4-魔力って、なあに?
「レイン、あなた、シュタインブルクに行きなさい」
腰に手を当てて、マリナさんが、言う。
あれだ、前世の『東大に行け』のやさしめバージョンだ、コレ。このネタ、誰得?
父さんと母さんは寄り添って、俺とマリナさんを心配そうに、でも、見守ってくれてる。
そして、なぜかいる村のじいさま達。
「なんで?」
一応、不服そうに見えるように、短めに答えてみる。
実際。
『推し』の「シエル」のため、王都シュタインブルク行きの口実と手段を、どうにかできないものかと思ってたトコだから、渡りに船ではあるんだけど。それを、ここでストレートに喜んでみせちゃダメな気がするんだよ。さすがに。
「あなたの作ったこれなんだけどね。」
マリナさんの手には、俺の自作の魔力観測機(試)。じいさま達は、コレについてきたのか。
「これを、必要としてる人がいるのよ、王都に。」
「…それって、貴族?」
「そうね、貴族もそうだし、【研究塔】もね、欲しがってる。」
「【研究塔】って学園の?」
王都にある王立学園は、『ゲーム』の【二周目】のメイン舞台であり、貴族の子女と裕福な上流王都民が通う学び舎だ。庶民も特例で通える制度があったはずだ。あまり前例は無いそうだが。
学園に付属する【研究塔】は、文字通り、王国のトップクラスの頭脳が集う場所であり、研究の傍ら学園で教鞭をとる条件で生活と研究費が保障されるらしい。
「魔力測定は、昔からある技術じゃないか。特に珍しいものじゃないよ。」
抵抗してみせる。一応。
「…レイン。あなた、それ本気で言ってるの?」
マリナさんが呆れたように俺を見た。
うん、わかってるよ。ソレは。既存の魔力測定器とは構造設計から違うからね。知ってる。自分で作ったやつだもん。
でもさ。設計構想というか、発想がさ、いわゆるオーバーテクノロジーなんだよ。この世界に無かった視点からスタートしてるから、フツーの人には説明できないんだよ。
説明して面白がってくれるのはじいさま達みたいな変じ…柔軟な発想を容認してくれる人だけだと思うし。
真面目な、と思われる、フツーの研究者に理解してもらえる気がしないんだよぅ。
助けを求めてじいさま達に視線を流すと、ひとり、眼鏡をかけた魔道具じいさま(通称)が、マリナさんから魔力観測機(試)を受け取って、俺に近寄ってきた。この魔道具じいさまの本名、なんだったっけ?
「これを、わしらに説明した時のことを覚えておるかの?」
「…うん、」
「お前は、魔力熱と体熱の要素を切り分ける、というておった。」
「…うん、」
「わしらは、魔力制御の修行で、まず体内の熱を意識すること、と教わる。」
そう。確かにそう言われた、先生役のじいさまに。
魔力感知で体内の熱を意識して、魔力操作で熱を集めたり散らしたりしてみろって。
魔力による熱は、体感としてホントに「熱」だったんだよね。意識したらわかる体温とは違う「熱」が、身体全体に循環してる感覚。
だから、魔力のあるなしとか強弱は、子供のころからなんとなく皆がお互いに判っちゃう感じだ。だって、触ったら、あったかいんだもの。あれだ、大人と走り回った後の子供体温ぐらいの違い。
で、俺は魔力のない世界の記憶があったから、そもそも「魔力の熱って何?」って考えてみたんだよね。
人間にはもともとの体温があるわけじゃん。それと魔力の熱って、どう違うのかなぁ、とか。前世で体温計で熱を測ったことを思い浮かべてみたり。
この世界にも体温計測はある。前世の体温計とほぼ変わらない仕組みだ。
当然、体温は魔力熱込みの計測になるから、病気による発熱かどうかは平熱からどのくらい上がってるか、の判断になる。
魔力熱は、使えば上がる。運動後に体温が上がるのと同じ感じだ。
発熱してる本人も、もともとの魔力量が少ない場合、体温なのか魔力熱なのか違いが判らないらしいし。いや、魔力少ないと熱量も低いから、生活上の問題はない。高熱はだいたい病気や怪我由来って、判断される。
魔力が多い場合は、体温の熱か魔力熱かの違いは、本人にしか判らない。体感頼りの自己申告制だ。
このせいで、マリナさんの発熱が「魔力暴走」だと誤解されたんだよね。
意識が途切れるレベルの高熱で、本人の意思が伝えられない場合、元の魔力量が少なければ病気による発熱、魔力量が多ければ魔力暴走、とみなされるから。
魔道具じいさまは、ふむ、と頷いてから、俺の額を軽く小突いた。
「わしらにとって熱とは魔力じゃ。幼いころから、そう教わる。疑いもしとらん。」
「…うん、」
「じゃが、お前は違った。熱そのものを分けて考えた。」
じいさまが、観測機(試)を持ち上げる。
「これの異常さは、そこにある。」
異常言うなし。傷つく。
「従来の測定具は、人が発する熱の総量しか見ん。」
「だから誤診が起きる。」
「そうじゃ。」
周囲のじいさま達も神妙に頷く。
いや、そんな真面目な顔されても困るんだけど。
俺としては、「分けて測った方が良くない?」くらいの感覚だったし。
「普通は、人のうちにある魔力を測ろうとする。じゃが、お前は逆じゃ。」
「…?」
「お前は、人そのものを観測対象から外そうとした。純粋な魔力だけを測ろうとした。」
あれ?
気温。
脈拍。
発汗。
呼吸。
そういう『物理現象』を先に置いて、そのあとで「じゃあ、この説明できないのが魔力か?」って順番で考えてた。
でも、この世界の人たちは逆だ。
魔力ありき。
だから、魔力を含めた状態が自然。
(…そりゃ、話が噛み合わないわ)
俺が「魔力だけを測ろうと思って」って言った時、じいさま達が妙な顔してた理由、今さら理解した。
あれ、たぶん。
水の中の魚に向かって「飲み込んだ水量測るね?」って聞くくらい、意味不明だったんだ。
「レイン」
マリナさんが腕を組む。
「あなた、自分が何を作ったかわかってる?」
「試作品。」
「違う。」
「改良型?」
「そこじゃない。」
即答された。ちょっと怖い。
「既存の魔力理論の前提をひっくり返したのよ。」
そんな大層な?
「いやいやいや…」
俺は首を横に振る。
「そんな大層なもんじゃないって。俺がやったの、ただの比較だよ?基準値取って、要素引いて、残差見てるだけで。」
「その、だけ、を誰も思いつかなかったんでしょうが。」
マリナさんが呆れた声を出す。
「だって魔力は、神秘、だったんだから。」
その言葉で、ようやく理解する。
ああ。
なるほど。
この世界、「魔力」を観測対象じゃなくて、「信仰対象」寄りで扱ってるのか。
だから解析しようとする発想自体が薄い。
研究塔が食いつくわけだ。
変じ…じいさま達が目を輝かせるわけだ。
でもさ、『俺』には必要だったんだよ。魔力について知ることが。前世では検証しようがなかった要素なんだもの。
今の「レイン」なら、魔力研究からのアプローチが可能だ。
「シエル」を救うために。




