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聖女の励ましは今も生きている【長編版】  作者: りすこ
メロ編

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10/22

だから、少女の励ましは生きている

 メロ……


 ――ディーン……?


 メロ……


 ――ディーン……


 メロ……僕は……


 ――うん。なぁに……



 僕は……メロに会いたい……


 メロにただ、会いたいんだ……


 ――バカっ……分かっているわよ……



 会いたい……会いたいよ……メロ……


 ――迷子になったのね……大丈夫。大丈夫よ……



 ――私が道を作るから。帰ってらっしゃい……バカディーン……





 涙を流しながらメロは目を覚ました。ディーンの声に導かれるように体を起こす。体は重たく、あちらこちらから鈍い音が出る。しかし、メロの頭の中だけは澄んでいた。


 頭の中に旋律が響いている。

 今なら歌えそうだ。


 メロが口を開きかけたその時。


「メロ様! いけません!」


 側で看病を続けていたマリアンナがメロの肩を持ち、彼女を制止した。マリアンナは目尻に涙を溜めていた。


「もう、もうおやめください! 死んでしまいます!」


 彼女は肩を震わせて泣いていた。見ていられないとメロの身を案じて、必死に止めようとしていた。


 だけど、メロはマリアンナに向かって微笑みかけた。その微笑みは聖女のように慈愛に満ちたものだった。マリアンナは大きく目を開く。メロは穏やかな声で告げた。


「ディーンが迷子になっているの……ディーンは風船みたいでね。勝手にどっかに行っちゃうのよ」


 ふふっと、メロは村にいたときのように笑った。太陽のように明るく笑った。


「ディーンは私の唄を聞いたら、帰ってくるわ。ディーンは私の歌が好きだから」


 マリアンナは声を詰まらせ、顔を歪めた。彼女は知っていた。ディーンが行方不明になっていることを。朽ち果てているかもしれないことを。だから、余計にメロの言葉は彼女の心を突いた。


「私は歌う。だから、手をかして」


 ハッキリと告げるとマリアンナはこくりと頷いた。彼女に支えられ、メロは椅子に座る。マリアンナは窓の扉を開いた。雲は灰色で雨が降りだしそうだった。


 嘆きの雨が降る前に、天に光を。

 雨が彼を隠す前に、空に道を。

 曇天を切り裂いて、思いを彼に。


 メロは背筋を伸ばして、心を解放した。



 歌うのは恋の歌。


 いつもディーンに聞かせていた歌。


 彼がどこにもいかないように。


 彼に思いを伝えたくて歌った歌。


 大好き……と、言葉の代わりに歌った歌だった。



 曇天から一つ。

 また一つと光が差し込む。


 光は荒れた大地を照らす。

 無惨に果てた亡骸を照らす。

 帰らぬ人を思い涙する人々を照らす。


 そして、戦い抜いた兵士を照らした。


 メロの愛の唄は、空に黄金の旋律を響かせた。



 メロは伸びやかな声で歌いきる。

 彼女の顔は満足げだった。

 曇天の空に隠れた太陽のように輝いていた。


 ぐらり。

 満面の笑顔のまま、メロの体が力を失う。


 それを途中から聞いていた者が支えた。

 口の端から血を流し、満足げに笑ったまま目を瞑る彼女を抱きしめて、苦しげに呟く。


「……馬鹿者が……愛に生きて命を落とすなど……するな……」


 小さく奏でる彼女の心音を聞きながら、その者は苦痛に顔を歪めていた。



 ***



 メロが目覚めたとき、声は失われていた。それにメロは一瞬だけ茫然としたが、ディーンの安否を聞いて、そんなことは吹き飛んだ。


 ――ディーンが生きている……! 生きてる!


 メロの体を歓喜が駆け巡った。もう歌えない喜びの旋律が鳴り響いているかのようだ。すぐさま、ディーンの元に駆けつけようとした。護衛に頼んで支えてもらおうとしたが、彼は車椅子を用意してくれた。


 メロはそれを見て驚いた。自由に出歩いてよいと言われているように思えたからだ。なぜ……とは思ったが、急いでいたメロは深く考えずに車椅子に乗ってディーンがいる医療施設へと向かった。


 ディーンはボロボロだった。腕も足も折れて、鼓膜も破れて音が拾えなくなっているのではないかと言われた。前のように軽やかに剣を振るのは無理だろうとも。


 それは彼が過酷な戦いに身を起き、生き抜いてきたことを如実に物語っていた。

 彼を探して運んでくれたのは、前にディーンのことを話してくれたガロンだった。


「こいつは帰ろうとしてましたよ。ボロボロなのに……顔だけは前を向いてました。ほんとっ……すげぇ奴ですよ」


 ガロンは鼻をすすりながらも笑って戦友を称えていた。


 それに、メロは音にならない言葉を吐く。


 ――バカ……ほんと、バカなんだから……


 それでも生きている。それが嬉しくてメロは毒づきながらも涙をポロポロとこぼした。


 目覚めたディーンはメロの姿を見て驚いていた。自分のことよりも、メロのことばかりを心配していた。それに、全く……少しは自分のことを心配しなさいよ……と、思ってしまう。


 だけど、それはメロも同じだ。

 歩ける足を失い、声を失い、歌を失った。

 でも。それでも、ディーンとまた会えた。


 生きて。

 二人で村に帰れる。


 約束は守られた。


 それだけで、メロは幸せでいっぱいだった。



 村を出る前、一度だけグランドールに謁見した。彼は相変わらず、何を考えているのか分からない闇色の瞳でメロを見ていた。色々と文句を言ってやろうかと思ったが、メロはそれらを全部、言うのをやめた。


 不用意に口を開いて、また最悪な気持ちになりたくない。だから、メロは頭を下げただけだった。

 それを見て、グランドールは口の端を上げる。


「お前らの働きに報いてやる」


 少しだけ。気のせいかと思うぐらい少しだけ。グランドールはいつもの覇気を失くして笑っていた。


「……愛を貫いて、生き延びたお前らに報いるぐらいは働いてやる」


 やはり、その言葉の意味は分からない。そして、メロは分からないままでよしとした。彼も分かってほしいとは思ってないだろう。

 メロは一礼して、彼の元を去った。


 その後、二度と彼と会うことはなかった。




 村に帰る前にガロンに会って、メロは遠巻きにディーンが好きなことをバラされてしまった。「結婚式には呼んでくれよな」ってガロンが言い出したのだ。


 それを聞いたディーンは、え?誰と誰が?みたいな顔をした。相変わらずメロの気持ちにちっとも気づかない鈍いディーンに目を吊り上げてしまう。メロは怒りのままに、紙にペンを走らせた。


 “なによ! 私が相手じゃ不満なの?”


 真っ赤な顔でそれを見せると、ディーンは唖然としたまま、首を振った。それにまたカチンときて、メロは思いの丈を叫ぶようにペンを走らせる。


 “私は、ずっと、ずっと、ず――っと前から、ディーンのお嫁さんになるって決めていたんだから!”


 本当にそれしかないぐらいメロの心はディーンでいっぱいだった。今も昔も。


 鈍すぎるディーンに憤慨していると、彼はポロっと涙を流した。


「僕も……メロをお嫁さんにしたかった……」


 小さな子供みたいに泣きながら告白してくる彼に、メロは耳まで赤くする。


 嬉しくて。幸せで。泣くよりも先に笑顔になってしまった。


 しょうがないわね、と、お姉さん気質を発揮してメロは太陽のような笑顔で言う。


 ” 大好き!”


 音にはならなくても、歌にはならないけど。メロは初めてディーンにその口から本心を言った。




 村に帰ると病気から回復したミドに迎えられた。年のせいで完治は難しかったが、前よりもずっと元気になっていた。


「バカ娘!!」


 ボロボロになって帰って来たメロに、ミドは怒りながらも泣いて彼女を抱きしめた。

 肉が少しついた腕でメロを抱きしめてくれる。その腕の逞しさにメロは泣きながら笑ってしまった。


 元気になってくれてよかった。

 よかった……


 間違えっぱなしで何度も後悔したけど、この元気な声を聞ければ報われたような気がした。


 メロの歩いた道は正しくなかったかもしれない。

 でも、間違いでもなかった。


 そう思えた。



 ***



 数日後、メロはそわそわしていた。ミドに手伝ってもらって、花嫁衣装を着せてもらっているからだ。綺麗だろうか?と忙しくなく自分の身につけた花嫁衣装を見つめる。


 メロが着ていたのは、村の伝統的な民族衣装だ。赤、オレンジ、黄色、緑の縞模様が入ったそれは、ミドが手縫いで作ってくれたものだった。そこに幸運の葉とつたわる葉っぱで冠を作り、頭にのせていた。耳には楕円形の耳飾りをしている。それはメロが動くたびに、シャランと小さな音を奏でた。


「ほら、そろそろ行くよ」


 ミドは落ち着かないメロに声をかける。メロは弾けるように顔を上げた。ミドは鼻を鳴らして、眉を下げた。


「背筋を伸ばしな。綺麗なんだから」


 そう言われたメロは照れながらも、満面の笑顔になった。



 今日は村のみんながメロとディーンの結婚を祝う日だ。


「おめでとう!」


 メロが家を出るとき、村の人々は集まり祝福の道を作ってくれていた。拍手と笑顔に溢れる道は、ディーンが待つ祭壇まで続いていた。車椅子のメロのことを思って、祭壇は晴天の下、地面と段差のない平坦な場所に作られていた。


 祝福の道の終わりには、同じ格好をしたディーンがいた。メロを見つけた彼は、頬を赤くしながら大好きな笑顔を見せる。車椅子で彼の前に立ったとき、空から祝福のように太陽がいっそう強い光を照らした。その光は天使の梯子のように揺らめいていた。


 ディーンはメロと視線を合わせるよう、膝を地面についた。真っ直ぐメロを見つめて笑顔で言う。


「メロ……綺麗だ」


 幸せそうに目を細められて言われた言葉。メロは顔を真っ赤にして、当たり前でしょ?と言いたげな顔をした。


 二人は並んで正面を向き、祝詞を受けた。そして、誓いの口づけをする。ディーンが真っ赤になって恥ずかしがって、メロのおでこにキスをしたのはご愛嬌である。


 夫婦になる儀式が終わった後は、村人全員で食べて踊っての宴が始まる。その始まりの時、ディーンはメロに贈り物をした。彼の手には小さな笛が握られていた。


「メロ……僕たちからメロに唄を送るよ」


 メロは不思議そうに瞬きを繰り返した。村人たちがメロとディーンを囲むように輪になる。全員が手を繋ぎ、笑顔でいる。ディーンは幸せそうに笑うと笛に口を付けた。



 ――あ……この唄……



 ディーンの笛から旋律が流れる。

 子供達の高い声から音階が生まれる。

 大人たちも背筋を伸ばして、声を出す。


 折り重なった旋律は、メロがいつも歌っていた ”励ましの唄” だった。


 ”元気になりますように”


 少女が願った思いは、聞いた人の中で今も生きていた。



 晴天の雲間から太陽の光が煌めく。


 人の声に合わせて光は歌っているようだ。



 メロの願いを人々は忘れない。

 彼女の唄は今も生きている。


 形を変え、人を変え、思いを変え、願いは生き続ける。



 ”元気になりますように!”



 励ましは、これからも人々に笑顔をもたらすのだった。




 メロ編 END


メロは聖女と呼ばれた女の子ですが、普通の女の子です。

そんな彼女の願いと思いを書きました。

暗い展開でしたが、ここまで書けて本当によかったです。

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