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御前会議2*

***



 その声に、私もみんなも少し驚いて彼に目を向けた。

 そういえば、いつも会議が早く終わったときは、みんなが雑談しててもさっさと出て行ってしまうのに、今日はまだここに残っていた。


 一体何を話すつもりなんだろう。

 発言を許可して彼の挙動を見守っていると、


「『世界機構』からの通達の件では、みなに手間と時間を取らせてしまい、申し訳なく思っている」


 ユートレクトはそう言って頭を下げた。


「今回の件は、私自身の至らなさが招いたもの、これ以上みなの手を煩わせるわけにはいかない。

 連日、通達への対応策を検討してくれているようだが、今後そのような会合は持ってもらわなくて結構だ」


 この前……通達が発表されたその日の夜、『世界機構』に書簡を出すのはやめておけと言われたし、この件については自分でかたをつけるとも言っていた。


 また私たちに壁を作るのかと思うと寂しい気持ちになったけど、みんなに向けて『俺』ではなくて『私』と言ったことに、決意の固さを見たような気がして、反論の言葉を喉の奥に押し込めた。

 私が……みんなも黙っていると、


「そのようなこと、お気に召されるな。われわれは宰相閣下の御身が心配で……ただそれだけなのですじゃ」


 ベイリアルが私とみんなの気持ちを代弁してくれた。

 でも、ユートレクトの返答は予想していた通りだった。


「ベイリアル卿の厚意はありがたいが、今回の出頭を免れることはできないと思っている」

「そうですな、まことに残念なことですが」


 部屋の空気が凍りつくような音を立てたような気がした。

 まさかそんなことを言う人がいるなんて思わなくて、誰が縁起でもないことを口にしたのかと、声の主に目を向けた。


「ホルバン、きさま何をぬかしておるか!」


 トゥリンクス将軍が真っ先に怒声をあげたけど、ホルバンは歴戦の勇者の威嚇にも動じなかった。大きな手をあごの下で組むと、いたたまれない思いを込めた眼差しでユートレクトを見た。


「さすがは宰相閣下、既にご存知でおられたご様子。私が知ったのは昨晩でした。今日の対策会議の折、姫さまとみなに報告するつもりでいたのですが」


 ホルバンは時間をお借りしてもよろしいですかな、と申し出た。断る理由はどこにもなかったから、すぐに頷いた。どうしてそんなことを言うのか、早く教えてほしかった。

 ホルバンは両手を卓の上におろすと、自分の言葉を噛み締めるようにゆっくりと話し出した。


「宰相閣下がこの度の出頭を免れぬのは、結論から申し上げると、『世界機構』は国家元首以外の人間ならば誰であれ拘束・処罰できる権限を持っているからです」

「恐れながら、そのような規約が『世界機構』にあったとは、聞いたことがありません。それは……不文律ですか」


 温和なザバイカリエにしてはとても珍しいことに、声が微かに怒りで揺れていた。

 不文律……明文化されていない『世界機構』に存在する暗黙の慣習を忌まわしく思っていることは明らかだった。


「さよう、昨今ではあまり知られておらぬようだが、この慣例ができた背景には、宰相閣下も関わる歴史があってな……」


 重々しい空気が部屋の中を支配していた。先ほどまでの浮かれた空気はどこにも残っていなかった。


「『世界機構』は、君主制の国家が中心となって創設された組織だ。

 それゆえ、創設時には皇族と王族すべてに出頭を拒否する権利が与えられていたのだ。

 皇族と王族ということは、それ以外の国家元首……例えば平民出の共和制国家の国家元首や、北方地域の領主たちには、拒否権はなかったのだがな。

 これは不文律ではなく、創設当初の『世界機構』の規約に記されておる」


 皇族と王族がみんな、今でも『世界機構』からの通達を拒否できたんなら、ユートレクトもまだ一応ローフェンディア皇族だから、今回の出頭に応じなくても、強制連行されることはなかったってこと。

 だけど、皇族だから、王族だからって、特別な権限を与えられること自体、おかしいことだと思う。


 国際的中立機関である『世界機構』の成り立ちが、最初から今みたいな公正なものではなかったことに、少し幻滅しかけて……今でも公正な機関だとはとても言えないことを思い出した。


「その制度が廃止されたのはおよそ100年前、ローフェンディアの皇妃が、私怨によってバークランド共和国の国家元首を暗殺するという事件を起こしたからだ。

 明らかに黒幕は皇妃だということはわかっていたのだが、皇妃は拒否権を行使して『世界機構』の出頭命令に応じなかったのだ。

 当時、バークランド共和国の国家元首は国際的にも人気があったゆえ、ローフェンディアの権威はこの事件をきっかけに一時失墜することになったのだが……」


 みんなが声にならない声をあげたような気がした。どうして制度が変えられたのか、みんなもわかったからだと思った。


「この事件がきっかけとなって、皇族・王族とはいえ処罰を与えなくてはという意見と、皇族・王族以外の者の身柄も保証すべきだとする主張がぶつかることになった。

 その結果、折衷案とも言える不文律……すべての国家元首は告発・拘束しないという今に残る暗黙の規約ができたのだ。

 この事件以後、国家元首以外の皇族・王族は『世界機構』の拘束を免れることができなくなったのだ。なんとも皮肉としか言いようがない」


 ユートレクトが拘束を免れないのは、彼のご先祖さまが引き起こした事件のせいだというのが皮肉だった。

 でも、それ以上に当時の国家元首たち……君主制、共和制どちらの国家元首たちも、自分の身だけを守ろうとしていたことが知れて、その浅ましい根性に怒りを覚えた。


 どうして自分たちを守る制度を、明文化しないで不文律にしたのか。


 自分たちだけを守るように規約を変えたとあっては、他の王族や自分の部下たちに言い訳できないからだ。

 そう考えていなかったら、不文律にしたりしないはず。

 本当に必要な制度だと思っているなら、堂々と規約として載せておけばいいんだもの。


 こんな根性が土台になって運営されていたら、公正な機関になるわけがない。


 知らなかった自分にも腹が立ったけど、『世界機構』のことは、ひととおり教わったはずだった。

 なのに、今までこのことを知らなかった……ホルバンや他の重臣たちですら知らなかったのは、こういう都合の悪い情報はすべて、部外者には簡単に目に触れないようにしているからに違いなかった。


 アンウォーゼル捜査官やキアラさんたち一般の職員も、きっとこんなこと知らないに違いない。だからこそ『世界機構』の下で一生懸命働けるのだと思う。


 今は直接『世界機構』の運営に国家元首が関わることはない。

 けど、その権力を悪用している人がいることは、昔も今も変わりがないようだった。



****



「だが、この度の通達はどう考えてもおかしい。

 通達の発令者も、フォーハヴァイ前国王の息のかかった者だというではないか。おっしゃるような不文律があるとはいえ、横暴すぎる。このようなことが許されていいものか!」


 トゥリンクス将軍がもっともなことを口にしたけど、現実に通達が発令されてしまったことは変えられない。


「事ここに至ってしまっては……あの通達も、わが国を陥れようとしている輩が関わっていると見て、間違いあるまい。だとしたら、どのような暴挙もありえるというもの」


 ホルバンの口調は苦々しくて、認めたくないことを自分に言い聞かせているようだった。


「書簡による抗議も難しく、かといって他国に支援を願い出るわけにもいかないとなれば、本当にいかがしたものか」


 ベイリアルがしわの多い顔により一層しわを刻ませた。


 私はユートレクトに聞いたことを全部みんなに伝えていた。

 だからみんなも、『世界機構』に書簡を出しても望みが薄いこと、他の国には支援を頼れないことを知っている。


 その発言に何かを思いついたように、ザバイカリエが卓に向けていた顔を上げた。


「そうです、アンウォーゼル捜査官のお力をお借りして、『世界機構』にあの通達を取り消してもらうよう、職員たちに呼びかけてもらうことはできないでしょうか?

 われらの嘆願を受け付けなくとも、同じ組織の人間の非難を浴びれば、あるいは」


 この提案は始めてのものだった。みんなの表情が明るくなりかけたけど、完全に笑顔になることはできなかった。


 今まで黙っていたユートレクトが静かに口を開いた。


「通達の内容は、発令された以外の人間が知ることは許されない。たとえ同じ『世界機構』の職員であってもだ。

 通達の内容を事前に知るのは、発令者と関係者数名のみと言われている。

 そのようなものに対して抗議行動を起こせば、職員たちもアンウォーゼル捜査官も、罪を免れないだろう」


 何も知らなかったら、アンウォーゼル捜査官に不信感を抱いていることは、少しも感じさせない口調だった。


「私がなにより懸念しているのは、みなの生命だ。

 先日よりアンウォーゼル捜査官も公的に任務を開始している。

 フォーハヴァイ前国王派とペトロルチカの当面の攻撃目標は私らしい。

 私を救うような行動を取れば、私より前にみなが彼らの報復を受けることも考えられる。

 今は誰一人欠けることなく、この国を守ることが最重要事項だと考える」


 その言葉に、私は主君としてみんなを守らなくちゃいけない立場にあることを改めて自覚させられた。


 考えてみれば、センチュリアを陥れるのだったら、私やユートレクトだけじゃなく、みんなにだって危害が加えられる可能性があったのに、今までそのことに気がつけなかったなんて。そう思うと背筋が凍る思いがした。


 ユートレクトのことは確かに心配だけど、これ以上みんなに危ない橋を渡らせることはできない。

 自分で気がつけなかったのは情けないけど、気がつけたのだもの、すぐにでも考えを変えるのは間違いじゃないはずだった。


「ですが、このままではあと僅かで宰相閣下が『世界機構』に拘束されてしまいます。

 誰一人欠けぬためには、あのいまいましい通達をどうにかしなくては。袖の下でも使えるものならば、使ってやるものを」

「奴らには即効性のありそうな名案だな、カルガート卿」


 本気とも冗談ともつかない声でユートレクトは笑ったけど、目は鋭さを増していた。


「先ほどホルバン卿が説明してくれたとおり、今回私の出頭は免れない」


 声が止まった。何か言いかけて止めたような気がして黙っていると、


「私が真に処罰されるべき人間であるか、弁明することは何もない。

 だが、私を信じてくれる人が一人でもいる限り、私は必ずここへ戻ってくる、約束する」


 もちろんですとも、信じてお待ちしております、などというみんなの励ましの言葉を聞き終えてから、私は口を開いた。


「というわけだから、通達の対応会議は今後開かないわ。

 けど、業務上で何か情報を得たら、必ず私に報告すること。

 それに、これからは行動にも気を配ってほしいの。

 絶対に一人で……複数でもだめだけど、『世界機構』のことを調べたり、無茶はしないで。いいわね。ユートレクト、あなたもよ」


 みんなが神妙な面持ちで頭を下げるなか、偉そうにこちらを見据えてる約一名を最後に名指しして、私は自称華のような笑顔を見せてやることにした。




「なぜこの出張報告書が要再提出なのだ」

「当たり前でしょ、なんなのこのふざけた書きっぷりは」


 無事御前会議が終わり、今は昼食時間に入っているのだけど、私はまだ会議が開かれていた『青雪の間』にいた。


 会議終了直後、さりげなくユートレクトの持ち物に紛れ込ませた出張報告書に、運悪く奴がすぐ気がついて、意気揚々と食堂に行こうとした私を引き止めたからだった。


「私が文字の綴り間違ったとか、そういう、どうでもいいことは書かなくていいから!」

「どうでもいいことがあるか。国王の過ちは国の過ちだ」


 それを言われると辛いけど。


 だけど、あれは絶対だめよ。あんなふざけたこと許しちゃいけないわ。

 (美味しそうだったけど、それは秘密の方向よ)


「それに『おしながき』つけるのやめてよね。おまけに『陛下のご希望による』ってなによ。

 私、宴でどんなご馳走出たか教えてとは言ったけど、『おしながき』持って帰ってこいなんて頼んでないわ」

「あれを見れば一目瞭然だろうが。なぜおまえに、いちいち料理の説明なぞせねばならんのだ」


 もう。

 『おしながき』のこと思い出したら、お腹空いてきちゃったじゃないのよ。


「とにも角煮も……じゃない、とにかく書き直しは書き直しなの!」


 早くお昼ご飯にありつきたくて、資料を持って出て行こうとすると、


「どれが一番うまそうだった」


 なんて聞くもんだから、条件反射で、


「『冬の果実たちのケーキ天使の煌きと悪魔の微笑み仕立て』!」


 と言ってしまった。しかも、両目を切り分ける前のケーキになりそうなくらい、きらきらと見開いて。


 気づいたときには遅かった。ユートレクトはそれ見たことかというような顔をすると、


「やはり見ているではないか。持って帰ってきてやってよかっただろうが。

 あれはうまかったぞ、このあたりではありつけんな」


 出張報告書を私に押しつけながら、いささか残念なことをのたまってくださった。


「み、見てないわよ、ちらっとしか! こら、ちょっと、これ書き直しなさいよね!」


 あの美味しそうな名前のデザートに、『このあたりではありつけ』ないことが少しショックで出遅れた私は、先に『青雪の間』を出た幅の大きなコンパスを追った。

2019.11.27.一部改訂しました。

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