表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/31

「エデンさん」と呼ばれる理由

「誰かのために行動することは、特別なことなのだろうか。」

そんな問いから、この物語は生まれました。


 私たちの学校生活には、世界を揺るがすような大事件はほとんどありません。しかし、落とし物を探したり、友人同士のすれ違いを仲直りさせたり、誰かの悩みにそっと寄り添ったりといった、小さな出来事は毎日のように起こっています。


 主人公・上乃園遥は、そんな「小さな困りごと」を放っておけない高校生です。周囲からは「エデンさん」と呼ばれていますが、本人は特別なことをしているつもりはありません。ただ目の前に困っている人がいたら、自然と手を差し伸べる。それだけです。


 そんな遥の前に現れるのが、天真爛漫な転校生・神原葵。性格も考え方も正反対の二人が出会い、学校で起こるさまざまな出来事を一緒に解決していきます。


 この作品には派手な事件や命懸けの謎解きはありません。しかし、人と人とのつながりや思いやり、そして高校生だからこそ感じられる青春の一瞬一瞬を大切に描きたいと思いました。


 読み終えたとき、「少しだけ誰かに優しくなろう」と思っていただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。


 それでは、「エデンさん」の物語をお楽しみください。


 人は、不思議なあだ名をつける。


 名前をもじったものだったり、見た目の特徴だったり、ほんの些細な出来事から生まれたりする。


 そのあだ名が本人の意思とは関係なく定着してしまうことも、決して珍しくはない。


 ――上乃園遥も、その一人だった。


 けれど、彼女のあだ名は少しだけ特別だった。


 誰も本名ではなく、「エデンさん」と呼ぶ。


 それは苗字の「上乃園うえのその」から誰かが冗談半分で付けた呼び名だった。


 初めは一部のクラスメイトだけが使っていた。


 しかし一年も経つ頃には、同級生だけでなく先輩や後輩、教師までもが自然とその呼び名を口にするようになっていた。


「エデンさん、おはようございます。」


「エデンさん、図書室の鍵お願いします。」


「エデンさん、また相談に乗ってくれませんか。」


 誰もが当たり前のようにそう呼ぶ。


 けれど、遥は特別なことをしているつもりはなかった。


 困っている人がいれば声をかける。


 落ち込んでいる人がいれば隣に座る。


 誰かが言い争っていれば、お互いの話を静かに聞く。


 ただ、それだけ。


 誰かに感謝されたくてやっているわけでもなければ、「良い人」と思われたいわけでもない。


 幼い頃から、それが当たり前だった。


 だから、自分が周囲から特別な存在として見られていることに、遥はどこか戸惑っていた。


 ある日の放課後。


 校舎の廊下を歩いていると、一年生の女子生徒が立ち尽くしていた。


 制服のポケットやカバンの中を何度も探し、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「どうしたの?」


 遥が声をかけると、その子は驚いたように顔を上げた。


「生徒手帳が……なくなっちゃって……。」


 事情を聞くと、職員室へ提出する書類と一緒に持っていたはずが、いつの間にかなくしてしまったらしい。


「最後に見たのは?」


「お昼休みに図書室で……。」


「じゃあ、一緒に探そう。」


 二人は図書室へ向かった。


 机の下、本棚の隙間、返却棚。


 けれど見つからない。


「やっぱり……ないです。」


 少女は肩を落とした。


 そのとき、遥はふと窓際に目を向けた。


 春風でカーテンが揺れている。


 その近くの長机には、一冊だけ不自然に積まれた本があった。


 誰かが急いで置いたように少し傾いている。


 遥はその本を持ち上げた。


「あった。」


 本の下から、紺色の生徒手帳が姿を現した。


「えっ!」


 少女は目を丸くした。


「どうして分かったんですか?」


「机の上に本が一冊だけ置かれていたから。」


「……それだけで?」


「うん。」


 少女は何度も頭を下げながら帰っていった。


 その様子を図書委員の男子生徒が見ていた。


「さすがエデンさん。」


 遥は苦笑する。


「そんな大げさじゃないよ。」


「いや、大げさじゃない。」


 男子生徒は笑った。


「エデンさんってさ。」


「?」


「誰かが困ってると、いつもそこにいるよね。」


 その言葉に、遥は返事ができなかった。


 自分では意識したこともなかったからだ。


 ただ、放っておけないだけ。


 それだけだった。


 夕焼けに染まる校舎。


 窓ガラスがオレンジ色に輝いている。


 遥は一人、廊下を歩く。


 静かな放課後。


 部活動の掛け声だけが遠くから聞こえていた。


 その時だった。


 職員室の扉が開き、担任の佐伯先生が出てきた。


「ああ、エデンさん。」


「先生まで……。」


「悪い悪い。」


 先生は笑いながら続ける。


「来週、転校生が来るんだ。」


「転校生?」


「ああ。元気な子らしい。きっと君とは正反対だ。」


「そうなんですか。」


「だからこそ、仲良くしてやってほしい。」


 遥は小さくうなずいた。


「分かりました。」


 その約束が、自分の高校生活を大きく変えることになるとは、このときは思ってもいなかった。


 数日後、一人の少女が教室の扉を勢いよく開ける。


 まるで春風そのもののように明るく、まっすぐな笑顔を浮かべて。


 その少女の名は――神原葵。


 そして、この出会いをきっかけに、「エデンさん」と呼ばれる少女の日常は、学校中の小さな謎と、人の心に隠された秘密を解き明かす物語へと変わっていく。

 最後まで『エデンさん』をお読みいただき、本当にありがとうございました。


 この物語は、学校という限られた世界の中で起こる「小さな事件」と、それを通して少しずつ成長していく二人の高校生を描いた青春ミステリーです。


 主人公の上乃園遥は、決して特別な能力を持っているわけではありません。誰よりも観察力が優れているわけでも、推理の天才でもありません。それでも彼女が周囲から慕われるのは、相手の気持ちを考え、最後まで向き合おうとする優しさがあるからです。


 一方で、神原葵は持ち前の明るさと行動力で、遥にはない視点を与えてくれる存在です。性格の違う二人だからこそ、お互いを支え合い、一人ではたどり着けなかった答えにたどり着けます。


 学校生活は卒業すれば終わってしまいます。しかし、その中で出会った友人や先生、何気ない日常の出来事は、きっと心のどこかに残り続けます。


 『エデンさん』という呼び名には、「誰かにとって安心して帰ってこられる場所のような存在であってほしい」という思いを込めました。


 もし、この物語を読んだ皆さんの周りにも、困っている人に自然と手を差し伸べられる「エデンさん」のような人がいるなら、その人を大切にしてください。そして、いつか自分自身も誰かにとってそんな存在になれたら、とても素敵なことだと思います。


 この物語が、皆さんの心に少しでも温かな余韻を残せたなら幸いです。


 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ