第15話 昨日祈った今日
――世の中には、死期を悟るという言葉があるらしい。
普通は、死ぬ数日前とからしいけど、私は違った。死期を初めて悟ったのは、ちょうど一か月前。
自分の部屋で、宿題をしていた時の事だ。
――急に頭が痛くなった。
吐き気、めまい、立ち眩み。息が出来ず、ゼーゼーと呼吸が空回りをするようなそんな感覚に陥る。まるで、体調不良のオンパレードだった。そして、挙句の果てには倒れた。
親は家にいなかった、だから誰にも助けてもらえない。
そして、次第に目の前が暗くなっていく感覚。それが、単純に体調不良のせいなのか、酸欠のせいなのかは分からない。
ゴホッゴホッとせき込むのと同時に何かが口から出る感覚。最初は、胃の中の物が出たのかと思った。でも、違った。
――血だった。
――あっ、これ死ぬなと思った。
勘違いなどではなく、本当に死を感じた。薄れゆく意識の中、思い出したのは家族や友人の顔。これが、走馬灯というやつなんだ。と、お気楽にも、薄れゆく意識の中でそう思った。
そして、私の視界は完全に暗転する。
その暗転の中で、私は初めてあの夢を見た。あの日から私は、毎日あの夢を見ている。
◆◇◆◇◆
「 っ!!起きなさいっ!!」
その怒鳴り声と同時に、体が激しくゆすられる感覚。そして、シャーっとカーテンが開けられて日光を感じる。私の意識が少しだけ覚醒する。でも、まだポワポワするし、寝ていたい。
「うぅ……おかあさん、おはよう……」
「早く起きないと、学校に遅刻するわよ」
「はーい」
私の返事を聞いたおかあさんは、はぁっとため息をついてから部屋を出ていく。その足音をBGMに私はまた深い眠りに――、
あれ、おかあさんが起こしに来たって事は時間ヤバい?
そう思って、ばっと布団を跳ね上げ起き上がる。跳ね上げられた布団が、パサッとベットから落ちるが気にしない。
そして、急いで時計に目を向ける。と、そこにはいつも出発する一時間半前、6時45分を示す時計があった。
「なんだ。まだ全然余裕じゃん」
そう思い、再び横になろうとするが、一度覚めてしまった目と脳が、起きた方がいいという警告をしてくる。さらに、ベッドの横に落としてしまった布団のせいで、再び寝る気にはなれなかった。
「はぁ……起きるかぁ」
仕方なく私は、ベッドから立ち上がる。そして、落ちた布団をパッパッと軽く払ってからベッドに投げて、リビングのある一回に降りた。
「おはよう、おかあさん」
「おはよう、 。ご飯出すから顔洗ってきなさい」
「はーい」
そんな風に、いつものやり取りを返しながら洗面所に向かう。洗面所には、おかあさんが使った後のような痕跡があった。今日はどこかに出かけるのだろうか。そう思いつつ、洗面台の鏡をのぞき込む。そこには当然、私の顔が映っている。
「ひどい顔……」
そうは言っても、隈があるわけでも、体調が悪そうなわけでもない。ただ、寝起きでひどい顔になっているだけだ。特に髪がひどかった。動きやすいようにボブにしてある黒い髪は、寝癖がひどすぎて、もはや原型を留めていなかった。
そして、顔を洗ったり、寝癖を直したりしてから、リビングに戻る。するとそこには、いい具合に焼かれたトーストと、コーヒーがあった。
「いただきます」
手を合わせながら、そう言う。前は言っていなかったけどここ最近は言うようになった。それもこれも、あの夢と自分の体調のせいだが。私は、トーストを食べながら、テレビで流れているニュースを見る。
『今週いっぱいは全国的に、厳しい暑さが続く見込みです』
ちょうど、天気のニュースが終わりかける所だった。お天気のお姉さんから一転、スタジオに画面が戻る。
『続いてのニュースです。西野海斗博士が開発した、『収納ちゃん』が世界で高い注目を集めております』
次のニュースは、すこしだけ気になるニュースだった。日本人が世紀の大発明をしたらしい。それも、私が住んでいるこの町で。
『収納ちゃんに使われている原子操作技術は、物資の運搬はもちろんのこと、医療技術にも応用できるるということです。今回は特別に総合病院の――、』
それからは、偉そうなおじさんが長々と解説を始めるパートに入った。そのタイミングで私の注意もテレビから朝ごはんに移る。
それにしても病気、か……。でも、私のは多分、まともな病気じゃない。それどころか、病気ですらないかも。
なぜなら、症状が適当なのだ。
おなかに激痛が走ったり、頭が割れそうになったり、血を吐いたり、心臓が破裂しそうなほど痛くなったり。症状がバラバラで、いい加減。まるで、世界からお前が死ぬのならば、理由は何でもいいと言われているような気分だ。
それもあって、「死期」というものを信じるようになった。まぁ、他の理由ももちろんあるのだけれど。
「ごちそうさまでした」
そう言って、わたしは手を合わせて、台所のおかあさんに皿を渡して、二階に上がる。そして自分の部屋の扉を閉める。勉強机、カバン、ベッド。自分で言うのもなんだけど、そっけない部屋だ。ここから増やす気にはなれないけど。
「とりあえず、着替えるかぁ」
そう独り言をつぶやいて、クローゼットへ向かう。私の部屋のクローゼットの扉は、スライド式なので開けやすい。
そして、クローゼットを開け――、
「あ……がっ、……」
――心臓に激痛が走った。
痛い、と思う時間すらなかった。
思わずわたしは、膝から崩れる。かろうじて、近くの机に手を置き、完全に崩れる事だけは避けれた。心臓の鼓動を感じる。そして、その鼓動ごとに、激痛が走る。
数回、その激痛を体験してからようやく、思考が感覚に追い付いてきた。痛い、痛い、痛い、痛い、いたい。その思考が、頭の中で何度も反響する。
だいじょうぶ。おちついて、むり。いたい。さけんだらばれる。いたい。「痛い」の次に来たのはそんな言葉達だった。でも、耐えるしかない。その言葉を外に出せば、バレてしまう。
私は唇を噛んで、必死に耐え続ける。
結局、それが何分続いたのかは分からない。いや、もしかしたら何秒、かも。私が落ち着いたころには来ていたパジャマも、汗でひどく気持ち悪い触感になっていた。痛みは治まっているが、まだ胸に違和感がある。
「はやく、着替えて、行かないと」
じゃないとバレてしまう。心配させてしまう。そう、かすれた声でつぶやく。
わたしは、机に体重をかけて立ち上がり、ふらふらとクローゼットを開ける。そして、着替える。時間を掛けてゆっくりと、できるだけ体を休めながら着替えていく。
そして、着替え終わると、ちょうど、出発時間くらいだった。少し余裕が出来たからか、早起きしてよかったなんて考えが浮かんできた。
一階に降りると、おかあさんがテレビを見ていた。
「あら、今日は随分と余裕の出発ね……って、あんた顔真っ青よ?」
「大丈夫。ちょっと足の上に物落としただけ」
「あぁ、それであの音ね。納得だわ」
私は靴を履きながら、そう答える。着替えながら考えた言い訳だが、我ながら嘘が下手だなと思う。そして、それに騙されるおかあさんもおかあさんだと思う。いや、おかあさんは変な所で鋭いので、体調が悪いと言う事はバレてるかも。
「それじゃあ、行ってきます。おかあさん」
「はい、いってらっしゃい。 、」
私は扉を開いて、外に出る。扉の先の空は、快晴だった。
そして、そこで気づく。
その異常に。
その違和感に。
「あれ、わたしの名前、なんだっけ?」
その疑問を口にするのと、玄関の扉が閉まるのは同時だった。




