始まり
嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ。
みんな嫌いだ。
キラキラするな、僕の前で。
精神疾患持ちのアスペ、障害年金をもらいながらコンビニアルバイトで生計を立てている二十四歳男。寝て、糞をして、ゲームをして、たまに働く。それが僕の人生だった。
趣味は、そこそこマイナーなRPGMMO『グランドオーズ』。通称グラオー。三年前にサービス開始した古臭いゲームで、グラフィックも今時しょぼいし、人口も少ない。だが、僕はその寂れた世界が好きだった。
現実と違って、あそこではレベルを上げれば強くなれたし、毎日ログインしていれば誰かが「おかえり」と言ってくれた。逆に言えば、それだけだった。
今日、そのグラオーの三周年記念オフ会がある。初めは行くつもりなんてなかった。どうせ陽キャしか来ない。Discordでは根暗を隠していても、現実に出れば全部バレる。顔も、声も、挙動も、人生も。
だから断るつもりだった。
でも、タツタさんが来ると聞いてしまった。
タツタさんは、僕がグラオーを始めた初日に声をかけてくれた人だ。右も左もわからず初期街で死にかけていた僕に、「初心者さん?」とチャットを飛ばしてきたのが始まりだった。
それから三年。
ほぼ毎日通話して、一緒にダンジョンを回って、くだらないスクショを送り合って、深夜三時に「死にたいね」と笑い合った。顔も知らないのに、もう人生の一部みたいになっていた。
電車の窓に映る自分の顔を見る。死んだ魚みたいな目。昨日頑張って染めた髪も、安っぽい茶色にしか見えない。
隣の席では、大学生っぽい女の子たちが笑っていた。
ネイル。化粧。細い脚。いい匂い。
ああいう人間を見るたび、心臓の奥がヒヤリとした。
僕にはそれが恐ろしくさえ見えた。
スマホが震えた。
『もう着くよ』
タツタさんからだった。
アイコンのゆるい猫が、やけに眩しく見える。
僕はしばらく画面を見つめたあと、小さく息を吐いた。
帰りたい。
そう思った。
でも、会いたかった。
それが一番、気持ち悪かった。
電車が揺れる。
イヤホン越しの音楽は全然頭に入ってこなかった。隣の笑い声、ドアの開閉音、ベビーカーの車輪の音、全部が頭の中を引っ掻いていく。視界の端でサラリーマンが咳をした。誰かの香水の匂いがした。吐きそうだった。
タツタさんはどんな人間なのだろう。
優しい声をしているから、きっと優しい顔をしているのだろうか。
それとも、現実では普通に彼女とかいて、僕みたいな人間を「ネトゲのフレンド」として笑っているだけなのだろうか。
考えれば考えるほど惨めになった。
会いたい。
でも、会った瞬間に終わってしまう気もした。
ネトゲは顔が見えないからよかった。人生も、部屋も、希死念慮も、全部ぼやけたまま「キャラクター」になれた。
でも今日は違う。
現実の肉がそこにある。
タツタさんの現実を見てしまったら、たぶん僕はもう戻れない気がしていた。




