第五話 ここで飴
「見てくださいテオ様、あれが街を略奪しに来る傭兵達です」
テオの場所からわずか三十メートルほど先に傭兵たちの休憩地があった。
夜も更けた午前0時。サイレントと一緒に街を抜け出したテオは、街に襲撃を仕掛けてくる傭兵達を目視していたのだ。
草むらの陰からこっそりと歴戦の傭兵達を見つめていたテオは、額に藪の葉を貼りつかせながらサイレントに言った。
「ねえ、なんでこんな至近距離であんなろくでなしどもを見なきゃいけないの?」
「お気に召しませんでしたか?」
「そうだね、とってもお気に召しませんって感じかな」
見つかれば即座にごろつき共の餌食になること間違いなしの状況に、青少年であるところのテオは危険しか感じなかった。
「それは申し訳ありません、しかしこれは必要な事でもあります。彼らの近くにダンジョンを作らなければいけませんから」
夜に用事があるからと碌に説明も受けずに深夜に連れてこられたテオとしては、サイレントの話を興味深そうに聞いていた。
「それ、今言う必要あった? 昼間の内に何をするのか話してくれていても良かったよね? なんでこの敵陣の近くで無駄に時間掛けて説明始めてるの」
テオの言い分ももっともだ。わざわざ敵の近くに来てから説明しなくても良い。確かに全くその通りだとサイレントが頷いてテオの言葉に同意した。
「確かにその通りです、では早速この宝玉に手を当ててダンジョン制作から始めましょうか」
「いや、説明止めろって言ってるわけじゃないんだよ、もっと早く説明しろって言ってるんだよ。まずその宝玉が何かもよくわかんないし、意味不明な危険物らしきものを出さないでくれるかな」
わがままな主人の言い分にサイレントが仕方ないなあという表情で見つめてきた。テオの神経が三本程逆なでされたが、そこは話が始まらないと思ってぐっと堪える。
「まず、本来なら安全な本拠地の中に籠って必要な少数の人間達だけを安全且つ確実に保護できた事はわかりますね」
「そうだね、よくわかるよ」
「それをテオ様のよくわからない格好つけたい精神のせいで私もテオ様も無駄にこうして動いてるのは分かりますよね」
「そうだね、その通りだね」
「こんな深夜にわざわざ動くのも、テオ様の完全な個人的な感情が原因だと言うのはよくわかっていると思います」
「ところで、この話は必要なことなの?」
「はい、きっちり説明をさせてもらっております」
「そうだね、確かにその通りだ、説明そのものだ。一本取られちゃったかな」
その後もぐちぐちと文句を言われ続けたが、そこは青少年にあるまじき鋼の精神でテオは耐えきった。テオが鋼鉄のような精神力の持ち主でなければ、ここらで大声を出して喧嘩になっていた事だろう。当然、そうなれば近くにいる百人の元気な悪いおじさん達にテオ達が見つかっていたのは間違いない。
「そういうわけで、こうしてここまでやってきたのですが、残念ながら正面から戦ってもテオ様に勝ち目はありません。ですので、テオ様にはダンジョンマスターとしての力を振るって貰う事になります」
テオの耳に嫌な単語が聞こえてきた。ダンジョンマスターとか言うよっくわかんねえ糞怪しい変なもんになっちまったテオとしてはそれは呪いの言葉でしかなかった。
「そう、ダンジョンマスターね、それで僕は何をすればいいの?」
「まずはこの地にダンジョンとそれを守る魔物達を配置する必要があります」
地下深くに怪しげな建築物を作れと聞かされて、肉体労働とか苦手なんだよなあみたいな適当な事すらテオは考えない。なぜなら、先ほど宝玉とかいうレアな危険物を目にしたばかりだからである。
「で、ダンジョンマスターでもある僕は悪魔に魂でも捧げりゃいいのかな」
「まさかそんな、テオ様は責任者としてしっかり構えているだけで良いのです」
借金における連帯保証人の如く、紙切れ一枚に己の人生を賭ける程度の働きで良い。サイレントは静かにそう言い放った。
「この宝玉を使い、ダンジョンと魔物の二つを用意します。今回はテオ様におけるダンジョンマスターへのチュートリアルだと考えて下さい」
「チュートリアルねチュートリアル。よし分かった」
失敗すれば思い人と自分と自分の家族とその他大勢が地獄に落ちること間違いなしのチュートリアルが始まった。じゃあこれ終わった後の本番ってなんなんだよとかテオも少しだけ考えたが、面倒な事は全て未来の自分に丸投げする事にする。
「まず、この地をダンジョンとして指定します。階層、規模、回廊等は私がちょうど良く設定しますからテオ様にはまず怨念を込めてもらう事となります」
「怨念?」
「悪意と言い換えていいかもしれません。ダンジョンマスターとして、その地の支配者としての矜持、敵対者を絶対に許さぬと言う敵意を込めるのです。さあどうぞ」
サイレントがそう言って宝玉を差し出してきた。これに悪意を思いっきり込めろと言うわけだ。
「悪意……」
宝玉を受け取ると、テオがそれをじっと見つめる。闇夜の中でもうっすらと青く光る大きな宝石だ。両手で持てる程度の大きなその宝石に、これ売ったら一財産作れるんじゃないかなという思いが沸き上がってきた。
「豪邸、札束、プール、美女侍らせ……」
「テオ様、欲望ではありません。悪意です」
「ごめん、悪意だったね。よし、町を守るためにもありったけを込めてみるよ」
だが、テオ自身は件の傭兵たちに対しては現時点で特に因縁がないので難しかった。そりゃ襲われる直前なら別だが、今のところここに野営地を敷いて寝泊まりしているだけの集団だ。
今のところこいつらが街を襲ってくるなどの情報はサイレントからの情報だけであり、決定的な証拠がない。彼らを怖いとは思うが、憎めと言うのはちょっと難しかったのである。
「むむむ……」
故に、生まれてこの方16年、怒ることはあっても憎むなんてのは失恋した時くらいしかないテオに、いきなり人間百人くらいぶっ殺してもいいくらいの悪意捻りだしてくれと言ってもできるわけなかった。
「ごめん、いきなりそんなこと言われても難しいよ。もうちょっと何とかならないかな」
「テオ様は本当にわがままなお方ですね。古のダンジョンマスターは、魔物達に貪られる侵入者達の姿を酒の肴にするくらいはしてましたよ」
「うん、だからその変態共と同じ物を求めないでくれって言っているんだよ。もっと常識的な範囲内であいつらぶっ殺してやるって気持ちになる方法を考えてくれないかな」
「まあいいでしょう、では彼らの今の会話をここで聞こえるようにします。そうすればテオ様の気分も変わると思います」
そう言うとサイレントは、銀色の小さな小箱を取り出した。
「これは周囲の人間の話し声を集めて使用者に聞こえるようにするものです、音は他には漏れず、あくまでも使用者である私とテオ様に聞こえるだけですので安心してください」
「凄い便利なものがあるんだね、これもダンジョン関連?」
「はい、ダンジョンマスターになればこのような物も時には手に入るようになります」
その言葉に少しだけテオはくらっと来た。
「へー、まあいいんじゃないかなちょっとだけ興味湧いてきたかな、ちょっとだけね」
「左様でございますか、それは良い事でございます」
テオの目がちらちらと小箱に向けられている事にをサイレントは見逃さなかった。主人であるところのテオの隙をこれでもかと分析していた。
「では、早速彼らの会話を聞いてみましょう」
そうして、テオが見守っている中でサイレントは小箱を起動させた。




