男たちの夜
討伐仲間のダン目線
まるで流星のように突如として現れて、皆の畏怖と憧憬を纏って輝いている男。
最初はどれだけのもんだ、と思って近付いてみたが、予想以上というか、君は本当に人間か、と聞きたくなる強さだった。
これは敵に回すべきじゃない、と、早々にお近づきになるべく色々探ってみたものの、分かったことはただ一つだけ。
漆黒の勇者と呼ばれるこの男、クロの中には女神様の居場所しかないということだけ。
「君は本当に男なのか?」
思わず漏れ出た本音に、鋭い視線を向けられる。
だってさ、言いたくもなるってもんだろう?
この町をずっと悩ませていた魔物が一掃された今日、時間も時間だから正式な礼は改めて、という話になったが、それはそれとして町は、というか夜が稼ぎ時のこの酒場は盛大に盛り上がっているのだ。
疲れが目立っていたシルフィを、さりげなく先に宿に帰してまでここに来たかったのは、男の事情って奴に他ならないのに。
「こんな美人たちを前にして、君は何か思うことはないのか?」
ボクの言葉に「きゃあ!」と上がった華やかな声を聞くだけで、自分の顔がだらしなく弛んだのが分かる。
自分の腕や腿に触れる柔らかな身体、漂う甘い香り。
戦闘で昂った身体を慰めてくれる可愛い女たちだ。
それなのにこいつと来たら、伸ばされた手を避けることまではしてはいないものの、早く帰りたいとばかりに酒を味わいもせずに飲んでいる。
「おまえがどうしてもが来たいと言うから来ただけだ」
ぼそりと呟いてまた酒を飲み干した。
「勇者様は硬派でステキー」
そんな姿をうっとりと見つめている女も中々の上玉なのに見向きもしない。
「……ワタルちゃんってのはそんなに綺麗な子なのかい?」
「名前を呼ぶな」
どこまで独占欲が強いんだ。
少し呆れながらも、そこまで一人だけを思い続けられるこいつを少し羨ましくも思う。
「美人なの?」
「普通だ。……でも」
普通だ、だけで終わるかと思いきや、まだ話してくれるらしい。
もしかしたら、クロも少し酔っているのかもしれないな。でも、そんなことを言ったら続きが聞けないのは明らかだったので、からかうのをグッと我慢して次の言葉を待つ。
「よく笑うようになった」
なんだよ、それ。普段ならそう言っている。
美人か? の答えになってないだろう、って。
でも、クロの横顔があんまり幸せそうだったから、言葉が出てこなくなってしまった。
こいつにこんな顔をさせる女だ。
きっと優しくて、クロのことだけ考えているような、普通の可愛い女なんだろう。
なんか嬉しいような、羨ましいような、何だかむず痒い不思議な気持ちになって、ボクも宿に戻りたくなったような気がしてくる。
「君の為に料理を頑張ってるって聞いたけど」
まだ女神様の話を聞いてみたくて、シルフィからの情報を出してみたら、何かを思い出したのかクロが小さく笑う。
男の笑顔なんて全く興味のないボクですらちょっとドキッとしたその微笑みは、もちろん周囲の女たちの心を鷲掴みにしたようだ。クロに触れる手に熱が隠ったのが見てとれる。
「こっちの料理はまだ難しいようだ。毎日何が出てくるか楽しみにしている」
おうおう、のろけてくれるねぇ、とボクは思ったが、どうやら女たちには売り込み時と思えたらしい。
「勇者様の恋人は料理が出来ないの? 私、すごく得意なんですよ!」
勢い込んで告げられた言葉に、クロは本当に不思議そうに首を傾げた。
「あいつが料理出来ようが出来まいが関係ないだろう。あいつはそこにいるだけでいい」
それはあまりにも簡単で、でも想像以上の威力を放つ言葉だった。
女たちも一斉に黙り込む。その言葉の意味がどういうものなのか、しっかり理解したんだろう。
「……は、はははっ!」
いきなり笑い出したボクを訝しげに見てくるが、君、自分がどれだけ凄いことを言ったか分かってないだろう?
「ほらほら、金にならない奴なんか放っておいて、みんなこっちへおいで」
分かりやすく態度を変えて、こちらにすり寄るあざとさも可愛いもんなんだぞ?
まあ、君には一生分からないし、分かる必要もないんだろうけどね。
「君はもういいよ。早く帰れば」
手を振って追いやれば、これ幸いとばかりにさっさと出ていく後ろ姿を見つめる。
恐ろしく強くて、顔も良い。
どこか陰がある感じがまた人を惹き付ける。
でも、そんなことはクロにとってどうでもいいんだ。
あいつにとって大切なのは女神様だけ。
それ以外のモノは、女神様にとっての損得で決まるんだろう。
そこにいるだけでいい。
そんなことを言える相手に出逢っている勇者を、心の底から羨ましく思う夜になった。