第二話 まずは勧誘
「つまり、ダンジョンとは異世界につながる場所だと考えてください。そして、テオ様にはダンジョンを十分に稼働させる事ができる才能があります」
テーブルにはテオの好物ばかりが並んでいた。例えば、混ぜた卵にチーズを加えて焼いてから塩胡椒で味付けをする、この地方の郷土料理があるのだが、テオはこれが好きだった。
他にも、この緑色の果物などもそうだ。これは、たまに町の商店に並ぶ果物で、中には甘さが濃縮された柔らかい果肉が詰められている。少しの酸味と合わさって、口の中を爽やかにしてくれる果物だ。
メイン料理の肉にしても、テオが良く母親に作ってもらっている赤いソースが添えられていて――
「ダンジョンの説明なんかよりも、なんで僕の好きな食べ物を知っているのか気になるんだけど」
食べてみると、これまた絶妙にテオ好みの味付けになっていた。もうちょっと薄い味が好きなんだけど、そこまでは親に言えないよなの、そのもうちょっとも完璧に調整されている。
「ご安心ください、テオ様の好みはすべて把握しています」
「うん、だから何で知っているんだって聞いているんだけどね」
「それについては、主について調べておく事は従者として当然だからとしか言えません。例えば、二か月前テオ様が好意を寄せている女性に告白しようとしたところ、いざ相手の女性の家に行くと彼女の幼馴染の騎士が彼女にプロポーズしている最中で」
「よし、この話はおしまい!! そうだね、僕について知っておくことは当然の事だね、よく理解できたよ」
細かい話は切り上げて、テオは食事にすることにした。自身がせっかく忘れていた激烈なトラウマを掘り起こされたので、料理に現実逃避することを選んだのだ。うめえうめえといいながら口の中に飯を詰め込んでいく。
「話を戻しますが、ダンジョンとは異界につながる場所です。入り口自体はテオ様のいた世界にありますが、中は現世と異世界の境界が曖昧となっており、物や生命体が頻繁にダンジョンを通じて世界間を移動しております」
テオが悲しそうな目でサイレントを見つめる。かわいそうに、いったい何があればこんな現実と妄想を区別できなくなるのだろう。きっと口には出来ないほどつらい目にあって来たのではないか。サイレントを見つめるテオの目は優しさに満たされていた。
「たとえば、この扉を開けると、こんな世界につながります」
サイレントが近くにあったドアを開けると、その扉の向こうでは巨大な爬虫類が闊歩していた。拓けた草原を恐竜達が元気に生息しており、扉のすぐ傍では弱肉強食の世界を体現するように、身の丈四メートルはあろうかという肉食の恐竜が、獲物である小柄な恐竜達を喰らい尽くしている。
そうして、自然の営みである捕食の時間をたっぷりテオに見せつけてから、草原の王者であるその肉食生物とテオの目が合った。完全に情がない、テオを獲物としか見ていないその瞳にテオの呼吸がとまった。
食べられるってこういうことなんだとテオが完全に理解したあたりで、サイレントが扉を閉める。
「ご理解いただけたでしょうか」
「食欲が完全になくなるくらいには理解できたよ!!」
そう怒鳴ってから、テオが冷静になる。
「あれ、じゃあ今までの話は本当?」
「本当でございます」
「サイレントさんは、誘拐してきた相手を薄暗い密室に閉じ込めて美味しい料理をふるまいたいだけの狂人じゃなかったの!?」
「違います。それとサイレントとお呼びください」
いやでもまだ、とテオが思考を働かせる。例えば、ここは巨大爬虫類が多数生息している未開の地で、この建物の周囲はその危険生物たちに現在進行形で囲まれていると言う状況なだけかもしれない。
そっちの方がやべえなとテオが結論を出したところで、サイレントが別のドアを開けようとしていた。
「他にも、こちらを開けると、このような世界へと繋がります」
次に開けた扉の先では朽ち果てた世界が広がっていた。
空はどこまでも淀み、大地は枯れ果て、猛禽類の鳴き声が狂ったように鳴り響く。まともな生物は存在しなさそうだ、と言うテオの予想そのままに、全身が真っ赤に染まったドラゴンが現れた。
ドラゴンはテオの方を向くと、息を一つ吸い込んでから巨大なブレスを吐き出した。迫りくる炎がドア超しの景色いっぱいを埋め尽くすと言うところでサイレントが扉を閉める。
「お解りいただけたでしょうか」
「強制的に理解させて来るの止めてくれないかな。もうすこし考える時間よこせって話だよ。こっちはもう少し段階踏んで理解したいんだよ」
テオが文句を言うのも当然だった。先程から理解のさせ方が、力技に特化しすぎていた。
「理解していただいてなによりです。ではダンジョンマスターになるための手続きを始めましょうか」
と、サイレントが話を進めようとするがテオがそこで待ったをかけた。
「待った待った、話自体は信じるけどそのダンジョンマスターになるかは別だって」
「そうですか、ではこの扉を開けるとまた別の世界に繋がりまして」
「話自体は信じるって言ったよね!! そうじゃなくてサイレントさんの話を受ける理由がないって言ってるんだよ」
ダンジョンと言う不思議な物が存在する事はテオにもわかったが、それとこれとは話が別である。
「ダンジョンの話自体は分かったよ、分かったからそのドアノブにかけている手をちょっと放して、いや回さなくていいから、ドアノブは回さなくていいから、だから止めろって言ってるだろ!!」
ドアノブにかかっているサイレントの手をテオが力ずくで止めた。これ以上変な世界を見せられたら命がいくつあっても足りない。
「テオ様、セクハラでございます」
「正当防衛だよ!!」
サイレントの手をゆっくりドアノブから放させると、テオも一息ついた。
「まず、なんで僕を選んだの、そこいらにいる平和な日常に飽きたとか言っている人生舐め腐った人間でも見つけて押し付ければ良いよね」
「それは不可能でございます。普通の人間ではダンジョンを稼働させる魔力がたりません」
テオの提案をサイレントがばっさり切り捨てた。
「魔力はダンジョンを稼働させるエネルギーです。人が食物から摂取して生成する事もできますが、大部分は魂から生成されます。テオ様は、その魔力がずば抜けて高いのです。そして、ダンジョンマスターとはそのエネルギーをダンジョンに供給する存在の事を言います」
テオの頬がピクリと動いた。
「僕は、その魔力ってやつがそんなに凄いの」
「それはもう、他の人間の何百、何千倍と言うすさまじいものです。これほどの才能の持ち主はそうはいません」
「ふ、ふーん、そうかそんなに凄いんだ。でも、そのダンジョンマスターになっちゃうのもなー家の事もあるし」
テオが急にもじもじし始めた。彼も年頃の少年だ、人より優れている、それもなんかよくわからない不思議な力の方面でなんて言われたら情緒が動いてしまう。ただ、彼がもう少し大人であれば、他人が褒める事の恐ろしさから警戒心を解くことはなかっただろう。
「テオ様の魔力の才能ときたら十万、いえ百万人に一人と言っていいでしょう。恐ろしいほどの才能です」
「いやいや、百万は言い過ぎだよ、でも五十万くらいならありえるかもと思えるけど」
「その謙遜できるところも才能の一つでございます。私の目に狂いはなかったと強く思えます」
「えーそうかなー」
「はい、本当です」
何らかの力や才能を持った子供がいるとして、その子供を利用したい悪人は最初に何をするだろうか。飴や鞭を与える? 綺麗事だけを並べて勧誘する? 都合のいい未来だけを喋る? 全て違う、まずやることは子供から保護者を引き離すことだ。親鳥から離れた雛が無力であるように、今のテオの周りには保護者となる人間がいないのである。
「それとですが、利益もちゃんとございます。ダンジョンには異世界から価値のある道具も数多く流れ着きます。他にも、手下になる魔物たちは一騎当千の戦力の持ち主ばかりです。テオ様には常人では手に入れることのできない数多くの力が備わる事でしょう」
テオの脳裏に未来の自分が浮かび上がる。金銀財宝に囲まれた玉座で趣味の悪い王冠とマントを身に着けながら大勢の美女に囲まれて高笑いしている自分の姿だ。どうやってそんな未来に到達できるのかはテオ自身にもわからないが、力があれば何でもできると言う青少年特有の価値観がそこにはあった。
「じゃあ、あくまでも家の手伝いをしながらと言う前提だけど、家の仕事と兼業ならそのダンジョンマスターとやらをやってもいいかな。さすがに最初に話してたようなここで一生暮らすとかは無理だけど」
「そうですね、私も焦り過ぎました。では兼業と言う形にしましょう。ダンジョンの機能を使って、テオ様の家とこの場所を空間で繋げば一瞬で行き来できますから支障はないはずです」
取引の基本は最初に高い要求をしてから、その要求を下げて通す事だ。今回はテオ自身がサイレントの要求を下げる形になったので非情に手間が省けた例の一つである。
「では、この石板に手を当てて、このダンジョンの主になりたいと強く考えてください」
サイレントがテーブルにあった石板をテオに渡した。
「これ、さっき鍋式代わりにテーブルで使ってたけど、本当にこれなの?」
「はい本当です。主の代替わりくらいにしか使えない上に、しまっておくと場所を忘れた時に大変なことになる非常に厄介な代物です。色々試した結果、鍋式に使うのが一番だと判明しました」
「そっか、じゃあやってみるね」
石板に手を当てたテオがダンジョンマスターになりたいと強く思い始めるが、なんで自分がやらなくちゃいけないんだとか、そもそもこの話、都合よすぎないかとか、途端に冷静になり始めた。熱が冷めたのだ。
「そういえば魔物って何? もしかして扉の向こうで見えたあの危険生物たちの事?」
「はいありがとうございました、これでテオ様はダンジョンマスターです。ではこれからダンジョンマスターとして気を付けなければいけないことをいくつか話します」
「今は強く願ってないんだけど、むしろ冷静になったんだけど!!」
「後で冷静になろうが、一度でも強く思えばそれでいいのです。一回は一回、やったことがなくなるという事はございません」
テオからの文句をピシャリと閉めて、サイレントは先へと話を進める。獲物をはめる段階は過ぎ去ったのだ。
「ではご存じの通り、ダンジョンマスターは長時間ダンジョンから離れていると生命力が枯渇します。最低でも三日に一度はダンジョンに戻らないと死んでしまいますから気を付けてください」
「初耳なんだけど?」
「申し訳ございません失念しておりました」
誰だってミスはある。だから頭下げるから許せ、サイレントの態度にはその意思が強く見えていた。
「次に魔物ですが、基本的に魔物達はダンジョンマスターの命を狙ってきます。決して彼らに隙を見せないでください。あの扉の向こうの生物を見ればわかりますが彼らにとってテオ様は極上のエサでしかありません」
「それも初耳なんだけど!!」
「申し訳ございませんこれも失念しておりました」
ミスは一度あれば二度だってある、だから三度あろうが四度あろうが気にするな。サイレントの目にはその意志が強く見えていた。
「三つめは異世界から流れてくる道具には気を付けてください。使用用途が不明なので、決して気軽に使わないように。基本はダンジョンに入ってくる不埒な輩達に持たせて使わせるのが正しいです」
「それも――」
もう頭も下げなかった。いま自分は従者として仕事をしているのだ、主に頭を下げる暇なんてない。
「最後に、ダンジョンへ魔力を使っていく過程でテオ様の身体が徐々に人から逸脱していきますが、日常生活に影響があるくらいしか問題がないので、これも気にするほどではございません」
これについてはテオは突っ込みを入れることすらできなかった。




