第三話 まずは様子見
テオの部屋にある大きな姿見の鏡。
先祖代々受け継がれてきた由緒あるもので、テオが十五になった時に親から渡されたものである。テオ自身もこの鏡を気に入っていて、毎朝仕事に行く前に鏡を見て身だしなみを整えていたりする。
その大きな鏡の中から、テオとサイレントが現れた。テオの方はやつれているのに対してサイレントの方はどこか顔が嬉しそうだった。肌もつやつやしている。
「では、三日に一度はダンジョンへお戻りください。ダンジョンへの帰り方はこちらの鏡に入ればすぐに戻れますから」
「そうなんだ……」
なんでダンジョンと自室の鏡が繋がっているんだとか、そういう疑問はもうテオには出てこなかった。完全に疲れ果てた顔で、意気消沈している。
そのまま一礼してサイレントが鏡の中に消えると、ベッドの中にテオがダイブした。
もう疲れた、今はもうお休みしたい。てか、ダンジョンってなんだよ世界の常識無視してんじゃねえぞ。
あーとかうーとかうめき声上げながらテオが身をもじっていると、部屋のドアが急に開け放たれた。
「何時まで寝てるつもりだい!! 休みだからって気が抜けてるんじゃないよ!!」
バーバリアンみたいな声量でテオの母親が怒鳴り込んできた。
「起きてるよ母さん、ただ人生について悩んでるだけだよ」
「そんなもん飯食って体動かしたらどうでも良くなるにきまってんだよ、ぐずぐずしてないでさっさと降りてきな」
そう言い放つとドアを強く閉めてテオの母親が出ていった。
宿屋の客からアマゾネスとよばれているテオの母親は、その名の通り体格のいい女性だ。喧嘩も強く、店で暴れる男達を一人で叩き潰すくらいには腕っぷしがいい。本人曰く、男三人くらいなら一人で勝てるとのことである。
「まあ、母さんの言い分も一理あるか、ご飯食べよっと」
ダンジョンについてのあれこれは一旦忘れる事にした。部屋から出て一階に降りると、テオの父親が明日の為に料理の仕込みをしていた。寡黙で威厳のあるテオの父親であるが、家庭内での権力は八対二でテオの母親が有利である。完全に尻に敷かれていた。
「おはよう父さん」
「おはよう」
テオが用意されていた朝ご飯を食べ始めるが、あまりお腹がすいてないことに気が付く。先ほど、サイレントから状況は最悪だったけど飯だけは美味い朝食をごちそうになったからだ。だが、意外と食べられるもので、結局全て平らげてしまった。
「人間、悩んでいてもご飯は食べられるものなんだね父さん」
「どうした、何か悩んでいるのか」
仕込みの作業を止めて、父親がテオの話に耳を傾ける。
「うん、ちょっと説明が難しいんだけど父さん聞いてくれる」
「遠慮なく話してみろ」
テオは自身の心が弱っている事に気が付いていた。正直、一人で抱え込むのにも限界を感じている。
「例えばの話なんだけど、凄い美人のメイドさんが僕をいきなり誘拐して、現世の生活を捨てて二人で生きていきましょうとか言い出したらどうすればいいのかなって」
「なるほど、なるほどな」
ガチな顔つきのテオを見て、父親もなかなかどうして言葉に詰まる。少なくとも、料理の仕込みをやっている場合ではない。
「それは……そんなに悩まなきゃいけない話なのか」
「当然だよ、下手をすれば僕の好みを知り尽くした彼女の手料理を毎日食べなくちゃいけなくなるんだよ!!」
すごい剣幕だった。これ程の気勢をテオが父親に見せたことは今までにない。
「そうだな、確かにそんな状況になったら誰だって戸惑う、俺でも戸惑う」
「でしょ!! だから僕も悩んでいるんだ」
「だけど、現実にそんな女性が現れてから悩んでも遅くはないんじゃないか」
「それじゃあ遅いんだよ!! 手遅れなんだよ!!」
そう手遅れなのだ、実際にテオは手遅れだった。
「ごめん父さん、少し冷静になるために散歩でもしてくる」
「そうだな、それがいい」
そう言って、家から出ていくテオを見送ると、テオの父親はまた調理の仕込みを再開することにした。




