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新たな息吹1



 あれから……クラウス皇帝の行幸最終日の演説から、十日が過ぎた。




 クラウス皇帝が演説を終えた後、前庭はものすごい騒ぎになった。

 会場の全員が席を立ち、拍手喝采がいつまでも止まなかった。


 男性たちは、


『クラウス皇帝ほど、永世中立国を重んじてくれる方はいないな!』

『世界最大の帝国と共闘して、悪のマレイ・アスを討つ、か! センチュリアも大きくなったもんだな!』


 と大興奮状態。(後の台詞には、大きな勘違いがあると思うけど、聞かなかったことにしておく)


 女性たちは、クラウス皇帝の凛々しさに黄色い声を挙げ、叫び過ぎたあまり卒倒する人もいたらしい。


 それこそ、『世界最強の皇帝 くらうすへいか』なんて人形が売り出されるんじゃないかっていうくらい、センチュリアはクラウス皇帝に湧きに湧いた。(事実数日後、クラウス皇帝と思われる顔の人形他グッズ多数が、露店で販売されていたらしい)


 お互いの演説の後、共同声明に署名をすると、クラウス皇帝は慌ただしく旅立っていかれた。


『あなたの決断と、あの演説があったからこそ、私もこうして腹を決め、ありのままをみなの前で言うことができたんだ。ありがとう、心から感謝する』


 というお言葉を私に残して。


 私の体調のことも、とても心配してくださっていた。よほど顔色が悪かったのかもしれない。


 自分の演説が終わった後、クラウス皇帝の演説が始まるまでの記憶は、まだ戻ってこなかった。


 というより、とても情けないことだけど、あまりの恐ろしさに現実を正面から受け止めたくなくて、記憶に留めないようにしていたのだと思う。だから、きっと思い出すことはできないだろう。


 みんなの反応を知るのが怖かった。今でも怖い。


 クラウス皇帝は私の演説を、『真摯で誠実な演説』なんて書簡に書いてくださっていたけど、私自身がみんなの好意的な反応を受け止めていないから、どうしても信じられなかった。

 私の演説があまりにもひどかったから、同情してくださっているとすら考えている。


 王宮でも、みんながお祝いの言葉をくれたけど、それはあくまで、お仕えしている君主に対してのもの。本心ではどう思われているかわからない。


 一週間以上経った今も、全身を締め付けられる感覚が残ったままだった。




 ララメル女王とタンザ国王は、クラウス皇帝が旅立たれた翌日、つむじ風のようにファレーラ王国に旅立たれてしまった。


『ごめんなさいねアレク。わたくし、そんな大変なことになっているとも存じ上げなくて』

『今すぐ出立しては、かえって迷惑になるだろう。それゆえ、明日の朝一番でここを立たせてもらう。見送りなどは不要、二人で慎ましく出ていくゆえ』


 クラウス皇帝をお見送りした後、お二人はそろって私に言いに来てくださった。


 私としても、お二人は一日も早くいるべき場所……ファレーラ王国へ向かわれるのがいいと思っていた。だけど、はっきりとは言いづらいので、


『そんな、とんでもありません。大したお構いもできず申し訳ありませんが、よろしければごゆっくりなさってください』


 と申し上げたのだけど、お二人とも考えを変えるつもりはなさそうだった。


『あなたの官吏たちに、建築のいろはを教えられないのは心苦しいが、こちらが落ち着いたらまたお邪魔しよう。今はそれどころではなかろう?』


 タンザ国王は建築講座のことを忘れていなかった。ぜひよろしくお願い致します、とお願いして、その日の夕食は三人で一緒に摂った。

 お二人がセンチュリアに来られた直後からは考えられないほど、とても和やかで楽しい夕食会になった。


 翌日、私が目覚めたときには、お二人は既に王宮を立たれた後だった。

 お見送りしようと早めに起きたつもりだったけど、それより早く……まだ暗いうちに、王宮を出ていかれたらしかった。


 お二人からの連絡はまだない。ひそかに王国軍の兵士たちが護衛してくれているので、安全面では問題ないと思う。仲良く旅を楽しまれているのだと信じたい。




 演説から数日経つと、永世中立国の国家元首の皆さまから、私の書簡に対するお返事が次々に届いた。

 どのお返事も、消印の日付からして、私の書簡を読まれてすぐ書いてくださったみたいだった。


 それだけでもありがたいのに、皆さま私の決断を全力で応援すると書いてくださっていた。執務室で読んでいたのに、思わず涙がこぼれてしまった。


 しかも、


『これからは、われわれからも積極的に、世界平和を進めていく活動をしていこう。

 永世中立国でなくてはできないことがあるだろう』


『今の平和を、ローフェンディアだけに頼っていてはいかんと改めて考えさせられた。

 クラウス皇帝もよき君主ではあるが、われわれからも世界に訴えていかなくては』


『あなたの書簡を拝読して、この老体も身の引き締まる思いがした。

 永世中立国の国家元首として、常に心を曇らせることなく、世界を見渡さなくてはならないね』


 などということまで書いてくださっていた。


 それとは別に、アクロニム王国のアンリ国王は、ここだけの話として、


『ネフレタ教授に、私の署名入り大百科全集を贈ったんだ。

 彼はきっと『世界機構』の新しい本部総長になってくれるはずだよ』


 と嬉しいことを教えてくれた。

 クラウス皇帝は、アンリ国王にもネフレタ教授の説得を頼んでいたらしかった。




 そんな心を温めてくれる書簡を拝見しながらも、日々の執務はつつがなくやってきてくださるし、報道関係者からは、私の演説に対する質問状が連日山のように届いた。それを見ると、いかに私の演説がひどかったかがわかった。


 あまりにもたくさんありすぎるから、一つだけ例を挙げると、


『女王陛下は宰相閣下との結婚をお考えでなかったとおっしゃっいました。

 それではなぜ、お二人の婚姻関係を示すといえる書類が存在するのですか』


 という質問が来てしまった。


 こういう疑問を考えさせてしまったのは、私がクラウス皇帝との打合せのときは入れてなかった、ユートレクトの遺誡について触れたからだった。


 他にも自分の至らなさを痛感する質問がたくさん寄せられていて、目にするたびに落ち込んだ。


 だけど、全部の質問に私が答えていると、私の身体がいくつあっても足りないのも確かだった。


 そこで演説の翌日、朝一番から時間をもらって、国務省の報道関係担当の官吏たちに、今回の私の結婚と共同統治について、改めて最初から細かいところまで説明した。特例法案を作成したことも、ここで公表した。


 関係者と意思が統一できていれば、私が全部の質問状に回答しなくてもよくなる。

 だけど、それだけに、細かいところまできちんと説明しておかなくてはいけなかった。たとえ彼らが私の決断を支持していなくても。




 ……あれから十日も経ったのかと思うと、時間の流れがとても早く感じる。




 肝心の『世界機構』からは、まだ何も連絡はない。


 センチュリアから『世界機構』の本部があるタナールブータまで、行こうとすれば一週間かかるけど、演説の内容だけなら数日のうちには届くはずだった。

 通達に抗議する書簡も、演説の翌日に最速便で送っている。こちらも十日も経てばもう着いているだろう。

 大きくても小さくても、何か反応があっていいはずなのに、新聞を見ても全く何か言っている様子がない。


 もし……これは最悪に近い事態だけど、今はおとなしくしているだけで、期日になったらユートレクトを連行するために、国際警察や武力系の何かを派遣してくる可能性もある。そのときは、


『あのような輩の手下に、センチュリアの地は一歩たりとも踏ません! 絶対追い返してやります!』


 とトゥリンクスが息巻いて、ひそかに臨戦態勢を敷いている。


 恐らくクラウス皇帝の演説の影響で、『世界機構』全体が大混乱しているのだと思う。

 上層部も部下や外部からの抗議に対応するのが精一杯で、センチュリアの件どころではないのかもしれない。


 それはとってもお偉い上層部さんだもの、まずは保身が第一よね。

 まあ、しばらくしたらあなたたち一掃されるし、上層部じゃなくなるんですけどね……


 なんて皮肉たっぷりに考えながら、クラウス皇帝の書簡にお返事を書こうとしたときだった。


「アレクセーリナ女王!」


 現在、午後の昼下がり。

 今朝もこの声を聞いたのだけど、これほど早くもう一度聞くとは思っていなかった。


「ピアスカ司法官、お疲れさまです」


 インク壺の蓋を閉めペンを置くと、立ち上がって美貌の司法官を出迎えた。


「どうなさいましたか? まだ昼間ですよ」

「あなた、今晩どうせ暇よね」


 のっけから、えらく決めつけてきたわね。


「ええ、まあ」


 残業は多少しないといけないけど、プライベートの私はどうせ暇です、ええそうですとも。


「じゃあ、あそこ……あのレストランで最後の晩餐といくわよ」

「は?」


 キアラさんがセンチュリアで知っているレストランといえば、あそこ……『ラフデンフィア』しかない。

 私と夕食を一緒に食べたいだなんて、どういう風の吹きまわしだろう。


 ていうかキアラさん、最後の晩餐って言ったわね。

 ということは、ついに来たってことかしら、お父上からの帰還要請が。


 クラウス皇帝からの書簡を、今日拝見できてよかったわ。

 もし何も知らなかったら、クラウス皇帝やネフレタ教授に不利になる言動をしてしまったかもしれない。


「それは構いませんが、最後の晩餐とはどういうことでしょう。もう『世界機構』に戻られるのですか?」


 とぼけて質問した私に、キアラさんはとても得意げにおっしゃった。


「伯爵令嬢ともなると、いろいろあるのよ。詳細はあのレストランで聞かせてあげるわ。

 それじゃあ、十八時からで予約よろしく」


 伯爵令嬢のいろいろって……キアラさんのお父君はなんてお手紙に書かれたんだろう。すごく気になる。


 とりあえず、あのレストランを侍女に予約してもらって……ってあぶないあぶない。キアラさんを王宮から出しちゃいけないのよね。


「申し訳ありません、今日は執務がたてこんでいますので、十九時から、王宮内の別室での晩餐でも宜しいでしょうか?」

「……いいわ、特別に許可してあげる。私も身辺整理をしないといけないから、外出するとなると時間も取るし。そのくらいがちょうどいいかもしれないわね」


 キアラさんは偉そ……じゃない、おおらかに許してくださると、さっさと執務室を出ていった。

 さあ、十九時前には、執務にひと段落つけなくちゃいけなくなったわね。


 私は再びインク壺を開けると、クラウス皇帝へのお返事を書き始めた。




 十九時ぴったり。


 私はキアラさんの寝泊まりしている部屋を訪れた。


 扉をノックしようとしたとき、いいのかっていうくらい、部屋の中の声がはっきりと聞こえてきた。


「キアラさま、それはこちらに入れた方がうまく収まります」

「そ、そう?」

「ほら……この通り」

「あら、本当ね。じゃあ、後はあなたがやってちょうだい」

「何をおっしゃってるんですか! これだけの量の荷物、二人でまとめないと明日までに間に合いませんよ!」


 どうやらキアラさんは、明日ここを出立するための準備をしているようだった。それにしても、


「なんだって、こんなに荷物があるんですか。二、三か月ご滞在の予定だったにしたって、多すぎますよ。ご自分の家じゃないんですから、もっと身軽にしておかれないと……」


 キアラさんにお小言を言いながらも、てきぱきと荷造りしていると思しきこの女性は誰だろう。

 侍女長のマーヤの声じゃない。

 確か、キアラさんのお世話を担当しているのは、リーリアという新米の侍女だったはずなのだけど。


 ていうかキアラさん、こんな状況でのんきに私と夕食を楽しむつもりなのかしら。


 そう考えると、キアラさんを呼びに来たのがとても悪いことのように思えてきて、ドアをノックするのをためらっていると、


「あら、ちょうどいいところに来たわね!」


 中から勢いよくドアが開いて、嬉しそうな伯爵令嬢が顔を出した。

 もう、いやな予感しかしない。


「明日までに、ここの荷物をまとめないといけないのよ。 あなたも手を貸すのね!」


 こうして私はキアラさんの部屋に引きずり込まれた。

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