第27話 あなたは汚れてなんていない
「……あの時の女の子、奈津だったんだ……」
「教室で会った時。あなたは『はじめまして』って言った」
「……ごめんなさい」
それに関しては素直に謝るしかないが、弁明するならあの時の少女は帽子を深く被っていて顔もよく見えなかった。
それに、カードゲームをやっていた時のことは、まとめて辛い記憶になっていて、思い出そうとする頭痛がするのだ。
「……でも、どうして奈津があの店に?」
あの店は俺の地元の駅前にある。
あの辺に住んでいたわけでもなかったら、どうしてあの日奈津があの店に来ることになったんだろう。
「用事があって電車に乗っていたら。窓から『カードショップ』って書いてある看板を見つけたから」
「……ん?」
「入って驚いた。私はトランプ以外のカードゲームを知らなかったから。色んな絵のカードがあって驚いた」
一瞬意味がわからなかったが、要するに勘違いだったわけだ。
トランプかなんかの専門店だと思ったのだろう。カードゲーム違いだったというわけか。
俺がやっていたカードゲーム以外にも、世界には色んなカードゲームがある。
トランプと違って色んなモンスターやら人やらが書かれているカードがあるのだから、そりゃ驚くだろう。
「本当は見ているだけにしようと思ったけど。パックが床に落ちていたから。思わず手にとってしまった」
それが、『レジェンドヒーローTCG』の、しかも超貴重なカードが入っていたパックだったとは、すごい偶然だ。
そして、それがけきっかけで俺達は出会ったのか。
「あの時のことが。私がこの学園に来るきっかけだった」
「そっか……でも、じゃあどうしてあれから一度も店に来なかったの?」
「行きたかったけど行けなかった。私は日本のポーカー女王だから。海外の大会に出ることになった。でも。あの会場にはいた。あなたが戦う姿を見ていた」
「あの会場……?」
「去年の全国大会」
「……え!?」
なんの大会か、なんて聞くまでも無い。
俺が『イカサマ王』と呼ばれることになった大会じゃないか。
「それは……情けない姿を見られちゃったな」
「情けなくなんかない。あなたが正々堂々と戦っていたこと。私は知っている」
「……誰も信じてくれなかったよ。みんな、俺がイカサマをしていたことを疑っていなかった」
「大丈夫。世界中の誰もが信じなくても。私はあなたの事を信じている」
「あのさ……奈津は、どうして俺の事をそこまで信じてくれるの?」
俺がイカサマなどしないと言ってくれたり。まるで小さな子供が親の事を信じているかのように。
「私はその人が嘘をついているかどうか。わかる」
「……え?」
「ポーカーバカの親に教わった。私の特技」
確かに今まで一緒にいて、思い当たることは何度かある。
どんなブラフも見破る『銀雪の女王』。ネットでみた記事にそう書いてあったことを思い出した。
「私の周りにいた人たちは嘘つきばっかりだった。お金を騙し取ろうとしたり。でもあなたは違った。あなたは誰よりも誠実で。優しかった。そして私を助けてくれた。英雄だから」
「俺が、英雄……いや、俺は英雄なんかじゃないよ……君を助けたのだって、師匠にしてもらったことと、同じことをしただけで……」
『同じカードゲーマーなら、仲間だ』。
師匠……王様はいつもそう言っていた。
彼は本当にすごかった。
何人もの仲間に囲まれて、みんな楽しそうにカードで遊んでいた。
彼が本当の王者で、本当の英雄と呼ぶべき人物だろう。
それに比べたら、俺なんか。自分なんて、英雄から程遠い存在だ。
葉月ゆず先生にも言われた。
『優しいだけじゃ生き残れないよ』と。
「俺なんか、しょせんは『イカサマ王』だよ。俺の手は汚れてる。本当は、あの学校でカードゲームをする資格なんてない。俺ごときの力じゃ、みんなで楽しく、なんて無理な話なんだ」
「そんなことない」
奈津は両手で俺の手を握り締める。
銀雪の女王なんて呼ばれているのに、手はとても暖かい。
手が冷たい人は心が暖かいなんて言われていて、じゃあ手が暖かい人は心が冷たいのか、なんて思ってたりもしたけど、彼女は手も心もまるで春の日差しのように暖かい。
彼女の手が雨に濡れて冷たく冷え切った俺の体を、凍りついた俺の心を溶かしてくれる。
「あなたは汚れてなんかいない。あなたは優しい。あなたのおかげで私は救われた。あの時のあなたは誰よりもかっこよくて。誰よりも気高くて」
普段無表情な彼女が、感情をむき出しにして必死に訴えかけてくる。
その様子に、俺の心が揺さぶられる。
「奈津……」
正直、自分ではそこまでのことをしたつもりなんてなかったけど。
でもその言葉は何よりも優しく、何よりも嬉しく、俺の心を暖かく包み込む。
「……俺、やっぱり英雄なんて柄じゃないけど……それでも、俺は、あの学園で、子供みたいに、みんなと一緒にカードゲームしたいんだと思う。……いいのかな? 俺にできるのかな?」
「いいに決まってる。私が。誰にも文句なんて言わせない」
「そうか……」
きっとそれが、ずっと俺が言って欲しかった言葉だったんだ。
そう、力強く言ってくれて。すっと、体が軽くなった気がした。
「そうか、俺、カードゲーム……やってもいいんだ……」
「もちろん」
そう言った彼女の顔は、かつてあの店で俺に向けてくれた、春の日差しのような微笑みで。
いつも奈津は、俺の事を大切に思ってくれる。守ってくれる。励ましてくれる。勇気づけてくれる。
奈津がいれば、俺はまた、カードゲームをやっていけるかもしれない。
そう思わせてくれた。
気づいたら、顔が、唇が触れそうなほど近くにあった。目と目が合う。
奈津の瞳は、触れたら解けてしまいそうな、雪の結晶のように綺麗で。
ふいに、どちらからともなく目を閉じる。
そのまま顔が近づいていき……そして……。
「なにやってるの? 優ちゃん」
聞こえてきたのは、地獄の底から聞こえてきたかのような、重々しい声だった。




