前庭の演説4
****
「それをみなに伝えるためには、私がまだ皇太子だった頃の話から聞いてもらいたい。
わが国には、マレイ・アス氏の孫にあたるライムントという皇子がいた。
当時、ライムントの皇位継承権は第三位、弟の皇位継承権は第四位だった。
これがライムントには目障りで、隙あれば弟に嫌がらせをしていた。
継承権はライムントの方が上であるにも関わらずだ。
ライムントは何が気に入らなかったのか。
ライムントの母親はフォーハヴァイ王国の正妃から生まれた姫だ。
そのような高貴な生まれの自分と比べて、たった一つしか変わらない皇位継承権を弟が持っていたことが、彼にとっては非常に許しがたかったようだ。
弟の母親はローフェンディアの爵位を持たない貴族出身だった。
ライムントにとって重要なのは、王族としての血統のみだった。弟の皇位継承権は、百位でも高いくらいだと憤っていたらしい。
そのような身勝手な怒りはともかくとして、わが弟がいやがらせを受けておとなしくしている性格でないことは、みなも知っているだろう。弟はライムントにいやがらせを受けるたび、倍返しの報復を浴びせていたようだ。
このようないやがらせの応酬が積み重なることで、ライムントは当然のことだが、マレイ・アス氏も弟のことをかわいい孫に害をなす輩として、恨みを骨髄にまで染み込ませていたのだ」
クラウス皇帝は、今回かなり踏み込んだ発言をされている。これほど他国の王族や、ましてご自分の異母弟……ライムントさんのよからぬことを公式の場で語るなんて、よほどしっかりした根拠がなければできない。
それだけ、クラウス皇帝は確かな証拠を握っていらっしゃることになる。
「ライムントの怨念がついに爆発したのが、昨年の『世界会議』の会期中だった。
ライムントはあろうことかアレク女王を誘拐した。その際、彼女は怪我まで負った。誘拐の理由も、弟への私的な恨み、この一点のみだった。
一国の女王を誘拐するなど、断じて許されないことだが、許されぬ暴挙を働いた理由も、信じられないほどお粗末で愚かとしか言いようがない。
これによってライムントは、わが国の皇族審判で皇族の資格を剥奪され、蟄居を命じられた。今は首都の邸宅で制約された生活をしている」
私が誘拐されたことは、センチュリアでは表向きにしていなかった。
センチュリアに帰るときには解決していたし、わざわざ公表しなくていいと思って言わなかったのだけど、みんなはとても驚いているようだった。次第に喧騒が大きくなってきた気がする。
「また『世界会議』の会期中、弟とマレイ・アス氏はあるきっかけで口論になったのだが、その際弟は、マレイ・アス氏に間者をつけられていたことを暴露した。
この様子は他の元首たちも目にしていた。マレイ・アス氏は完全に面目を潰されたわけだ。
その後マレイ・アス氏は、私の妻リースル暗殺未遂の実行指示者として捕らえられ、王位を退くこととなった。その原因を作ったのも、どういうわけか弟だと勝手に思い込んだ。
こうして、弟に対する怒りの臨界点を越えたマレイ・アス氏は、とうとう奥の手を使うことに……カーヤルに嘘の通達を発令させるに至ったのだ」
前庭の喧騒はどんどん広まっていった。
となり合う人同士で話し合う声も、相当な音量になっていたせいだろう。クラウス皇帝は一旦演説を止められた。
みんなも、王族の権威を汚すようなことがここまで具体的に語られるとは、考えていなかったのだろう。疑問や不満が噴き出すのは当然だけど、あまりにも騒がしいと演説が進められない。とうとう官吏が、
「皆さん、静粛に願います!」
と前庭の人たちを制した。
前庭にいるみんなも、誰の演説を聴いているのかすぐに思い出したようだった。
静けさを取り戻した人々に一つ頷くと、クラウス皇帝は演説を再開させた。
「……マレイ・アス氏は南方地域フォーハヴァイの前国王であるから、その言動はセンチュリアに届きにくいだろうが、彼の悪業はこれだけではない。
先月、王宮職員に配布された冊子に書かれていたことを、知っている者も少なからずいるだろう……そう、フォーハヴァイと同じ、南方地域にあるエルニアーサ共和国の惨事だ」
エルニアーサのことは、センチュリアだよりにも書かれているから、秘密にしておく必要はない。この機会に、より多くの人が知るのはいいことだろう。
エルニアーサってどこ? というささやき声が、ほんの少しだけ聞こえたけど、みんな極力静かにしようとしているのが見て取れた。
「知らない者のために説明しよう。少し長くなるが、世界の同朋の窮地を是非知ってもらいたい。
二十年前、エルニアーサは財政破綻に陥った。
その際、国際金融投資基金から資金を借り、危機を乗り切ろうとしたがうまくいかず、フォーハヴァイの支援を受けた。
しかし、これによってエルニアーサは、フォーハヴァイに対してより多くの借金を負ってしまい、財政が再建不可能なまでに落ち込んだエルニアーサは、事実上フォーハヴァイの属国となってしまったのだ。
しかし、財政が落ち込んでいても、属国にまでなる必要はなかったはずだ。
なぜエルニアーサは、フォーハヴァイの属国となってしまったのか。
フォーハヴァイ……当時のマレイ・アス氏とその臣下たちは、エルニアーサを完全に手中に収めるため、様々な工作を行った。
間者や美女、賄賂を使って、エルニアーサの首相や高官をたぶらかすことはもちろん、報道や教育までも利用し、エルニアーサの国民全体を洗脳したのだ。
新聞社にはフォーハヴァイを賞賛する記事を書かせ、子供たちにも『フォーハヴァイはいい国だ』と思わせる教育を施した。
無論、あからさまにすれば、気づく者も多くいただろう。
しかし、フォーハヴァイのやり口は巧みだった。
間者の素性が知られないのは当然のことだが、首相や高官を誘惑した美女は、どこで調べたのか、それぞれの好みにぴったりの女性を探してきて、あてがったらしい。
エルニアーサの首相や高官も、理想とする女性が自分を慕ってきたものだから、天にも昇る気持ちで言うことを聞いてしまったのだろう。甘い蜜のような罠にかかってしまったわけだ。
そして民衆には、日頃からマレイ・アス氏のよい面や憎めない様子だけを報じ、『魅力的な君主』『庶民感覚のある優しい国王』という印象を徐々に浸透させ、マレイ・アス氏を好意的に見るよう仕向けていった。
また、流行の服装から食べ物、考え方や生活習慣、すべて、フォーハヴァイ流が格好よくて新しく優れている、というイメージを植え付ける宣伝を絶え間なく行った。
この宣伝工作のために、エルニアーサの多くの有名人が、フォーハヴァイに買収された。
こうして、エルニアーサは新しい首相を選ぶ選挙で、フォーハヴァイの息のかかった人間を当選させてしまい、フォーハヴァイの傀儡政権を誕生させた。
これで、事実上フォーハヴァイの属国となってしまったのだ」
前庭の様子を見ると、センチュリア国民の半数以上が、まだこのことを知らなかったようだった。
信じられないという思いを隠せない表情が多かった。
「今のエルニアーサの様子を知れば、みなも驚くと思う。
エルニアーサの肥沃な農地で作られる、栄養価も高く美味で安全な農作物は、フォーハヴァイがすべて安価で買い取っていってしまうそうだ。
エルニアーサ人は、品質のよくない農作物しか口にできなくなった。
にも関わらず、農作物の価格は高騰している。
エルニアーサ国内での農作物の流通量が、大幅に少なくなってしまったからだ。
借入金の担保としてフォーハヴァイに取られた港からは、連日彼らの大船団が出港しているのだが、エルニアーサが権益を持つはずの海で大量に取られた魚介類は、すべてフォーハヴァイに持ち帰られ、これもまた、エルニアーサ人が口にすることは、ほとんどなくなってしまった。
豊かな森林の奥にある水源地も、フォーハヴァイの大企業に次々と買い取られている。
フォーハヴァイよりはるかに安い値段で、資源も豊富に残っているからだ。
そこに自分たちの工場と作業員たちの住宅を建て、社員を呼び寄せ、働かせている。
その一帯の治安は、格段に悪くなっているという。
週末にはいつも夜中まで路上で大騒ぎをし、次の日の朝には、道路一面にごみが散乱しているそうだ。
心あるエルニアーサ人は、たちまちその土地からいなくなった。
しかし、さまざまな事情で容易に引越すことができないエルニアーサ人たちは、我慢を強いられている。
その土地の学校も、フォーハヴァイ人の子供の数の方が多くなり、ついにフォーハヴァイ語で授業が行われることになったそうだ。
学校までフォーハヴァイに乗っ取られたようなものだ。
エルニアーサ人の子供は、自国語で学びたければ、歩いて一時間もかかる学校まで通わなくてはならない。
そして、フォーハヴァイ人の工場で汚染された水は、何の浄化処理もされないまま、下流に住むエルニアーサ人に向けて、垂れ流され続けているのだ。
これでは、エルニアーサの中にフォーハヴァイの自治区ができているのと同じことだ。
フォーハヴァイは軍事が強い印象があるが、このように軍事以外の方法を駆使して、他国をわが物にすることも非常に長けている」
憤りのため息が前庭を埋め尽くした。
みんなにとってはなじみの薄かった南方地域で、こんなことが起こっているとは、考えてもみなかっただろう。
センチュリアだよりに書かれていないことは、クラウス皇帝がご自分の臣下に調べさせてわかったことだった。
演説内容の打合せのとき、私も話を聞いて驚いたと同時に、エルニアーサの人たちに同情した。
こんな仕打ちを受けて、エルニアーサの人たちはどんな気持ちでいるだろう。
水面下で活動しているという、フォーハヴァイに対抗している人たちも。
「現在、フォーハヴァイの国家元首はオルリナ女王になっており、このように他国を虐げる政策は撤回し、エルニアーサとの関係は改善へ向かおうとしている。
しかし、エルニアーサから私企業を撤退させるには、まだ時間がかかるようだ。
このような政策を進めてきた、マレイ・アス氏の行いを許すわけにはいかない。
マレイ・アス氏は国王の地位から退いたものの、現在も各方面に強い影響を与え続けている。そのうちの一つが『世界機構』だ」
クラウス皇帝のお話は『世界機構』のことに移った。
「『世界機構』は、アレク女王も言っていたように、世界で唯一の国際組織だ。
その設立の経緯や、アレク女王が述べていた不文律などには、疑問に思うところも多い。
しかしまずは、上層部やその背後にいる国家元首たちに、『世界機構』を私物化させない仕組みを新たに作る必要があると考えている。
現在、『世界機構』の上層部は、武闘派と穏健派に分かれて争っている。
武闘派には無論、マレイ・アス氏やその取り巻きの国家元首たちの息がかかった者…つまり、カーヤルのような輩が多くいる。
彼らは、先にアレク女王も述べたように、自分の国にとって都合の悪い人物に、いわれのない罪を着せた通達を出し、拘束してきた。これによって命を奪われた国の高官は、数十人をくだらないと言われている。
一方で、穏健派と呼ばれる者たちは、武闘派に対抗する勢力と言えば聞こえはいいが、こちらも武闘派との権力争いに力を入れてばかりで、真に国際平和に貢献しているかといえば、疑問に思う節が多くある。
例えば、次の本部総長……『世界機構』の頂点に立つ人物を、わが弟にしようという動きをしていたくらいだ。
それも、現在弟に課されている罪を、裏工作を使ってどうにか消してやるから、とりあえずは代表理事の地位に就き、ゆくゆくは『世界機構』トップの本部総長にならないかという打診を、弟本人に行った。
公正中立であるべき国際機関の上層部がすることとは、とても思えないばかりか、組織の長になりうる人材が自分たちの中にいないという、情けない現状を暴露したようなものだ」
キアラさんの顔が緊張にこわばるのが見えた。クラウス皇帝がこんなことまでご存知だとは、思わなかったんだろう。私もここまでは申し上げていないから、クラウス皇帝が独自に調べさせたのだろう。
クラウス皇帝は、昨晩キアラさんと特例法案の検討をしていたとき、何もおっしゃっていなかったから、キアラさんに罪を問うおつもりはないと思う。
クラウス皇帝のお考えを代弁させてもらうとしたら……
キアラさんは穏健派の上層部に言われるまま動いただけで、穏健派に属しているわけでもない、ただユートレクトを助けたかっただけだろう、と考えていらっしゃる気がする。私もそうだと思っている。
クラウス皇帝の国際ゴシップ出血大サービスは、終盤に近づいていた。
「国際機関として中立の立場を保つべき組織の上層部が、現在、このようなていたらくなのだ。
このような輩が、年間どれだけの給金をもらっているか、みなは知っているか?
カーヤルのような代表理事で二千万だ。
センチュリアの支援金の半分以上の額に当たる。
彼らは果たして、この大金をもらうだけの働きを、世界の民に対してしているだろうか?」
してないね! 信じられない! という声が、すぐさまあちこちであがった。
「その通り。『世界機構』には改革が必要だ。
おのれの地位を私物化している上層部を一掃し、まじめに働いている職員が不当に扱われないよう、早急に対策を講じなくてはならない。
それには、多くの国の為政者の協力が必要になる。
先に述べたように、平和な世界を作りたいという思いに、人種や国体の違いは関係ない。
マレイ・アス氏、そして彼と手を組んでいる国家元首の諸君に、声を大にして告げよう。
君たちのもくろみは、もうこの世界で通用しない。
これだけ言えば賢明な君たちのこと、何をなすべきかわかるはずだ」
その答えともいうべき声は、前庭の至るところから聞こえてきた。
「『世界機構』の改革を!」
「マレイ・アスは政界から隠居して、罪を償え!」
「クラウス皇帝のもとで、公正で平和な世界を!」
ご自分を支持する歓声と拍手に、クラウス皇帝は右手を上げて答えられた。
「……フォーハヴァイのことわざに、このようなものがある。
『衆は黒を好もうと、主は白を好み、衆が白を好めば、主は見えざるものを好む』
民が悪に染まったときには、君主は慈愛の心を持って民を導き、民が慈愛の心に目覚めたなら、君主は民のため、より己の高みを目指し民を導く、という意味だという。
現在のフォーハヴァイの君主、オルリナ女王の座右の銘だそうだ。
彼女はこのことわざの通り、現在さまざまな改革に取り組んでいる。
フォーハヴァイは、火薬の臭気漂う国から平らかで安らぎの香りのする国へと生まれ変わるだろう。
オルリナ女王の実父であるマレイ・アス氏も、このことわざはご存知のはずだ。
オルリナ女王だけでなく、私も含めて平和と公正を愛している国家元首はもちろんのこと、マレイ・アス氏や彼に追随している国家元首の諸君も……世界中すべての為政者で、共に高みを目指し、平和な世界を築こうではないか。
そうすることが、それぞれの国と民の未来だけでなく、われわれ為政者の未来をも、慈愛と平和で満たすことができると確信している。
最後までご静聴ありがとう。
センチュリアとローフェンディア、そして世界中のみなに、大神オルズの祝福があらんことを」




