エンディングその3
「裕樹さん・・・」、百合子は裕樹の元へ駆けつけた。裕樹は百合子を優しく受け止め、「いんだ、もう何も言わなくていい」。
「え~ん・・っえん」百合子は子どものようにわんわんと大声を出して泣いた。裕樹は百合子の髪の毛を優しく撫でながら百合子に聞いた「なぜ、ぼく?なぜぼくなのだ?」
「あなたの作品は幼くして両親をなくした少女をどん底から救いだしたの」、「私はそれだけを頼りに300年の時を超え、あなたを探しにきたのよ」、「だから、あなたは心配しないで、もっともっといい作品の産上げがあなたを待っているのよ」。
「そうだったのか、それを聞けて、僕は十分幸せだ」。
百合子は一粒の銀のカプセルを取り出した。「これで、僕のこの1年間の記憶はなくなるのか?」百合子は涙を頬に、無理やり笑顔を作って見せ、軽くうなずいた。
「未来って、残酷なんだな」、「こんな一粒の薬で、僕の一生を壊すなんって・・本当に・・」百合子はカプセルを自分の口に含んで裕樹に口付けをした。全時空が壊れるほど、激しい口づけであった。
裕樹は再び甘いバニラの香りに襲われた。朦朧とした意識のなかで、百合子の声がかすんで聞こえた「わたしはあなたのことをいつの時代になっても思っているから、かならずあなたに会いに行くから」
★ ★ ★ ★ ★
2329年、ステファンは15歳になっていた。両親を2年前に交通事故でなくしてから、彼女はほとんど誰とも口を聞かずにいた。里親となった叔母は心配で仕方がなかった。唯一、彼女の心を通わせたのは一冊の本との出会いであった。タイトルは『時空超えの恋人』、3百年前に彼らが今住む061区だった日本という国の作家が書いたSF恋愛小説である。なぜか、この本をステファンは何度も読み返していた。叔母と2年ぶりの会話が物語のヒロインが百合の花びらを身につけ、それだけを頼りに別時代から来た恋人が人ごみのなかから彼女を見つけ出すという、さほど珍しくもなく、ありふれた恋愛物語の定番ともなっているエンディングを熱く語った。
また、ステファンはタイムトラベラーに興味津々だった。最初は叔母が心配していたのはステファンがなくなった両親を見に行くため、あるいは交通事故を何らかの形で止めるために考えるのではないかと思った。たしかに、今の時代では過去へ時間を飛び越えて旅することが出来る。ただし、厳しい制限が設けられていて、特に3世代以内つまり現代と120年の間に存在する時空に戻ってはならないという厳しい規則がある。特に過去の親族との交わりで現代を壊しかねないというタイムトラベラーの3大原則のひとつである。
叔母の心配をよそに、若いステファンは自分の人生で一番苦痛の時に光を灯してくれたこの小説なかの世界、また何よりもその偉業を遂げた作者に夢中なのだ。
その夜は、流星予報通りの綺麗な流れ星の下で、ステファンは祈った。いつか、その時代に、その作者に会いに行こう。そうだ、作品のエンディングにちなんで、百合子という名前にしよう。昔の日本人のように、姓を前にして吉田百合子としよう。あぁぁ・・星空が綺麗だなぁ、吉田百合子、心地よい響きだ。
ステファンは満天の星空の元で笑顔を浮かべながら、静かに、そして深く眠りについた。
ほら、夢の中で、彼の白馬の王子様と語り合っているよ・・・
エンディングを3つ用意しました。気にせず好きなパターンで楽しんで・・・
これはこの世界観を使った恋愛物ですが、他のテーマもこれから同じ世界観をシェアして書いていきたいかな。