第82話 分断
「それでは行くぞ」
「はい」
先生はそう声をかけると壁に触れてマギを流していく。すると、先ほどまでただのコンクリートの壁が再び波紋の広がった水面のように揺れ始めた。
そして、その揺れが次第に大きくなると同時に泥沼に手を突っ込んだように手がスッと吸い込まれていく。
やがて先生の体は全て壁の中に入っていき、次に焔薙さんがその壁の中に入っていく。
「よし、俺も」
意気込みとともに恐る恐る壁に手を触れさせる。すると、少しドロッとした感じがした。咄嗟に手を引っ込めて見るも別に手に何かが付着していることはない。
俺はもう一度意を決して手を突っ込むと今度は体ごと押し込んでいく。そして、竜でを押し込んだ当たりで先に手がドロッとした感じから解放された。どうやら、そう深くはないらしい。
やがて顔が中に入り、数秒の暗闇の後に顔が壁から抜け終わると視界にはバカ広い空間が現れた。
その空間は工場内という風貌は全くなく、上下に広く伸びたいくつもの巨大な配管が繋がっているだけの空間。
そして、その空間の中央には巨大な柱が立っている。いくつもの配管はその柱に繋がっているようだ。
ついでに言えば、俺が立っている足場も配管の上だ。
「これは一体.......」
「これが全て結界で作られた空間さ。強い奴ほど特殊な空間を作ると聞いたが.......これは特殊じゃなくとも広すぎるな」
「結界の特殊性、大きさは結界を作り出したファンタズマの強さに比例する。故に、これほどまでの相手だとワシらが運よく勝てるレベルかもな」
「マジですか」
修行をつけてもらった二人だからわかる。この二人は俺なんか屁でもないほど強い。かすり傷すらつけれないほどだ。
その相手が「運が良ければ」というのは冗談でも何でもないのだろう。うわ~、やべぇ怖ぇ。でも、自分の意志でここに来たんだろ。ならば、気張れ俺!
「それじゃあ、とりあえず進もうかの――――――と思ったが、どうやら客さんをお出迎えに来たようじゃ」
先生にの言葉のすぐに上から大量のファンタズマが降ってくる。その中に上級種は見られなかったが、そのほとんどが中級種だ。
すると、その3対多勢という構図に対して先生はほくそ笑むと告げた。
「そういえば、凪斗君には見せてなかったの。いいかい? アルガンドはたとえ防御タイプがあるが、それが決して防御だけとは限らない。それを見せてやろう」
先生はそう言うと両腕に白銀の篭手を装着し始めた。それは当然、マギで具現化したものだ。
そして、焔薙さんは身の丈以上の巨大な大剣を作り出し、それを肩に担ぐ。
タイプ的に言えば、焔薙さんが攻撃特化型の武器で、先生が防御型の武器ということになるだろう。いや、恐らく甲冑の篭手だけ抽出した感じだから防具の方がいいのか?
どちらにせよ、先生の篭手からは焔薙さんの大剣に負けず劣らずの強いマギを感じる。肌が若干鳥肌が立つ感じに。
感覚で理解した。あれはたとえ殴打攻撃であっても決して食らってはいけないものだと。
「行くぞ!」
先生の掛け声とともに二人は走り出す。その少し後ろを送れて俺は走っていく。
中級種のファンタズマが正面からぶつかりに行く。そのどれもが何かの昆虫だ。ということは、やっぱり今回の敵は昆虫ということなのか?
走っていく先生は増強した筋力を活かしながら、大きく右拳を振りかぶる。そして、焔薙さんはその場で跳躍すると大きく体を逸らしながら大剣の絵を両手で握る。
―――――――ドゴオオオオォォォォン!
一瞬の爆発と同時に二つの強烈な爆風が俺を襲った。
一つは先生が放った右ストレートによる強烈な爆風。あれはもはや拳圧と呼べる攻撃ではなく、まるで横に吹いた竜巻のようなものだ。
そして、二つ目は焔薙さんが配管に叩きつけた巨大な大剣による火炎。直撃した瞬間に巨大な火柱が立ち、周囲に熱波を放った。正直、こっちまで熱かった。
その二つの爆風が合わさり、少しの間だけちょっとした火炎旋風みたいなのが出来ていた。その二撃にして、3つの攻撃は一瞬にして多くの中球種を灰と化した。
「ギーギーッ!」「キュイー! キュイー!」「グガーゴゴゴ! グガーゴゴゴ!」
俺はどこかで「俺は何をすればいいんだ?」と思っているとすぐに追加注文がやって来た。多くの中球種が独特な鳴き声を上げながら、再び配管の上から降ってきて、俺達に襲いかかる。
今度は俺も参加だ。咄嗟に前に飛び込んで上から降ってきた奴を避ける。すると、巨大なダンゴムシであった。
そのダンゴムシは回転しながら落ちてきたのかすぐさま回転した巨体を俺にぶつけてくる。
それをすぐに避けると通り過ぎざまに電撃を浴びせるように殴りつけた。すると、ダンゴムシの巨体は横に傾いてそのまま配管の下に落ちていった。
俺がその方向に目を向けていると体の正面から強い気配を感じた。そして、咄嗟に顔を振り向くとその相手は巨大なハチであった。オオスズメバチだ。
そのハチは空中と言う有利を活かしながら、尻尾についている針をマシンガンのように飛ばしてくる。従来のスズメバチのように一発刺したら終わりじゃないところが、昆虫とファンタズマの違いだろうか。
「くっ!」
俺は速度を活かしてその攻撃を避けていく。たとえファンタズマといっても、虫の特性を持っている以上はあの針にも毒があるはず。
明らかに俺よりも大きな体をしている相手だ。当たれば毒で即死、掠ってもかなり不味いことになるだろう。
となれば当然、当たらずに攻撃するということになるのだが、あの野郎常に一定の間隔を保って俺が跳躍した時の隙を狙ってやがる。だが――――――
「なんにも対策しなかったわけじゃねぇぜ。一度空中の敵相手に痛い目遭ってるからな」
俺は後方に下がりながら右手をサッとハチに向ける。そして、その右腕に雷を集中、増幅させていく。
それから、一気にバヂンッと放った。
「ギュルルル!」
俺の右手から放たれた電撃は一瞬に数メートル離れたハチに直撃し、感電させていく。すると、ハチは感電し、その身を一瞬にして丸焦げにすると落下していく。
中級種相手も一撃で落とせるならば威力は上々と見ていいだろう。まあ、それまでに少しチャージしなきゃいけないが。
「ほう、やるな」
「!」
流暢な声。されど先生とも焔薙さんとも違う低い声。そして、先ほどのハチよりも重圧のかかる気配。
俺は上を見ることもなく飛んだ。そして、その数秒後、巨大な配管がバギッと折れた。
折れた配管の傾斜はみるみるきつくなり、まともに立っていられないほどになっていく。咄嗟に体に電流を流しながら配管に爪を立てると止まることが出来た。
爪を立てても何も意味はなかったが、どうやら俺の電流が金属の配管と電磁石的なのを起こしているみたいで止まることが出来た。
咄嗟に落ちないように足掻いただけなのだが、まあ結果オーライと言えよう。
「大丈夫か!」
「大丈夫です!」
折れた反対側の配管(柱付近)に先生と焔薙さんの姿が見える。やっべぇ、分断のされ方をしたようだ。
そして、その配管を叩き割った張本人は割れ目に両腕で捕まり、さらに腕を組んでいる。要するに腕が4つあるのだ。
それから、特徴的な先が広がった一本角。あれはカブトムシだ。ただし、その見てくれは人間に近い。
「よそ見はいけねぇなぁ」
「!」
背後から声が聞こえる。俺よりも傾斜の上にいる何かだ。その何かもあのカブトムシっぽいのと同じ強い気配を感じる。
俺は脚を引き戻し、その場で跳躍した。その瞬間、俺のいた場所はスパンと斬り落とされていく。何だ? 何が起こった!?
「僕の獲物は君だぁ」
「なっ!」
蜘蛛の体に蜘蛛の頭。それでいて、ケンタウロスのように人の胴体をつけた蜘蛛らしきものは手から糸を飛ばすと俺の足に巻きつけた。
そして、そのまま配管から真下の底が見えない暗闇に落ちていく。俺は糸ともに引っ張り落ちていく。
「凪斗君!」
「なぎっちいいいいいぃぃぃぃ!」
ベテラン二人の言葉が反響していくのを耳にしながら、俺は落ちていった。
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