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どうしようもできない恋心

かつての恋人…と言っていいのか悩む関係だったジェラルド先生は、ミルフィーヌ・チャイルホープ令嬢と結婚した。


アズベーク学園内でもその噂で持ちきり、まさかジェラルド先生が貴族のご令嬢と結婚するとは生徒達も予想していなかったようである。


私と言えば、しばらくはショックだった。


何だかんだでジェラルド先生の事が好きだったわけで、でも私とジェラルド先生は決して人生を共にするべき相性ではなかった。いや、こんなの愚痴にすぎないよね。ただ単純に、ショックだったということだし。


普段の私は何事にもサバサバしている性格ではあるけれど、しかし恋愛事は結構ひきずる方らしい。


元気なふりをして生徒達の前に立ち、ケラケラと何事もないように同僚達の前で笑って見せる。女は演技が上手いと言うけれど、まさに今の私は演技を続けていた。




***


明るい顔に対して私の胸中は複雑で、仕事のやる気なんてゼロに近い状態だったが、学園の生活はなくなるわけではないし、相変わらず問題は起こるわけで?


「で…?今度は何があったと言うわけですか…」


アズベーク学園の問題児の一人・アメリエーヌがまた何かやらかしたらしい。


アメリエーヌは「自分は英雄の生まれ変わりだ!」と豪語している生徒で、悲劇のヒロインになりきっているという、ちょっと変わった少女である。


その少女が町で、「隣の国・キュリヴェスは未だに危機に直面しております!同じ人間同士、助け合おうではありませんか!」と演説をしていたと報告が上がった。


「学園の外に出て演説活動ですか…。それは…学園の禁止事項の中にありましたか?」


目の前にいる美貌の教師・クラウス先生に問えば


「……いや…。正確に言えば校則の中には…ない…。何しろ前例がないのでな…」


呆れたように呟いた。


放課後、街のカフェにいた生徒達が、堂々と広間の噴水前で演説をするアメリエーヌを発見した。キュリヴェスの悲惨さと戦争の虚しさを永遠と訴えかけ、次第に行きかう人々の足を止めていたとか。


「凄い…。色々と凄い…。思い込みも強いけれど、行動力も半端ないですね…」

「そうだな。キュリヴェスの英雄、マイエル・ゾリーとかいう男の生まれ変わりだという話はさておき、あの絶対的な自信はどこからくるのやら」

「ある意味羨ましいですね。周りを気にせず、どこまでも突っ走る思考回路は見習いたいものです」


クラウス先生は少しだけ目を丸くさせて私を眺めた。


「…何ですか?その意外そうなお顔は…」

「………いや…。ロッテ先生がそのような事を言うなんてな。周りを気にしない、なんて」

「え、ちょっと待って下さいよ…。私だってある程度周りを気にしますよ」

「あまりそうは見えないからな」

「……クラウス先生の中での私の印象がどんなものなのか、最近よ~く分かってきましたよ」


目を細めて遠くを眺めれば、クラウス先生は少しだけ笑って「冗談だ」と小さく言う。


「猪突猛進かと思えば、意外と世間体を気にするところもある…それがロッテ先生だろうな」

「……知っているかのように言いますね…」

「実際、知っているからな」

「………」


最近これだ。クラウス先生が私を好いてくれているのは分かっているから、こういう台詞は本当に照れる。


未だにジェラルド先生の事を忘れられない自分が嫌になるなあ…と後ろめたさもあり、ついつい視線を外す。


「アメリエーヌだが…」

「っ、はい!?」

「どうした?アメリエーヌのことだ」

「あ……はい、そうですね…あの子の事!」


違う事を考えていた。いけない、いけない。今は問題児のアメリエーヌのことだ!


「アメリエーヌの事は、校長もどうやら手を焼いているようだ。一向に話を聞かないと」

「…まあ…そうでしょうね。思い込みの強さといい、同級生に‘私をいじめなさい’と言うあたりといい、本当に変わっていますよね」

「そこまでいくと呆れを通り越して笑えてくるがな。ただの馬鹿だと」

「……クラウス先生も言いますねえ…」


思わずプッと笑ってしまったところで、背後から私達は声をかけられた。


「ロッテ先生…。お久しぶりです」


「あ…、ゴットフリート!」


そこにはこの国の王子・ゴットフリートが立っていた。卒業してから会うのは二度目かな?それでも随分久しい。


「彼は…」


クラウス先生は私の方をちらりと見る。ああ、そう言えば初対面同士だったね。私はクラウス先生とゴットフリートの二人をそれぞれに紹介した。


「クラウス先生、こちらは第二王子のゴットフリート殿下。アズベーク学園の卒業生で、私の教え子です。ちなみに巷で有名な‘婚約破棄’をした張本人」

「ちょっとおおお!ロッテ先生!その最後の下り、いらなくないですか!?」

「え?だって事実だし…」

「事実でも紹介にはいらないでしょう!?やめて下さいよ!」

「自分でした事には責任を持ちたまえよ、ゴットフリート少年!メリーは元気かな?」

「え?ええ…メリーは元気ですけれど…いやそれはいいとして!私はもう少年ではありませんからっ!成人してますから!」


久しぶりにからかえて楽しい。ケラケラ笑っていると、少しだけ焦り気味のクラウス先生が隣にいたわけで。おお、いつも涼しい顔のクラウス先生が慌てる姿は珍しい。


「ロッテ先生…!教え子とは言え、仮にも王子殿下に…!」

「流石クラウス先生ですね。貴族の方はそこら辺の感覚が私よりもしっかりしている!」

「いや…先生…」

「で?ゴットフリートは一体何をしに学園まで来たの?」


アワアワするクラウス先生を無視してゴットフリートに問えば、コホンと咳払いをして口を開く。


「その…キュリヴェスの間者と思われる物がアズベーク学園にいるとかいないとか噂になっていて…。そのような事はないと思うが、一応調査で来ましたよ。私は一応、この学園の卒業生であることですし」

「……それって…」


思わずクラウス先生と視線を合わせる。もしかしなくても、アメリエーヌのこと?


「そうそう、そんな名前だったと記憶しておりますが…。ロッテ先生方の反応を見ると、間者ってことは絶対なさそうですね」

「間者じゃなくて本人曰く、‘転生者’らしいよ、ゴットフリート」

「………、ロッテ先生は私を馬鹿にしてます?」

「何で怒るの?私が言ったわけじゃないよ?アメリエーヌ本人が言ったんだって」

「ようは問題児ってわけですね」

「そうそう、ゴットフリートと同じくらいの問題児」

「一々私を引き合いに出さないで下さいよ!」


プンスカ怒るゴットフリートに思わず噴き出した。やはり隣でクラウス先生が何か言いたげな顔をしているけれど。


「はあ…。ともかく、私がわざわざ来る程の事でもなかったということですね。学園の問題児は先生方に任せますけれど…。しかしキュリヴェスの名はあまり出さない方がいいですよ。あの国と我が国は決して仲がいいとは言えませんし。今だって微妙な関係ですからね」


確かに、とクラウス先生は頷く。


「アメリエーヌを…回収しに行きますか」

「ええ、そうしましょう」


授業が全部終わったからと言って、教師達に暇はない。教材研究もしなくちゃいけないし、生徒達の面談も必要だし…。ここに広場で演説中のアメリエーヌを回収するという仕事も加わるとげんなりする。


しかしどういうわけか、ゴットフリートも一緒に来てくれるとのこと。ぶっ飛んだ生徒のアメリエーヌがどんな子が気になるらしいのだ。





さてさて、広場に行けばアメリエーヌがいて、民衆の前で堂々と演説を繰り広げている。


曰く、「私は英雄の生まれ変わりです!だからこそ今の世の中に絶望しているのです!」だそうで。


ああ…凄い、本当に凄い。耳を傾けている人達は「幼女が頑張って演説しているのが珍しい」と言わんばかりの顔だ。内容はどうでもいいらしい。


「ほう…。あの年齢であのように堂々と人前に立てるのは素晴らしい。将来王宮で働いてはくれないかな」


ゴットフリートが心の底から感心していて、私はそんな彼の隣で呆れ立っていた。


クラウス先生は盛大に溜息をつくと、アメリエーヌを回収するために彼女の元へ向かって行く。あの群衆の中に入るのは先生のように身長がある人が良いだろう…ということで、私達は少し離れた場所で待つ。


「時にロッテ先生。あのクラウス先生ですが、ロッテ先生の新しい恋人ですか?」

「いきなり何、その質問は…」

「え?変ですか?普通に疑問に思いまして」

「……相変わらず君の頭の中は年中お花畑なのだねえ…ゴットフリートくん?」


酷いですね!と口を曲がらせたが、ふいっと顔を反らせて静かに口を開いた。


「いえ…その…。ジェラルド先生の事をお聞きしたので…。ロッテ先生が傷付いていないかなと思って」

「………」

「余計なお世話でしたね…すみません。ロッテ先生には既に美形な恋人がいたということで…」

「だから…!恋人じゃないって」


まさかゴットフリートに気を遣われる日が来るとは。びっくりして一瞬だけ声がでなかった。


「まあ軽口はこれくらいにして…。でもジェラルド先生とロッテ先生はあまりお似合いではなかったと思いますし。これで良かったと思いますよ、私は」

「……なんか…前にもそんな事、言っていたよね」

「はい」

「…君といい、ルードヴィッヒといい…。ジェラルド先生の評価はかなり低いよね」


思わず苦笑いしてしまった。第一王子のルードヴィッヒも、ジェラルド先生はやめておけとか言っていたっけ。


ゴッドフリートはふっと柔らかく息をつくと、広場の隅にちょこっと出ている出店に足を運び、可愛らしいネックレスを買った。おそらく婚約者のメリーへの贈り物だろう。


「メリーへのお土産?でも…王子殿下が婚約者に買うには…」

「そうですね…似合わないでしょうね。王族は簡単に宝石が買えますしね。でもね、メリーは案外、こういう可愛らしいものが好きなんですよ」


へえ…?メリーの事、少しは分かっているのかな?ゴットフリートは本当にメリーを大切にしている。婚約破棄までして手に入れた恋人だしね。


そんな彼は、丁寧に包装された包みを仕舞い込みながら私に目を向けて来た。


「ロッテ先生には分からないかもしれないですけれど…。男って見栄っ張りだから、好きな子には喜んでもらいたいって思うんですよ。多少奮発しても贈り物をしたいって」

「………」

「まあ…メリーの場合、豪華な宝石よりも庶民的な飾りの方が喜ぶって、最近知ったんですけれどね。でも何であれ、男は本命の女性には贈り物をしますし、デートだっていいところに連れ出します」


無言になった私を、ゴットフリートは見つめる。


「ジェラルド先生は、それをして下さいましたか?」

「………それは……」

「していないでしょう?分かっていますよ。あの先生はそういう部類の人です」

「………」

「外部の人間がああだこうだと煩く言うのは失礼だと分かっていますよ。でも…何となく分かります。ジェラルド先生は、確かにロッテ先生の事を好きだったと思います。けれどあの人の一番はロッテ先生じゃない。いつだって大切なのは自分自身だって。そういうズルい人間ですよ」

「………そうかもしれないけれど…、優しいところもあったよ」

「……ロッテ先生、言っておきますけれど、‘優しいから好きだ’とか言う女は馬鹿しかいないですよ」


まさかゴットフリートからそんな事を言われるとは思わなくてショックを受け、絶句した。


「ロッテ先生は教師としての能力は高いでしょうけれど、恋愛事にはてんで弱いですよね…」

「そりゃあ…婚約破棄までした君に比べたらね」

「一々引き合いに出さないで下さいってば!ああ…もう、そういう事じゃなくて…」


ゴットフリートはふうっと息をつき、広場にいるアメリエーヌとクラウス先生を見つめた。


「恋愛って…難しいですよね。思い通りにならないし、時に衝突するし。好きという気持ちだけではただの雄と雌ですよ」

「………」

「でも人を愛するって、それだけじゃないんだなって気付きました。相手のいいところも悪いところも認め合い、一緒にいても気を許せて…自然な関係になれるって。それが愛だって」

「………うん…そうだね…」

「正直に申し上げればね、ロッテ先生…?私だってメリーと喧嘩はしますし、顔だって見たくない時はあります。でも別れたいわけではないですし、生涯を共にするのは彼女だって思っています」

「……そっか…」

「その点で言えば」


ゴットフリートは少しだけ意地悪そうな顔で笑う。


「あのクラウス先生はいいと思いますよ。何でしょうね…責任感の強い男性ですよね、きっと。それに誠実そうだし」

「………」

「私の見立てだと、クラウス先生はきっとロッテ先生の事を好いていると思いますよ」

「……よく分かるよね…ゴットフリートは…。確かに恋愛においては私より上だ」


ケラケラと笑うゴットフリートが憎たらしいし、かつての教え子に自分の気持ちを吐露するのは少しばかり抵抗があったが、気付けばするりと言葉が出て来た。


「ジェラルド先生の事は好きだったよ…。結婚したと知って、やっぱりショックで…。ここのところ、あまり仕事にも集中できないんだ…」

「……へえ…?そうなんですね」

「でもゴットフリートの言う事は正しいっていうのも分かる。男としては…きっと最低の部類だろうってことも。でも…今はまだ、どうしようもできないんだよ…この気持ち」

「……ううーん…。ジェラルド先生程度の男性は沢山いると思いますけれどねえ…。本人にしか恋愛事は解決できませんしね」

「…クラウス先生が私の事を好きだというのも分かっているし、有り難いって思っているのよ。でも……まだ踏み込めないの…」

「…ロッテ先生の弱い一面を知って、ちょっとびっくりしてますけれどね、私は」


満足そうな顔のゴットフリートに思わず眉をしかめる。こいつ、結構面白がっているよね。


「まあ、私は応援していますよ。婚約破棄してメリーを手に入れたって、事あるごとに先生は私の事を馬鹿にしてますけれど」

「あ…いや馬鹿にはしていないよ……多分……、多分……」

「してますでしょ!ああ…でもいいですよ。いずれなりふり構わず、先生も取り乱す時が来るかもしれませんよ」


その時は是非自分を呼んで下さいね、とゴットフリートは楽しそうに言う。


群衆の中から、アメリエーヌの首根っこを引っ張ってこちらに歩いて来るクラウス先生が見えた。


何だろうか。今朝まで凹んでいた気持ちが、多少和らいだ感覚がする。


いつかこの気持ちも過去のものとなり、笑い飛ばせる日がくると信じている。時が全て解決してくれると信じているから…。


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