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新たな息吹2

**



「ひ……へ、陛下!?」


 部屋の中で荷造りをしていた侍女は、私の姿を見ると裏返った声を出した。


「リーリア! 久しぶりね、元気にしていた?」


 キアラさんを叱りつけていたのは、なんと新米侍女のリーリアだった。


 王宮にもようやく慣れたばかりのはずなのに、一か月ちょっとでかなりたくましくなったわね。それもこれも、九割九分九厘キアラさんのせいだろう。


 リーリアは、はいおかげさまで、と慎ましく答えてくれたかと思うと、次の瞬間、


「キアラさま!」


 かわいらしい顔を鬼のようにして、キアラさんをどなりつけた。


「な、何よ」

「どうして陛下を、こんな散らかったところへお連れしたんですか!」

「だって、大勢で荷造りした方が早く終わるじゃない」


 キアラさんからこの台詞が出た瞬間、リーリアの顔が更に変わった。


 鬼から……なんと言ったらいいんだろう。冷酷な死刑執行人とでも言ったらいいのか、とにかく死神さまが経営する会社のエリート社員みたいな、冷たく人を見下した表情と態度になった。


「国際機関の一職員が、恐れ多くも一国の君主に、自分の愚かさのせいで増えに増えた、荷物の片付けを手伝わせるとは何事ですか。恥をお知りになってください」


 どうしよう。当たり前のことすぎてフォローできない。キアラさんを。


 だけど、そこはキアラさん。

 この(キアラさん的には)無礼千万な物言いに黙ってはいなかった。


「侍女ふぜいが偉そうに! 私はローフェンディア帝国の伯爵令嬢よ! この国より何倍も大きな領地を治めているわ!」


 死神株式会社のエリート社員には、この程度の口撃は通用しないらしかった。


「領地を治めていらっしゃるのはあなたのお父上です、あなたではありません。あなたはただの国際機関の一職員、もしくは親のすねをかじる貴族のご令嬢にすぎません。

 そんな人と一国の君主、どちらが敬われるかなんて、フォルキノコロッケが美味しいという事実と同じくらい明らかです」


 この一か月くらいで、リーリアの身に何が起こったんだろう。前から内気ではなかったけど、こんなこと言えるほど、口が達者な子じゃなかったのに。

 フォルキノコロッケを例えに出してくるあたりは、かわいいけど。


 キアラさんも、よく今までマーヤや私に文句を言ってこなかったわね。考えてみれば、それも不思議な話よね……

 もしかして、リーリアが爆発したのは今が初めてとか? 雰囲気的にはそうじゃない気がするけど。


「ローフェンディアの貴族は、下手な小国の君主より大きな領土を治めているのよ。

 世界的な貢献度からすれば、あなたより私のお父上の方が、はるかに多くの民を潤しているわ!」


 あなたより、のところで、キアラさんは私を睨みつけた。


 そう、これがローフェンディアの大貴族たちの考え方だった。だから自分の領地より小さい国の国家元首を、平気で軽んじる。


 確かに、多くの人たちを養っている方がすごいのかもしれないけど、そんなあからさまに見下さなくてもいいんじゃない? と思う。


 それに、あなたたちがそれだけたくさんの人たちを支配できるのは、あなたたちの上にいるローフェンディア皇帝が、絶大な力で守ってくれてるおかげだってこと、忘れてない?


 あなたたち、明日からローフェンディアから独立して、一つの国としてやっていけって言われたら、普通の行政だけじゃなくて軍事、経済、外交まで、全部自分たちだけで回していける? 国家を運営するのって、すごく大変なのよ?


 なんて考えていたら、キアラさんとリーリアの舌戦がとんでもなく暴走していた。


「だからなんですか。君主の下にいる貴族より、君主の方が偉いなんて、幼稚園の子どもでもわかりますよ」

「その貴族が治めているより、少ない民しか支配できない君主なんて、貴族以下よ」

「うわ……まさかとは思いますけど、クラウス皇帝陛下もそんなお考えですか? だったら私、ファンやめます」

「皇帝陛下は誰に対しても誠実で、敬意を持って接する素晴らしいお方よ……というか、あなたが陛下のファンだなんて、厚かましいにも程があるわ!」

「あなたたちのような考えの貴族がいること自体が、クラウス皇帝陛下の足手まといだと思います」

「なんですって!?」

「だって、今おっしゃったじゃないですか。『皇帝陛下は』誰に対しても誠実で、敬意を持って接するって。

 あなたたち貴族は、そうじゃないということじゃないんですか?

 そんな臣下、存在だけで皇帝陛下の顔に泥を塗っているようなものですよ」


 だめだ、このへんで止めとかなくちゃ、後々大変なことになる、私が。


 私は決死の覚悟で二人のあいだに割って入ると、たっぷり十分間かけて二人をなだめた。

 それはそれは……苦行以外の何物でもなかった。




 そして、ようやく落ち着いたリーリアに、厨房で甘いものを三人前もらってくるように頼むと、キアラさんと二人で荷造りをしながらスイーツを待つことにした。


「急なご出立ですね」


 何があったのですかと聞くと、かえって答えてくれない気がしたので、これだけ口にすると、


「ええ、父がどうしても帰ってこいと言うものだから」


 そう言ったキアラさんは、どことなく……というより、すごく嬉しそうに見えた。


「ローフェンディアのご実家へお帰りになるのですか」

「そうよ、久しぶりだわ。最近は年末年始も帰っていなかったし」


 やっぱり来たのね、帰還要請。


「お忙しいですものね、司法官は」

「毎日分厚い本とのにらめっこですもの。たまには法典から目を離すのもいいかもしれないわね」


 機嫌のよさそうなキアラさんに、そうですねと相槌を打ってから、とうとう核心に迫ることにした。


「お父上はなんとおっしゃっているのですか」


 教えてくれたら奇跡かも、くらいの気持ちで聞いたのだけど、キアラさんの反応は私の予想とまるで違っていた。待ってましたと言い出しそうなくらい、私の方へ身体を乗り出すと、


「神さまは、善良な人間を見放されたりはしないのよ」

「?」

「いよいよ私にも、黄金の鞍をつけた、白馬に乗った王子さまが現れたというわけ!」


 えーと……つまり、あれかな。


「つまり、とてもよい縁談のお話があるということですか」

「そう!」


 私がおそるおそる聞くと、キアラさんは満面の笑みで頷いた。


 キアラさんのお父上……ピアスカ伯爵は、娘を呼び戻すのに、ものすごいカードを切られたわね。

 これが嘘ってわかったときの、キアラさんの狂乱ぶりを想像するだけでぞっとする。しかも、


「お相手は誰だと思う?」

「どなたでしょう」

「さる大国の皇太子殿下ですって!

 現在私と年の釣り合う皇太子といえば、あの方とあの方と……ああ、考えただけで光栄すぎて、目がくらみそうだわ!」


 だめですってピアスカ伯爵、いくらなんでもそんな大嘘つかれちゃ。娘の性格ご存知でしょうに。


 それとも、クラウス皇帝とネフレタ教授に頼まれてのことだから、万が一娘が暴れても二人がなんとかしてくれる、とか考えていらっしゃるのかしら。それにしたって無謀すぎると思う。


 とりあえず、お祝いを申し上げておかなくちゃいけないわよね。


「おめでとうございます……気が早いかもしれませんが」

「そうね、まだ決まったわけではないわ」


 と言いながらも、キアラさんは非常に嬉しそうだった。

 キアラさんがごきげんなところを見ると、『大国の皇太子で、キアラさんと年の釣り合う方々』というのは、よっぽど素晴らしい方々なんだろう。


 本当にそんなお話が来たんだったらよかったのに。

 せめて、ローフェンディアのご実家に到着されるまでは、幸せに浸っていてほしい。


「これで私も未来の王妃だわ。あなたと『世界会議』で会うこともあるでしょうね。そのときは、特別に歓談してあげるわ」

「ありがとうございます」


 ごめんなさいキアラさん。私、どちらかというと、しかける側の人間なんです……


 キアラさんには、本当に幸せになってほしいと思っているだけに、ちくりと胸が痛む。


 もしかしたら、キアラさんは私を落ち込ませないために、わざと明るく振ろ舞っている、ってこともあるかもしれない。

 あんなにユートレクトを思っていたし、急には心を変えられないとも言っていたもの。

 でも、キアラさんの喜びぶりを見ると、演技ではない気もするし……どうなんだろう。


「ところで、あの失礼な侍女だけど」

「は、はい、なんでしょう」


 話が急に変わった……しかもよくない方向へ変わったので、内心とても焦った。


「あの米粒侍女は、きっとあの布団でできた巨大スイカみたいな、あなたの侍女長では、しつけ不可能だと思うわ」


 米粒侍女というのは、小柄なリーリアのことだと思うけど、布団でできた巨大スイカ……マーヤのことは、怖がりながらも頼りにしているみたいだから、マーヤの手に負えないことはないと思う。

 むしろ、キアラさんの手に負えてないんじゃないかしら。さっきからの様子を見てたら……と考えていたら、


「だから、今後も私の手元で教育してやってもいいのよ」


 とのたまった。


 なるほどね。キアラさん、なんだかんだでリーリアを気に入っているのね。

 だから、今まで苦情を言ってこなかったんだわ。おかしいと思ったもの。


 だけど、それってつまり、リーリアを自分の侍女に欲しいってことよね。


 こればかりは、リーリアの気持ち次第になる。リーリアがいやがれば、辞めさせるわけにはいかない。


 ここでリーリアが、所狭しと食料の載ったワゴンを押して戻ってきた。

 なんでも、料理長に事情を説明したら、


『それじゃあ、晩餐なんてしゃれこんでる場合じゃないな!

 デザートだけじゃ腹が減るだろう、これをお部屋で召し上がってもらうといい!』


 ということで、部屋で食べられる夕食を作ってくれたらしい。


 キアラさんにしてみたら、前菜に主食とパン、デザートの簡単な夕食だけど、ボリュームは満点、おまけに三人分載っている。


「陛下、申し訳ありません。私の夕食まで作ってもらったのですが、私は後から別室で頂戴しますので、お先にお召し上がりください。

 今からそのあたりを片付けて、ご用意致します」


 リーリアはこういうところはちゃんとしている侍女だ。だから私も、


「いいわよ、温かいうちに一緒に食べましょう。遅い食事は乙女の敵よ」


 と言ってあげられるし、キアラさんも、


「さっさと食べて荷造りするのね。あなたがいなくては、いっこうに終わらないのだから。

 この脳マカロニったら、全く戦力にならないのよ」


 こんな表現で愛情を示してるんだと思う……多分、私に対しても。




 こうして、キアラさんの出立準備が整ったのは、私がキアラさんの部屋を訪れてから、約四時間の後だった。


 ちなみに、晩ご飯を食べてからの荷造り中、キアラさんはものっすごく不器用に、リーリアのヘッドハンティングを試みたのだけど、ここ一か月近くでたくましく成長した新米侍女の返答はこうだった。


「いやですよ。『世界機構』ってどこにあるんでしたっけ?

 よく知らないですけど、砂漠にあるんですよね。

 私まだ十代ですから、キアラさまみたいにお肌カピカピになりたくないですもん」


 砂漠地帯に住む女性の皆さんには、私から謝罪したいと思う。




 翌日の午前中、キアラさんは私に別れの挨拶をしに来てくれたので、通用門までご一緒した。お見送りともいう。


 しばらく……もしかしたら、もう一生会うことはないかもしれない。

 そう思うと、心に隙間風が吹いたような気持ちになった。


 キアラさんには『世界機構』にお友達がいるんだろうか。

 お友達でなくても、私やリーリアのように、本心をさらけ出してぶつけられる人がいればいいのだけど。


 そんなことを心配しながら歩いていたら、通用門まであっという間だった。


 言おうかどうしようか迷ったのだけど、意を決して言うことにした。


「またいつでもいらしてくださいね。リーリアとお待ちしていますから」


 リーリアは今日は昼からの登城なので、まだ王宮にいなかった。

 昨日荷造りしながら、さんざんキアラさんと話していたから、リーリアの方はひとまず思い残すことはないだろう。キアラさんは寂しいだろうけど。


 そんなキアラさんの返答は、あんのじょう、こんな感じだった。


「あなたたちにわざわざ会いにくるほど、私は暇ではないのよ」


 そう言って、黒い三角帽子を揺らした。


 だけど、次の台詞は全く予想していなかった。

 雪の散らつくセンチュリアの空を指さして、キアラさんはおっしゃった。


「婚礼の式典には、必ず私を呼ぶことね!

 このしけた寒空よりもずっとずっと寛大に、雲一つないおおらかな心で祝ってあげるわ!」


 ご自分の縁談が決まられた(と思っていそうだ)から、こう言ってくれたのかもしれないけど、祝ってあげるという言葉が嬉しかった。

 ひどい嘘をついて娘を召喚したピアスカ伯爵に、少し腹が立った。


「はい、ありがとうございます、ぜひ!」


 私が言い終える前に、キアラさんは通用門をくぐると、軽い足取りでローフェンディアへの家路につかれた。


 ほどなく、三名のセンチュリア王国軍兵士が現れた。

 上級司法官の背中をひそかに……だけどしっかり、ローフェンディアに着くまで護衛してくれることになっている。


 彼らの敬礼に返礼すると、私も自分の執務に戻ることにした。


 今日もセンチュリアには雪が散らついている。

 クラウス皇帝が北方地域に旅立たれた翌日から、ずっとこんな天気が続いている。


 『世界機構』にあの人を強制拘束できる権利が発生するまで、あと三日に迫っていた。

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