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プランBでいこう そして今

「トリクシーはこうなるって最初から知ってたのっ?!」

 開口一番そう叫んだビアンカに、トリクシーはいつも以上にそっけなく告げた。

「婚約を決めたのはあなたのお父様よ」


 それで納得して引き下がるくらいならビアンカは早朝からトリクシーのフラットに押しかけてきていない。


 ビアンカがトリクシーの婚約を知ったのはつい一昨日のことだ。その時からがんがんメッセージと電話を発信したが無視され、それから二十四時間も経たないうちに事態は誰も想像できないほどに進展していた。


 箱もなくポケットから出された指輪がトリクシーの左手の薬指にはめられ代わりに白木の箱を下げ渡すという、劇的なプロポーズ&逆プロポーズ。


 ビアンカや一部の関係者には事前に知らされていたとはいえ、国民やマスメディアへの公式婚約発表前の動画の大拡散。

 一般人が気軽に動画を撮影でき、それを拡散できる時代でなければ起こりえなかった文字通り前代未聞の事態に、王室の広報官は前夜から泊まり込みだというが、そんなことはビアンカにはどうでもいい。


「ベネディクト王子は自分の相手だって分かってたんじゃないの?」

「いえ全く」

 トリクシーが冷静に答えた。ビアンカはごまかされないぞと目力を強くする。

「本当に?」


 幼いころには父親のアーマンド国王によって遠ざけられていた母方の親戚と、ビアンカは成長してから交流をもつようになった。

 そこで聞いたのは、トリクシーの母ベレニス叔母による父アーマンドの秘密の暴露と、その後の騒動について。

 自分と兄の歳が離れている理由が、叔母に浮気を言い当てられた父親と母親の仲がごたついたせいだと聞いたときはいたたまれなかった。浮気をし、更にはそれを暴いた親戚たちから家族を遠ざける、これが一国の王のやることか。


 そんなこともあって、トリクシーの婚約について知ったビアンカがまず思ったのが、ベレニスの娘であるトリクシーも同じように第六感で、ビアンカが退けられ自分が王子と婚約することをあらかじめ知っていたのではないかということだった。

 トリクシーは未来を知りながら、ビアンカが父の思惑に踊らされているのを黙ってみていたのでは。

 叔母の件があったので余計なことを口にしないほうが損がないとトリクシーが判断したとしてもそれを否定しきれないが、あの一週間の苦痛に耐えた自分だけが馬鹿をみたのじゃないかと。


「──まあ私だって? ビデオカメラみたいに無言でくるくる首回してるだけの人と結婚するのなんてお断りだったけど? ベネディクト王子は相手が私じゃ不満だったかもしれないけど?」

 決して負け惜しみではなく、でもささやかなプライドのために言っているうち、ビアンカの声が高くなっていく。

「……本当に何しに来たんだろうあのとき面と向かって私よりトリクシーがいいって言われるよりはまだましだったけど私のことなんて半無視よ半無視」

 ビアンカのだんだん早口になる抗議にはさまった息つぎの空白に、トリクシーが言葉を滑り込ませた。

「特にビアンカだけを無視してたわけじゃなく、だいたいいつもそんな感じみたいよ」

「トリクシーにも?」

「だいたいは」


 トリクシーが本当のことを言っているとしてだが、その『だいたい』に入らない例外ではふたりはどんな会話を交わすんだろう、とビアンカはほんの少し考えたが、想像をふくらませるのは難しかった。


「……トリクシーは第六感で王子が何も言わなくても何考えてるのかわかるのかもしれないけど」

 ビアンカの言葉は、トリクシーに即座に否定された。

「そこまで精度の高いものじゃないのも知ってるでしょ。今までだってベネディクト王子に関しては何も感じたことないわ」

「うそ、ゲイかどうか確かめてって頼んだとき教えてくれたじゃない」

「本人に訊いたから」

「えっ……えっ?」

 予想外の答えに、ビアンカの前のめりだった勢いがようやく削がれた。


 あのときのビアンカにとって、親にお膳立てされたブラインドデートの相手がゲイかどうかは非常に重要な問題だった。自分の意思とは関わりなく父親に政略結婚をさせられるかもしれなかったのだ。決して好奇心や興味だけで訊いたのではないと誓える。しかしもちろん、トリクシーにそんな力技で解決してもらうつもりは一切なかった。

「……よく外交問題にならなかったわ」

「それは大丈夫な気がしたから」

 

 まただ。


 手元の予定表に目を落として確かめるように、とでも言えばいいのだろうか。

 普通の人間がやれば根拠のない自信をあてにした無謀な行動になるのに、トリクシーは当たり前のように正解ルートをたどる。

 パーティーの席でひくリボンの先のプレゼントが何か、最初から分かっている。なのにトリクシーは、どのリボンをひいても構わないみたいな態度でいる。

 ──まあ、いつでもそうとは限らないみたいだけど。


 ビアンカは少し口角をあげてトリクシーに訊いた。

「『何も感じたことない』って、あのプロポーズもトリクシーにも事前にわからなかったってこと?」

「……まあそうね」

 トリクシーからはどこか不満げな返事がかえってきた。

 ビアンカは父親とベネディクト王子に振り回されたが、トリクシーもまたふたりに振り回された仲間だ。パーティーにようこそ。

「第六感って便利なようで不便よね」

「いちばん便利に使ってるあなたが何を言ってるのかしら?」

 ビアンカはトリクシーの非難を軽く受け流した。

「だって私は持ってないんだから借りてもいいじゃない。『海の女王の娘』は姉妹のように助けあわなきゃ」


 大人になったビアンカはもう、トリクシーをただうらやんだりはしていない。借りられるものは借りる。

 そう、借りるだけ。いとこのものを知らずに奪ったりはしない。──ベネディクト王子に関しては借りる以前の問題だったが。


 そこでビアンカは不意に思いついて声を高くする。

「そうだ、昨日もらったあの指輪よく見せて! 貸してなんて言わないから、見るだけだから!!」

「……どうせ見るまで帰らないっていうんでしょ」

「もちろん!」

 ビアンカは悪びれずに答えた。


 トリクシーの顔にはあからさまに面倒くさいと書いてあったが──やがてほんの少し頬をゆるめて笑った。

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