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神華  作者: 紫音
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一章 三十八話





 自分たちのしている事は、間違っているのかも知れない。こんな事を続けても、無意味なのかもしれない。

 そう分かっていても、もう引き返す事も出来ない。

 たとえ、傷つけて嫌われたとしても、わずかな可能性に賭けるしか道は残っていないのだ。




 真琴の部屋で絵のモデルをしているうちに、いつの間にか寝てしまったらしい。気が付くと辺りは暗く、自分の部屋の布団の中に居た。

 時間は午後九時頃だ。布団から抜け出して、空腹を訴える腹を静める為に食堂に向かう。

 食堂に向かう途中に風呂上がりの真琴と廊下で会った。

「あら、起きたの?」

「あ、はい。私途中で寝ちゃったんですね。すみません。モデルになってたのに、寝ちゃって。あと、運んでくれて有難う御座います」

「良いのよ。昨日の今日で疲れがたまっていたのよね。無理させて私も悪かったわ。おなかは空いてない? 良かったら軽く何か作りましょうか?」

「空いてますけど、真琴さんが作ってくれるんですか?」

「えぇ。まかせて。私、料理も得意なのよ」

 にっこりと笑う真琴の綺麗な顔に、うっとりする。風呂上がり効果だろうか、美しさが倍増している。

 真琴に誘われるまま食堂に入り、料理してくれる姿をうきうき気分で眺める。手伝おうとするとあっさり却下されて、椅子に座って待ってるように言われた。慣れた手つきで野菜を切る様子を見て、真琴が作ってくれる料理を食べるのが楽しみになって来る。

 良い香りと共にトマトと生ハムの冷製パスタが目の前に置かれる。見た目も綺麗に盛り付けされ、お店で頼んだみたいだ。いただきますと一声かけて、ホークをパスタに絡める。夜でも暑い今時期に丁度いい冷製パスタが口の中で旨味を出しながら踊る。予想よりも美味しくて驚く。

「美味しいです!」

「そう? 良かったわ」

「本当に美味しい、これのレシピ教えてください!」

「良いわよ。でもこれくらいで良ければ、また作ってあげるわよ」

「本当ですか? わぁ。嬉しいです!」

 麗華は真琴の作ってくれた冷製パスタを美味しい美味しいと喜びながら食べた。作った真琴は、麗華が本当に美味しそうに笑顔で食べるので、作った甲斐があったと満足していた。



 冷製パスタも食べ終わり、食後のお茶を談笑しながら飲む。

「そういえば、私を描いた絵って見てみたいんですけど」

「そうね。でも、まだ下書きしか描いてないから完成したら見せるわ」

「あれ、色でも付けるんですか?」

「軽くね。だからもう少し掛かるのよ」

「分かりました。でも完成したらぜひ見せてくださいね」

「えぇ。もちろん、一番に見せてあげるから楽しみにしていて」

「はい」

 食堂の窓から見える星空を見る。

「今日は蒸し暑くなりそうね」

 温度管理されている藤森家でも、今日の暑さは少し寝苦しそうだ。

「そうね、少し夜風にでもあたりに行く? 星が綺麗な良い場所知ってるわよ」

「夜に藤森家から出ても良いんですか?」

 彰華から夜は出歩くなと言われていた気がする。夕涼みをしたいとは思うけれども、昨日の今日で出歩くのは少し恐い。

「大丈夫よ。私が付いているし、この藤森家にずっと居るのも肩が凝らない?」

 誰にも聞こえない様にこっそり麗華の耳元で話す。確かに、ずっと藤森家内に籠っているのはつまらない。自室にはテレビも無いし、する事も特にない。昼寝をしてしまった所為で眠気もなかった。

 真琴の言うように、少し夜風に辺りに行くのは楽しそうだ。

「それに車で行くんだし、降りなければ平気よ」

「車ですか?」

「ちょっとドライブ。気持ちいいわよ。夜のドライブ」

 幼いころ以来の夜のドライブには心ひかれるものがある。夜出歩くのは少し恐い気もあるが、真琴と一緒に行くのだし、なにも起こらないだろう。

 考えた末、真琴と夜のドライブに行く事に決めた。

 車のカギを取りに真琴の部屋に行く途中に、廊下で優斗と会った。真琴は優斗と会いたくなかったらしく、軽くため息をつく。


「あれ? 二人でどうしたの?」

「優斗君、これから――」

「ちょっとね。乙女同士でお話しようと思っていたのよね」

 麗華の言葉にかぶせるように真琴が言う。

「乙女って……。真琴さん無理ありますよ。俺も暇だから混ざって良いですか?」

「駄目よ。乙女限定なの。ねーぇ」

 真琴が麗華の肩に手を回してにっこり笑う。麗華も真琴の笑みにつられて戸惑いながら笑う。

「だから、優斗は自室で大人しく本でも読んでいなさい」

「俺を遠ざける、何かあるんですか?」

「そうよ。むさ苦しい優斗がいたら麗華さんと二人きりで楽しく話せないじゃない」

 優斗の様な、やさしげでさわやか系の顔立ちの人をむさ苦しいと言ってしまう、真琴に少し驚く。全然むさ苦しくない。

「麗華さん。真琴さんと二人きりで平気?」

 突然、話を振られて首を傾ける。真琴と二人きりでも、何か嫌な事が在る訳じゃないので全然平気だ。何故そんな事を聞いてくるのか疑問だった。

「平気だけど?」

「そうかな? だって、昨日……ねぇ?」

「ん?」

 言葉を濁して言う事がらを考える。昨日、何かに襲われたけれど、それと何が関係あるのか。あ、違う優斗が言っているのはその前に血を分けた時に起きた事だ。

 色々在った所為ですっかり忘れていた出来事が一気に思い出される。忘れていた舌の感覚までもが思い出され、腕を掴んで赤面する。

「いやぁねぇ。どっかの童貞坊やと違って年がら年中盛ってないわよ」

 綺麗に微笑む真琴に、同じ様に笑顔で返す優斗。

「それ、誰の事ですか? そんな言葉がぱっと出てくる人と二人きりで居るの大丈夫? 少し警戒心が足りないと思うよ」

「生意気言うようになったわね」

「本当の事じゃないですか」

 笑い合う二人が少し怖い。夜のドライブに行く気満々だったが、行く気持ちがそがれて行く。

「あの、私やっぱり部屋で大人しくしていようかなぁ……」

「それなら、トランプとかで遊ばない? 真司も暇しているだろうし皆で遣ったら楽しいよ」

「トランプも楽しそうですね」

「優斗、ちょっと来い」

 皆でトランプをする気になって来た麗華を置いて、真琴が優斗の腕を掴んで廊下の端に連れて行く。

 麗華に届かない小さな声で、真琴が優斗に話しかける。

「お前、邪魔するなよ」

「邪魔なんてしてないですよ。抜け駆け反対」

「そんな気はない。……ただ少し気分転換に連れ出そうとしただけよ。なのにチョロっと出て来て掻っ攫おうとするなんて、しばくわよ」

「連れ出すって? 外に連れ出す気だったんですか?」

「いいでしょ。日付が変わる前には帰って来るわ」

「それなら、俺も行きたいです。三人でドライブって事で」

 真琴は眉を顰める。

「妙な事するなよ。本当に、ただの気分転換の予定なんだから」

「妙な事なんてしませんよ。それに、もう麗華さんと二人きりでドライブなんて出来る状態じゃないと思いますよ」

 警戒心をもった麗華と二人でドライブは難しそうだ。真琴は軽くため息を付く。

「分かったわ。じゃあ、三人で行きましょう。これ以上ここに居るとさらに人が増えそうよ。さっさと行きましょう」

「はい」


 真琴と優斗は不思議そうにしている麗華の所に戻る。

「夜のドライブに行く予定だったんだってね。俺も行っていいて言うから三人で行こうよ」

「優斗君も行くの?」

 ちらりと、真琴の方を見る。真琴は仕方がないと言った感じでため息を付く。

「ドライブは賑やかな方が楽しいでしょう。静がなのが良いなら、優斗置いていくわ。どっちが良い?」

 真琴とゆったりドライブという気分はなくなっていたので、優斗も一緒に行く方が気楽だ。

「じゃあ、三人で行きますか」

「わかったわ」




 真琴の車に三人で乗る。助手席に麗華が座り、後ろに優斗が座った。窓を開けて入って来る風で髪を揺らす。夜の空気と少し生ぬるい風が気持ち良かった。

 街灯の明かりが少なく、車通りの少ない道を車は走る。窓から見える星空は地元とは比べ物にならないほど綺麗に煌めいている。

 ゆったり流れる曲を聴きながら、しばらく何も考えずに夜空を見ていた。

 

 真琴の運転に任せていると、車は高台に止まった。車から華守市が一望出来た。小さな家の灯りと、星空が合わさり一枚の絵の様に美しかった。


「……綺麗」

「私のお気に入りの場所よ」

「いい場所ですね」

「真琴さんは良く来るんですか?」

「一人になりたい時とか、たまに来るわ。何も考えずに、星や夜景を見ると気持ちが落ち着くのよね」

 この静寂と、暗闇に煌めく星と夜景は気持を静める効果が在る。今後の事を考えて不安に思っていた気持ちも忘れて、夜景を楽しんだ。


「折角だから、少し散歩してみない?」

 優斗の提案に、麗華はすこし考える。確かに夜風に当たって軽く散歩するのも楽しそうだ。賛成しようとすると、先に真琴が答えた。

「駄目よ」

「いいじゃないですか」

「今日はドライブなの。ハンドルを握ってるのは私。散歩したければ一人でしてきなさい。そしてそのまま一人で歩いて帰っておいで」

「酷いなぁ。麗華さんだって行きたいですよね?」

「私はいいや。今日は、真琴さんにおまかせするよ」

 散歩するのを許可しなかったのは、多分麗華の為を思ってだろうし、この夜景を見れただけで十分楽しめた。

「麗華さんはいい子ね~」

 真琴が麗華の頭を子供にするように撫でる。

「散歩楽しいと思うのにな」

「そんなに行きたいなら一人で行きなさいよ。誰も止めないわよ」

「一人で行っても楽しくないですよ」


 それからしばらく、夜景を見ながら三人で他愛もない話をした。学校生活の話や良く見るテレビの話、最近在った面白い出来事。妖魔や藤森家の血についての話じゃなく、普通の人がする他愛もない話。非日常の世界を忘れさせてくれて楽しかった。

 このまま、何事もなく時間が過ぎて欲しい。こうやって他愛もない話で盛り上がる事が、日常である世界に戻りたい。


 でも藤森家に戻れば、また麗華では理解し辛い事が起きそうだ。

 せめて、麗華にも見える力が在れば違うのかもしれない。他の人には見え自分だけ見えないのは、取り残されているようで辛い。



 時間も過ぎて、藤森家に帰る為に車を走らせる。まだ、星空を見ていたい気持ちは在ったけれども、遅くなると菊華に心配されそうだ。

 窓から通り過ぎて行く木々を眺めながら、下に川が流れている事に気が付いた。

 嫌な予感が頭を走る。

 優斗の占いだと、次は溺れて死にかけると言っていた。

 シートベルトを強く握る。真琴は隣に居るし、優斗も傍に居る。何かが起きるはずがないのに、体は無意識に反応する。

 二度の恐怖は、心の奥底に深い傷を作ったままだ。


「どうしたの?」

 麗華の異変に気が付いて、真琴が声をかける。

「何でもない、です」

「酔ったの? 少し車を止めましょうか?」

「いえ! そのまま走ってくれた方がありがたいです」

「そう? 気分が悪いなら遠慮しないで言ってね」

 川が見えなくなり、小さくため息を付く。嫌だな。このまま麗華を襲う犯人が見つらなければ、川や水を見る度に怯える事になるのだろうか。

 そんな事は嫌だ。菊華まかせにしないで、自分でも何か行動を起こすべきだ。


 自分が狙われているなら、真琴達に手伝ってもらい囮になる代わりに犯人を捕まえて貰おう。

 それが良い。母の実家に来て怯えて生活するなんて、馬鹿げている。


「真琴さん、あのお願いが――」

 真琴に腹をくくった事を相談しようとした時、何かが破裂するような音がした。車体が軽く揺れる、振動が続く。

「クソ、パンクしたわ」

 真琴がすぐに車を路肩に止めた。真琴は後部座席の優斗を睨む。

「ちょっと外に出て。麗華さんは座っててね。すぐ戻るから」

「はい。パンクって大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。スペアも乗せて在るから、すぐ直せるわ。何が在ってもそこを離れないで、何かあったらクラクション鳴らして合図して。分かった?」

「はい。大丈夫です」

 真琴と優斗が車から降りる。真琴の様子が少しいつもと違うのが気になった。サイドミラー越しに、真琴が優斗に何か怒っている様子が見える。でも窓が全開だと言うのに声は全く聞こえなかった。何を怒っているのだろうと不思議に思う。


 ギシっと空席のはずの運転席のシートが揺れた様に見えた。

 気のせいで在ってほしいが、今まで散々見えていないけれど、何かが在る経験をしている。

 嫌な予感がする。麗華は真琴に言われた様にクラクションに手を伸ばした。だが、その前に何かに固いモノに当たった。見えていないけれど、隣に何かいる。

 シートベルトを外そうとした瞬間、車が急発進した。そのまま森に突っ込み、道なき道を直進する。

 激しく揺れる車内で、麗華はシートベルトを外そうと試みる。優斗の占いが当たっているなら、この先にある川に車が突っ込むはずだ。その前にシートベルトを外さなければ、本当におぼれ死ぬ事になる。焦る手と、非常事態にシートベルトが反応して上手く外せない。


 車はかなりの速度をたもったまま、川の中に突っ込んだ。

 全開の窓から流れ込む川の水はあっという間に車を水の中に引きこんだ。川の中に車が沈み、呼吸の出来ないままシートベルトを必死に外そうとする。だが一向に外れない。その上隣に居た何かが今度は、麗華の手を引っ張り邪魔してきた。

 放す様にもがくと息は余計に苦しくなる。限界まで達して、噎せる様に大量の水を飲み込んでしまう。段々と意識が朦朧として来た。暗闇の中で、車のヘッドライトがぼやけて見えた。


 苦しい。このままじゃ、本当に死ぬ。

 

 車体が激しく揺れた。何かに下から持ち上げられる様に車は突き上がり川から一気に抜け出した。窓から水が流れて、空気が入って来る。麗華は何度も噎せて、水を吐き出す。鼻も喉も肺も苦しい。そのまま車は、ゆっくりと川辺に下ろされた。

 麗華は噎せて上手く呼吸が出来ない。駆け付けた真琴は、すぐさまシートベルトを外して、背中をさすりながら何か呟く。何度か嘔吐を繰り返し、やっとまともに呼吸が出来る様になった。

 目に映ったのは、心配そうに麗華を見ている真琴と、無表情に見下ろす優斗。


「……なんで?」

 麗華は優斗を見る。

 車に異変が起きる前、真琴は優斗に何か怒っていた。その直後起きた出来ごとと、優斗の表情が全てを示していた。

 全く想像していなかった。だから何でとしか言いようがない。


「もう少し様子を見ればいいのに、真琴さんは何時も助けるのが早すぎるんだよ」





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