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 物書きの朝は早い、というよりほとんど徹夜が多く寝てないのである。売れ子作家の場合はなおさらだ。

 裕樹はインスタントコーヒーを片手に、玄関の前で立ち尽くす。ぼーとなにかを待っているようである。今日は15日、彼にはさらに締め切りが3つある。雑誌の連載2つ、それと書き下ろしの短編を仕上げなければならない。なのに、まだ1文字も書いてない。

 カサカサと郵便受けの方で物音がした。今日の朝刊が届いたようだ。裕樹は郵便受けのほうへ近づき、新聞を取り出そうとした。ただ、チラシが多かったのか、あるいは新聞自体が厚かったのか、なかなか取り出せない。裕樹はコーヒーカップを玄関先の靴箱の上に置き、両手で新聞を強く引っ張った。力を入れすぎて、新聞を抜き取った瞬間に後ろへ倒れ込んだ。

「俺・・・何をやっているんだろう」と裕樹はつぶやいた。

ちょうどそのときに、電話が鳴った。裕樹の顔にちょっと笑みがこぼれ、時計を見ながら、居間へ向かった。まだ4時半である。この時間でかけてくるのは決まって出版社なのだ。

「もしもし」子機を手にして、裕樹はソファに深く腰を下ろす。「おはようございます」はきはきとした若い女性の声である。「百合子です。」出版社の担当である。

「相変わらず早いね、締め切りは今日の24:00ではなかったのかい?」

「あぁ、ごめんなさい。ちょうど近くまで来たものですから、伺ってもよろしいですか。」

「へ~、さては仕事徹夜したんだね」と裕樹は小さく笑った。

「いま、先生のマンションの前に来ています。これから伺っても・・」

「かまわないよ、僕も今ひと息ついているところなんだ」

 しばらくして、チャームがなった。裕樹はドアを開けてみると、上から下まで黒いスーツで包み込まれた20代前半の女性が立っていた。とってもいいプロポーションの持ち主である。明るい茶色の髪の毛が肩まで伸び、輪郭の整った顔立ちで、すごい美人ではないが、目の大きい魅力な笑顔を持つ、有能なビジネスウーマンであることは裕樹がよく知っている。

 彼女は片手に大きな包みを持って、入ってくると同時に裕樹に口付けをした。飢えた幼児が母親のおっぱいを求むようなねっとっりとした口付けである。そう、ふたりは作家と編集者の関係以上に恋人でもあるのだ。

 「そうだ!これ・・、この間の取材で沖縄に行って来たお土産。泡盛よ」

 「でも・・ぼく酒飲まないし」

 「えい、わたしが飲むの」裕樹の髪の毛をくしゃくしゃしながら彼女は言った。最近、裕樹の髪の毛をいじるのが気に入っているらしい。

 「それで、調子はどうですか。せ~んせ~い?」。「ばっちり、1文字も書いてないよ」苦笑いをしながら、裕樹はVサインを作って見せた。

 最近、自分がスランプに陥ったことを百合子もよく知っている。

 「まー、雑誌の連載はどうにかできるが、そっちの書き下ろしにちょっとてこずっているって感じかな」 「そう?なんとかなるでしょう」意外にも今日の彼女はあっさりと流した。

 なんだろう、このはりあいのなさは。と裕樹はちょっと躊躇した。いつもだったら・・

 「先生、私は先生の作品の大ファンであることを思い出したのです」と裕樹は考えるのを中断され、不思議に百合子を見上げた。

 「え?それはどういう意味なんだい?」百合子は一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに笑顔をつくって見せた。

 「どんな内容です?」

 「うん、そうだな・・」裕樹は短編の構想を百合子に語り始めた。その間に、百合子は持ってきた酒を飲み続けた。二人とも徹夜したことで疲労がたまり、裕樹は朦朧した意識のなか、百合子が近くに来て、自分にキスをしたことと、なぜか涙のようなしょっぱい味がした。


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