兄はサプライズが嫌いである
『ねぇフォルテ、夏の長期休暇には帰ってくるんだろう? ならさ、ちょっとお願いがあるんだけど』
カベルネ・アカデミーに留学して二年目の夏。
夏の長期休暇一週間前に、兄のノアから私のタブレットにそんな電話がかかってきた。
「お願い? へー、兄さんがお願いなんて珍しいね。どうしたの?」
「いや~それがさぁ。ちょっとサプライズなるものを企画してみようと思っていてさ。その関係で、フォルテには帰省予定日の一日前に帰って来て欲しいんだよ」
「一日前? それは別に構わないけど……サプライズ? ノア兄さんが? 本当に?」
驚いて思わず聞き返してしまった。何故なら兄はサプライズを企画するような人間ではないからだ。
理由は単純に、兄はサプライズが大の苦手だからである。
きっかけは兄が学園に通う前の事。当時九歳だった兄は、知り合いの家の子の誕生日会に招待されていた。その誕生日会でとあるサプライズが企画されていたのだ。
サプライズのタイトルは『ゴースト・バースデー』だったそうだ。招待客を持てなすために、その家の人間が一丸となって、ゴーストの仮装や内装、演出をして――いわゆる『お化け屋敷』を作り出して待っていた。その出来の凄まじい事。私は話を聞いただけだが、参加した全員が大泣きしたらしい。兄も例外に漏れず、あまりの恐怖で気絶してしまったらしい。
それがトラウマになった兄は、サプライズと言うものを受けるのも、自分で企画するのも大の苦手になったというわけだ。
だから兄がサプライズなんて言い出したのは驚いた。
これは絶対に裏があるに違いない。そう思ったので私が「その心は?」なんて聞くと、兄はタブレット越しに小さく笑って、
『まぁ僕自信も珍しいこと言ってるって自覚はあるよ。でもさ、フォルテ。これを聞いたら、きっと僕の気持ちが分かると思う』
「え、何?」
『いや実はリリがさ、フォルテが帰ってくるのをすごく楽しみにしているんだよ』
「詳しく」
リリというのは私の五つ年下の妹のリリティアのことだ。
姉ゆえに贔屓目もあるけれど、妹はものすごく可愛い。本当に可愛い。
あの子のためなら私は何でもできそうな気がする。そのくらい私にとっては可愛い妹だ。
その妹が私の帰りを楽しみに待ってくれていると聞けば、嬉しくなはずがない。
「リリが私の帰りを……フフフ……ウフフフ……」
『……フォルテが相変わらずでお兄ちゃん安心したよ』
嬉しさに笑い声が出てしまうと、兄が何とも言えない声でそう言った。
『それで、話は戻るんだけど。もしフォルテが一日早く帰ってきたら、リリ、すごくびっくりするだろう? 嬉しい驚きを浮かべるリリを見たくはないかい?』
「とても見たいですとも! もういっそ今から飛んで帰りたい気持ちだよ、兄さん! ……でも、さすがに家の方でも準備があるから困るでしょう?」
『あ、そこは平気。父さんと母さんにはオーケー貰ってるから』
私の疑問に兄はさらっとそう答えた。
何だか準備万端過ぎる気もするが、妹の喜ぶ顔はぜひ見たい。
そう思ったわたしは「それなら」とオーケーする事にした。まぁこちらは特にこれといって予定はないからね。
『良かった。それじゃ、もう一つ頼みたいんだけど。カベルネにブローチ型の録画媒体売ってるよね』
「あー、あるある。前に店で見たことある。結構お高い奴だよね」
『それ買ってつけて来て』
「いや、お高いんだってば」
『お兄ちゃんのお願いだから! もしかして……お小遣い使い切ったりとか?』
「してません。うーん……まぁ買えなくはないけど……帰省するだけなのに、どうしてそれが必要なの?」
『リリが驚いた時の顔を僕だって正面から見たいずるい。お金なら後で払うから! ね! お願い!』
タブレット越しの兄の声はやや必死さが混ざっていた。
そこまで見たいのか……いや、私だって気持ちは良く分かる。とても良く分かる。
何か裏があるとは思うけれど、兄の言葉に共感してしてしまった私は、その頼みを引き受ける事にした。
『ありがとうフォルテ。可愛い妹がいて僕は幸せだよ』
「大げさだよ、兄さん。ところでどう考えてもそれだけじゃないよね。何か他にも理由が――――」
『あ! ごめん、フォルテ。父さんに呼ばれてるから切るね。それじゃ、よろしく!』
「ちょっと兄さん?」
聞こうとしたとたんに、誤魔化すような様子で通話を切られてしまった。タブレットからツーツーと通話が終わった音が響く。
明らかに何か隠している。
予定日の前日の帰省と、ブローチ型の録画媒体。その二つが揃うとなると、記録に残しておかなければならない『何か』があるのだろう。
まぁ兄の事だ。危険が伴う事ではない――たぶん――だろう。
さて何が起こるのか。私はカレンダーを見上げてそう思った。