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神華  作者: 紫音
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一章 六十五話





 藤森家の廊下を、麗華を横抱きにして足早に進む。あと少し進めば彰華達の居る大広間に辿り着く。そこでは彰華がこれからの事を守護家の当主たちと話をしている所だろう。これからの対処の事も気がかりだが、何より麗華を守護家の術者達の集まる大広間に連れて行きたい。

 今の麗華は自分で歩く事すら出来ない。今ここで何かに襲われたら、真司一人で戦うのは不利だ。

 麗華は落ちない様に真司の首に手を巻き瞳を閉じて何か考え事をしている。麗華の頬、手、服は登世子の血で汚れていた。麗華の姿からも容易に登世子が流した血の多さが分かる。あの場で何より麗華の身の安全を最優先に考え行動した自分に少し、安堵していた。

 突如現れた陰の神華、登世子が刺された時、守護家としての行動としては最悪の事をした。頭では登世子を守らなければいけないと思っていたが、体は麗華を守る事を優先していた。

 神華という待ち望んだ存在よりも麗華を守りたかった。

 口が悪いし、少し抜けている所があるけれど、自分を傷つけようとした人にも手を差し伸べる様なお人よし。他愛ない事で笑う姿を見るのが好きだ。辛い顔や悲しい顔をさせたくない。だから、絶対に麗華を傷付けさせたりしない。




「真司、止まって」

 不意に麗華が目を開けた。もうすぐで大広間に辿り着くのにどうしたのだろう。横抱きの所為で直ぐ傍に表情が見えるが、先ほどより緊張した顔をしている。それに、何故か分からないが、麗華の纏う空気が少し変わっている気がした。

「廊下の曲がった先にさっきの男がいる」

 麗華に言われて、廊下の先に注目する。何かの気配を感じる事は出来ない。

「何で分かるの?」

「そんな気がするから」

 真司を掴む麗華の手に力が籠る。嘘をついているとは思えない。何故か分からないが麗華には分かるようだ。

 廊下の先からゆったりとした拍手が聞こえてきた。拍手と同じゆったりとした足取りで、男は現れた。黒い長袖に長すぎる鬱陶しそうな前髪の男。前髪から覗く藍紫色の瞳が笑っている。

「私の存在に気が付くとは、すばらしいですね。褒めて差し上げましょう」

 ゆったりと叩く手が赤黒い手袋をしているように染まっていた。血の気が引いて行くのが自分でもわかる。あれから数十分も時間が経っていない。蓮や大輝、麻美はどうなったんだ。男は怪我をしていない。蓮達が束になってもこの男に敵わなかったのだろうか。いくら、男が強くても蓮達三人がかりでも全く歯が立たないなんて信じられない。

 それに大広間に繋がる道は複数あるが、森からここへ来るまでの道のりを考えても、この男がここに居るのはおかしい。

 

「蓮さん達は?」

 麗華の声が震えている。

「さぁて。どうしたと思いますか?」

 男は楽しそうに言う。これは、非常に危険な状況だ。蓮達三人が敵わなかった、男に真司一人で挑むのは危険だ。逃げるにしても、歩けない麗華を連れていては、直ぐに捕まる。

 助けが欲しい。大広間に居る人達にこの状況を何とか伝える方法はないだろうか。札を飛ばして、呼ぶにしても大広間に繋がる道に男がいる。大声を上げて助けを呼ぶしか方法はない。男とここでやり合えば嫌でも大広間の人達は気が付いて来てくれるはずだ。

 それに、かけるしかない。

「生きていますよね? 殺したりしてないですよね?」

「わたしは殺生の趣味はないと考えていたのですが、中々癖になりそうです」

「――そんな、嘘でしょ?」

 麗華の顔から血の気が失せて行く。真司は麗華の体を守る様に強く抱く。

「そんなわけないだろ。蓮達が死んだら僕も気が付く。麗華、あの陰湿な男に騙されるな。蓮達は死んでない」

「ほんと?」

 安堵したように息を吐く。

「ひ・ん・し。と言う事もありえますね」

 男は赤黒い手を見せびらかす様に手をさする。

「黙れ! 蓮達がお前の様な奴に簡単にやられるわけがないだろ!」

 真司は怒鳴ると同時に術を使い男の近くの壁を破壊する。

 ――頼む。誰かこの音で気が付いてくれ。

「おや。短気ですな。わたしは、可能性について話しただけでしょう」

「じゃあ、実際はどうなんですか?」

「どうでしょうね? でも、そんな些細な事に気を使う事が出来なくなる様にしてあげます」

 男の手に刀がある。男の口元が笑った様に見えた瞬間、抱いていた麗華を床に下ろして防護壁を作りだす。刀とぶつかる激しい音が廊下に響き渡る。


「真司!」

「這ってでも逃げろ、麗華!!」

「おや、わたしから逃げられるでしょうかね」

 刀の力が更にます。押され気味の真司は今にも破壊されそうな防護壁を持ちなおそうと力を込める。絶対に助けが来るまでは、持ちこたえて見せる。



「真司、あの言葉って、ここでも通用する?」

「……あの言葉?」

 一瞬考えて直ぐに答えが頭に浮かぶ。掛け軸に書かれた呪文だ。

 守護家に伝わる神技を継承する為の訓練所に移動する呪文がある。各守護家に一つ決められた場所に飾られている神が書いたとされる掛け軸に書いてある呪文だ。一度藤森家の森で、麗華が唱えて真司と共に神技を継承する訓練所に飛んだ事がある。抜け出すのに非常に苦労した場所だが、今ここで使えば麗華と真司だけがこの場から消える事が出来る。

「通用する!」

「何を思いついたのでしょうね?」

 男が首を傾ける。麗華は真司の服をぎゅっと掴み意を決したように言葉を唱える。


「ゆらゆら、き しづしづ、つち ひらひら、みず ふあふあ、ひ きらきら、かね!」


 変化は直ぐに起きた。初めて唱えた時と同じように、金子家の家紋が足元に浮かび上がり光りを発する。

「おや? これは……」 

 男は足元の変化に目を見張った。上手く行ける。そう真司は確信した。

 だがそれが悪かった。一瞬の気の緩みを男は見逃さない。真司の作った防護壁を刀で叩き割り、真司の手を掴みそのまま壁に叩きつけた。真司の服を掴んでいた麗華は前のめりに倒れるが、未だ神技を継承する訓練所に繋がる入口にいた。

「しん――」

 伸ばされる手も虚しく麗華の声が途切れて、廊下から姿を消した。

 激しく壁に叩きつけられ、痛みを抑えながら霞む瞳で麗華がこの場から消えた事を確認して安堵する。

 訓練所に麗華一人で送った事は不安ではあるが、あの場所は守護家の訓練所。麗華一人の場合は恐らく違う事が起きるだろう。今ここにいるよりは、麗華の身は安全のはずだ。

「なるほど。……瀬野殿にお逢いしていたとは知りませんでした」

 男の言葉に眉を顰める。瀬野とは、金子家の神技継承を見極める役目の名前のはずだ。真司は誰にも瀬野に会った話をしていない。その名が他の誰かに漏れる事はないはずだ。

「何故、その名を?」

「愚問でしょう。しかし、わたしから彼女を逃がしたつもりでしょうが、彼女一人あの場に行かせたのは失策だと気が付いているでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「あなたには感謝致します。わたしの目的をやり易くして頂きました」

 男はゆったりとお辞儀して鬱陶し前髪の間から微笑みかけた。



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