御前会議1
*
週も後半に入って、今は御前会議の真っ最中。
なんだけど。
来た初日の晩はおとなしかったキアラさんが、昨日の夜、しかもベッドに片足を突っこんだとき、私の部屋に押しかけて来た。
初日に注文つけたお気に入りの品々が、まだ届かないのがよほど我慢できないらしくて。
お気に入りのアイテムについてのこだわりやうんちくを、あれやこれやと語りまくるわ、私のドレッサーの中身にけちをつけて荒らしていくわで、それはもう大騒ぎだった。
おかげで今日はまた寝不足。
はあああああ……勘弁してほしいわ、と心でため息をついてたら、となりの席から氷のつぶてのような視線が突き刺さった。私は慌てて眠いですオーラをしまいこんだ。
相も変わらず冷たくマイペースな宰相閣下は、私の顔から眠気が引っこんだのを確認すると、次の議題に入るべく口を開いた。
「東19番街の復興工事は無事着手されているか」
「はい、事前に申告された計画によりますと、本日より倒壊したフローヴァ会館の解体に当たることになっております」
ザバイカリエが手元の資料を見ながら答えた。
この前、東19番街の復興費用が消えましたどうしましょう、って言ってきたのはお金担当のカルガートだったけど、業者と地区の住民から工事の計画書をもらって、工事の許可を出したりするのはザバイカリエなのよね。ややこしいし、大筋には関係ないから覚えなくていいわよ。
「ようやくあれの取り壊しに着手できますか。長い年月がかかっておりますな」
ベイリアルの口調には、真剣に東19番街のことを憂う気持ちがにじんでいた。
「あの場所はまこと悪の温床、あれがなくなれば治安もよくなることでしょう。ですが油断は禁物、本日より憲兵の巡回も増やす予定ですぞ」
「そう……宜しくお願いするわね、トゥリンクス」
フローヴァ会館は、闇の取引の会合場所になっているという情報が寄せられていた。いい『隠れ家』がなくなるとなったら、闇の人たちがよからぬことをするかもしれない。
そうなれば、東19番街の住民に被害が出るかもしれないから、フローヴァ会館の取り壊しは喜ばしいことではあるのだけど、浮かれてばかりはいられなかった。何事もなく解体が終わることを祈りたい。
トゥリンクスは私の言葉に頭を下げると、ぶつける先の見えない怒りを声にこめた。
「にしても、これでもう何度目だ! 面目ないとしか言いようがない。
弁明するわけではないことをご理解いただきたいが、これほど目撃情報が得られぬ事件は今までに例がないのだ。
おのれ犯人め、こざかしい手口を使いおって! 姫さま、今度こそ必ず下手人を検挙してご覧にいれます!」
憲兵隊を統括しているトゥリンクスは、東19番街で起きている資金や物資の盗難・消失事件がいまだに解決できないことを、人一倍気に病んでいた。
「過去二年の間に資金が三回、物資が五回……国家と国民の財産が、八度も何者かによって奪われている。
そろそろ本腰を入れなくてはならないでしょうな。弱者をいたぶる犯人め、極刑に処してくれよう」
ホルバンの声は、誰を責めるでもなく事実だけを述べたと思うのだけど、至らぬ身には鋭く響いた。
「資金も物資も、ただで湧いてくるものではありません。
予算調整も以前から申し上げていますが、かなり難しくなっております。
それに、この一連の盗難・消失騒ぎのために、われわれの給金をはじめ、他の地区への資金や各産業への援助を二年続けて減額していますが、これを不満に思う声も挙がっています」
「実は私のところへも、昨日西15番街の住民代表から陳情がありました。
陳情の内容は至って普通のものだったのですが、東19番街の住民たちのせいで、われわれに資金が回ってこない、というようなことを口にしていたのが気になっています」
カルガートの発言を引き継いで、ザバイカリエが具体的な実例を出したのに胸が痛んだ。
少し前に聞いた話では、東19番街の住民たちを目の敵にしていたのは、比較的裕福な地区の住民だった。
そうでない地区の住民には、度重なる東19番街の災難に同情する人が多くて、自分たちの街の資金が多少減らされても仲間が助かるならいいじゃないか、という雰囲気があった。
それが今では、どちらかといえば東19番街の住民に近い生活環境の住民たちさえ、彼らを恨むような声を挙げている。
私は再来週ユートレクトとお忍びで東19番街に行くことを、みんなに言おうとした……のだけど、
『危険と言われている地区に、隠密で出向くことが許されると思っているのか。トゥリンクスが目の色変えて反対するに決まっている。黙っていろ』
私の動きを察知したのか、となりの席の臣下から冷たい視線とこんなメモが流れてきた。
おっしゃることはごもっともなので、やめておくことにした。
私がおとなしくしていると、ユートレクトはみんなの意見を自分なりにまとめるように口を開いた。
「犯人は挙げればいい、資金や物資もどうとでもなる。どちらも難しいがな。だが、それより難しいのは国民の感情だ。こればかりは容易に変えられん」
重臣たちが同意の声を挙げたり、頷いたりして賛同した。
「西15番街の住民まで、東19番街に敵意を持ち始めたのは深刻な問題だ。これを解決するには」
ユートレクトは一度言葉を切ったけど、何か策を考えているというより、みんなの反応を観察しているようだった。その証拠に、次に口にした台詞は奇をてらったものではなかった。
「行き着く先はやはり犯人の逮捕だな、トゥリンクス。犯人を逮捕できれば、資金や物資の流出も止まる。他方面の資金も削らずに済むようになるからな。健闘を祈る。無論われわれも協力は惜しまない。一人で責を負わないことだ」
斬新な意見じゃなかったけど、最後の言葉が、彼にしては珍しく(!)他の人の気持ちを思いやったものだったことに少しだけ驚いて……嬉しくなった。
トゥリンクスも私と同じように感じたのか、苦しげに寄せていた太い眉を離すと、豪快な笑い声をたてた。
「やはりわしが奮起せねばなりませんな。これはますます責任重大ですぞ!」
みんなも元気に振舞うトゥリンクスを見て、気分が晴れたようだった。笑顔を浮かべたりひげをいじったり、人それぞれだけど、緊張の解けた顔つきになった。
「それまでは、できるだけ他方面への資金援助が減らないように、予算を調整しましょう。カルガート、大変だけど引き続きお願いね。
ベイリアルとザバイカリエは、各方面の東19番街への感情に気を配っておいてね。よくないうわさを聞いたら、すぐに教えてちょうだい。
ホルバンには、東19番街の現状が法に触れるような状態かどうかを調べてもらいたいの。二年も国が特別に資金を援助してるなんて、センチュリアでは先例がないことでしょう?」
「ご安心ください姫さま、現時点では東19番街が法に抵触することはございません」
私が重臣たちに指示を出すと、早速ホルバンが得意そうに喉を鳴らして答えた。率直に驚いて、
「もう調べてたの?」
さすが帝国学士院の教授さまの弟さんだなあ、と最近仕入れた情報と合わせて感心していると、
「無論です、どこかの武芸ばかとは違いますゆえ」
「なんだと!?」
感動を取り消したくなるような発言に、まんまと乗っかった怒号が重なった。
「冗談も解せぬとは。これだから、頭の中身まで剣や銃でできている輩は……」
「おのれ、頭だけで生きている身体なしが、表へ出ろ!」
いや出ないから。
「ホルバン卿、トゥリンクス卿、ご冗談もほどほどに……恐れ多くも御前会議の最中でございますよ」
ここでまたザバイカリエが割って入ってくれたけど、本気か冗談かわからないホルバンとトゥリンクスの言い争いはどんどん過熱して、誰にも止められなくなってしまった。
「10分間休憩、でいいだろう、付き合いきれん」
というユートレクトの小声に、残る私たちはひそかに一時散開したのだった。
**
『出張報告書
出張者:フリッツ・ユートレクト(宰相府)
訪問先および目的:ローフェンディア帝国首都エーデルクライト アクシュゼナ王宮/ローフェンディア皇帝クラウス3世戴冠式参列(1月10日)
出張期間:1177年1月6日~1月12日
交通機関:乗馬
往路:センチュリア・ルイゼス貸馬屋所有 カロリナ号
復路:ローフェンディア・モーリスエネ運送所有 レオポルト号
用件:ローフェンディア皇帝クラウス3世戴冠式参列
処理および結果:省略
概況:(戴冠式 10:00~)
1.参列者入場
2.クラウス3世入場
3.クラウス3世の承認
4.帝位の叙任
5.戴冠(マクシミリアム上皇による)
6.即位式
7.忠誠の誓約
8.皇妃の戴冠
9.退場
(戴冠の祝宴 13:00~ 詳細は省略)
業務上の着想・所感:
先代マクシミリアム上皇の戴冠式より小規模なものの、盛大な式であった。
参列者の詳細は式次第を参照のこと。
参列者の中には、抽選によって選ばれたという市民もおり、クラウス3世の入場時には、感動のあまり号泣する者もいた。
祝宴には、戴冠式に参列できなかった人々も顔を見せ、こちらも大変盛況であった。
なお、復路において、陛下発行の乗馬貸付依頼書の綴りが誤っていたため、危うく乗馬を借りられなくなるという事態に陥った。
今後このようなことがないよう、陛下にはくれぐれもご注意願いたい。
※添付資料:
戴冠式 式次第 1通
戴冠の祝宴 出席者名簿 1通
戴冠の祝宴 『おしながき』(陛下のご希望による) 1通
以上』
御前会議が開かれている『青雪の間』の向かい側にある談話スペースで、私は先日もらった『出張報告書』にもう一度眼を通していた。
私はため息を一つつくと、赤いペンを手に取って、『出張報告書』の右上に大きく『要再提出』と記した。
そして残りの休憩時間を、添付資料の『おしながき』を眺めながら、空想上豪華な食事で楽しむことにした……
**
あれから十分後、御前会議は無事に再会され、つつがなく進行した。
おかげで予定より早くすべての議事が片付いて、重臣たちは雑談に入ったのだけど、ザバイカリエが、今日はアンウォーゼル捜査官と飲みに行きます、と言ったあたりから、話がおかしな方向に流れ始めたのだと思う。
どこをどう間違えてそうなったのか、いつの間にか話題がアンウォーゼル捜査官と私の縁談のことになっていた。
「姫さま、アンウォーゼル捜査官は正直なところいかがなのですか?」
カルガートが人のよさそうな笑顔を私に向けた。
「いかがって……どういうこと?」
「ご縁談のことです。
南方地域にご縁ができるとはまことにめでたい話、ハーオイレナ王国は平和主義の国でもありますし、永世中立国の宗主たるセンチュリア女王にふさわしいお相手だと思いますが」
カルガートの話し方には含むところはまるでなくて、本当にアンウォーゼル捜査官を私の配偶者に薦めたいと考えているみたいだった。
「まだ決まったわけではないわ。
それに、あの話はハーオイレナ国王が勝手に進めたことで、アンウォーゼル捜査官にその気はないそうよ」
「なんと! ですが、わしがアンウォーゼル捜査官にお話を伺ったときには、とても嬉しそうに笑っておいででしたがのう」
ベイリアルは心底不思議そうに首を傾げた。
アンウォーゼル捜査官がわざと嬉しそうに振舞ったのか、ベイリアルの見当違いなのかはわからないけど、本当にどこまであちこちに言いふらしたのかしら。
「口では否定しても、お若い姫さまとのご縁談、嬉しく思わぬはずがございません。
宰相閣下とご学友でいらっしゃるということは同い年、七つも年下の女性を妻に、ですか……私がアンウォーゼル捜査官なら、喜んでお受けしますな。
い、いや、無論姫さまは、お歳だけでなく、あらゆる魅力を備えた淑女であらせられますぞ。私が申しあげたのは一般論ゆえ!」
ホルバンが大きな手でひげを撫でながら懸命にフォローしてくれた。
言いたいことはよくわかるから、不快には思わなかった。私とユートレクトも七歳違いだけど、最近では年齢はあんまり関係ないような気がしている。
私はそろそろこの話を終わらせてほしくなった。
「アンウォーゼル捜査官は、王配は性に合わないとおっしゃっていたわ。みんなが喜んでくれるのは嬉しいけど、この話は」
けれど、私の声はみんなの好奇心にかき消されてしまった。
「いや、彼ならあの性分、王配の身分とて苦には致しますまい」
「王配となると、お名前もセンチュリア風に変えていただかなくてはなりませんのう」
「ですが、あのお名前は南方特有のものだと思います、センチュリア風に読み替えられますか」
「読み替えられぬ場合は……どうだったか、王妃ならば無理に名前を変える必要はないが、王配はどうであろう?
真に姫さまとのご成婚が実現すれば、センチュリア史上初のことになる、調べておくとしよう」
「姓は当然変わりますな」
「センチュリア王族専用のものになるな。王配にふさわしい家名となると……」
私と……一国の主君と結婚することは、普通の結婚では済まされない。
私と結婚するのであれば、原則的には名前も姓も『国王の配偶者にふさわしいもの』にすべて変えてもらわなくてはいけないから。
国の象徴である国王の配偶者の名前が、よその国の言葉のものだったら、威光が半減するというのが理由だった。
これは恐らく、君主制の国ならどこも同じことをしていると思う。
私自身、もし名前がセンチュリア風のものでなかったら、即位のときに名前を変えることになっていた。普段姓のように使っている『タウリーズ』も、平民時代の姓ではなく王族専用のものだ。
名前を、姓を奪われることが、その人にとってどれほど苦痛になるか。
平民時代の姓が、自分を示す文字から消えたとき、今まで生きてきた記憶まで取られてしまうような気がして、少し寂しくなった。
この国に住む私でさえそう感じるのに、異国の人が名前をすべて変えさせられたら、どんなに悲しいだろうと思う。愛があるならともかく、王族との結婚なんて、ほとんどが政略結婚なんだから。
現在、この世界には王配と呼ばれる立場の人はいない。ララメル女王やその他数名の女性君主のうち、結婚している人は誰もいなかった。
女王が配偶者を定めることの難しさを、改めて思い知ったような気がして胸が軋んだ。
「……みんな冗談で言っているのだと思うけど」
私は今度こそこの話をやめてほしくて、真剣な声をだした。
「私はアンウォーゼル捜査官と結婚するつもりはないわ。
彼は『世界機構』の優秀な特別捜査官で、その職を辞めようとは考えていないと思うの。私も彼の経歴を止めるつもりはないから」
「姫さま、ですが、そろそろお考え頂いても宜しい時期なのではありませんかのう。毎月のように新たな絵姿を拝見しておりますが……それにつけましても、アンウォーゼル捜査官のお話、誠にいいご縁かと思いますれば」
ベイリアルが気遣わしげな顔をした。途中言いづらそうにしていた理由もわかる。
私は毎月届けられる縁談用の絵姿から受けている印象を言葉にすることにした。ベイリアルも同じことを感じているはずだった。
「いい方がいらしたら、もちろんお受けするわ。だけど、みんなオーリカルクの利権が目当てなのがわかるから……だからいやなのよ」
私に来る縁談のほとんどは、工業や軍事産業に力を入れている国からのもので、どうひいき目に見ても、オーリカルクを多く供給してほしいと考えているのがみえみえだった。
それを考えると、アンウォーゼル捜査官との縁談は確かに『いいご縁』の方に属していると言えた。
「私も縁談のお相手の絵姿や書簡を毎回拝見して、ベイリアル卿同様、正直あまりいい印象は受けておりません。お断りする姫さまのお気持ちもわかります」
ザバイカリエがみんなの気持ちを引き継ぐように言葉を継いだ。
「ですが、アンウォーゼル捜査官は、少なくとも利権のために姫さまに近づこうとはなさらない方だと思います。
ベイリアル卿もそれをお感じになっておられるかと存じます。他の皆さまも……ですから、このような話に花を咲かせてしまうのだと思うのです」
それは私にもわかる。アンウォーゼル捜査官はいやな野心は持っていない。
だけど、私にとってはそんなこと本当は……どうでもいいことだった。
「そういう方だからこそ、王配という地位に束縛したくないのよ」
この話を穏便に終わらせたくて、私が選んだ台詞はこれだった。
「みんなが私のことを考えてくれる気持ちは嬉しいわ、ありがとう。
私は、国にとっても自分にとっても、いい方を選びたいと思っているだけなの。
それを守るために、慎重すぎるほど慎重になるのは、当然だと思っているわ」
慎重に言葉をつなぎながら、どんどん胸が押し潰されそうになっていく。
「だから、私を信じてほしいの。必ず…結論は出すから」
必ず結婚する、とは言えなかった。
それがとなりに座る人に対して、とても申し訳なくて悔しかった。
私の重々しい声に何かを察してくれたのか、みんなは反論することなく、あたりは静まりかえった。
そこへ、ずっと黙っていたユートレクトが私に発言を求めた。




