第5話 距離が近い後輩
翌週。
ゴールデンウィーク前の金曜日。
俺――神崎悠斗は、ここ最近ずっと悩んでいた。
朝倉紗雪のことだ。
好き避けの事実を知ってからというもの、彼女を見るたびに心臓がうるさい。
目が合うだけで意識する。
話しかけられると嬉しい。
気付けば紗雪のことばかり考えている。
「これ、もしかして……」
そこまで考えて首を振った。
まだ早い。
勘違いかもしれない。
そう簡単に恋だなんて認められない。
「おはようございますっ!」
突然、元気な声が飛んできた。
振り向く。
そこにいたのは一人の女子生徒。
茶色がかったショートボブ。
人懐っこい笑顔。
制服のリボンの色からして一年生だ。
「神崎先輩!」
彼女は満面の笑みで手を振った。
「……誰?」
「ひどっ!」
ショックを受けた顔をする。
だが次の瞬間には笑っていた。
「橘陽菜です!」
「ああ」
思い出した。
生徒会の手伝いで何度か顔を合わせた後輩だ。
明るくて誰とでも話せるタイプ。
俺とは真逆である。
「先輩、朝からそんな暗い顔してどうしたんですか?」
「別に」
「失恋ですか?」
「違う」
「恋愛相談なら乗りますよ?」
「一年生に何を相談するんだよ」
陽菜はケラケラ笑った。
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教室へ向かう途中。
陽菜は当然のように隣を歩いていた。
「先輩って彼女いるんですか?」
「いない」
「へぇー」
「何だよ」
「モテそうなのに」
「初めて言われた」
「本当ですよ」
距離が近い。
物理的にも精神的にも。
普通に話す。
普通に笑う。
普通に目を見る。
それが妙に新鮮だった。
朝倉紗雪とは真逆だからだ。
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教室へ入る。
その瞬間。
紗雪と目が合った。
しかし。
彼女の視線は俺ではなく。
隣の陽菜へ向いていた。
「?」
紗雪の表情が固まる。
そして。
俺と陽菜が並んでいることに気付いた瞬間。
みるみる顔色が変わった。
「朝倉先輩?」
陽菜も気付いたらしい。
軽く会釈する。
紗雪も慌てて会釈を返した。
だが。
なぜか元気がない。
俺が首を傾げていると。
陽菜が小声で言った。
「あれ?」
「どうした?」
「今、睨まれた気がしました」
「気のせいだろ」
紗雪が人を睨むなんて想像できない。
そう思った。
だが。
窓際を見ると。
紗雪はなぜかこちらをじっと見ていた。
正確には。
陽菜を見ていた。
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昼休み。
俺は屋上へ向かった。
すると。
後ろから足音が聞こえる。
「先輩ー!」
陽菜だった。
「またお前か」
「またとは失礼ですね」
そう言いながら隣へ座る。
自然すぎる。
遠慮がない。
「お弁当ですか?」
「そう」
「美味しそう」
「やらんぞ」
「ケチ」
そんな他愛もない会話。
だが。
その時だった。
屋上の扉が開く。
振り向く。
そこにいたのは。
朝倉紗雪だった。
「……!」
紗雪の動きが止まる。
俺を見る。
陽菜を見る。
俺を見る。
陽菜を見る。
そして。
ものすごくショックを受けた顔になった。
「朝倉先輩!」
陽菜が手を振る。
しかし。
紗雪は笑えなかった。
「……失礼します」
小さくそう言って。
扉を閉めた。
帰った。
「えっ?」
陽菜が困惑する。
俺も困惑した。
だが。
理由だけは分かってしまう。
もしかして。
嫉妬?
その考えが頭に浮かんだ瞬間。
心臓が大きく跳ねた。
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放課後。
帰ろうとした時だった。
教室の外から声が聞こえた。
女子たちの話し声。
その中に紗雪の声が混ざっている。
「紗雪、元気ないね」
「……別に」
「嘘」
「……」
「もしかして神崎くん?」
その瞬間。
紗雪が反応した。
「違うもん」
全然違わない反応だった。
友人たちが笑う。
「一年生の子と仲良さそうだったもんね」
「っ!」
「やっぱり」
「違うってば……」
声がどんどん小さくなる。
そして。
消えそうな声で呟いた。
「だって……お似合いだったし……」
悠斗は教室の中で固まった。
胸が締め付けられる。
嬉しい。
でも切ない。
紗雪は本気で落ち込んでいる。
自分には近付けないのに、他の女の子は当たり前のように悠斗と話している。
そう思ってしまったのだろう。
「……」
その時。
悠斗の中で初めて明確な感情が生まれた。
朝倉紗雪に。
そんな顔をしてほしくない。
笑っていてほしい。
もっと話したい。
もっと知りたい。
そして――
自分の隣にいてほしい。
その感情の名前を。
悠斗はまだ口にできなかった。
――続く。




