表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

貴族達は過激に想いを伝えない

サフィという青年がアズベーク学園にいる。


今年十七歳。学園を卒業した後は、国で選ばれた者しか入ることが出来ない国立大学への推薦入学が既に決まっている。植物学の分野でかなりの才能を発揮しており、それが認められての入学だ。


私はこのサフィという青年をあまり詳しくは知らないが、それでも名前は耳にする。数年に一人出る天才と、我が学園では有名な子だった。


無口で人見知りでいつも一人で本を読んでいるか植物を育てて研究に没頭しており、背はひょろりと高く、よくよく見れば綺麗な顔立ちをしているのに、前髪がその目を隠しているからそれに気付く者はあまり多くない。独特すぎるオーラから敬遠されがちな子なのだ。


サフィは伯爵家の一人息子でゆくゆくは伯爵家を継いでゆく立場になるのだが、社交界嫌いで他人と群れる事を嫌っているものだから、父親が気を揉んでいるとジェラルド先生が言っていた。


さて、そんなサフィには同い年の婚約者がこの学園に通っている。


名前はマーリン。男爵令嬢で、サフィとの婚約は親同士が決めたものだとか。


そのマーリンがサフィとは別の男子生徒とふしだらな事をしていたと噂になっている。マーリンは男受けのする可愛らしい容姿だから好きになられても仕方ないが、婚約者のいる身で遊ぶのは良くないだろう。ましてや学園内で…。


とは言っても、私からは特に注意することはない。



***


「まあ…学生の恋愛ですし、まだ正式に結婚したわけでもないですからね。別にいいんじゃないですか?」

「ですよね。私もそう思います。噂も放っておけばそのうちおさまりますでしょうし」

「子供の恋愛や友情に大人が突っ込むのはよくないしね。本人たちが助けを求めて来た時に助言するくらいで良いと思いますよ、僕も」


ベッドの上で服を肌蹴させて少し気だるそうにジェラルド先生は言う。私はそんな彼の言葉に同意を示して頷き、白いシーツを肩まで上げる。外は真っ暗で、このままここで寝てしまってもいいかと思う。


「マーリンは何事も真面目な生徒だと思っていたんですけれど…。ふしだらな行為をしていたという噂を聞いて、絶対嘘だろうって思ったくらいですから」


学園の敷地内にある湖の傍で熱烈な口づけを交わし抱き合っていたということだ。


マーリンは奥手だ。人目の多い学園内で異性に対してそんな大胆な事ができる訳がないと私は思った。けれど実際に見た!という生徒達が何と多い事。


「真面目な子程、裏で何やっているか分からないってものですよ。僕はマーリンが男とそういう事(・・・・・)をしていたと聞いても、全く不思議に思わなかったですよ」

「…そうですか…」

「ま、色々な生徒がいるからこそ、この職業は面白いんでしょうけれどね」


ジェラルド先生が教師を面白いと思っていることが意外だった。


思っていることが顔に出たのだろう。怪訝そうな顔をした先生が私を見る。


「何ですか…。前々から思っていましたけれど、ロッテ先生は僕に対して結構酷いですよね?僕は僕なりに子供を可愛いと思っていますし、この仕事が好きですよ」

「……あ…へぇー……。いえ…その…すみません…」

「ただ、ロッテ先生とは指導の仕方が違うだけですよ。そこは理解して下さいよ」

「………はい。そうですね……」


まだ不服そうな様子だったが、ジェラルド先生はそれ以上何も言わないで私の髪をさらりと撫でてきた。


「…随分と伸びましたね」


普段は結い上げている髪も、下ろすと腰くらいまでになる。量も多いし、そろそろ短くしたい。


「切ってしまうのですか?僕はこのくらいが好きですよ」

「今はいいですけれど…これ以上伸びると上手く結えないんですよ」


指でさらり、さらりと髪を遊ばせるジェラルド先生の色気がすごい。この人、この美貌だから貴族のご婦人方に人気がでそうだな。


私はジェラルド先生の容姿は結構好きだ。


そもそも彼に好印象を抱いた理由は彼の容姿と雰囲気からであり、中味で惚れたわけではない。(勿論その事を本人に言った事はないし言うつもりはないが…。)


好いただの惚れただの、人それぞれだし…。マーリンだって婚約者のサフィ以外の男性にときめいても何らおかしくはない。それはよくよく分かっている。


「マーリンと噂の男子生徒はどんな子なんです?ロッテ先生ならば生徒から聞いたでしょう?」

「ダニエルって子です。…商家の三男坊で、明るくて気遣いができて、人気者ですよ。マーリンがダニエルに惹かれるのも…まあ理解できますよ」

「…へえ?」

「ダニエルにはお姉さんがいるようです。だからでしょうね、女の子が欲している事が自然と分かるようです。女の子の扱いが上手いですよ。だからマーリンでなくても、好きになる子は多いんじゃないですか?」


サフィとの違いはそこだろう。


話を聞いている限り、女の子への気遣いがサフィにできるとは到底思えない。


けれどジェラルド先生は首を静かに振って、ぽつりと言った。


「サフィはいい子ですよ。マーリンも馬鹿ですね…サフィを放っておいて他の男性に目移りするなんて」


ジェラルド先生とサフィは結構仲が良いようだ。ジェラルド先生はサフィの能力を誰よりも認めているし、そもそも大学への推薦を言い出したのもジェラルド先生だった。


「彼がいい子だというのは知っていますけれど」


ジェラルド先生が気に入るくらいだから、悪い子ではないことはよく知っている。


「でも女の子の身にもなってあげて下さいよ…。女の子って、些細な言葉や気遣いが欲しいものですよ。それが婚約者ならば尚更…。サフィはきっと放っておきすぎなんですよ」


ジェラルド先生は苦笑する。心当たりがあるようだ。


「サフィは学問と植物学には誰にも負けないんですがね…。コミュニケーションに関しての勉強はあまりしてこなかったみたいで」

「…だからマーリンはダニエルに走るんですよ…。学生の恋愛事情に口を挟む必要はないと思いますけれど、ジェラルド先生、ちょこっと彼から話を聞いてあげてはいかがです?」


ふむ、と逡巡する隣で寝転ぶ彼に、思わず笑いがこぼれる。


「何です?僕が何かしました?」

「いえ…。ただ珍しいと思いまして。ジェラルド先生は余程サフィがお気に入りなんですね」


天上を見つめたジェラルド先生は優しげに目を細めて笑う。


「そうですね…お気に入りの生徒なのは間違いないですよ。だからこそついつい世話を焼きたくなるんです」

「…へえ?」

「他人に対して臆病な感じが、僕の若い頃にそっくりです。色々言いたくなってしまうことも多いんですが…今は結構我慢していますよ」

「……臆病だって、自覚あったんですか?」

「……本当にロッテ先生は僕の扱いが雑ですね…。自分の事くらい、分かりますよ」

「そうなんですね…。それは失礼しました」


彼の茶色の髪にそっと手を伸ばす。柔らかい髪質で羨ましい。ジェラルド先生は私の方へ顔を向けて真っ直ぐに視線を合わせた。


「サフィはマーリンの事を大事に想っているんですよ。親同志が決めた婚約者とは言えその可愛さに一目惚れをしたらしく、ずっと好きなんですよ」

「……へえ?そうなんですか」

「だから、きっと今回の噂には傷付いていますよ…。表面上ではポーカーフェイスを気どっていますが、内心では穏やかなはずありませんよ」

「……それは…お気の毒に…」

「ま、マーリンがダニエル君とやらに走ったのも、サフィに原因あってのことでしょう?その事は伝えてあげてもいいかもしれませんね」


こくりと私は頷いた。それには賛成。やりすぎはよくないけれどね…。


「私に協力できることがあったら言って下さいね」

「…ありがとうございます。覚えておきます」

「遠慮なさらず。生徒達のためですし」


後でこの自分が言った台詞に後悔することになるが、この時は単純にサフィの力になってあげたいと思ったのだった。




***



それから数日後。


相変わらず例の噂は絶えない。マーリンとダニエルは益々仲を深めたようで、二人で楽しそうに話す姿を私も見るようになった。サフィの気持ちはいかばかりかと考えると、複雑な気持ちになる。


そんな日の放課後、生徒達が学園から寮に帰宅した遅い時間に、私はジェラルド先生に呼び出された。場所は植物が生い茂る温室。何かあったのかと思い、急いで温室へ駆けつけると…。


「ジェラルド先生?どうしました?」


難しい顔のジェラルド先生がそこにはいた。


「ロッテ先生…」

「な…何ですか…?一体どうしたのです…?」


眉に縦シワを寄せて目を吊り上げる先生は、いつもの先生とは違って怖い。何か私怒らせるような事をしたっけ?と思ったが心当たりはなにもない。


ジェラルド先生は、ふうっと一つ溜息をついた後、私を鋭い目で見つめた。


「ロッテ先生。聞きましたよ。僕以外の男と……恋仲のような関係になっているっていうじゃありませんか」

「…………、は……?」

「ふしだらな行為をしていたと聞きましたが?それについて言う事は?」

「………何言ってんです?何の事ですか」

「とぼける気ですか!」


何を馬鹿な事を言っているんですかと言いそうになって口を閉じる。ジェラルド先生の剣幕に押されたからだ。


「ジェラルド先生…?あの……何か勘違いをしているのでは…」

「勘違いなものですか。僕は全て分かっているんですよ」


ジェラルド先生は一気に私との距離を詰めてきて、私の手を取ると、その甲にキスを落とす。


「!?……あの…」

「僕は面白い男ではない。気の利いた事は言えないし、ロッテ先生を放ったらかしにするし…自分勝手だし…。でも先生の事を、誰よりも想っております」


ど……どうした!?ジェラルド先生、一体何があった!?


口を魚のようにパクパクさせてしまった私はきっと悪くない。だってジェラルド先生がご乱心状態…!


そんな私に関係なく、先生は私の頬に手を添えて、……そして勢いよくキスをしてきた。


「っ!?」


この人はキス魔だと思う。どこの場所にいても、どんな時間でも、自分がキスをしたければしてくる人種だ。誰かに見られるんじゃないかといつも冷や冷やしているというのに…。


この時も同じだ。何度もキスを求めて来る。熱い口づけが私の身体を火照らす。


身体がぎゅっと抱きしめられて、更にキスが続けられた。


「っ…!先生……!」


もがこうにも、男性の力に敵うはずない。腰を捻って身体を離そうとしても追い詰められる。


「ロッテ先生、覚えておいて下さい。僕はあなたの事が好きです」

「………」

「あなたに一度も本音でぶつかった事がなかった事を、今後悔しています。ですがこれが僕の本音です。あなたが好きです。あなたも僕だけを見ていて欲しい。他の男に渡したくなんかない」

「………ジェラルド先生…。あの…」

「あなたが他の男を見てしまった原因は僕にあるということは十分に承知していますが…。ですが、もう一度僕とやり直しをして頂けませんか?僕の心はあなたにあります。例え、親同士が決めた間柄でも…」


ん?何か言っていることがおかしい気がするんだけれど…。


いや、そもそも最初から何を言っているのか分からなかった。もしかしてこれって…。






ジェラルド先生は私から視線を外し、横を見ると…。


「サフィ、分かりました?このくらい、マーリンに自分の想いを強くぶつける必要がありますよ」

「!?」


驚いて横を見ると……何とそこには、顔を真っ赤にさせたサフィが突っ立って私達を見ていたのだ!!


「ちょ…!?ジェラルド先生……っ!?」

「すみませんロッテ先生。サフィがマーリンにどう想いを伝えたらいいのか分からないって言っていましたので。実践で教えることにしました」


途端に羞恥心が私を襲う。まさか生徒の前でこんな恥ずかしい姿を晒すなんて…思いもよらなかった!!


「サフィ、どうですか?できそうですか?」


一人だけ涼しい顔のジェラルド先生はサフィにそう聞くと、湯気が出そうなくらい真っ赤な顔のサフィは小刻みに震えた。


「で……できるかどうかは……わ、分からないです……。と言いますか、僕には難易度高いです…」

「別にこれ(・・)をやれと言っているわけじゃないんですよ?このくらいやってもいいんじゃないかってことです」

「で……でも…!キスとかは…」

「マーリンだってダニエルとキスをしていたと噂があるじゃないですか?別に大丈夫ですよ。君とマーリンは正式な婚約者なのだから」

「………」

「それに、このくらいやった方が、女の人の心は揺れますよ。どうせ振られるならば、過激に想いを伝えてもいいんじゃないでしょうか?」


私は、はっと我に返る。ジェラルド先生はサフィに助言をしているのだろうけれど、でもそれはサフィに合っている助言とは思えない。


「ジェラルド先生…、あの、先生のやり方に口を挟むつもりはありませんけれど、でももっと別の言い方で想いを伝えてもいいでしょう…?って言うか、想いをぶつけることが大前提ですけれど…、そこまでしなくても、マーリンと徐々に距離を縮めて行くという方法もありますよ?」


これに対して答えたのはサフィだった。


「ロッテ先生…違うんです。実は…僕もマーリンと距離を縮めようと頑張ったんです。手紙を書いてみたり、デートに誘ってみたりと…。でもマーリンは言うんです。‘私の事を心から好きじゃないのよね?’って…」

「……」

「ダニエルは違うと言うんです。自分が寂しい時は手を握ってもくれるし、抱きしめてもくれるって。花束をくれるのは当たり前だって。手紙一枚で済ませるような人じゃないって。それに比べたら、僕はマーリンの事を本当に好きじゃないんだろうって」


成程。ダニエルの方が女の子の扱いにも慣れているから、マーリンが物足りなくなってしまっているって訳ですか…。


「サフィはできることは必死でやりましたよ。僕から言わせれば、マーリンのわがままだとは思いますけれどね…」

「いや、ジェラルド先生…。この場合、ダニエルの手が早いんですよ…」

「それはその通りです。だからこそ、ダニエルに負けないくらいに行動と熱い言葉で訴えるべきだと思ったのですよ」

「……それでさっきの行為ですか…っ!いい加減にして下さいよ!」


怒りで一杯になりそうだったところを、サフィの一言が止める。


「ロッテ先生すみません…。僕も熱烈なアプローチとやらには興味ありましたので…その、先生にはご迷惑をおかけすると分かっていましたが…。でも参考になりました。こちらが強気で攻めていけば、女の人って何も言い返せないんですね」


ぱしりと額に手を置いて唸る。


違う…サフィ、それは絶対に間違った見解だ!全ての女性に通じると思っちゃいけない!ジェラルド先生、絶対に指導の仕方を間違えているでしょう!?


けれどジェラルド先生はサフィに向けて頷く。


「話を聞いていると、マーリンは男にリードして欲しい子のようですし。サフィが恋愛事に臆病なのも分かりますが、うじうじしてるとマーリンは愛想を尽かしますよ」


待って待って…ジェラルド先生!それは違うでしょう!?と言いたくなったが、ジェラルド先生は私の口元に手を置いて私の言葉を遮った。


「ともかくサフィ、強気で迫りなさい。それで駄目だったら諦めた方がいいと思います。でも諦める前に、後悔のないように想いを伝えなさい」

「………はい…。でもちょっと怖いです…。拒絶されたらと思うと…」

「その時は沢山慰めてあげますから。怖くて何もしなかったら、人生損しますよ」

「っ!はい!分かりました。ジェラルド先生、ロッテ先生、ありがとうございました!」


晴れやかな顔でサフィは笑う。納得いっていないのは私だけ。







「ジェラルド先生…取り敢えず、殴ります」


平手打ちだったことに感謝して欲しい。パアン!といい音が温室に響く。痛いですね、と言いながら頬を抑えて、でも笑っているジェラルド先生に腹が立つ。


「そんなに怒ることでもないでしょう?キス如きで恥ずかしがるような間柄でもないでしょう、僕たち」

「そうじゃなくて!」

「やろうと思えばもっと出来たんですよ?でも流石に生徒の前で肌を重ねるわけには」


もう一発殴ってやった。


「当たり前でしょう!!そんな事したら本気で刺しますよ!?大体、生徒の前でふしだなら事をする事自体が最悪ですっ!!見損ないましたよ!」

「サフィだからいいんですよ。荒療治、荒療治」

「~~~っ!!……こんなにも殺意を抱いたことはない……!」


ケラケラ笑うジェラルド先生は、しかしややあって真面目な顔をして私に向き合った。


「あのくらいやらないとマーリンの心には響かないでしょう。だったらやればいいんですよ」

「って…!まだ十七歳の子にそんな事進めないで下さいよ!第一、貴族間では結婚するまで清い仲であるのが当たり前でしょう!?」

「そんなの崩れつつある、過去の習慣ですよ。キスくらいは別にいいじゃないですか」

「そういう問題じゃ…!」

「じゃあどういう問題です?」


一瞬だけ間を置いて、私は静かに口を開いた。


「…仮にですよ…?熱烈に想いを伝えてマーリンがサフィの事を意識したとします…。でも熱烈にアプローチをしてみせたサフィの姿は…本来のサフィじゃない…。最初は上手くいっても、いずれ亀裂が生じますよ?サフィが無理をする限りは…」

「そうかもしれませんね」


ジェラルド先生の言葉に私は顔を上げる。先生と視線が交じり合う。


「でも…その時はその時です。上手くいかなかったという結果なだけです。問題はそこじゃなくて、サフィが変わりたいと思ったという事が大切なんですよ。その為に行動をしたいと思った事が」

「……」

「想い人である婚約者が別の男に盗られても、我関せずな態度を貫き通していたでしょうね…以前のサフィならば。でもそんな自分に嫌気がさし、婚約者を自分に向かせたいって思ったのですよ。だったらそうしてみればいいだけの話です」

「………」

「それで上手くいかなかったとしても、何も嘆く事はないでしょう?サフィは頑張ったんですから。自分の慣れない事に挑戦もしたんですから。そんなサフィを僕は褒めたいと思いますよ」


何も言えなかった。


確かに…そうかもしれない。物事は全てが上手くいくとは限らない。時には悲しい結果を生み出すこともある。でも、挑戦したという事実は永遠に残るんだ…。


「納得して頂けました?ロッテ先生」

「………はい」

「素直でよろしい」


サフィのことはジェラルド先生が一番分かっている。だったら私如き、あれこれ口出しする必要はないんだろう…。


「それでもやっぱり、サフィの前であんな事をしたことは許しません!二度とごめんですよ…」

「別にこだわる必要もないでしょうに。僕とロッテ先生がそういう仲だって生徒なら誰でも知っていますよ」

「……それが嫌なんですよ…」

「恥ずかしいからですか?」

「当たり前です!それが一番です…。でも…生徒にあまり、プライベートの事は話したくないです」


ジェラルド先生は面白そうに私を眺め、ぽつりと言葉を洩らす。


「相変わらずですね…。ロッテ先生はご自分の事をあまり語らない。僕にだってあまり話さないでしょう?」

「……そうですか?そんな事ないと思いますけれど」

「そんな事ありますよ。ロッテ先生は、生徒達の事はよく話しますが…。自分の事については何も語らない。僕は未だに先生の生い立ちとか家族構成については知りませんよ」


ああ…。そういうことか。確かに内戦で父を失った事や、この国に逃げて来たこと、家族のこととか言っていない。


でもそれはジェラルド先生もそうじゃないか。私は先生の事についてほとんど知らない。


「ロッテ先生は社交的で明るくて、誰にでも接することができます。割と目立つ人です。でもどこかで他人と距離を置いていますよ。気付いてます?」

「……それ、ジェラルド先生のことでしょう?他人と線引きしているのは先生の方です」


驚いてジェラルド先生に言い返せば、先生は薄く笑った。


「否定はしません。僕の場合、貴族で生まれたからそうなってしまったんですよ」

「…?」

「貴族ってね、本音を言わないんですよ。常に建前で生きています」


冷たい顔になった。貴族の事について語る時の先生は、いつだって冷たい顔だ。


「心では別の事を思っていても、決して口にしてはならない。仮面を被って生きているのです。そんな生き方は嫌だったのですが、長年の習慣でしょうか…いつの間にこの身に染みついてしまいました」


黙って聞く。こんなジェラルド先生は珍しい。


「ま…いい面もありますよ。お世辞だけはぽんぽんと言えるようになりましたし、嫌な人と話していても、ニコニコと笑っていられるだけの技術は習得しました」

「………」

「そろそろ戻りましょうか。遅くなりましたしね」


温室を出て暗い道を二人で歩く。お互いに無言だ。何を話せばいいのか分からなかったし、難しい議論をすることに多少疲れを感じていた。


夜風が気持ち良い。高く結んだ髪を下ろし、黒髪を風に靡かせれば、


「……綺麗ですよ…。見惚れるくらいに」


いつの間にジェラルド先生が見つめていた。その声色に心臓が少し高鳴る。


「ロッテ先生の黒い髪、とても好きですよ…。綺麗だと思います」

「……それは…ありがとうございます」


風が吹く。ジェラルド先生の香りが鼻に届いて不思議な気持ちになる。


「前々から聞きたかったんですけれど…。ジェラルド先生は私のどこが良かったんです?」

「……え?どこが?………う~ん……どこ、かあ…」


腕を組んで月を見上げ、しばし考える。私はじっと彼の答えを待っていた。


不意に想った疑問だ。私はジェラルド先生の顔が好みだったから、という理由が一番かもしれない。面食いだと自覚しているけれど。顔が良くないと恋愛対象にならないのも私の困ったところだということも十分に分かっているけれど!でもこればかりはどうしようもない…。


ジェラルド先生はああ、と声を上げて笑い、私を見た。


「最初は何とも思っていなかったんですよ。ただの同僚です。でもいつだったかなあ…。生徒に対して真剣に向き合う姿から目を離せなくなって。それでですよ、この人ともうちょっと話してみたいなあって思ったんです」

「………」

「真面目だなって思ったんですよ。そこが良かったんでしょうね」


………ドキドキする…。初心な乙女じゃあるまいし。


でも私がジェラルド先生に好意を持った理由よりも…まともな気がするんだけれど…?あれ…、こんなのでいいの…?私って、結構いい加減な女なのか…?私の方がいい加減なのかな?


「それはそうと…、き、貴族の人達って…恋人にどんな甘い言葉を使っているのです?」


話を反らすように話題を振る。


「人それぞれだとは思いますけれど…。お上品な方々だと‘ずっとお慕いしておりました’程度だと思いますよ」

「……まあ普通ですね…」

「基本的に手は出しませんからね。婚前に関係を持ったりしたら大目玉ですよ」

「………それでも別にいいとは思いますが…」

「そうですか?婚約者同士ならば関係を持ってもいいと思いますけれどねえ。だから貴族の若い子達は娼館に行くんですよ。欲求不満で」

「………」

「お慕いしておりますといったところで何もできませんからね。マーリンが物足りなくなるのも…分かる気はしますよ」


何かもう何て言ったらいいのやら…。分かっている、私はこの手の話題が苦手だ。疎いから…。


「取り敢えず、サフィとマーリンが上手く行く事を祈ります…」

「さっきから話題を反らしてばかりですね、ロッテ先生?」


ニヤリと笑われた。何だっていいよもう…。


「ロッテ先生も欲求不満ですか?ならばお相手しますが?」

「結構です。第一、欲求不満なのは私じゃなくてジェラルド先生でしょ!」


ははっと楽しそうに笑うジェラルド先生に蹴りを入れたくなる。


「貴族のお子様達の面倒を見るのは大変ですね…。多かれ少なかれ、皆さん建前社会の住人ですから。僕はね、そういったお子様たちの建前を取っ払ってやりたいのですよ」

「………ふうん…」

「今まで考えた事なかったって顔ですね。ま、ロッテ先生と僕は見方も考え方も違いますしね。こちらの事は僕にお任せを」


私にはピンとこなかった。


建前で生きているなんて…別に貴族だけに限らないだろう。平民だって農民だって、王族だって本音と建前を使い分けている。


でも私はそれを悪いとは思わない。……建前がなかったら、自分を守ることもできないだろうから…。


珍しく饒舌なジェラルド先生を見ながら、そんな事をぼんやりと考えて屋敷に戻って行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ