どうにも話が通じない
一週間後の長期休暇初日。夏の日差しが強いシャヘルは、涼しいカベルネと比べて暑い。一年カベルネにいた私には、ジリジリとした暑さがとても懐かしく感じられた。
カベルネからは飛空艇とバスで移動している。カベルネからうちの家がある街までは飛行艇のルートが出来ているのだ。その発着場所から近くまでバスで来たというわけだ。
飛空艇という空飛ぶ乗り物が開発されてからは、両国の行き来は本当に楽になった。バスや車でなら二日はかかるであろう距離が半日で済むのだ。技術の進歩というものは素晴らしい。
おかげでカベルネで買ったお土産のお菓子も、美味しいうちに渡す事が出来る。うちの家族は甘い物が好きだから、きっと喜んでくれるだろう。
そんなウキウキした気持ちで久しぶりの我が家の前に立ったわたしは、胸につけたブローチ型の録画媒体の作動を確認してから、そっとドアを開けた。
そしてただいま、と言いかけて慌てて口を閉じる。名目上は兄から依頼のあったサプライズなのだから、ここで声を出しては台無しだろう。
幸いドアを開けた先には誰もいなかった。ホッとはしたのだが、次の瞬間には違和感を覚えた。屋敷の中が想定していたよりずっと静かだったからだ。
おかしい。普段ならば我が家はもっと賑やかなのだ。
もしかしたら留守なのかとも思ったが、うちには執事のレイニーや他の使用人の皆さんがいる。全くの無人になる事などあり得ない。
そもそもドアに鍵がかかっていなかったのだ。誰かしら中にいるはずである。
誰かどこかにいないものかと探して歩いていると、応接間の方から声が聞こえた。
どうやらお客さんが来ているようだ。それならば静かにしているのも頷ける。
仕方がないから、お客さんが帰るまで自分の部屋にでも隠れて待っていようか――なんて思って二階へ上がろうと足を動かした時。
私の耳に届いたのは、不作法極まりない甲高い声だった。
「ちょっと! 私の命令が聞けないんですの!?」
聞き覚えのない声だった。ぎょっとして振り返ると、私は急いで応接間の方へ向かう。
そしてドアを少し開けて中を覗くと、そこでは私と同い年くらいの女性と、その付き添いらしき気弱そうな男性が、妹や執事達に対して尊大な態度を取っているところだった。
何をしているんだ。そして誰なんだあの二人は。
私が頭の上に疑問符を浮かべていると、
「いいですこと? 私がノア様と結婚したら、あなた達の主人となるのですよ? そのような態度が許されるとでも?」
婚約と聞いて私は首を傾げた。兄にはお見合いの話は何件か来ているらしいが、どれもお断りしていると聞いている。
もし婚約したならば連絡が来るはずだし――そもそもの話、妹達にあんな態度を取る女性を兄は好まないだろう。万が一、兄の前では猫を被っていたとしても、勘が鋭いので直ぐに見抜かれるはずだ。
仮に本当に仮に婚約者だとしたら、ずいぶん好みが変わったな……という感想になるのだけど。兄の好みはもっとこう、落ち着いた感じの女性なのだ。
様子を見ながら出ようか出まいか私が考えていると、我が家の使用人では最年長である執事のレイニーがリリを庇って前に出た。
「結婚ですか。おかしいですね、シンディ様。我々はそのようなお話は何一つ伺っておりません」
「あら。お見合いするという事は、決まったも同然ですわ」
いや、ならないだろう、それは。
どうやら婚約者ではなく、お見合いすらこれからだったらしい。にも関わらずこの物言い。相当自分に自信があるのだろう。
これは割って入った方が良さそうだ。そう思って私がドアを開けようとしていたら、
「本日はお見合いをお断りしたにも関わらず、諦めていただけないためこの場を設けたと伺いました。それをノア様となさったお約束のお時間よりずっと早くいらっしゃり、それまでのお相手にとあなたが望まれたリリティア様にこのような振る舞い。到底許されるものではありません!」
「生意気な……ただの使用人の分際で! ロメオ! 少し躾けてあげなさい!」
レイニーの言葉に、シンディと呼ばれた女性は顔を真っ赤にして目を吊り上げ、後ろに控えていた男性を呼ぶ。
ロメオと呼ばれた男性はぎょっとした顔になって、手の平を横に振った。
「いや、お嬢さん、それはちょっと……」
「私の言う事が聞けないの!? あなた、誰のおかげでこうして無事でいられと思っているんですの!?」
「それは……」
「いいからさっさとやりなさい! でないと、あなたの大事な人達が、ただじゃ済みませんわよ!?」
「……ッ」
そう怒鳴られたとたん、ロメオはとても苦い顔になった。
ぐっと歯を噛みしめると彼はレイニーの方へ向き直る。そして申し訳なさそうな顔をして、手に持った杖を振り上げ――――。
そこで私は中へ飛び込み、間に割って入った。




