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龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の事件簿-

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神祖の龍神の事件簿

某日、全ての根源たる領域にて――


其処は、無限に分岐し続ける多元世界の風景が、万華鏡の煌めきのように映し出される圧倒的スケールの空間であった。光と闇、創造と破壊が未分化のまま同居し、時空の概念さえもが彼女の気紛れ一つで伸縮する。

その中心に、白龍神フォルティアはいた。外見は二十代前半の、息を呑む程に美しい女性の姿。純白の髪は星々の光を吸い込んで銀色に爆ぜ、万象を見抜く群青の瞳は、数多の宇宙の興亡を只の砂遊びの様に眺めてきた。

彼女の頭上には、淡く発光する繊細な光の輪――神祖の王冠《フォルティア・クラウン》が浮かんでいる。彼女の神経回路を解析・抽出して作られた外部出力デバイスであり、全知全能という肥大化した概念を効率的に運用するための制御装置だ。王冠の周囲では、まだ確定していない未来や過去の幻影が、まるで朝霧の様に揺らめいていた。

「……退屈、じゃな。」

フォルティアは心底退屈そうに、白金で作られた一対の角に指先で触れた。

「此れ程多くの世界が産声を上げ、弾けて消えていくというのに、どれも此れも妾の既知の範疇を出ぬ。物理法則を少し捻じ曲げて新しい星を創るのも、飽きが来てしまったわ」

彼女にとって、宇宙を一つ滅ぼし無から再生させるなど、指先を動かす程度の微小な魔力消費で成し遂げられる日常茶飯事に過ぎない。強大すぎる力は、時として世界をあまりにも狭く、退屈な箱庭に変えてしまう。

「おや。退屈かい、フォルティア?」

空間の白い静寂を噛み砕く様に、滑らかな声が響いた。現れたのは、黒龍族の神祖サピエンティア。闇よりも深い漆黒の髪を揺らし、その瞳の奥には光さえ届かない深淵の暗い海を宿している。彼女にとって倫理や常識は些末な事。フォルティアという嵐を最も近い特等席で眺め、時に自らも嵐の一部となる事を楽しむ混沌の賢者だ。

「サピエンティアか。お主、また何処かの世界の分子構造でも咀嚼しておったのか?」

「まさか……私はいつも通り、穏やかに多元世界の海を侵食・解析していただけさ。未知という名の新しい料理を探してね……そうしたら、見つけてしまったんだ。最高に奇妙で、不可解な甘味を」

サピエンティアの唇が、妖艶な弧を描く。彼女の手のひらの上で、暗い水の波紋が広がり、一つの立体的な数式――いや、多元宇宙の座標軸が浮かび上がった。

「見てごらん……此の座標、本来なら一つの豊かな並行世界が存在し、歴史を刻んでいるはずの場所だ。」

人類が次元移動技術を開発し、隣り合う世界と資源取引を始めた事で、劇的な文明の発展と、其れに伴う侵略戦争の火種が絶えない……そんな、ありふれたエネルギーに満ちた世界線だった。

「ふむ? それがどうした。国家間の戦争で行き詰まり、自滅でもしたか?」

「いいえ。」

サピエンティアは首を振った。その瞳が、未知への歓喜に細められる。

「滅びたのではないの。過去、現在、未来の全てにおいて――最初から存在しなかった事になっている。」

因果の系譜から、其の世界が存在したという痕跡ごと、誰かに咀嚼され、全く別の概念へと書き換えられている。

「ほう……?」

フォルティアの群青の瞳に、微かで確かな熱が灯った。彼女の持つ幻想は、多元宇宙の全情報を掌握し、既存の因果律を超越した地点から現実を再定義する能力だ。謂わば彼女こそが世界のルール其の物である。その彼女の預かり知らぬ所で、世界が一つの歴史ごと消滅しているという。

「妾の庭を、断りもなく塗り替える者がおるとはな」

フォルティアは立ち上がり、不敵に微笑んだ。

「お主、これは最高に面白そうな祭りではないか!誰がどのような理屈で妾の目を盗み、世界を消し去ったのか。観測者たる我らが、その演出の裏側を覗きに行ってやろうぞ」

頭上の神祖の王冠《フォルティア・クラウン》が、主の興奮に呼応して激しく明滅し、無数の光の糸が彼女の脊髄に沿って肌の下で淡く発光し始める。究極の超然的存在による、気紛れな事件捜査が幕を開けた。


世界の理の隙間を埋める高次元の特殊領域――煉獄。どの世界とも重なり合わない不可視の領域であり、各世界の衝突を防ぐクッションの役割を果たす此の場所に、龍神族の神祖達が集結していた。彼らは自らの肉体を煉獄の周波数に合わせる事で、通常世界の住人からは決して見えない高次元の視点から、事件の残響を追っていた。

「やれやれ……フォルティアの気紛れに付き合わされる、こちらの身にもなってもらいたいものだ。」

深い溜息をついたのは、蒼龍族の神祖テンパランティア。品行方正で生真面目、完璧主義者の彼は、溢れ出る殺気と不要なものを間引きたいという冷徹な淘汰の本能を、紳士的な態度という名の拘束衣で封じ込めている。

「何をブツブツと陰気臭い男ね、テンパランティア!フォルティアが直々に動く訳よ?私達は其の道を切り開くだけでしょうが!」

すかさず怒声を浴びせたのは、紅龍族の神祖ジャスティティアだ。非常に口が悪く気が強い彼女だが、それは視る世界の基準があまりに高すぎる故の期待の裏返しだ。

「はぁ……君は相変わらず脳まで、筋肉で出来ている様な物言いだな、ジャスティティア。」

「どういう事よ。」

ジャスティティアは訝しむ。

「私はただ、事態の異常性を論理的に指摘しているだけだ。この煉獄に漂う残響……妙だと思いませんか?

テンパランティアの言う様に、煉獄には邪悪な意思も、世界の綻びから漏れ出た物質的なエネルギーも、一切感知できないのだ。

「あぁ!?んな事は私の火で焼き尽くせば一発で判るんだよ!嘘をついている奴、規律を破っている空間があれば、アタシの峻厳が物理的な熱を与えて炙り出してやる!」

「だから、その熱が届くべき対象其の物が最初から存在しないと言っているんだ……本当に、君と会話をすると私の精神が摩耗する。」

二人は何時もの様に仲良く喧嘩を始め、周囲の空間に熱と冷徹の火花を散らす。その余波だけで、煉獄の片隅に新しい星が生まれかけていた。

「二人とも、喧嘩はその位にしておきなよ。折角面白い手がかりが見えそうなのに、ノイズが混じってしまうじゃないか」

穏やかな、しかしどこか底知れない声で場を宥めたのは、金龍族の神祖スペスだ。何事も学ぶ事を好み哲学的な思考に浸る彼は、隠されているものや、偽られているものを全て白日の下に晒す本質を持つ。

「スペス、何か見えたの?」

彼の隣にぴったりと寄り添うように立つ、銀龍族の神祖カリタスが尋ねる。彼女はミステリアスな雰囲気を纏い、スペスが暴き出した残酷な真実を、一切の裁きを加えずに無へと還す影の役割を担っていた。二人は互いに深い絆で結ばれたニコイチである。

「うん、僕の幻想を、此の空間の因果に接続してみたんだ。」

相手の能力の起源を常に先読みし、発動前に解体するスペスの力だが、予知ではなく確定した事実として、此の消滅事件の根源へと遡ってみた。スペスの瞳が金色の光を放ち、彼の思考が世界の起源へと触れる。

「……おかしいな……通常、世界が消滅する時は、外部からの破壊エネルギーか、内部の次元崩壊によるものだ。」

然し此の事件は違う。消えた世界を縛っていた因果の糸の先を辿っていくと、其れはフォルティア達外部の存在ではない。他でもない、此の場にいる神祖達の誰かの魂へと直接繋がっているんだ」

「なんだと……?」

テンパランティアの瞳が、冷徹な光を帯びる。ジャスティティアも口を閉じ、険しい表情で周囲の仲間を見回した。

「カリタス、真理を接続して」

「ええ……私の幻想で、今起きている出来事と、過去の真理を繋ぎ合わせましょう。」

スペスが促し、カリタスが銀色の両手をそっと合わせると、煉獄の虚空に、一本の巨大な光の系譜が浮かび上がった。それは過去の汎ゆる出来事を、データベースとして視覚化したものだ。光の糸が複雑に絡み合い、収束していく先――そこに、一人の神祖の姿が映し出される。

「――フィデム。」

カリタスの静かな声が、その名前を呼んだ。全員の視線が、少し離れた場所で沈黙を守っていた黄龍族の神祖、フィデムへと注がれる。美しいものを愛し、普段から芸術的な造形物を創り出す彼女は今、自らが創り上げた何かを背後に隠す様にして、呆然と立ち尽くしていた。

彼女の幻想は、創造する美で見る者の魂の根源的な叫びを強制的に自覚させる力を持つ。だが、彼女が何よりも愛し、信仰し、その胸の内に秘めていたもの。それは――目の前で面白そうに目を輝かせている、白龍神フォルティア其の人であった。

「フィデム――お主の創り出した美が、今回の祭りの特等席という訳か?」

フォルティアが、悪戯っぽく微笑み乍ら彼女に一歩近づいた。

「あ、あぁ……フォルティア様……。」

フィデムは、前世の記憶すら呼び覚ます様な深い涙をその目に浮かべ、崩れ落ちる様に膝をついた。彼女の背後から、煉獄の霧を払いのけて、一体の彫像が姿を現す。それは、純白の水晶と白金で構成された、息を呑む程に精巧なフォルティアの像だ。

像の内部には銀河の渦と聖なる光が渦巻いており、尾の先端からは新たな世界を描き出すかの様な純粋な光が放たれている。見る者の魂のバックアップとして機能する程の神聖な力を秘めた、フィデムの技術の最高傑作。だが其の本質は違った。

「私は……私は只、貴女を閉じ込めたかった……!」

フィデムの口から、抑えきれない魂の叫びが漏れ出た。

「破壊的な迄に自由で、何処へ行ってしまうかも分からない貴女を……!」

曰く、永遠の静止した不変の美の中に閉じ込めたい。そのあまりにも不遜で、あまりにも狂おしい独占欲と、神祖としての敬愛の間で、フィデムの心は揺れ動き引き裂かれそうだった。

「だから、この像に私の全てを込めて創り上げたのです!」

サピエンティアが「ふむ」と顎に手を当て、像を観察する。

「成程ね……フィデムの幻想が、フォルティアへのあまりに強すぎる信仰心と融合した結果、この像は単なる作品を超えて、周囲の情報を無制限に咀嚼する概念のブラックホールと化してしまった訳だ。」

「その通りだよ。」

スペスが深刻な面持ちで言葉を続ける。

「この像は、あまりの高純度故に、存在しているだけで隣り合う並行世界のエネルギーを無自覚に吸い上げていた。」

そして座標にあった世界は、次元移動技術の軍事転用なんていう、不安定な空間の裂け目を多用する文明だ。その脆弱な境界の隙間から、世界全体の因果と歴史が、此の像の中にフォルティアの美を、構成する為のパーツとして吸い込まれ消滅してしまったのだ。

「なんて事だ……!」

テンパランティアが声を荒らげる。

「フィデム、君の個人的な愛執が、世界の秩序を此処まで乱していたとは……これは明白な規律違反であり、淘汰の対象となる!」

「待ちなさいよ、テンパランティア!」

ジャスティティアが割り込む。その周囲の温度が急激に上昇し、煉獄の空間が歪む。

「フィデムの口から出た言葉は、一分の嘘もない高純度の本音だ! 私の幻想がそれを証明している!此の娘は悪意でやったんじゃない、只不器用すぎて、世界を焼き尽くす程の熱量になっちゃっただけだ!」

「悪意がなければ世界を滅ぼしていいという理屈はない!現に、あの像の内部に蓄積された世界のエネルギーが、他世界の人間たちの他者を征服したいという醜い欲望の残響と結びつき、変質を始めている!此の儘では煉獄の許容量を超え、周囲の数十の多元世界を巻き込む大爆発――次元崩壊が起きます!」

テンパランティアの放つ幻想の風が、邪悪に変質し始めた欲望のエネルギーを剪定しようと吹き荒れるが、フィデムの像が放つフォルティアへの愛という絶対的な因果に弾かれてしまう。ジャスティティアの炎もまた、その像の持つ神祖の万能のバックアップ機能により、届く前に無効化されていく。

「くそっ、私の火が通らない!どんだけデカい想いを込めてるんだ、この芸術家バカは!」

「私の幻想も追いつかないね」

サピエンティアが楽しげに笑う。

「まるで、フォルティア自身の暴走を見ている様だ。制約を失った全能の衝動……これは一筋縄ではいかないよ?」

世界の綻びから漏れ出した物質やエネルギーが蓄積され、赤黒い光を放ちながら膨れ上がっていくフィデムの像。次元の壁がメリメリと音を立てて軋み、無数の世界線が連鎖的に崩壊していくカウントダウンが始まった。パニックに陥る神祖達と、自らの罪の重さに涙を流し続けるフィデム。

その混沌の真ん中で、白きデウス・エクス・マキナ――フォルティアは、ゆっくりと歩みを進めた。彼女の顔に、怒りや失望の色は微塵もなかった。只、自らのために創られたあまりにも美しく、あまりにも歪んだ彫像を見つめ、実につまらなそうだった表情を、満面の笑みへと変えていく。

「ははははは!見事じゃ、見事であるぞフィデム!」

フォルティアの鈴を転がす様な笑い声が、崩壊しかけた煉獄に響き渡った。

「妾を永遠の一瞬に閉じ込めたい、か。百三十八億年を生きてなお、此れ程愉快で、此れ程情熱的な告白を受けたのは初めてじゃ。お主の創ったこの像、妾への愛の重さで世界を一つ飲み込むとは、最高の演出ではないか!」

「フォルティア様……お怒りに、ならないのですか……?」

フィデムが信じられないといった様子で見上げる。

「なぜ怒る?お主は妾を一心に慕い、その魂の根源を形にしたのじゃ。妾が其の様な至純なる想いを無下にする筈がなかろう。それに――」

フォルティアは群青の瞳を不敵に輝かせ、神祖の王冠《フォルティア・クラウン》を限界まで解放した。

「世界が一つ消え、次元が崩壊しかけているのなら、それ以上の大掛かりな理の塗り替えを行えば済む話。妾が白と言えば、宇宙はすべて白に還るのじゃからな」


フォルティアがそっと両腕を広げると、彼女の背後に、無限の宇宙の縮図が万華鏡の様に浮かび上がった。次の瞬間、煉獄の赤黒い混沌も、軋んでいた時空の裂け目も、全てが圧倒的な純白の光によって包み込まれ、空間全体が完全な白へと染まっていく。彼女の幻想が発動したのだ。既存の物理法則、因果律、過去・現在・未来の既知の事実。その全てを超越した地点から、フォルティアは現実を再定義し始める。

「さあ、聴くが良い。宇宙の始まりと終わり、そして新たなる可能性の物語を」

彼女の唇から、悠久の時を感じさせる荘厳で超越的な旋律――聖歌が放たれた。それは聴く者の魂の根源に触れ、眠る無限の可能性を呼び覚ます救済の響き。全知全能の力が込められたその歌声は、純白の波動となって波及し、抗い難い創造の審判として世界を包み込んでいく。

歌声がフィデムの創った彫像に触れた。像に込められた自由な友を縛りたいという呪縛の性質は、フォルティアの絶唱によって瞬時に解析・再構築され、他者を害する事のない純粋なる神祖の魂のバックアップという、新たな美の概念へと昇華された。赤黒い欲望の変質は一瞬で浄化され、綺麗な銀河の光へと還っていく。

そして其の像に吸い込まれ、歴史ごと消滅していたあの並行世界。過去・現在・未来の因果律が、フォルティアの望む新たな現実へと書き換えられていく。消し去られたはずの物質、生命、概念が、無から次々と創り出されていく。

「生物が煉獄から弾き出される際、因果の捩れにより、元の世界ではなく別の並行世界へ再配置される……此れこそが多元世界の真実じゃ。なれば、あの消えゆく世界にいた住人達よ、お主らの戦いに満ちた古い世界は此処で終わりじゃ。新たな、安定した約束の地へと往くが良い!」

フォルティアの歌声に伴い、消滅しかけていた世界の住人達は、因果の捩れを通り抜けて、別の平和で豊かな並行世界へと優しく、確実に再配置されていった。彼らは自らが世界の崩壊に巻き込まれた事すら気づかず、新しい新天地での生活を営み始める。

崩壊しかけていた数十の多元世界は完全に修復され、世界の均衡は元の通りに保たれた。痕跡すら残さず消去されかけていた全てが、前よりも更に輝かしい形で現実として再定義されたのだ。軈て純白の光が収まり、煉獄は何時もの静謐な高次元領域へと戻っていた。

其処には、すっきりと浄化され、柔らかな光を放つフォルティアの彫像と、涙を拭って立ち上がるフィデムの姿があった。フィデムの胸を満たしていた歪んだ独占欲は、フォルティアの圧倒的な全能の愛によって包み込まれ、深い救いへと変わっていた。

「見事だ、フォルティア。」

テンパランティアが深々と頭を下げる。

「世界の秩序は完全に保たれた。不本意だが、私の幻想の出番すらなかったな」

「ふん、最初からフォルティアが手を下せば、どんな大事件だって一瞬で解決なんだよ!」

ジャスティティアが誇らしげに胸を張る。

「ふふふ、本当にね。」

サピエンティアがフォルティアの隣に並び、その黒い瞳を細めた。

「私の幻想の解析を遥かに超えるスピードで、因果を書き換えてしまう。やはり君の嵐の特等席は、いつ見ても最高に美味しいよ、フォルティア」

「そうであろう、そうであろう!」

フォルティアは満足げに神祖の王冠《フォルティア・クラウン》の光を落ち着かせ、一族の者達を見渡した。

「フィデム、その像は此処に飾っておくが良い。妾の美しさがよく表現されておる。お主の愛、確かに受け取ったぞ」

「はい……!有難う御座います、フォルティア様……!」

フィデムは今度は嬉し涙を流し、微笑んだ。スペスとカリタスも、互いに手を握り合いながら、その光景を温かく見守っている。

「さて。」

白き龍神、|白き機械仕掛けの神《白きデウス・エクス・マキナ》たるフォルティアは、虚空に新たな世界の座標を描き出した。

「一つの祭りが終われば、また次の祭りが始まるもの。多元宇宙の海は広く、妾の退屈を紛らわせる奇妙な事件は、未だ未だ尽きぬようじゃな。お主達、遅れずについてまいれよ?」

気紛れな神祖の王の言葉に、神祖達は其々の表情で微笑み、苦笑いを浮かべ乍ら、彼女の後に続く。


あの不可能な綻びが解決し、消滅しかけていた世界の人々が新たな並行世界へと、優しく再配置されてから数日後の事。全ての根源たる領域は、今日も万華鏡の様に美しく、無限の時を刻み続けていた。その中心に新しく据えられたのは、黄龍族の神祖フィデムが命を削るような情熱で創り上げた、白龍神フォルティアの純白の彫像である。

フォルティアの聖歌によって新たな美の概念へと昇華されたその像は、今や周囲の時空を歪める様な危険な重力を放つ事もなく、ただ神聖で柔らかな銀河の光を内側から湛えていた。

「ふむ……。やはり、どの角度から見ても妾の美しさが完璧に表現されておるな」

当の本人であるフォルティアは、像の周りをぐるぐると歩き回りながら、満足げに神祖の王冠《フォルティア・クラウン》を揺らしていた。腕を組み群青と銀の瞳を細めて、自らのレプリカを眺める姿は、何処からどう見てもご機嫌そのものである。

「特にこの、尾の先端から世界を描き出そうとする光の筆の躍動感。フィデム、お主の妾への信仰心は、伊達や酔狂ではなかったという事じゃな!」

「は、はい……!フォルティア様にそう言っていただけるなんて、芸術家として、此れ以上の誉れはありません……!」

少し離れた場所で、フィデムが顔を林檎の様に、真っ赤にし乍ら身を震わせていた。以前の様な、自由奔放な友を永遠に縛り付けたいという歪んだ独占欲は消え去り、今の彼女の瞳にあるのは、濁りのない純粋な敬愛と幸福感だ。

「良かったね、フィデム。君の作った彫像が、今では見る者の魂のバックアップだけでなく、この領域の最高のインテリアとして機能しているんだから」

そう言って笑いかけたのはスペスだ。彼の幻想は、今回は暴走の予兆を先読みする必要もなく、ただ平和な日常の解析にのみ使われている。

「えぇ……彼女の暴き出した真実が、こうして誰の心も傷つけない形に落ち着いたのは、本当に素晴らしい事だわ。」

スペスの隣で、カリタスが穏やかに微笑む。二人は相変わらず、互いの影と光を補い合うように寄り添うニコイチの距離感を保っていた。

「綺麗にまとまったのは結構だが……。」

其処へ生真面目な足取りで現れたのは、テンパランティアだ。

「フォルティア、今回の一件で異世界転移させた住人達の件だが、転移先の並行世界での文明適合率、及び因果の定着に微細なズレが生じている。管理責任者として、少しばかり手を貸して欲しいのだが」

「あぁ!?何がズレよ、テンパランティア!そんな細かい事はアタシの火で一発、根性注入してやれば馴染むんだよ!」

すぐ後ろから、ジャスティティアがガミガミと、怒鳴りながら突っ込んでくる。

「ジャスティティア、君という人は……!新しい環境にようやく慣れ始めた無辜の人々に、いきなり銀河を蒸発させるような熱量を与えてどうする!少しは論理的に、そして平和的に物事を考えられないのか?」

「るっせぇ!私の幻想は規律を破る奴に熱を与えるんだよ!新しい世界でサボり散らかしてる奴らがいたら、一寸背中を炙ってやるのがアタシなりの親切だろうが!」

「其れを世間では脅迫、或いは天災と呼ぶのだ!」

二人はまたしても至近距離で激しい口論を始め、その熱と冷徹の余波で、何もない空間に小さな可愛い彗星がぽこぽこと生まれ始めていた。完璧主義者のテンパランティアにとって、このジャスティティアとの口喧嘩だけは、抑え込んだ淘汰の本能を唯一発散できる最高のリラクゼーションなのだ。

「やれやれ、相変わらずあの二人は仲良く喧嘩をしておるな。見ていて飽きぬわ」

フォルティアは愉快そうに笑い乍ら、手元に呼び寄せたエーテルの果実をかじった。

「本当に……君が一度、聖歌を響かせれば、どんな混沌も一瞬で最高のエンターテインメントに変わってしまう。」

空間に溶ける様にして現れたのは、サピエンティアだ。彼女は手にした暗い海の波紋を、まるで楽しかった映画のパンフレットでも眺める様に愛おしそうに弄んでいる。

「サピエンティアよ、お主も今回のおやつには満足した様じゃな?」

「勿論!何しろ、大好きな君の暴走……ではなく、大活躍を一番の特等席で眺められたんだからね。でも、世界を一つ丸ごと新しいキャンバスに植え替えてしまうなんて、やっぱり君のやることは規格外だ」

「ふふん、妾を誰だと思っておる。白き機械仕掛けの神、望むがままの理で世界を塗り替える存在じゃぞ?不要な悪意は白い無へと帰し、崩壊したものは元通り、いや、前よりも面白く修復するのが妾の流儀よ」

フォルティアは群青と銀の瞳を誇らしげに輝かせ、背後の無限の宇宙の縮図を、まるで自慢の外套の様に翻した。世界は今日も、彼女の気紛れな愛の檻の中で、優しく賑やかに回り続けている。

「さあ、後片付けはテンパランティア達に任せるとして……サピエンティア、フィデム、お主達!次はどの世界に、面白い祭りを探しに行くか?次元の障壁など、妾が数秒で解析してブチ抜いてやるゆえ、存分に望みを言うが良い!」

白きデウス・エクス・マキナの快活な宣言に、混沌の賢者は妖艶に微笑み、芸術家の神祖は幸せそうに深く頷くのだった。

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