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死ネタ不可避の推しを生き延びさせるために、転生モブは全力を尽くします!  作者: ちまはは


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閑話 研究者の困惑


 ルシアン・ベルナールは困惑していた。

 正確には、理解できないものに遭遇した時の研究者特有の興奮と困惑の狭間にいた。

 目の前の机には、魔力観測機と設計図が置かれている。

 横では同行してきた研究員が資料を整理していた。


「主任。」

「何ですか。」

「結論から申し上げますと。」


 若い研究員は言った。


「理解不能です。」

「そうですね。」


 ルシアンは即答した。

 研究員が顔を上げる。


「否定しないんですね。」

「私も同意見ですから。」


 沈黙。

 しばらくして研究員が頭を抱えた。


「十三歳ですよね?」

「年齢を疑いたくなる気持ちはわかります。」


 ルシアンは書類を閉じた。


 辺境。

 ルーヴェンデル村。

 人口百人程度。

 王都から遠く離れた小さな開拓村。

 研究塔との接点がほぼ存在しない土地。


 だが。


 そこから送られてきた試作品の情報は。

 王都で百年以上停滞していた魔力理論を、一足飛びで前進させていた。


「理論は正しい。」


 ルシアンは呟く。


「発想も理解できる。」

「ですが、」

「そこへ到達する経路が存在しない。」


 研究員も頷いた。

 それが最大の問題だった。


 普通なら。


 先人の論文を読み、学び、理論を実践し、結果をもとに理論を発展させ、さらに高いところへ辿りつく。

 研究とはそういうものだ。


 だがレイン・グレイは違う。

 結論だけを持ってくる。しかも結果として、正しい。


「『なんとなく』って言ってましたね。」


 研究員が遠い目をした。


「ええ。」

「絶対嘘ですよね。」

「本人は本気だと思います。」

「余計に困ります。」


 その通りだった。

 だが。


 あの少年は本当に『なんとなく』だと思っている。

 そこが厄介だった。




**********




 グレイ家。

 ルシアンはアーサーとエリザから話を聞いていた。


「昔からああなんです。」


 父アーサーが言う。


「気づいたら何か作ってるんです。」

「危険なものは?」

「今のところは。」

「今のところ。」

「本人は便利なものを作ってるつもりです。」


 隣でエリザが微笑んだ。


「良い子なんですよ。」

「ええ。」

「優しい子なんです。」


 母親は少し誇らしそうだった。


「困っている人がいると放っておけないみたいで。」

「今回の観測機も?」

「そうです。」


 あの騒動の詳細は既に聞いている。


 だからこそ分からない。


 研究にかけた時間と、騒動の収束までの時間が釣り合っていない。

 もともと魔力暴走を念頭に置いて知識や実験結果を蓄えていなければ、即座に対応なぞ出来なかったろう。

 魔力暴走は、王都でも一部の貴族だけに起きる現象だ。辺境の村で扱う類の研究内容ではない。


「王都へ行きたいと言ったことは?」


 アーサーとエリザは顔を見合わせた。


「ありません。」

「でも、憧れの人がいて、一度会いに行きたいとは言っていた気が。」

「お芝居か物語の登場人物みたいな話じゃ無かったか?」


 本当に心当たりが無いらしい。


「研究塔に興味は?」

「無いと思います。」

「貴族には?」

「もっと無いですね。」


 ルシアンは頭痛を覚えた。


 研究者になりたいなら理解できる。

 名誉が欲しいなら理解できる。

 富が欲しいなら理解できる。


 だが。


 何も欲しがらない。


 それなのに成果だけ出す。


 理解できない。




**********




 夕刻。

 集会場の一角。


 ルシアンは村の長老たちと席を囲んでいた。


 酒は断った。

 今は頭を曇らせたくない。

 代わりに茶を飲む。


「そんな顔をするな。」


 白髪の老人が笑った。


 現在はルーヴェンデル村の長老。名をエドガー・ルーヴェンデル。

 かつては王都研究塔に所属し、残した論文は今も研究の基礎として新人研究員の必読とされてはいるが。

 ルシアンの師の、そのまた師にあたる人物だった。学閥のゴタゴタでルシアンの研究塔入りとすれ違いに辺境に引っ込んだ、と聞いていた。今の研究塔に彼の学閥は無い。


「お前さんが研究塔に入った頃な。」


 老人は懐かしそうに笑う。


「理論に合わぬ現象を見つけるたびに眉間へ皺を寄せておった。」

「今でも寄せています。」

「だから老けるんじゃ。」


 周囲から笑い声が漏れる。

 ルシアンはため息をついた。


「レインは何者です?」


 その瞬間。

 老人たちの笑みが少しだけ深くなった。


「村の子だ。」

「そういう話ではありません。」


 別の老人も頷く。


「いい子じゃよ。」

「変な子じゃがな。」

「妙なことを思いつく。」

「面倒事も持ってくる。」

「でも村の自慢の子だ。」


 誰も否定しない。

 誰も特別視しない。

 まるで当たり前のように言う。


 ルシアンには、その方が信じられなかった。


「あなた方は気づいていないのですか。」

「何をじゃ。」

「彼がどれほど異常か。」


 老人たちは顔を見合わせた。

 そして、笑った。


「異常なのはお前ら研究者も同じじゃろう。」


 ルシアンは言葉を失った。

 確かに反論できない。




**********




 その日の昼。


 窓から見えたレインは、研究などしていなかった。

 カイという少年と、一緒に虫を追いかけていた。


 数時間後、レインは畑の手伝いをしていた。

 村人と笑いながら、畝を起こし、次に植える苗について話していた。


 さらに数時間後、レインは薪割りをしていた。

 腰を悪くしたらしい村人の代わりに、斧を振り上げ、少しよろけていた。

 あまり身体を動かすことは、得意ではないらしい。


 ごく普通の十三歳。

 そう見える。


「主任。」


 部下が呟く。


「本当にあの子なんですよね。」

「ええ。」

「信じられません。」

「私もです。」


 ルシアンは静かに答えた。


 窓の向こうで。

 レインが何かを思いついたらしく、突然立ち止まり、地面に棒で図を書き始めた。

 カイは全く理解していない顔で覗き込んでいる。


 数分後。「あー、やっぱりだめだ。」という声がする。思い付きは、何かしらの結果には至らなかったらしい。

 思考実験だけで仮説を反証するなぞ、研究塔の中級以上の研究員のやることだ。

 本当に意味が分からない。

 レインという少年の発想と理論構成は、研究塔の研究員十数人分くらいに匹敵する。


 ルシアンは額を押さえた。


「主任。」

「何です。」

「どうしますか。」


 研究員が尋ねる。


 ルシアンはしばらく黙った。


 そして。

 窓の向こうの少年から目を離さないまま答えた。


「連れて行きます。」

「研究塔へ?」

「ええ。」

「本人が嫌がったら?」


 ルシアンは即答した。


「説得します。」

「無理なら。」

「説得します。」

「それでも無理なら。」

「説得です。」


 研究員は理解した。上司は本気だ。


 ルシアン・ベルナールは確信していた。


 レイン・グレイという少年は、王国の魔力研究を変える。

 それだけは間違いない、と。


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