パン
エリアはナツとパン屋にいた。「言ってたパン、置いてなかったよ」と口頭で伝えたにも関わらず、不機嫌そうな顔をするエリアに「しょうがないでしょ」と言いながら椅子に座った。田舎の小さな村にある、どこにでもあるようなパン屋。食に関して色々言うことのないエリアが「美味しいパン屋があるんだ」と言っていたパン屋だった。のどかで子供達が遊んでいる。ナツは気分良く紙袋に手を突っ込む。
「店主の体調が悪いのか、材料がないのかわかんないけど、店頭にパン自体ほとんど置いてなかったよ」
食べすぎると頭痛が起きそうな甘さのクロワッサンを食べながらそう言うとエリアもそのクロワッサンを一つ摘みながら口を開く。
「この辺は流通網がちゃんとしてるし、まぁ体調が悪いんだろうね」
「ちなみにどんなパン?」
「ドラゴンの羽の被膜をカリカリに焼いてパンに挟み込むヤツ」
そのドラゴンを見たことないのでコウモリみたいなものだと仮定して想像し少し気持ち悪くなった。
「ドラゴンの皮膜って処理が大変なのに味もそこまでだから人気なくてここでしか調理してないんだ。ここではその被膜を焼いて甘い汁につけてるの」
「それ美味しいの?」
「不味いよ」
「不味いのかよ」
エリアは二つ目のクロワッサンに手をつける。
「でもねぇ、もう1000年も生きてると普通のものに飽きてるの。癖のある珍味が食べてて一番、生を感じる。君にはまだわかんないだろうけどね」
「昔来たことがあるんだっけ?」
「うん。確か60年くらい前に来た。昔来た時は店主結婚してなかったのに、今や娘までいるなんてね」
「60年前って、店主もう死んでるんじゃ?」
「あ、そっか。そっか〜そうかもな〜」
そう言った直後、エリアは僕の後ろを見て「どうかしました?」と言った。慌てて振り返ると店番をしていた女性が手を前に組んで経っていた。綺麗な茶髪のショートカットで小柄な体格。目はぱっちりと大きい。手には一枚の紙を握っていた。
「あ、あ、あの、これってお客さんのことですよね?」
彼女は持っていた紙を広げる。紙には人の絵が描かれていて、殴り書きのような乱雑なイラストだったが、その絵に書かれている人物はすぐにピンときた。
「これ、エリアじゃん」
長く深い紫色の髪に羽を模した耳飾り、紺色のとんがり帽子に真っ黒に塗りつぶされている特徴的な腕。ほぼ間違いなくエリアだろう。エリアもこれが自分だと分かったようだ。
「これは…私だ。この腕の人間は私以外いないからね」
腕をさすりながらそう呟く。
「よかったです。この紙は父からもらったもので、これに描かれたお客さんが来たらとあるパンを出すように言われているんです。よかったらどうですか?」
「いいのかい?じゃあ、いただこうかな」
彼女は店の奥へと走り、すぐにカゴ一杯に入ったパンを持ってきてくれた。独特で細かい棘が生えたような匂いが鼻腔に触れる。
「お待たせしました!」
僕はカゴをのぞく。なかなかグロテスクな見た目でパンと言われないとパンとは思わないような見た目だ。手にとるとずっしりと重く、質量を感じた。
恐る恐る口を開き一口齧った。
「うわっ」
パンから滲み出る甘いエキスは口を満たし、「殺すつもりなのか」とツッコミを入れたくなるような甘さは脳を揺らした。ドラゴンの被膜は独特な苦味としていい塩梅に収まっていた。
二つ以上食べたらおそらくあの世行きだ。
「う〜ん。これだよこれ。ありがとうねお嬢ちゃん」
「いえいえ、お得意様のようなので、お礼は結構です」
「なんだか申し訳ないね。あの紙はどうしたんだい?」
「去年父が亡くなって、死ぬ前にこれを渡されたんです。『これそっくりにヤツが来たらタダであのパンを売れ。悲しいヤツだから』って」
「悲しいヤツか。的を得てるね。品揃えが少ないのはそのせいか」
「私、まだまだパンを焼くの下手くそで。今日も焦がしちゃって」
「ハハ、まあ最初はね。パンのこと何にも知らないけど何事も最初はうまく行かないよ。そして悪いお知らせ、私はもうこのパン屋に来ない」
「ど、どうしてですか?」
困惑する彼女から目を逸らし、エリアは「覚えてしまったからかな。私も君も」と呟く。
エリア・シャルルは不老不死だった。呪われた体は傷をすぐに再生し全身がバラバラにされても一番大きな部位から全身が再生するし餓死も圧死も窒息死も魔法で全て叶わない。容姿は1327年前から全く変わらず唯一の変化は黒く変色した腕。
エリアは幼い頃に戦争で両親を亡くした。天涯孤独の身だったのを師に拾われ弟子に。師は有名な魔法使いでエリアの他にもう一人弟子を取っていた。その弟子とエリアは同い年ですぐに仲良くなった。親のいない痛みを共有できたのも大きいだろう。だが、20になった時、なんの前触れもなく師の寝込みを襲い殺害。エリアのは不老不死の呪いをかけて逃亡した。なぜ親友は師を殺したのか、いつから人を不老不死にする呪いを研究していたのか。親友が残した日記にはエリアとの思い出と鍛錬のメモしか書かれておらず、全ての行動に対する理由は書かれてなかった。1ヶ月後、親友を探し出し復讐を遂げるが熾烈極める殺し合いとなり理由を聞くことはできなかった。
『どうして…先生を殺したの?』
『…………言わない』
最後に交わした会話。あまりにも謎が多く、他人が分からなくなったエリアは一人で生きるようになった。別れが怖いからというのも理由の一つだ。他人は死ぬから、他人はわからないから、最後まで一緒にいられないから。
「もう十分味わったからかな。でもほら、コイツがもう一回来るかもよ」
エリアはナツの方を強く叩く。
「次コイツが来たら私の代わりにタダでやってくれ」
「そんな図々しい…」
「今日は村に泊まりますよね?明日はうまく焼いて見せるのでぜひお越しください!もちろんタダで!」
貰ったパンはその場では食べきれなかったため、宿へお持ち帰りした。紙袋を抱えている時匂いで何度も気絶しそうになった。
エリアは呪いの影響で眠ることができない。だから部屋は一つですむ。
「パン屋の主人に見透かされてたけど喋ったのか?」
「いや、喋ってない。でも、私が椅子に座ってパンを食べてたらあのパンをくれた。それもタダでね。私ってそんな悲劇滲んでる?」
「魔法使いってどこか心に傷をおってそうだし」
「間違ってない。魔法なんて碌なものじゃないんだ。過ぎた力は身を滅ぼす」
「エリアは夢がないな」
「見れないからね」
「それもそうだ」
僕は布団にくるまり眠りについた。
誰かが喋っていた。僕はベットにいた。あの入り口の奥、聞き馴染みのある声。視界は丸みを帯び耳には重低音が小音で響いている。扉の向こうにいる二人は僕のことを話している。諦めるだとか無理だとか耳を塞ぎたくなるようなネガティブワードばかり羅列している。耳を塞ごうをした瞬間、視界は落ちるように暗くなり、次の瞬間、目に光が差し込んだ。
「はぁっはぁっ…夢か」
「おはようナツ。うなされていたようだナツ」
「僕の名前を変な語尾にするのはやめろ。全く、ひどい悪夢だった」
「怖い動物でも見たの?」
「いや、昔の話。嫌いだろ?人の昔話は」
「そっか。そうだね。記憶喪失君」
そう吐き捨ててエリアは本をバックにしまった。
昔の話なんてつまらないものでしかない。過去には目を向けないようにしているのだ。
「あと、服着てくれ。下着にマントって痴女だぞ」
「ヤーン、ミナイデー」
「1000年も生きると恥じらいってなくなるんだなぁ」
「君相手だからね。隠すも何もないのさ。仮に襲われても君ならボコボコにできるし」
エリアは上着を着ながらそう言った。「別にそんな貧相な体見ても欲情しない」と喉のギリギリまで迫ったがなんとか抑え込み僕も服を着替えた。
昨日のパン屋に寄ろうとエリアに言ったがエリアは行かないそうだ。ただ、食べたくはあるそうなのでお使いという体で僕が買いに行くことになった。タダでいいと言ってくれていたし、財布は持たなかった。
「昨日のパン三つとこれ三つ」
店に着き、僕が注文したのは昨日の甘すぎるパンとなんの変哲もなさそうなパン。多分この店は甘いパンを中心に置いている。だが、僕はあんまり甘いパンが好きではないのでこのパンを選んだ。
「昨日の魔法使いさんはどうしたんですか?」
「行きたくないらしいです。面倒臭い人ですいません。悪意ではないんです」
「いえいえそんな。あの人が悪い人じゃないことはわかります。それに、お客さんの考えを否定したりなんかしません。私はパンを売るだけです」
「それならよかったです。あ、そのパンって味付けないですよね?」
「はい。素材本来の味をお楽しみいただけます」
「自分で選んでおいてあれなんですが、物足りなくなったらどうすればいいのでしょうか?」
「このパンを買った後は皆さん彼方に見える牧場の販売所へ行かれますよ」
「三店方式?」
パンの入った紙袋を受け取る。焼きたてなのか暖かさが袋に伝わっていた。エリアのパンは相変わらずすごい匂いで鼻を狂わせる。1000年以上生きるとこれが好きになるなんて不老不死も考えものだ。
「もう村を立ちますが、何か彼女に言いたいことありますか?」
「そうですねぇ。またのご来店をお持ちしております、とお伝えください!」
「…分かりました。一言一句しっかり伝えます」
村の入り口にある、全体の半分が埋まった石にエリアは腰掛けていた。考え事をしているのか眠れていない弊害かわからないが、空を見てぼーっとしていた。近くまでより声をかけると「おあっ」と腑抜けた声で僕を見た。
「はいこれ。買ってきたよ」
「ありがとさん…彼女は何か言ってたかい?」
「なんでわかったんだ?見てたのか?」
「みんなそうなんだ。私がもうここには来ないってことを悟ると、みんな何か私に伝えようとする。あの子のお父さんもそうだった。彼女はなんて言ってた?」
「またのご来店をお待ちしておりますって」
「親子だなぁ」
珍しく羨ましそうに下を向いた。「そうかそうか」とくり返し呟くエリアは何だか不思議だ。
「それじゃあ、出発しようか。忘れ物はない?」
「ないない。ていうか、まだ聞いてなかったけど、今僕たちはどこに向かってるんだ?」
「まだ言ってなかったっけ?この世界のすべての情報がある場所『オブサルワーレ禁忌書庫』。ここで不老不死の解呪方法を知る」
感想待ってます!




