プロローグ その女は唐突に、俺の前に現れた
——その女は唐突に、俺の前に現れた
7月下旬。澄み渡る青空と夏特有の入道雲、そして学校の屋上のフェンスを背景にして、唐突に、何の前触れもなく、その女は現れた。
黒い傘、風になびく長い黒髪、そして黒を基調としたセーラー服。それと対になっているかのような白い肌。
その女はまるで、物語の黒幕のような、人ならざるナニカのような雰囲気を纏ってそこに立っていた。
「過去を変えたいと、思ったことはありますか?」
その女は妖しく微笑みながら、そう俺に問いかけてくる。過去を変えたいと思ったことはあるか、と。
——ある。
あるに決まっている。ここ数日、何度も何度も思った。思い続けた。過去を変えたいと、あの時ああしていればと。でも、そんな事出来ない。出来るわけがない。起こってしまった過去は、変わらない。
——だから俺は今日、全てを投げ出そうとここに来た
彼女のその更に先、学校の屋上のフェンスを見ながらそう思う。彼女は、俺の内心を見透かしたように目を細めて、言葉を続けた。
「対価は三つ。一つは今晩、私をあなたの家に泊めること。二つ目は、あなたの命。そして、最後の一つは——、」
「私の、共犯者になることです」
一拍置いて、それが最も重要であるかのように彼女は言った。妙に耳に残る言葉だった。共犯者。犯罪を共に犯す者の事。過去を変えるのは犯罪なのだろうか。そして、彼女は犯罪者なのだろうか。
「もし、この三つの対価を差し出して頂けるのなら、西野海斗さん、あなたを最高の結末まで連れていくことを約束しましょう」
そう言って彼女は、手を差し出してくる。
その手は、とても細くて、握れば砕けてしまうような、とても白くて、不気味なほど綺麗な手だった。だが、この手を取ればもう後戻りはできないと、人の道を外れてしまうと、そう直感する。
だが、もし過去を変えることが出来るのなら。覆しようのない現実を変えることが出来るのなら。
——人の道くらい踏み外してもいいかと思った。
——そして俺は、彼女の共犯者になった。




