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新たな息吹4

****



 ……私の演説が終わったときには歓声はなく、拍手もさほど大きくならなかった。思いを伝える演説ができなかったからだろう。


 でも、弁解するわけではなく、それだけが原因ではない気もしていた。


 クラウス皇帝の前での演説だったから、みんなもクラウス皇帝が私の主張を支持するかどうかを、心配したのだと思う。それで、控えめな反応になったのかとも考えている。


『大丈夫かい?』


 演説を終えて席に戻るとすぐ、クラウス皇帝はこう声をかけてくださった。


『こんな問題に言及しなくてはいけなかったんだ、辛くないわけがない。

 あなたは最良の演説をしてくれた。本当によく決断して、最後まで話してくれたね』


 最良の演説だなんて、とても思えなかった。

 このときには、喉が塞がって声が出せなかった。

 世界の皇帝陛下に対して大変失礼な応対なのだけど、首を横に振ってお応えすることしかできなかった。


『何も気に病むことはないよ。

 どうも、不当な見解をしている者が若干いるようだが、心配いらない。私が今から調教してくるからね』


 クラウス皇帝はそうおっしゃって席を立たれると、演台に向かわれた。私の決断への批判的な声は、世界最強の君主にも届いていたらしかった。


 このときは何も思わなかった……というか、今まで記憶から抜けていたのだけど、まがりなりにもセンチュリアの国民を『調教』するというのは、よく考えると恐ろしい台詞だと思う。

 うぬぼれ気味に言わせてもらうなら、私に対する厚意も少しはあるのかもしれないけど……それを差し引いても、ご自分の障害だとみなした相手には、どこまでも冷酷になれる方のような気がした。


 それでも、私の肩に置いてくださった手は、とても力強くて優しかった。そんなありがたいことも、今の今まで忘れてしまっていた。


 クラウス皇帝の演説が終わったとき挙がった歓声の中には、私の結婚を祝ってくれる声も混ざっていた。

 それを思い出すと申し訳ない気持ちになった。


 演説と共同声明への署名を終えて、次の訪問国へ旅立たれるクラウス皇帝をお見送りした後、真っ先に来てくれたのは重臣たちだった。


『姫さ……陛下、じいめは感激致しましたですじゃ。

 あのようなご立派なお姿を拝見できて……これでじいはいつあの世に召されても、後悔はございませなんだ』


 鼻声のベイリアルが、ハンカチで目元を抑えながら言うのを、


『ベイリアル卿、まだあの世に行かれてはいけませんよ。

 陛下のご婚礼や、宰相閣下のご即位に係る儀式を執りしきられるのですから、生身のお身体でなくては』

『そうですよ、ベイリアル卿がいらっしゃらなければ、どなたが王室の儀式を差配されるのですか』

『ご婚礼やご即位の儀式など、滅多に任せて頂けるものではない。ありがたく思うことだ』


 他の重臣たちは気遣いながら、冗談と事実を絶妙に混ぜ合わせた台詞で繋げた。

 ひどい顔色だったに違いない私の緊張を、少しでも解こうとしてくれていたんだと、今更ながら気がついた。


 この日は、他にもたくさんの人たちがいたわりの声だけでなく、お祝いの言葉をくれた。

 ローフェンディアの大臣や官僚まで、出立前の慌ただしい時間を割いて祝辞を述べに来てくれた。


 その夜開いた、ララメル女王とタンザ国王との夕食会でも……お二人との会話はとても楽しくて、心が和やかになった。


『難しい決断をよくなさいましたわね、しかもお一人でなんて!

 あなたとフリッツなら必ず、まっとうな共同統治をやり遂げられますわ。

 ご自分を信じて、今までどおりのあなたでいらっしゃれば、何も心配することはありませんわ!』

『私からも『世界機構』に進言しておこう。今後もそのような体制であるのなら、今までと同様の協力はしかねる、とな。他国の国家元首にも、私と同じことをする者が出てくるだろう。

 にしても、あやつはよい主君…よい女性に出会ったな』


 別れ際にお二人が残してくれた言葉が、身に染みて勇気づけられた。


 こうして、たくさんの人たちが後押ししてくれていたのに、どうして今まで記憶から消してしまっていた……受け入れられなかったんだろう。


 一番情けないのは、一般の官吏たちがくれたお祝いの言葉を、素直に受け取れていなかったことだった。君主として恥ずかしいことこの上なかった。


 それに……さっきだって、みんながかけてくれた言葉にも、心がまともに反応できていなかった。


『あ、来た! 次の花嫁さん!』

『この前の演説、すごかったねえ! まるで別人みたいだったよ!』

『あんたもやるときはやるのね、驚いたわ。

 いつもスイーツの話ばかりしていた頃とは、大違いだったわね』


 私のことを、嬉しそうに話してくれるのが信じられなかったから、みんなの衣装のことに気をそらせて。


 サーシャが結婚式の日取りなんていう、事務的に答えられることを聞いてくれなかったら、ずっとしゃべれなかったかもしれない。


 友人たちの言葉すらろくに聞けないなんて、私はどれだけ心の小さな人間なんだろう。




 ……自分の考えに反対する意見を無視してはいけないことは、よくわかっている。


 だけど、反対意見を気にするせいで、私を応援してくれたり、励ましてくれる人たちの気持ちを受け止められないのは、その人たちをないがしろにしている以外の何物でもない態度だった。


 私がこんな姿勢のままだったら、反対する人たちだって私を信頼してくれないだろうし、私の意見に耳を傾けてくれないだろう。


 自分を応援してくれる人たちの声さえ受け止められない人には、誰もついていきたいと思わないだろうから。


『君主が自分に自信を持てないということは、自分の治める国や民に対して、自信を持てない、信頼をおけない、と言っているのと同じことだ。

 それは、国や民に対する侮辱以外の何物でもない。

 もし、おまえが信じて身を任せている人間に、おまえが信じられていないとしたらどう思う。

 そんな人間に、身を預けられるか?』


 私はいつになったら自分に自信が持てるんだろう。


 あの人は、本当に国王になってくれるの……私のとなりで。




 急激になだれ込んできた記憶……私を取り巻く人々の思いを受け止めると、心が感謝の気持ちで暖かく満たされていく感覚に包まれた。


 だけど同時に、全然進歩できていない自分の愚かさと弱さに、またしても叩きのめされた。




 ……そんな私を友人たちは、


「共同統治なんて、ほぼ世界初のことだろ? 心配することがない方が、むしろおかしいんだよ」

「うちのちっちゃな町内会でも、みんなの賛成をもらうのなんて無理だもん。

 偏屈なおじいちゃんとか、とにかくなんでも反対しないと気が済まないおばさんとか、ごろごろいるし。

 国じゅうみんなに賛成してもらうなんて、絶対無理なんだってー! 大体賛成でいいんだよ、大体で!」

「いるわよね、どうしようもない人って。

 ひたすら迷惑なだけだし、早く町内会から退会してって感じ」

「そうそう! 口先だけのおじいおばあって、ほんとどうしようもないんだよねえ!

 この前も、うちの近所の口ばっかのおじいがさあ……」


 共同統治の話を他愛もない世間話に例えて、元気づけようとしてくれる。


 みんなの声がどうしようもなく暖かくて優しくて、その心遣いに甘えちゃいけないと思うのに、まぶたと鼻の奥が熱くなってくるのを止められなかった。


 私が小さく鼻をすすったのを、友人たちは見過ごしてはくれなかった。


「宰相閣下ー……じゃなくて、もう国王陛下ってお呼びした方がいいー?

 どっちでもいいよね!

 アレク泣いてるよー! 早く帰ってきてよー!」


 サーシャが明後日の方向を向いて、どこにいるとも知れない最強の臣下に呼びかけた。


「泣きたいときは、思い切り泣けばいいさ。男も女も、女王陛下でも絶対我慢しちゃだめだからね」


 カミラが鉱山仕事で鍛えられた、肉厚で暖かい手のひらで私の肩と背中を撫でてくれた。


「で、泣いた後は笑って! 今日はチェーリアを思い切り祝ってやるわよ!」


 というレオナの声に、全員で頷いて。


「よーし、今日は全力でチェーリア祝うよー! えいえいおー!」

「……えいえいおー!!」


 サーシャのかけ声につられて、私たちも鬨の声を挙げると、右手の拳を高々と青空に突き上げた。


 通りすがりの人たちが、怪訝そうな目で私たちを見ていったけど、そんなこと気にならないくらい幸せだった。




 チェーリアの結婚式と披露宴は、思い出に残る素敵なものだった。


 まずは結婚式。

 お父さまに手を引かれ、純白のドレスで登場したチェーリアは、いつもにも増して笑顔がかわいらしくて、内から幸せがにじみ出ているように輝いて見えた。


 一方の花婿……先輩は、がちがちに緊張しているのが遠目からでもわかった。


 だけど、そんな先輩も披露宴では一変。

 最初の入場から背中にビール樽を担いだ姿で現れて、みんなを驚かせた。

 出席者全員に、樽からビールを注いで振る舞う先輩には、緊張のかけらも見えなくて、とても楽しそうだった。

 先輩の横でおつまみをみんなに配っていたチェーリアも、笑顔が絶えなかった。


 二人とも人気者なので、挨拶や余興がひと段落着くと、たくさんの知人友人に囲まれていた。

 控えめな私たち四人組は話しかけることができなかったけど、自分たちの席で美味しい料理に舌鼓を打たせてもらいながら、チェーリアの新たな門出を暖かく見守った。


 控えめって誰のことだ、なんて言わないのよ。

 二人には小さい頃からの友達がたくさんいるから、学生時代からの付き合いの私たちは、遠慮してたのよ。


 そして披露宴最後のお約束……新婦から両親への手紙の朗読のときも、チェーリアは涙を見せなかった。

 終始幸せいっぱいの笑顔に、出席者全員が幸運のおすそ分けをもらったような気分になったと思う。もちろん私も。


 披露宴会場を出るときになって、私たちはようやくチェーリアとゆっくり話すことができた。


 おめでとう、どうもありがとう、のやりとりの後、チェーリアは私に向かって、とても残念そうに恐ろしいことをのたまった。


「あの人にも招待状出してたのに、出席してもらえなくて残念だったわ。

 でも、あんたたち結婚したのよね。それならそれで、よかったんだけど」

「どういうこと?」

「あんたのあの演説がなかったら、次結婚するのはあんたたち! っていう演出をしてやろうと思ってたのよ」

「は!?」


 なななんてこと考えてたんだこの友人は。


 ていうか、ユートレクトにも招待状出したって……そんな話、奴からは聞いてないけど、センチュリアにいたとしても出席しなかったと思う。

 たとえ私の護衛役として呼ばれたとしても、こういう華やかな場所に顔を出す性分じゃないから。


 だけど、そこまでは考えていなかったと思われるチェーリアは、嬉しそうに後を続けた。


「結婚式の後で、私とグレゴリーさんがブーケ投げたでしょ?」

「うん」

「新郎新婦が投げたブーケを拾った人はね、次に結婚できるっていう言い伝えがあるらしいの。

 だから二人で、どうにかしてあんたか宰相閣下にブーケを拾ってもらおう! って計画を練ってたのよ」


 グレゴリーさんというのは、チェーリアのご主人……つまり、本日のもう一人の主役である先輩のことだけど、先輩まで一緒になってそんなこと計画してたなんて。


「されなくてよかったわ、その恥ずかしい茶番」


 私が心から安堵のため息を漏らすと、チェーリアは茶番って失礼ね! と笑ってからぽつりとつぶやいた。


「……あたし、難しいことはわかんないけどさ」


 その声に、独りよがりかもしれないけど、チェーリアが私のことをとても心配してくれているのを感じた。


「周りがなんて言ったって、好きな人がそばにいてくれるのが、一番の幸せだと思うわよ。

 それがとうとう叶うんだから、ほんとよかったわね!」


 チェーリアも私やみんなが耳にしたのと同じ野次を聞いたか、新聞とかで演説に否定的な意見を見たりしたんだろう。そうでなかったら、こんな風に言ってくれないと思う。


「ほんと、おめでとう」


 大粒のオーリカルクが輝く結婚指輪をした左手が、私の肩を優しく叩いてくれた。


「大丈夫、もしあんたが何かやらかしたら、私たちがダメ出ししてやるよ! クラウス皇帝陛下も認めてくださってることだしね」

「あのかしこまった宰相閣下も、手加減なしでしばいてあげるしねー! 心配ないって!」


 カミラとサーシャが、また私を元気づけることを言ってくれたけど、


「でも宰相閣下も、あんたにだけは突っ込まれたくないでしょうね」

「なんで?」

「だって宰相閣下、絶対あんたのこと苦手だと思う」

「えー? ひどーい!」


 サーシャには悪いけど、レオナの予想は私も正しいと思う。そう考えてる友人は他にもいた。


「私もそういう気がするよ……」

「ちょっとカミラ!

 私だって宰相閣下のこと怖いけど、アレクのために頑張って怒ってやらなきゃって思ってるのに! 信じらんない!」

「宰相閣下もきっと、あんたのこと怖がると思うわ……」

「チェーリアまでなんでー!? 私のどこが怖いの!?」


 サーシャからこの問いかけが出たら、答えは決まっていた。


「うーん、いろんな意味で?」


 最初に私が言うと、みんなが嬉しそうに後を継ぐ。


「ていうか、全部よ全部」

「そうそう、あんたは存在自体が恐怖なんだよ」

「歩く爆薬……なんていいものじゃないわね。作りが甘くて逆に怖い絶叫マシーンってとこかしら」

「なによ、作りが甘い絶叫マシーンって! それなら爆薬の方がまだマシだよー!」

「あんたが爆薬だなんて、もったいないの」

「爆薬だって、最近高いらしいじゃない?」

「そうなんだよ、現場でも、使うの上の許可いるようになって、簡単に使えなくてさ。絶叫マシーンなら、廃材集めてきても作れるしね」

「もう! みんなほんと失礼ー!」


 かわいい声で怒るサーシャをみんなでからかうのは、昔から私たちの定番だった。


「……ね! だから、何も心配しないで幸せになりなさいよ!」


 チェーリアの台詞とみんなの笑顔に、私も自然と顔がほころんだ。


 この友人たちがずっとずっと、幸せでありますように……そのために、私がみんなを守るんだ。

 心からそう誓った。




 馬車に揺られて王宮に戻ると、侍女たちの詰所で一通の手紙を渡された。

 宛名は私になっているけど、差出人の名前はない。


「ローフェンディア帝国の飛脚の方が、陛下にと届けてくださいました」


 というこの手紙は、誰からのものなんだろう。


 私室に入ってから封を切った。




『アレクセーリナ・タウリーズ女王陛下


 まもなく帰国できる。

 帰ったら、わかっているだろうな。


 フリッツ・ユートレクト』




 わかっているだろうな、って。


 なに、どういう意味!?

 ちょっと……いやものすごく恐ろしくて怖いんですけど!

 ていうか、まもなくっていつよ、ふんわりしすぎでしょ!


 つっこみどころしかない手紙だったけど、しばらくの間私は、暖炉の前でその手紙を胸に抱きしめていた。

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