第81話 怪しげな五か所#5
病院での出来事にもう少しスマートにやる方法があったのではないかと落ち込みながら、俺は最後の目的地に向かっていた。
それは不自然にも取り残された廃工場。一見不良や暴走族のたまり場になっているような感じがしながらも、どことなく違和感があった場所だ。
偏見だが、深夜帯ともなればその連中らの活動時間ではないかと思われる。
故に、いてくれても面倒だが、いてくれた方が夜にその工場で不審な出来事が無かったという証明になり、あの壁に描かれていた怪しげな魔法陣みたいな絵もただの落書きとなるわけで。
「さて、誰かいるかな―――――とも思ったけど、予想通り誰もいないのね」
工場の敷地内に入るとわかっていたように何もなかった。昼間に見かけたバイクもそのままに、白い特攻服も野ざらしに置かれている。
やや熱ぼったい熱帯夜独特の空気感が辺りを満たすだけで見たところ変わった様子はない。
――――――誰かああああ! 助けてくれええええ!
「叫び声......!?」
その時、僅かな月明かりに照らされるほとんど真っ暗な工場内から男の人の叫び声が聞こえてきた。
すぐさま体に紫電を纏わせて、走り出す。月明かりが入らない工場内は懐中電灯を使って辺りを照らす。
――――――誰か、誰かああああああ!
「どこだ!」
また聞こえてきた。その声が聞こえてきた方向を懐中電灯で探っていく。しかし、反響してしまっているせいか場所の特定は困難であった。
「おーい! 誰かいるのかー! もう一度返事をしてくれ!」
「ここ、ここだー! ああ! 足に糸が絡みついてああああ! やめろ! どこへ連れて行く気だ! 放せ! 放せ!」
聞こえた男の人の声はかなり切羽詰まっている様子だ。しかし、その声のおかげで場所の特定が出来た。やはりというべきか、案の定というべきか声の方向は落書きがあった場所から聞こえる。
そして、懐中電灯で前方を照らしながら、急いで落書きのあった壁の方に走り出す。
俺が工場内に入って来てから丁度対角線上の位置から工場の外を抜けるとすぐに落書きがある壁を見た。すると、先ほどの声の主であろう金髪の人が壁に胸あたりまで飲み込まれている。
しかも、両腕や首に何重にも糸が巻かれていて、口も声が出せないように糸が巻かれている。
「んん!」
目が合った。まさしく「助けてくれ」と訴えている目だ。
俺はすぐさま走り出す。そして、飛び込むようにして肩まで埋まった男の人の手を握ろうとする―――――が、その前に男の人は残り全てを勢いよく壁に飲まれていった。
すると、その壁はまるで水面に広がった波紋のように僅かな揺らぎを見せる。そして、その揺れは段々と小さくなる。
「待て!」
勢いを殺しきれず地面を少し転がりながらもすぐに体勢を立て直すと壁に張り付いた。
その壁は案の定魔法陣が描かれた壁で、触れてみるが飲み込まれる感じはしない。ただの固いコンクリートの壁だ。
「くっそ!」
あとちょっとで、あと少し速く来ていれば手が届いたかもしれない。そして、救えたかもしれない。そう考えると自分の行動が悔やまれる。
そして、その怒りの矛先を魔法陣にぶつけるように固めた拳を壁にぶつけようとしたが......やめた。
それは俺に残っていた僅かな冷静な部分がそうさせた。
なぜなら、先ほどの人は飲み込まれただけでまだ生きているかもしれないから。それで自分が怒りのままに壁を壊してもう入れなくなってしまったら後悔するだろうから。
......なんとなくだが、感情をコントロールするとはこういうことなんだと思う。感情的になってもどこか一歩後ろから俯瞰しているような冷静、酷く言えば冷めた自分がいるから。
なるほど。あの教祖が俺達特務のことを「感情を殺した」集団みたいな言い方をしてたのはこれか。
怒りを抱かないわけではない。憎しみを抱かないわけではない。されど、そんな自分をどこか見つめるもう一人の自分がいる。その自分がコントロールしている。
そして、俺はそのコントロールの結果、感情的な行動を出して余計なことをせずに済んだかもしれないということか。
これは良いことも悪いこともありそうだが、少なからず今の俺にはありがたい。
「一先ず、二人に連絡しよう」
俺はそう呟いてスマホを取り出した。
数分後、スマホで簡単な事情を伝えると二人はすぐに駆け付けてくれた。
そして、俺が見つけた魔法陣的な絵を見ると二人は告げる。
「うわぁ、これはやばいね」
「ふぉっふぉ、こんな所に上級種の結界があるとはな。よもやいるのではないかと思っていたが......悪い予想は当たって欲しくないものだ」
「上級種? ということは、ここには化け物がいるということですか?」
「まあ、そういうことだななぎっち。それにこの魔法陣からして結界が張られている感じだ。入ったら最後、結界主を倒すまで出られねぇってことだ」
「それで凪斗君。ここに人が飲み込まれたと言っていたが、その数はわかるか?」
「俺が見たのは一人だったので。でも、ここは不良グループのたまり場的な場所だったんで、それなりに多い可能性もあります」
「善さん、今更被害者の数を割り出そうとするのは意味ないっすよ。俺達の発見が早ければどのみち被害は少なく済んだんですから」
「まあ、それもそうか。なら、これ以上被害が出ないようにさっさと倒すしかないの。それはそうと、ここで凪斗君に一つ問いたい。君はこれからどうするつもりだね?」
先生は優し気な口調でありながら、それでいて覇気のある目で俺に聞いてきた。
先生が聞いていることは単純だ。俺が後のことは先生に任せてこの場で帰りを待つか。それとも、一緒になって戦うか。
単純な戦力差から見れば俺は二人とは天と地ほどの差がある。だから、敵が手練ればかりであれば俺の存在は足を引っ張りかねない。それで致命的な一撃を二人が食らってしまえば目の当てられない。
実に合理的な、理知的な判断だ。実力のある二人ならやってくれる。そう思える。
しかし、それはあくまで俺の一個人の判断でしかなく、二人が必ず勝って帰ってくる保証はどこにもない。
もし俺という存在で勝てる見込みが、勝率が上がるというのなら俺は戦った方がいいのだろう。
そう結局はそこなのだ。俺がいるかいないかで勝率が大きく変わるとするならば、俺がどっちを選べばいいのか――――――
「なぎっち。そんな深刻そうな顔するなって」
「焔薙さん......」
俯きがちに考えていた俺の肩にポンッと手を置いた焔薙さんの表情は明るかった。
そして、焔薙さんは告げる。
「なあ、なぎっちはどっちにを選びたい? 戦うか残るか。別にどちらを選ぼうとも俺達は強くは言わない。否定もしない。だが、それが本心からの言葉であれば、だ」
「本心?」
「ああ、本心......それは合理や理屈に判断されずに自分色の感情のままに思った気持ち。まあ、簡単に言えば感情を司る俺達が感情によって判断するのは当然だろって意味。もしなぎっちの言葉に俺達の勝率だけで測って言ったならそんときは怒る。しかし、自分に素直になった気持ちで告げた言葉なら俺達は受け止める」
「そうじゃの。もし足手まといになるという心配をするなら問題ない。ワシらは早々のことがない限り君を助けることが出来る。それに君自身も足手まといにならないように頑張る。違うかい?」
「いや、違いません」
俺の決意は決まった。俺の心に、感情に素直になるのなら当然告げる言葉は一つだ。
「俺も一緒に連れてってください! お二人と一緒に戦いたいです!」
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