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ある子供と初恋と婚約者と

その日はどんよりした空模様だった。今にも雨が降り出しそうで、街で買い物をしていた私は急いでアズベーク学園の教師専用の屋敷に戻る途中だった。


小走りになっていたせいで目の前に人が現れてもすぐに避けきれず、建物の角でその人物と思いっきりぶつかってしまったのは仕方ないだろう。


「っ!すみません!」

「……っ…」


私とぶつかったのは少年だ。九~十歳くらいのひょろりとしたその子は、恐らく道で生活をする子だろうか。着ている物も粗末で、肌は日に焼けており、髪はボサボサ。


こういった子供は悲しい哉、比較的豊かなこの国でも存在するのだ。親がいない貧民の子供は路上生活を余儀なくされる。孤児院があるにはあるが入れる子供の数に限りがあり、この国の課題の一つとなっている。


私は故郷から逃げてきた時に道で寝泊まりしていたこともあるし、おまけに今は子供たちと関わる職業だから、こういう子についつい思入れをしてしまう癖がある…。


「ちょっと!待ちなさいあんた!」


けれど犯罪をすることを許すつもりはない。


私とぶつかった少年は、素早い手つきで私の鞄からお財布を抜き取ってその場を去ろうとしていた。体術の心得は多少あった私だから気づけたのだろうけれど(体術は関係なく、たまたま財布が抜き取られるのが見えていたのだろうと言われたら言い返せないが)、普通のご婦人だったら絶対に見逃している!そのくらい、この子は手馴れていた。


「この私から盗みを働くなんていい度胸しているわよね…?」

「っ!!」

「誤魔化そうって言ったってそうはいかないわよ?さて、白状しなさいよ」

「うっせ!離せ!このババア!」

「……いい性格してるな、この餓鬼」


大人げないと言われることを承知だが、こういうくそ生意気な餓鬼の教育が私の役目だ。私と出会ったからこそは見逃してやらないぞ。


がしっと少年の首根っこを掴み、私はずるずると彼を引きずって行く。行先は勿論、私の勤務先のアズベーク学園。



***


ここでアズベーク学園について少しだけ説明をしておく。


アズベーク学園は11歳から18歳までの子供たちが通う全寮制の名門中高等学校だ。


初等部を終えた後に学園の入学試験を受け、見事合格した者だけがその門をくぐることが許される。基本的に編入は認めず、入学試験のみで入学か否かを決定され、貴族や商家の金持ちの子供が通う学校として人気も知名度も高い学園である。


この学園は元々王族や貴族の寄付で設立した学校であり、勿論今でもその恩恵を受けている。それ故に学費は安いのも特徴的だ。しかし年々倍率は上がっており、それに比例して入学試験の難易度も上がっている。


ただ現在の王の教育改革の一環で、アズベーク学園の入学時に、「特別枠」が設けられることとなっている。


それは初等教育を受けることすらかなわなかった子供たちにもチャンスを与えるということで、具体的に言うと、ある程度簡単な読み書きと計算、身体検査の試験に合格すればアズベーク学園に入学できるという仕組みだ。


この取り組みは割と喜ばれて国民に迎え入れられた。


だが実際はどうかと言うと、初等教育を受けていない子供がアズベーク学園に入学すると、半分近くの子が一年以内で辞めてしまうのだ。初等教育を四年間受けた子供とそうでない子供の差は当然だがはっきりしてしまっており、こんな問題も分からないのかと馬鹿にされることに耐えられずに学園を去る子供がいるということである。


折角与えられたチャンスを捨ててしまうのは勿体ない。アズベーク学園は良い学校であり、最高の教育を提供している場所である。それを子供に分かってもらいたい。


そして、今私に引きずられているこの生意気な少年―…。


見たところ、絶対に初等教育は受けていない。日々の苦しい生活で頭が一杯で、スリをして生活をしている。


ならばアズベーク学園に放り込んではどうか。


「特別枠」クラスの子達の教育は順調とは言い難いが、住む場所も食べ物も着る物も無償で提供してくれるならば、路上生活よりはマシだろう。


それに、この腐った根性の少年を、一から叩き直してやりたい。



***


豪華な学園の門をくぐり、少年を校長先生の前へ引きずり出し、特別枠で合格できるように指導しますと宣言すれば、ああ勝手にしていいよと大らかに許可を頂き…。いつも思うけれど、校長先生はしっかりしているのかそうでないのかよく分からないなぁ…。




少年を与えられた部屋に連れて行き、椅子に座らせてほっと一息。少年は何が何だか分からないままみたいだ。


「さて、改めてコソ泥くん?私はこの学園の教師のロッテ。あなたを一から叩き直してあげましょう」

「………意味が分からない…」

「人の財布を盗むなんて事は最低の行為だってことを分からせてあげると言っているのよ。あなたはここで、この世の常識というものを学びなさい」

「………」

「まずは挨拶をきちんとできるようにしてもらいます。人として、それがきちんとできない奴は問題あるからね」

「………」


少年はようやく私の言わんとしていることが飲み込めたのだろう。信じられないという表情をしている。


「俺…親、いないんだけれど…」

「でしょうね。きっとそうだと思った」

「……金も持ってない……」

「必要ないよ。この学園は全て国の補助と貴族たちの寄付で成り立っているから」

「………どうして…」

「ん?」

「……どうしてこんな事をするんだよ…。何を企んでいるんだよ…。気持ち悪いんだよ…」


彼なりの「ありがとう」だと思うことにしておこう。バーっと言ったところで頭に入るわけもないだろうし。


「私ね、あなたみたいな子供を見ると、無性に苛々するの」

「……え?…え?」


本来ならば守られるべき存在の子供が守られていない現状に、罪を犯さなくては生きていけないこの世の中の制度に。内戦で父を失った時にも味わった悲しみと怒りにも似たその感情…それはこの国の、この世に向けられたもの。


「なぜ自分だけがこんな生き方をしなくちゃいけないのか…そう思ったことはない?何不自由なく生きている人たちが妬ましいと思ったことは?その人達のようになりたいって思った事はある?そこに行きたいと」

「……」


あるようだね。そのしかめっ面を見ていれば分かる。私にもかつてあった感情だ。


「境遇は違っても、所詮私たちは同じ人間だ。同じならば、同じ所へ行けるはずだよ」

「………」


「悔しかったら這い上がってみなよ。周りの環境のせいにすることは簡単だよ。でもそこから抜け出さない限り、お前は一生そのままだ」

「…お前……嫌な女…」

「誉め言葉?ありがとう」

「褒めてねーよっ!!」


はいはい。吠えることが出来れば上出来だ。


「言っておくけれど、これは命令だからね。アズベーク学園に入学をして、ちゃんと卒業してみせろ。君の努力で…」

「……何それ…」

「嫌だと言うならば自警団に君を引き渡して、私の財布を奪った罪で街の裁判にかけてやる」

「っ!?それは…!!」

「今選びな?ここで見事卒業してみせるか…もしくは裁判で有罪判決を下されるか」


有罪とか大袈裟に言ってみたが…まあ学園に入学して勉強することを選ぶのは当たり前だろう。好条件が揃っているんだから。案の定、少年は小さな声で「ここにいます」と言った。




「そういや名前は?まだ聞いてなかった」


ザアアアと音を立てて、とうとう降り出した雨を見ていた時に、肝心な事を聞いていなかったのに気付く。


少年も雨を見たままぽつりと口を開いた。


「名前なんてない…。おい、とかお前、とか…。そうやって呼ばれてきた…」

「………」


なるほど、この少年は私の想像以上の過酷な環境で生き抜いてきたのだろう。名前がないということは、その存在を認められていないのと同じだ。


「分かった…。じゃあ私が付けてあげようか」

「……は?あんたが?」

「ロッテ先生と呼べ。間違っても年長者を呼び捨てるな!」

「……」

「返事っ!」

「……分かったよ…一々煩いなあ」


一々生意気だな。まあそれは仕方ない。そこは置いておいて。名前名前…。


「金髪でクセっ毛だから…ピエールとか」

「……嫌だ」

「は?嫌なの?じゃあ…健康そうに焼けているから、ジェットとか?」

「……それもなんか嫌だ」


適当すぎかなと自分でも思ったけれど、その後もことごとく却下されて…。どうしよう、名前付けるのって結構難しい!?


少年はずっと外の雨を見ていた。


「…レーゲン…がいい…」

「ん?」

「…俺が捨てられていたのもこんな雨の日だったみたいだし…。あんたに…ロッテ先生に拉致されたのもやっぱり雨の日だから…。だから…」


(レーゲン)’。悪くないと思う。ちょっと変わっているけれど。


「うん…いいんじゃないかしら?他にはいなさそうな名前だしね。君の雰囲気にも合ってる」


その時初めて、彼は嬉しそうに笑った。それが私と、生意気小僧・レーゲンとの出会いだった。


***


「お人よし」


耳元に口をつけて呟かれると息がかかってくすぐったい。自分がお人よしなのは十分分かっているよ。

誰に見られているかも分からない廊下で身体を近づけてくるのはやめてもらいたい。少しジェラルド先生と距離を取り、私はプイッと背中を向けた。


「別にいいでしょう…?アズベーク学園には特別枠での入学もあるので…」

「そうじゃなくて。街中で出会った乞食の少年をわざわざ拾って教育しようってところがお人よしって言っているんだよ。そんな子供、放っておけばいいのに」

「……冷たいですね。教育に携わっている人の言葉とは思えません」

「子供は好きですよ。でも貧民の子供を拾っていたらキリがないですよ。どこかで線引きをしなくちゃ」

「………」

「その子供がこの学園に入学できるように教育する間は無償なんでしょう?やりすぎは良くないですよ」


確かにそれはそうだけれど…。


入学試験は簡単な読み書きと計算、それと身体検査だ。レーゲンは読み書きすらできないのだから一から教え込むことになるが、そこに私のお給金は発生しない。レーゲンはまだアズベーク学園の生徒ではないからというのが理由だが…。


「でも誰かが教えてあげないといけないですよ。読み書きも出来ないのでは、試験にすら合格しない…」


初等教育を受けなかった子にも入学の窓口を広げたと言ってはいるが、初等教育を受けていなくて読み書き計算が出来る子なんてほとんどいないのが現状。それなのに入学試験が読み書き計算だからなあ…。ここがこの制度のおかしいところだ…。


「そこまで子供の面倒を見れるロッテ先生を尊敬しますよ…。僕には到底できませんから」


ジェラルド先生は柔らかく微笑んだ。


「まあ無理はしないで下さいね。何かあったら言って下さい。出来るだけのことはしますよ」

「……お気遣いありがとうございます…」


ジェラルド先生は私を壁に押しやる。背中が壁につき、彼の手が私の横につくと同時、ジェラルド先生は私にキスをする。


「そういうところ、好きですよ、ロッテ先生」

「……どうも…」

「じゃ、僕は行きます。頑張って下さいね」


ジェラルド先生は手を軽く振りながらこの場を離れた。


彼の姿を目で追って、最後に溜息が洩れる。ジェラルド先生は悪い人ではないのだけれど…。やっぱり他人とは一線引いているような気がしてならない。


教師にも様々だ。命がけで子供と向き合う人もいれば、全く触れ合わない人もいる。人それぞれ考え方や生き方があるから別にいいとは思うけれど…。


でももし自分が子供だったら…。私がレーゲンくらいの子供だったら、全力で向き合ってくれる先生が一人くらいいてくれた方が、きっと嬉しいと思うんだ…。


だから私は私のスタイルで、子供と、生徒と接していきたいんだ。




***


「ロッテ先生!その子が噂の子供ですか?」


レーゲンに読み書きを教える時間は限られる。大抵放課後か、夜にちょこっと。でもレーゲンはよく頑張ってくれている。初めて触れる勉強が面白いようで、生き生きと輝いているのが分かった。


そんなレーゲンの元に来たのはエマだ。足を骨折していたがすっかり治り、元恋人の嫌がらせも止んですっかり元気である。ニコニコ眩しい笑顔で私とレーゲンがいる教室へと入って来た。


「ロッテ先生…。誰、この人…」


レーゲンはいきなり現れたエマに警戒心を抱く。私には随分慣れたが、初対面の人には相変わらずだ。


「こらこら、口調に気をつけなさい。彼女はエマ。第一王子の婚約者で、未来の王妃様なんだから」

「っ!?王妃様……!」

「ロッテ先生、気がお早いです。私はまだまだ修行中です」


楽しそうに笑うエマは私にレポートを渡す。成程、このために来たのか。


「初めまして、エマと申します。お名前をお聞きしても?」


エマ…、淑女の挨拶をレーゲンにしたらレーゲンが戸惑うと思う。


「え…っ!えっと……その……っ!お、俺は……レ、レーゲン…と言います…!」


案の定だ。顔を真っ赤にさせてしどろもどろだよ、レーゲン。まあ面白いからいいけれど。


「この学園はとってもいいところですよ。お勉強大変だと思うけれど、頑張って下さいね。微力ながらお手伝い致しますわ」


ペコリとお辞儀をしたエマにやっぱり慌てるレーゲン。けれどどうやらこれだけでレーゲンはエマの事を憧れのお姉さんと認定させたようだ。


「エマ」


とそこへやって来たのはエマの正式な婚約者・ルードヴィッヒ。


「どうしてルードヴィッヒがアズベーク学園(ここ)にいるの?」

「エマを迎えに来たのです。今日は大使館で隣国の皇太子夫妻を招く事になっていたので、エマにも出席をと」

「へえ?大変だねえ。それにしても…エマももう公務をこなしているの?」


エマは笑って首を振った。


「いいえ。でも皇太子様は私の遠い親戚だそうで…。気を遣って頂いて、出席をさせて頂くことになりました」


貴族の事情はよく分からないけれど…。ルードヴィッヒもエマも大変だ。


二人は私に頭を下げると、颯爽と去って行く。レーゲンはその後ろ姿をじっと見つめていた。一体何を考えているのかと思いきや…。


「……ねえ、ロッテ先生。貴族と貴族でも何でもない、ただの貧乏人は…住む世界が違うんだな…」

「ん?ああ……エマ達の事?まあ…あの二人は国で一番と言っていい程の身分の人達だから、あまり気にしない方がいいよ」

「………」


何かを言おうとしてはまた口を閉じるレーゲンを見て苦笑する。何を気にしてるのやらと思っていたら、レーゲンはややあって口を開いた。


「ねえロッテ先生…。あのエマって人、俺が結婚を申し込んだら……何て、返事してくれると思う?」

「!?」


絶句した。な…何をいきなり言い出したんだこの子は!?


「俺が学園に入って、優秀な成績でトップになったら…。そして国で認められるような凄い男になったら…エマは、俺の事を好きになってくれると思うか?」

「…………ちょっと待て、ちょっと待て?もしかしてレーゲン……、君はエマに……」

「…………女神を見たって思った……」


クソガキが…!まだまだなクセに、そういうところだけマセてんだから…!つい先日ゴットフリートに、貴族は恋愛ばかりしていて凄いね~って嫌味を言ってやったばかりなのに。こいつもかい!


恋愛はいつの時代でも、何歳になっても共通の話題だってことだろうね…。はあああと深い溜息が出てしまった。


「レーゲン、エマは無理だよ。止めておきな」

「なんでだ?」

「なんでって…。エマは公爵令嬢だし、それにルードヴィッヒの婚約者で未来の王妃様だよ?あまりにも世界が違いすぎるでしょう!」

「でも俺たちは同じ人間だろう?」

「いや……確かにそうだけれど……っ!」


これは私のせいなのか!?そうなのか!?確かに…同じ人間だとか言ったのは私だけれど。そこまでポジティブに解釈されるとつらい!


「俺、ちょっとエマとあのルードヴィッヒって男に頼んでくる」

「え!?ちょっと!?頼むって何を!?何を頼むの!?」


しかし止める間もなかった。レーゲンはあっという間にエマの元へ駆けつけて、何かを話していた。


エマもルードヴィッヒも驚いた顔をしていたが、ややあって苦笑しながら頷いていた。え…レーゲン、何を言ったの?凄く嫌な予感しかしないんだけれど…!



***


その予感は見事的中した。


レーゲンは何と、エマとルードヴッヒが参加する大使館でのパーティーに自分も出席をしたいと言い出した。自分の知らない世界を見て見聞を広げたいと、これからの人生で役立て、国の為に働きたいからと言って…。本当はエマの傍にいたいだけのくせに…この餓鬼めっ!


エマとルードヴィッヒは少し考えたようだが、驚く事に許可をくれたもんだからまた驚きだ…。ただし粗相をしないことと、貴族であるような格好をするという条件を出してだ。それでもとっても二人は寛大だと思う。


「それで…。なぜ私まで大使館(ここ)にいるんだろうか…」

「なぜって、俺が一人で来れるわけねーからじゃん。ロッテ先生は俺の保護者的存在なんだし、当たり前でしょう?」

「……レーゲン、これが終わったらそれなりの覚悟をしておきなさいよ」


エマとルードヴィッヒの計らいで、私とレーゲンはパーティーに出る為のドレスやら燕尾服を貸してもらい、おまけに髪のセットや化粧までやってもらった。至れり尽くせり…平民の私達にはもう二度とない経験だよ。


「へえ…?ロッテ先生、まあまあ綺麗じゃん?」

「……それ褒めているのかな…。まあいいや何でも…もう」


パーティーなんて慣れない場所に出てくるものじゃないってよく分かったから。この人ごみの多さ、キラキラした空間、人々、食べ物…全て目の毒だ。私には似合わない世界。


エマとルードヴィッヒはホールの中心にいた。赤いドレスを纏ったエマは、赤毛の髪の毛と合っていてとても可愛らしい。ルードヴィッヒも、黒い服が凛々しくてとても似合う。どう見たって「王族」という独特のオーラを纏った彼らに近寄る気にもならないが…


「……勇者だなあ…レーゲン…」


レーゲンは臆することなくエマの傍に近寄っている。エマはニコニコ笑って、学友なんですよと周りの人達に紹介しているし。何と言うか、適応力が高すぎる二人だ。


私一人が疲れていて、だからレーゲンを放っておいてバルコニーへ退出した。レーゲンは私がいなくても問題ない…むしろ私の方が問題だ。最高に疲れている。


「ロッテ先生、どうぞ」


片手にワイングラスを持って、私の元にやって来たのは…。


「……挨拶回りは終わったの?ルードヴィッヒ」

「はい、一通りは。エマはレーゲンという少年とあちらで話してますよ」


本当だ。レーゲンとエマと、色々などこかのお偉いさん達と。レーゲンってば結構対人能力が高い子だった?私の予想を越えて…。


「エマも凄いけれど…レーゲンも凄いわ…。若さには敵いませんわ」


ルードヴィッヒは軽く笑う。


「そう言えば…ロッテ先生のドレス姿、初めて見ました。緑がとてもお似合いですよ」

「……ありがとう。ルードヴィッヒとエマが用意してくれたおかげですよ」


ルードヴィッヒからワインが入ったグラスを受け取り、二人で飲む。久しぶりに飲むワインはとても美味しい。


「ルードヴィッヒ、今日は本当にごめん…。レーゲンがまさかパーティーに参加したいなんて言い出すとは思わなかった。私までドレスアップもしてもらって…」


無言で笑う気配が横からした。


「レーゲンってば…どうもエマに一目惚れしたみたいでね…。だからこんな無茶な事を言い出したのよ」

「だろうと思いましたよ。エマにべったりですからね」

「……いいの?放っておいて。エマはルードヴィッヒの婚約者でしょう?」

「別に構いませんよ。レーゲンは子供ですし」


確かに…。エマは可愛い弟くらいにしか思ってないだろうしね…。レーゲンは十歳、エマは十六歳。年齢差を気にしないでもらいたければ、レーゲンは取り敢えず、エマより大きくならないと駄目かなあ。


「そう言えば…ちょっと疑問だったんだけれど。ルードヴィッヒとエマって年が離れているよね?」


今年二十歳のルードヴィッヒには、同じ年代の令嬢たちはたくさんいたはずだ。それなに、弟のゴットフリートよりも年下の少女を婚約者としたのはどうしてだろう?と、少し疑問だった。


「簡単な事ですよ。王妃になるだけの強い精神力を持っていたのがエマだったからです」

「は?はあ……」

「実は、私の婚約者で最有力だったのはグレーティア嬢なんです。グレーティア嬢は最初、弟よりも私の婚約者として候補に挙げられたのです」

「へえ?そうなんだ」

「でもグレーティア嬢はよく言えばたおやか、悪く言えば弱かった。だから私の婚約者からは外しました」

「………」

「その点、エマは強い。元恋人に怪我をさせられてもすぐに立ち直った。王妃になる者にはそうでなくてはなりません」

「………相変わらずだなあ…ルードヴィッヒ」


それでエマを選んだという辺りが。本当に堅物なルードヴィッヒらしい。


ルードヴィッヒはそれから何も言わずに夜空を見上げながらワインを片手にたそがれていた。私も無言でそれに付き合う。夜風が心地よい。そういえば、土砂降りだった雨がいつの間にか上がって星達が瞬いている。


そうしていると、ホールから賑やかな音楽が聞こえてくる。ダンスが始まったようだ。


「ロッテ先生は踊られないのですか?」

「…誰と踊ると言うのさー…パートナーがいないのに…。もしかしてレーゲンと?いくら私でもそれは勘弁したい」


すると少しだけ視線を宙に泳がせたルードヴィッヒは


「………、私と踊りますか?」


と小さく聞いてくる。


「ルードヴィッヒと?」

「はい、私と」

「……何を言っているのさ。ルードヴィッヒはエマと踊らなくちゃいけないでしょう?」

「……ですがそのエマは……レーゲンと踊っておりますよ」

「!?」


驚いてホールを見れば…本当にレーゲンとエマが踊っていた!当然ダンスができないレーゲンはエマにリードされており、それがまるでコントをやっているようで周りの人達から笑いを誘っているという微笑ましい絵がそこに完成されていて…。


「…レーゲン…あいつは……!いや、ごめん…ごめんなさい…ルードヴィッヒ…。馬鹿なレーゲンにはきつく言っておく…」

「別に構いませんよ。今日はそこまで厳格なパーティーという訳ではないでしょうし」

「……そうなの?」

「はい。なので、良かったら…ロッテ先生は私と踊りますか」


ルードヴィッヒの腕がすっと私の腰に伸びて、途端に距離が近くなる。


「……」

「………」


冷たい目、いつも無表情の顔。金髪碧眼の弟・ゴットフリートとは違い、ルードヴィッヒの髪の毛は黒だ。噂だと、彼は金髪の髪を黒に染めているらしいが…その理由は知らない。けれどルードヴィッヒは金髪より黒のイメージの方がよく合う。


「…お誘いありがとう、ルードヴィッヒ…。でもやめておくよ。ダンスなんてできないから…」

「……そうですか。分かりました」

「いつかまた誘ってよ。その時までダンス練習しておく」

「…はい。いつか…」


一瞬だけ、私の腰に触れていたルードヴィッヒの手に力がこもったのを感じた。


すっと彼が私の隣を離れた時、少しだけ寂しく感じたのはなぜだろうか。


その時だけ、ルードヴィッヒの顔をまともに見上げることができないでいた…。


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