第二学年 4月 入院日記 その1 全、金パファンに告ぐ
4月7日(水)
結局、今、文字を書く事位しか出来ないのかもしれない。
おかしい。視覚として入る刺激も、指先に向けられる神経も、頭がいろんな事を考えようとしている。
字を書く事がこんなに緊張するものだとは知らなかった。
おかしい。
入院日記 4月12日(日) 20時10分
なかなか様子が違う。何から書こう。
とにかく後五十秒もしたら病院は夜になる。予定では二週間我慢したら、帰らせて頂くつもりでいたのだが、そんなに甘くはないようだ。
「もしかしたら二か月位入院してもらうかも知れない」
……恐ろしい。
今
「消灯です」
と電気を消されてしまったので手元の小さい電気の下で書いている。目が悪くなるじゃないか、なんて文句も言えない。どうしても今書いておかねば。
大都会東京の夜景なんてものが狭いビルの間に見える。四十点というところか。
いつもの主治医の、畏怖といくらかの尊敬を持って接していた女医さん(恒竹さんと仰るそうだが)が、僕の年齢の三倍弱(五十歳位)で十四歳なるお嬢さんがいらっしゃると聞いて、いささか驚いた。お若く見える。しかし、そう言われるとそう見えなくも無いし、なるほど母親の貫禄も有しているようである。
で、この方がどういう訳か今日は、非常に優しかった。理由はちゃんと分かっている。おそらく僕の精神状態の所為であろう。
ここで現在、僕がいかなる精神状態でいるか附記しておかねばならない。一言で言うならバラバラである。これは多分に眼鏡の度が合っていないという、実に具体的かつ現実的かつ、誰もが
「そうだろうな」
とうなずける事実もあるのだが、それと同時に僕の精神の成長に伴って生意気にも、思想だの人生論だのと言い始めた事が、割合の多くを占めると思われる。
実際、僕自身も〇〇論だとか考える様になるとは思わなかった。でも僕は天才なんかじゃない。もっとずっとずっと才能を持っている人達は、果てしなく深遠に、宇宙の涯も貫かんとする風に悩むであろうと思われる。
そんなに悩むのなら畑正憲氏のエッセイにあるように自殺の理由が『思想の混乱』だなんてのも有り得るのかしら。聞くところによると太宰治も芥川龍之介も自殺したそうだ。理系の人は自殺なんかしないのかな。
『何故、恒竹先生が優しく見えたか』から随分遠ざかってしまったが、戻そう。
一つは僕の弱い精神状態にある事は既に触れた。今、僕には意志とか虚勢とか、そういった自己を飾る、本心を装うものは非常に少ない。口から発する言葉は他人を傷つける事は出来ても、相手を操ったり尊敬の念を抱かせる事は出来ない。
そのような弱い気力である僕が、どうしておっかないと思っている人と対等に話が出来よう。
結論はあの人が医者であり、僕は相当気弱になっている患者で、その上あの人が母親である事を知った為、僕は藁をも掴む思いで、以前に比べて頼れる優しい人だと感じたんじゃないだろうか。
それにもう一つ。
前回(中学時代)の入院中
「のどが痛いです」
と言った僕に
「また?気のせいじゃないの?」
と患者の性格も状態も見極めぬまま、医者という立場を忘れた、この酷な言葉を吐いた女医だと勘違いしていたから。もう一人別の女医だったと、今さっき思い出した。
そいつと比べたら、天使の様だ。
4月14日(木)
書く事がいっぱいある。
まず僕は大変おカンムリである。このラジカセの音を聞いてみよ。FMにしたら音無しとなった。入院してからまだ三日目なのに、何とした事か。もう九つの単一電池が無くなろうとしている。
これを怒らずして何に腹を立てるべきか! 少なくとも一週間はもたせる心算であったのに、流石に一週間に二千円は使いすぎだろ?
しかし、今の僕からラジオを取ったら何を楽しみに過ごせばいいの?
次に憤慨すべき点は、この小児病院は想像以上に恐ろしい所である事を知ったのである。
飲食物の差し入れが禁止なのは知っていたが、病棟内に公衆電話が無い!まあ、ガキンチョは電話なんかする必要は無いかもしれないけど、看護婦さんに頼んで電話を掛けてもらうしか無い様である。
それに屋上に出られない。
売店にも行けない。
20時になりゃ電気も消されてしまうし、まだまだあるぞ、もう!
『窓に鍵をかける』
考えてみたら、これは非常に怖ろしい事だ。僕の吸う空気はさっき僕の吐いたCO2が必ずいくらか含まれている。それにもうこの、暖かい部屋の『病院です』という感じには耐えられない。窓から見える景色もさして感動に打ち震えるようなものでも無い。
『コーヒーが飲みたい』
一日中絶え間なくのどの渇きを感じるのは何故か。乾燥と暑さのせいか?薬の副作用か?
くっそ―電気が消されてしまった!こりゃまた視力が落ちてしまうじゃないか!懐中電灯が欲しい……。
八日に録音しておいたラジオ『パックインミュージック』を聞いた。つまり涙の告白の日のカセットテープを聞いて、
「こりゃ、どうも怪しいぞ」
と思った時の文→
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遂に金パが終るらしい。白石冬美様のあの笑い、野沢那智さんのあのとぼけ方。どうも胡散臭い。嫌だね。金パを終わらせる理由がどこにあるんだい! 今のラジオ番組にあれだけ格調高い、若者が若者でいられる番組が他にあるか。金パはタイムマシンなんだ。チャコ様も仰ってらしたではないか。
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テープを半分だけ聞いて、
「こりゃ本当らしいぞ」
と思いながら、まだ信じていなかった時に、もしもの時の為に書いた文→
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皆分かっていらしゃる。那智様、チャコ様。今年まだ十七の僕は、これからの人生の為、今日の楽しみの為、あなた方の放送が必要です。僕だけじゃない。中学・高校・大学、こんな人達にとって、絶対あるべきこの番組がなくなったら……。
那智様は今の若者にどうやら明るい展望をお持ちの様ですが、それは脆くも崩れる事でしょう。いや、それどころか金パの流れていた地域は全て、暗い世界へと変貌を遂げる。
きっとだ! 僕は断言するゾ!ナァティ、そうなったらお前らの所為だ!!
金パが本当に消える日に、例えお前が NASA に特別注文した新開発安全スーツを着ていても、そのガリガリの肉体はへし曲り、アラン・ドロン並みの声はヤンバルクイナと区別不可能になり、女泣かせの甘いマスクも三波伸介が蚊に襲われた様になるだろう。覚悟しとけよ。フッフッフッ……。
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テープ終りまで聞き、ひとしきり呆然としたり、ウジウジ文句を言ったりした後、思い余って書いた文→
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パックが終る。そりゃ無いよ。今更、僕が辞めないでくれと縋るような手紙を書かなくても、きっと同じような手紙が山の様に、本当に物理的に山ほど送ってくる。でも、書きたい。参加したい。パックだけは辞めて欲しくない。
手紙が少なくなったのか、時代に乗らないのか、それともパーソナリティの限界か。そんなものは全ていくらでも、跳ね返せるじゃないか。もしや上からの圧力か。それだったら許せないゾ。
以前、那智様が仰っていらしたように、今やTBSは十人に六人が東大出だそうじゃないか。今流行りの東大の連中なんかの事が聞けるか。
イライラする。情けない。涙が出そうになるよ。辞めないでよ。お願いです。金パが終ったら何を頼りに大人になるの。何を支えに社会に出たらいいの。
僕はネ、暇になると投稿する手紙の内容を考えているのよ。残念ながらまだ一度も読んでもらってないけど。酷いよ。十五年続けたパックを、どうして僕らの年代で消してしまうのですか。
チャコ様が、確か他の番組でゲストで出た時
「パックはタイムマシンみたいなものでしょ? 若い人がだんだん成長してパックを聞くようになり、そしてやがて卒業していく」
と仰っていました。それが今終わるなんて。
だいたいパックのリスナー層を形造る、十七歳の高校生ティーンエイジャーである、この私達の年代でパックが終ったら、先輩方に何とお詫びすればよいのやら。申し開きがたちません。
パックが無くなったら、どこに深夜放送なんてのがあるんですか。夜中にやれば皆、深夜放送というものじゃないでしょう。その本当の意味を知っている人達に向けて放送するのが金曜パックじゃないのですか。
僕のようやく育ってきた青臭い、人生論や社会論、恋愛論をいったい何を使って皆に語ればいいのですか。
友達に話すのもいいです。しかし、ただの弱い学生でしかない僕らが、自分の考えを皆に聞いてもらいたいと思った時に、巨大ネットワークを持つ短波・パックインミュージックと言う番組が味方してくれなかったら、何を頼りにすればいいのでしょう。僕らに何が出来ましょう。
十五年。何故十五年続けられて、十六年目に入れない!
大好きだったプロ野球巨人軍、王選手が辞めた時
「今まで不調の時には、猛烈に練習していれば必ず体の中に燃えるものが湧き出てきたが、今年はそれが無かった」
と仰っているのを聞いて、その引退を納得出来た。
しかしこれは出来ない。
那智さん、いいじゃない。生きた化石でもシーラカンスでも、あなたの中の青春が既に終わっていようとも、手紙の内容に感覚が付いて行かなくても。
僕らはもう何でも分かっている那智さんが、時に笑い時に怒りながら、いつもの調子で手紙を読んで、僕らの言分にそうかそうかと相槌を打ってくれれは、嬉しいし安心するんだよ。
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これから毎週手紙を書くと決心し、この日記を読み直していたら気持ちが昂ぶってきて書いた文→
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野沢さんの
「いよいよ僕らも七月でお別れする事になりました」
という、何とも形容し難い寂しく悲しいお言葉を聞いた夜には、よし、金パ存続の運動を起こし世論を率いてTBS幹部どもに直談判しよう、とか、その他諸々の細かい事、ゲリラ戦の方法等、一人涙に暮れながら考えました。そしてその全てが、十五年と言う歳月のおかげで、他に類を見ない幅広い年齢層のリスナーを持っているという事実において、誰かしらが成功させてくれる可能性を裏付けてくれるような気がして、余計に僕を涙ぐませるのでした。(この辺の心理は本人にも良く分からなくなっている)
何故年齢層が広いと成功するのか。既成の世論運動等に比べて、一定地域のみと言った局所的ではなく、世界中で沸き起こる。そして非常に多種多様な世界、学生から政治家、下宿学生から一流企業の社長夫人、一般人からエライ人まで、味方がいるって事だよ。
パックの常連となり金パ大賞が頂ける程の活躍をし、落ち着いた物腰で優しく微笑を浮かべながらTBSに現れ
「僕が Brown です」
と、お二人と握手を交わす情景を、もう何度夢見た事でしょう。
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もう全然落ち着いてからの文→
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以上は『金パ終了』に対する正直な気持ちです。投稿するとなると、おそらく金パに来た手紙の中で、最も低レベル文章力の酷い手紙であろうと思われます。でもこれは自分でも驚く程、素直に書けています。だから例え同様な手紙が山の様にあっても、僕の思いもその中の一つとして、送ろうと思います。
八日の放送はカセットテープに録って後日に聞いたので、その翌週にお手紙を出す事が出来ませんでした。おかげでやろうとしていた『全、金パファンに告ぐ』というタイトルを他の人に取られてしまい、おまけに野沢さんが
「もう、この手の手紙は読みません」
と仰ったので、お二人だけに向けて書いております。
もっとも、そう言われなくても、この文章力の酷さからいけば読まれる筈も無いのですが。伝えておきたいと思ったので出します。言いたい事はまだあるけど、お二人とも何でも分かってらっしゃるし、僕も大人だからもう止めます。
お二人はいつも、手紙は全て目を通していますと、仰っておられますが、あの告白以来、手紙が三倍になったそうだし、さらに増えると容易に予想されるし、非常にお忙しい二人だから、また下読みをしないで始める事が増えるのでしょうか。(その事について僕は、那智さんがいかに大人であろうと二枚目であろうと、下読み無しなんて賛成できない。いや、待て。チャコ様は那智さんが下読みを怠る度に
「今日のパックは面白くなるでしょう」
と仰っているではないか。うーん、わからん)読んでいただけるのは、いつの日になるのやら。
いつでも良いです。例え、チャコ様が破れた襖を直すのに使う時でも、畳の下に敷く新聞紙代わりに使う時でも、読んでくだされば嬉しいです。来週もきっとお便りします、ご迷惑になろうとも。放送で読まれるよう、もっと短くもっと面白いものを書きます。
今、僕はちょっと体を壊しまして、はるばる田舎からチャコ様のお住まいの側・東大付属駒場高校の付近の病院で元気の無い日々を送っています。体力も無く隔離された特殊空間で暮らしていますと、色々健康な時には無かったような思考様式も生まれました。
「こりゃ、まんざら人生経験としては悪くないわい」
等と嘯いても、やっぱり早く元気になりたいと、切実に思うのです。
では、また。
上州 病の Brown
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