気がする。
「お前の言いたいことは大体わかってる。数が少なすぎるって言いたいんだろ? オレ達はお前達がここの場所を見つけ出すはるか前からここにいるしな」
「その理由を......んくっ......教えてくれるってか?」
「別に教えても構わないだろう。どうせお前はもうじき仲間入りするわけだしな。オレ達は食わず嫌いでな、一度美味いものを食っちまうとそれ以外食いたくなくなっちまう。だから、極上の魂を食った後はあんな風に......おい、食事の時間だ」
蜘蛛野郎はパチンと指を鳴らす。その瞬間、暗闇に溶け込んでいたのか多くの昆虫型ファンタズマが配管を伝ってゾロゾロ集まり始め、糸に吊るされた人間に群がった。
その後の光景は見るに堪えなかった。しかし、顔を背けることも出来ず、目を瞑っても聴覚が鋭くなったせいか近くのやつからゴキッとかバリッとか耳障りな音が響いてくる。
「やめろ......っ、やめろ!」
「今のお前に何が出来る? 動けなくなったお前はまだ命があるだけで、実質あいつらと変わらない。お前ら人間はほっといても勝手に増えていくだろ? だったら、少しぐらいオレ達の食料になってくれたって良いじゃないか」
......ダメだ。あからさまに話が通じるような相手じゃない。はなから人間を食料としか思っていない。
いや、そんなことはわかってた。分かっててなおこの中に飛び込んだんだ。
そして、その結果はこのザマだ。笑えねぇ。全く微塵も笑えねぇ。
「そして、お前も食料の一つ。だけど、普通の人間とは違うから、アレだな。お前は高級食材ということで、特別に全て食ってやろう――――――」
「俺の後輩を食料とはさせねぇよっと」
「ふぉっふぉ、この相手に生きてるだけで十分じゃわい。いや、攻撃も与えてるようじゃな。なら、尚更ようやったの」
まずいと思ったその時、上から二人の人物が降ってきた。その人物を警戒するように蜘蛛野郎は距離を取る。
その声は誰でもない俺の頼れる先輩と師匠である焔薙ぎさんと先生だ。
そして、焔薙ぎさんは大剣を、全身を装甲で包まれた先生は人差し指を向けると声を揃えて告げた。
「「さあ、(後輩/弟子)の落とし前つけさせてもらおうか!」」
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




