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新たな息吹5*

*****



 週明けの執務室では、たくさんの書類が私を待ちかねていた。


 自分の席でコーヒーを一口飲んで、処理する書類の優先順位考えていると、二人の重臣が訪ねてきた。


「おはようございます、陛下」

「少々お時間を拝借してよろしいですか」


 今日も書類はいつも並みに量があるものの、来客等の特に急ぐ予定はない。

 もちろん、と応えると、二人の紳士にソファを勧めて私も席を移動した。


「二人が朝から顔を出すなんて珍しいわね。何か大変なことでもあったの?」


 私が水を向けると、二人のうち圧倒的年長者の厚い胸板を飾る階級章が鈍く光った。

 王国軍将軍だけに授与されるこの階級章をつけられるのは、今のセンチュリアではこの人しかいない。


「はい、昨日、東十九番街で小競り合いがありました」

「なんですって!?」


 東十九番街と聞いただけで鼓動が早くなってしまうのに、小競り合いがあったなんて気が気でない。

 王国軍将軍の階級章の持ち主、トゥリンクスは後を続けた。


「あの街にもまともな輩がおったのです」

「どういうこと?」


 当然な私の疑問には、まずザバイカリエが答えてくれた。


「『主要道路交通実態調査』の中間結果を受けて、先日から、縦貫道の分岐道となる主要道路周辺の状況を調査しております。

 東十九番街も分岐道沿いにありますから、調査の対象になっており、官吏を派遣したのですが、彼らから住民同士の喧嘩……というより、私刑とも思える暴力を見たと報告を受けたので、トゥリンクス将軍に詳しい調査をお願いしたのです」


 東十九番街の住民は、よくも悪くも結束が固いと思っていただけに意外だった。

 闇商売の利益の取り分でもめたのかと思ったのだけど、トゥリンクスが教えてくれた騒ぎの原因は、私の想像もつかないことだった。


「報告を受け、早速諜報部隊を派遣し調べさせたところ、住民の一部に、これ以上復興費用を横領するのはやめよう、と主張する者たちがいたというのです」

「!?」

「彼らとそれ以外の住民との間で、いさかいと申しますか……制裁と言った方が適切な、一方的な暴力だったようですが、刃物が飛び出す寸前の騒動にまで発展したとのことでした」


 すごく失礼な言い草だけど、復興費用のねこばばをやめようなんて言う人が、東十九番街にいるとは思わなかった。

 それ以上に、同じ街の住民同士で刃傷沙汰寸前の騒ぎになったことに驚いた。


「あの街の人たちは、みんな仲がよさそうだったのに。

 そうでなかったら、街ぐるみのねこばばなんて無理よ普通。

 ねこばばに反対している人たちが、いつ王宮に密告してもおかしくないものね」


 言いながら、あることに引っかかった。


 『一方的な暴力』ってどういうことだろう。

 ねこばばをやめようと言った人たちが、それ以外の人たちをとっちめたのか、それとも……


 私の素朴な疑問は、トゥリンクスがすぐに解決してくれた。


「私も陛下と同じように考えておりました。

 あの街の連中は、自らの悪事を隠すために悪い意味で団結していると。

 しかし、どうやら二年前……災害に見舞われた当初から、住民同士で意見の食い違いがあったようです。

 にも関わらず、横領推進派が良心的な住民を脅迫して、反対しないよう黙らせていたとのことでした。

 昨日も、暴力をふるっていたのは、横領推進派の住民ばかりだったようです」

「そんな……」


 こうとしか言葉が出せなかった。

 一度視察したくらいで、あの街のことを多少わかった気になっていた自分を恥じた。

 あのとき、街中や『感謝祭』で見た住民たちが、東十九番街のすべてみたいに思って、困った人たちばかりだと心を曇らせてしまっていた。

 その『困った人たち』に虐げられている人々がいたなんて、夢にも思わなかった。


「何が引き金になったのかはわかりませんが、昨日になって、互いの不満が一気に爆発したのかもしれません。

 このあたりの詳しい事情も調べさせておりますので、判明次第ご報告致します。

 要するに、奴らも一枚岩ではなかったということですな」

「そういうことになるわね」


 東十九番街の闇は思っていたよりずっと深い。


 だけど、ほんの少しでも、良心的な人がいてよかった……そう前向きに考えることにして、どうにか気持ちを落ち着けたけど、まだいくつか気にかかることがあった。


「けが人は出なかった?」

「はい。あまり手荒なことをすると、われらに目をつけられることは奴らも熟知していますから、手加減したようです。

 重傷を負った者はいませんでした。

 このような騒ぎが外部に……特に王宮の人間に知られれば、横領がばれるきっかけになりかねませんからな」

「そうね……」


 トゥリンクスの言う通りだった。

 ただ私は、王宮に務める人たち……官吏や憲兵に知られるより、普通の国民のみんなにばれてしまったときの方が、何倍も怖いと思う。


 官吏や憲兵には箝口令を敷いて秘密にしておけても、一般の国民にはそんなことできない。

 噂は風より早く国じゅうに広がるだろう。

 そうなれば、ねこばばを進めてきた人たち自身が、今よりもっと肩身の狭い思いをするに違いなかった。


 なんにしても、大したけが人が出なかったのは、不幸中の幸いだった。

 他にも気になるのは、


「それから、その……ねこばば賛成の人たちと良心的な人たちとでは、やっぱりねこばば賛成の人たちの方が、圧倒的に多いんでしょうね」


 これも失礼だけど、ああいう街には良心的な人はごくごく一部だろうと思ったのだけど、


「いえ、それが意外と良心的な者も多いようです。

 あの街の半数……とまではいきませんが、三割近くの住民がこれまでのことを後ろめたく思っているとのことです。

 ですが、あの街ではとにかく横領推進派が幅をきかせているらしく、表立って反対することが難しいようです」


 私はもちろん驚いたけど、報告を受けたトゥリンクスもいまだに信じられないようだった。


「もしかすると……」


 ザバイカリエがつぶやいた。


「二年前の災害のとき、宰相閣下が御自らあの街に足を運ばれて、住民に援助を申し出られたと聞きました。

 そのとき恩を感じた住民が、少なからずいたのでしょうか」


 そういえば、二年前の災害のとき、ユートレクトは東十九番街に出向いていたんだっけ。


 私が東十九番街を視察したときは、彼の『困ったことがあったらいつでも王宮に来い』という申し出を、迷惑にしか思っていない住民の声しか聞けなかった。

 だけど、彼の思いやりを喜んだ人も、実は少なくなかったのかもしれない。


 ユートレクトが聞いたら喜ぶかな……もし嬉しいと思っても、絶対顔には出さないだろうけど。


「そうかもしれぬが、いずれにしても、あの街に良心がかけらでも残っていたのは、奇跡としか言いようがありません。引き続き調査を続けます」

「そうね、宜しくお願いするわ」


 東十九番街の良心的な人たちが、これ以上、脅迫やいやがらせを受けないといいのだけど……と考えていると、


「実は、もう一つ気になることがあるのです」


 ザバイカリエの表情が、事の深刻さを物語っているように見えた。私が発言を促すと、


「はい……その、今回の騒ぎを目撃した官吏たちが、このように申していたのです」

「どんなことを言っていたの?」


 私のいやな予感を肯定するように、ザバイカリエは、苦虫の汁を舌で思い切り堪能してしまったような顔つきになった。


「このようなことです……

 あの街の連中同士が抗争を発展させて自滅すれば、『税金どろぼう』をなくす手間が省けてよいのではないか……と」

「なんてことを」


 つい声が出てしまった。


 騒ぎを目撃した官吏たちは、どうして彼らが争っていたのか、詳しい理由を知らないのかもしれない。

 それでも、同じ国に住む人たちのことを、自滅すればいいだなんて軽々しく言ってほしくなかった。


 でも、私たち王宮に務める者が預かっているのは、東十九番街の住民の生命と安全だけじゃない。


 きっと官吏たちも、他の大半の国民のことを考えて、『税金どろぼう』はいなくなった方がいいと単純に思って口にしただけ……そういうことにしておこう。そう考えないと怒りを収められなかった。


 もしも、王宮の官吏だけでなく普通の国民にまで、東十九番街の住民がこんな風に思われてしまう空気が流れているとしたら、東十九番街を変えていくことに、あまりゆったりと構えてはいられなくなる。


「トゥリンクス、東十九番街の良心的な人とそうでない人とのいさかいは、これからひどくなりそうな雰囲気なのかしら」

「今の時点ではなんとも言えません。

 と申しますのも、今までもあの街では毎日のように争いがありましたが、このような理由での住民同士の騒動は、今回初めて聞いたからです。

 部外者に見えないところでは、ずっと行われていたのでしょうが。

 今後、我々も彼らの動向を注視するとともに、調査を進めてまいります」


 そう……東十九番街は『悪の巣窟』とか『闇と裏の社会のるつぼ』とか言われて、悪いことのオンパレードみたいな場所だけど、住民同士が抗争していると聞いたことはなかった。

 二年前の災害が起こるまでは、住民たちは本当に一枚岩だったのかもしれない。


「既に対立している双方に、諜報部員を派遣しておりますゆえ、判明次第、調査結果をお知らせ致します」

「仕事が早くて助かるわ、宜しくお願いするわね。

 ザバイカリエもどうもありがとう。

 官吏たちには、くれぐれも国民を公平な視点で見るように指導してちょうだい。また気になる言動があったら教えてね」

「はい、かしこまりました」


 二人の重臣が執務室を出ていく背中を見送って、席へ戻ると自然とため息が出てしまった。


 私の治世より前からずっと、センチュリアの一番底で暗く沈んでいた東十九番街に、こんなことが起きるなんて思ってもみなかった。

 なんだか、いろいろな物事が急激に……しかも思いも寄らないところへ向かっていってしまうような気がして、心が震えて怖くなった。


 東十九番街のことも急いで考えないといけないけど、焦って方針を間違えたら、きっと取り返しのつかないことになる。


 センチュリアはいい方向に進んでいけるだろうか……


 じゃない、必ずいい方向に進めるんだ。

 私が、みんなの力を借りて。




 午後の業務の本鈴が鳴り終わると、侍医の詰める医務室を訪れた。


 実は先月の末から、どうしても我慢できない痛みが出たときの薬だけでなく、通常飲まなくてはいけない薬も一切飲んでいなかった。


 体調は……正直に言うと、このところ、あまりにも心身共に追い詰められていて、薬を飲んでいたときと今との違いがよくわからなかった。

 むしろ、今の方が体調はいい気すらしている。


 そんな風に思ってしまうのがおかしい証拠なのかもしれないけど、特にチェーリアの結婚式から帰ってきてからは、身体が締め付けられる感覚もなくなって、顔色も大分よくなっていた。


 自分でも違いがよくわからないんだったら、もういっそ完全に薬止めてもよかったりする? とも思うんだけど、勝手に決めちゃいけないわよね……


 というわけで、怒られるのを覚悟で医務室の扉を叩いた。


 侍医はいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれた。

 まず、薬をずっと服用していなかったことを真っ先に謝ったのだけど、拍子抜けするくらい怒られなかった。

 私のような病人には、怒ってはいけないことになっているのかもしれないけど、それにしたって何も言わなさすぎだと思った。


 おまけに、


「どうなさいますか、調子がよろしければ、このままお薬を止められてみますか?」


 なんて言うから、そんなに簡単に止めていい薬なの? とつっこむのさえどうしようか迷ったけど、一応聞いておくことにした。


「ええ、止めてもいいものなら止めてみるけど……そんなあっさり止めていいものなの?」


 すると侍医は、眼鏡の奥の細い目を更に細めて、


「一か月近く服用されていらっしゃらなくて、お加減も悪くなられてないようでしたら、大丈夫でしょう」

「……本当にごめんなさい」


 やっぱり薬を飲んでなかったことを怒って……まではいないけど、不服には思っているようだった。

 そりゃそうよね、せっかく私のために考えて処方してくれた薬なのに。飲まれなかった薬たちもかわいそうだし。


 殊勝に謝った私を見て、侍医は言い過ぎたと思ったのか、表情を和らげた。

 言い過ぎじゃないのよ、私が悪いんだから気にしないでほしい。


「陛下のご病気は、世界でもまだ患者数が少なく、残念ながら研究も進んでおりません。

 ですから、申し訳ありませんが、正確なことは申し上げられません。

 しかし、著しい体調の悪化さえなければ、止めてもいいと私は考えております。

 この病は、陛下のお気持ち……陛下のお心が軽くなられることが、回復に向かわれているなによりの証だと思います」


 語ってくれた口調は、以前感じた事務的なものではなかった。


 もしかすると、私が冷たく感じていただけで、前からずっとそんな話し方ではなかったのかも……そう思わせるほど、深い思いやりのこもった声だった。


「ですが、少しでも不調を感じられたときは、すぐ私にお知らせください。今回のように、ご自分のご判断だけで、服用を止められることのないように。

 万が一、取り返しのつかないことになっては、宰相閣下と国民の皆さんに申し訳が立ちません。

 陛下お一人の御身ではないこと、重々ご承知おきくださいますよう」


 こんなことを言われたら、以前なら『私にもしものことがあって、他の人に責任を追及されたりしたら困るものね』と受け止めてしまったかもしれない。


 だけど、今はそうは思わなかった。

 侍医の真剣なまなざしを見たら、そんなこと考えつきもしなかった。不信感を持っていたことを申し訳なく思った。


「わかったわ、どうもありがとう。これからも定期的に診てもらってもいい?」

「もちろんです、陛下。

 定期検診も致しますが、お加減のすぐれない時は、いつでもおいでください」


 もしかしたら、優しい声も表情も、全部演技かもしれない。

 私は厄介な病気らしいから、壊れ物のように扱われているだけで……


 そんな思いも少しだけ頭をよぎったけど、前ほど強くはならなかった。

 影では厄介者扱い、壊れ物扱いされているかもしれないけど、それでも構わないと思った。


 今の私は、一応前を向けている。

 薬がなくてもどうにかなっている。


 だけど、自分が厄介者とか壊れ物と思われているかも、と考えてしまう時点で、多分私の病気はまだ治ってないのだと思う。


 それでも、今の状態がずっと続いて、いつか本当に病気が治っていたらいいな……


 そう思えるまでになったことが、なにより嬉しかった。




 執務室に戻ると、机の上に薄い封筒が置かれていた。


 宛先は『センチュリア王国元首及び閣僚宛』となっており、差出人の欄には『世界機構 本部諮問機関事務局』と封筒に印字されている。


 震える手で封を開けた。


 中に入っていた書面は一枚だけだった。




『通知書

 センチュリア王国元首及び閣僚宛


 当『世界機構』本部諮問機関は、下記の通達を取り下げる。


 通達整理番号 1476-11-04-001


 以上


 発令日 世界暦一四七七年二月十九日

 発令者 『世界機構』本部諮問機関事務局』

2019.12.11.通知書の年を訂正しました。

*数字表記を漢数字に変えていますが、通知書の整理番号だけは漢数字にすると見辛くなりましたので、そのままにしています。ご了承ください。

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