↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の冒険譚-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/40

無彩の龍神の冒険

某日、とある世界にて――


 夜、漆黒のベルベットを広げた空に、ぽつりぽつりと星が散りばめられていた。その星の一つ一つが、凍てついた大地の静寂を際立たせる。キンと張り詰めた空気の中、キラは白い吐息をこぼしながら、足元の雪を踏みしめた。

「うわぁ、本当に寒いねぇ。此れじゃあ、カフェラテもすぐ凍っちゃいそう」

 足元ある長い白銀の髪を揺らし乍ら、キラは楽しげな声で言った。その頬は冷気で少し赤く染まっているが、表情には何時もの飄々とした笑みが浮かんでいる。

 キラの旅は、この極寒の地にあると噂される「氷の城」に住まう王女を救うためだ。伝説の「火の剣」を持つ者だけが、永遠の氷に閉ざされた王女を解放できるという。

 然しキラは火の剣等、持っていない。代わりに彼女が持っているのは、無限に生み出される魔力と、それを操るための様々な美術道具だ。

「ねぇ、ユラ。本当に火の剣じゃないと駄目なのかな?」

 キラは、双子の妹であるユラに問いかけた。

「……さあ? でも、伝説っていうのは、往々にして、少し違う解釈が、通用したりするものだよ。」

 ユラは自分なりの解釈を語る。

「成程ねぇ。じゃあ、私の能力でなんとかしてみるかぁ」

 キラはそう呟くと、腰に下げたポーチから白木の軸を持つ白仙の絵筆を取り出した。筆先から淡いモノクロームの光が放たれ、キラの足元に黒い線を描き始める。それは、この先に待ち受ける危険な罠や魔物達の配置図だ。

「ふふ、やっぱりこれがないとね。道案内役のロトはいないけど、これなら大丈夫かな」

 軈て凍てつく森を抜けた先に、目指す氷の城が姿を現した。城全体が、巨大な氷の彫刻の様だ。尖った塔が空を突き刺し、壁には緻密な氷の装飾が施されている。その荘厳さは、見る者を畏怖させると同時に、息をのむ程の美しさで魅了した。

「わぁ……これは見事な作品だね。この美しさを保つなんて、この魔女さんも中々の芸術家かも?」

 キラは感嘆の声を漏らし乍ら、城の門へと近づいていく。然し城の門は、分厚い氷で閉ざされており一筋縄では開かない。

「……仕方ない。お邪魔しますよ」

 キラは白仙の鉛筆を取り出し、氷の壁に大きな扉の絵を描き始めた。白と黒の芯が交互に光を放ち、描かれた扉がみるみるうちに立体感を帯びていく。軈て扉が完成すると、キラは扉の取っ手部分に白い芯を当て力を込めた。

 キィィィ…という奇妙な音を立てて、氷の壁に描かれた扉が内側へとゆっくりと開いていく。其処には深々と続く城の内部への道が広がっていた。城の内部は外観の美しさとは裏腹に、不気味な静寂に包まれていた。

 一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を刺す。廊下の壁には、氷で出来た彫像が並んでいる。それは、まるで今にも動き出しそうな程、精巧な人間の姿をしていた。

「……うーん……此れ、もしかして、王女を助けに来た人達なのかなぁ?」

 キラは彫像の一つを指でなぞりながら呟いた。

「恐らくね……でも此の彫刻、私達の作品にそっくりだね。」

「ふふ、でしょ? 私の彫刻達の方が、もっと生き生きしてるけどね!」

 其の瞬間、キラが触れた彫像の目が淡く光り、ゆっくりと動き出した。それに続いて、廊中に並ぶ全ての彫像が一斉に動き出す。

「……ほら、やっぱりね。」

 キラは楽しそうに笑い乍ら、腰から白仙の硝子筆を取り出した。透明な硝子のペン先から、白と黒の光の粒子が渦を巻き、まるで墨汁が揺蕩っているかの様だ。

「……さて、お遊びの時間はお終い。もう、お腹すいてきちゃったな」

 キラはそう呟くと硝子筆を振るい、空中に幾何学的な図形を描いた。その図形が輝きを放つと、城の廊下全体が白と黒のコントラストが際立つ、静謐で深遠な美術館へと変貌した。キラの領域が展開されたのだ。

 領域内では、キラの意の儘に空間が操られる。廊下の壁から、彼女が描いた躍動する絵画達が抜け出し、モノクロの兵士が彫像の軍団に立ち向かっていく。

「みんな、頑張って!早く終わらせて、おやつにしよう!」

 キラの楽しげな声が響き渡る中、彼女は無彩式の洋墨を筆先につけ、巨大な墨絵の龍を空中に描き出した。その龍は、見る間に立体化し、彫像たちを薙ぎ払っていく。

「あはは!凄い凄い!やっぱり、ユラと僕って最強だね!」

 ユラとの共生によって、キラの力は更に増幅される。

「キラ、前方に強大な、魔力の反応あり。恐らく、氷の魔女かもしれない。」

「ふむふむ、了解。じゃあ、そろそろ本番だね」

 キラは彫像の軍団を軽々と蹴散らし、領域の先に広がる大広間へと足を進めた。大広間の中心には、巨大な氷の玉座が鎮座していた。その玉座に腰掛けているのは、銀色の髪を持つ、冷たい目をした一人の女性。

「……君が、氷の魔女かな?」

 キラは硝子筆を構え、彼女を睨みつけた。

「えぇ私はこの城の主、ヴェネヒカ・グラチアリス。そして其処の王女は、私の大切な作品よ」

 グラチアリスはそう言って、玉座の隣に立つ硝子の棺に眠る王女を指差した。王女は永遠の氷の中に閉じ込められており、その美しさは時を超えて輝いている。

「……作品?彼女は貴方のものじゃない。解放しなさい」

 キラの瞳の奥に、モノクロームの光の粒子が瞬く。それは彼女の闇喰イーリス/カストロが、怒りに反応して輝き始めた証拠だ。カミラは冷たい笑みを浮かべ両手を広げた。

「この城全体が、私の芸術。そして彼女は、その中でも最高の傑作なの。邪魔をするなら、この城に永遠に閉じ込めてあげるわ」

 カミラが手を叩くと、大広間の床が隆起し、巨大な氷の魔物が姿を現した。キラは硝子筆を強く握りしめ歌い始めた。どこか楽しげで、聴く者の心を揺さぶる聖歌だ。彼女の歌声は、空間をモノクロームに変化させ、大広間全体が静謐な影絵の世界へと変貌していく。

「さぁ、お相手をさせて貰いますよ、グラチアリスさん……貴女の芸術、私の芸術……どちらが上か、勝負しましょ!」

 キラはそう言い放つと、硝子筆(ガラスペン)を振るい、空中に巨大な彫刻を描き出した。それは、まるで生きたかの如く、動き出す躍動する彫刻達だ。

 グラチアリスは氷の魔物を操り、キラに襲い掛かる。氷の爪がキラに迫るが、彼女はそれをひらりと身を躱し、無数の無彩式の胡蝶を放った。蝶たちはグラチアリスの視界を惑わせ、その隙にキラの彫刻が氷の魔物を攻撃する。

「……おのれ、小賢しい真似を……!」

 グラチアリスは苛立ちを露わにし、更に強力な氷の魔法を放った。絶対零度の冷気が大広間を包み込み、キラの彫刻や絵画を凍てつかせていく。

「……ふふ、凄いね……でも此の程度じゃ、私の芸術は壊れないよ。」

 キラは笑い乍ら、無彩式の洋墨で空中に複雑な魔法陣を描いた。其の魔法陣から、黒いインクが溢れ出し、氷の冷気を吸収していく。

「貴女の芸術は、破壊と凍結。私の芸術は、創造と再生……全く、正反対ですね」

 戦いは熾烈を極めた。グラチアリスは次々と強力な氷の魔法を繰り出し、キラの芸術作品を破壊していく。然しキラはその度に新しい作品を生み出しグラチアリスを翻弄した。軈てグラチアリスの魔力が尽きかけているのを感じ取ったキラは、最後の切り札を使う事に決めた。

「キラ、いけるね?」

「勿論!」

 キラは深く息を吸い込み、絶唱を歌い始めた。それはユラとの融合を促す魂の共鳴の歌。キラの身体が淡い光に包まれ、彼女の瞳の奥で、闇喰イーリス/カストロの紋様が激しく輝く。歌声は氷の城全体を震わせ、大広間全体が白と黒のコントラストが際立つ、より深遠な世界へと変貌した。

「……此れは、まさか…!」

 グラチアリスの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。キラは歌い続け、彼女の身体に、白と黒の蝶の意匠が施された無彩式の王冠が浮かび上がる。そしてキラとユラの魂が融合し、彼女は女王のような姿へと変貌した。

「さようなら、グラチアリスさん。貴女の芸術は、私が塗り潰して差し上げます」

 キラは不敵な笑みを浮かべてそう告げると、パッと花を咲かせる様に両手を広げた。

「……無彩式の城、最終形態《ファイナル・フォルム》」

 キラの領域が、グラチアリスの氷の城を飲み込んでいく。白と黒の濃淡が混じり合い、城全体が静謐で幻想的な美術館へと作り替えられていく。グラチアリスは自身の城が、キラの芸術に塗り替えられていくのを、ただ呆然と見つめる事しかできなかった。

「……私の、芸術が……!」

 キラは最後に、白い洋墨で空中に一本の筆を描いた。その筆が、グラチアリスの存在其の物を白く塗り潰していく。グラチアリスの姿は、まるで写真から色が消える様に徐々に薄れていった。戦いが終わり、大広間に静寂が戻った。キラは元の姿に戻り、疲れたように溜息を零した。

「……ふぅ、疲れた。やっぱり、女王の姿は消耗が激しいね」

「でも、これで終わりだよ。」

 キラの目の前には、まだガラスの棺に眠る王女がいる。キラは白仙の絵筆を、棺の表面にあて、そっと囁いた。

「……火の剣じゃないけど、私のこの力は、貴女を救う為のものだから。」

 筆から放たれた光が、氷の棺に吸い込まれていく。すると、氷は音もなく溶け始め、王女の身体を包んでいた氷も、まるで春の雪の様に、スウッと消えていった。王女はゆっくりと目を開けキラを見つめた。

「……貴女は……?」

「僕はキラだよ、貴女を助けに来たの。もう、大丈夫だから」

 キラは優しく微笑み、王女に手を差し伸べた。王女は、その手をそっと掴むと、安堵の表情を浮かべた。

「……有難う、貴女の御陰で、私は再び生きる事が出来ます。」

 王女はキラの手を握りしめ、感謝の言葉を述べた。

「どういたしまして。それよりも、お腹空いてない?私、ティラミスが食べたくて仕方ないんだ」

 キラはそう言い、王女を連れて城の外へと歩き出した。凍てついた大地に、三つの足跡が刻まれていく。王女とキラとユラは再び、楽しそうに笑った。その笑い声は凍てついた大地に、暖かな春の訪れを予感させるかの様だった。






某日、とある路地裏にて――


 路地裏の片隅に、その店はひっそりと佇んでいた。蔦の絡まる古びた看板には、奇妙な文字で想い出屋と書かれている。キラは扉を押し開けると、カランコロンと鈴が鳴り、奥から顔を上げたのは一人の男だった。彼は何処か儚げな雰囲気を纏い、店内の埃を被った瓶や古書に囲まれて静かに座っていた。

「いらっしゃい。」

 男の淡々とした声が店内に響く。キラは男に会釈を返し、店内をゆっくりと見渡した。棚には大小様々なガラス瓶が並んでおり、中には淡い光を放つ霧の様なものが揺蕩っていた。

「へぇ、これが記憶ってやつかぁ……」

 キラは興味津々で瓶の一つに手を伸ばすと、男は穏やかに微笑んだ。

「その瓶は、とある青年の初恋の記憶だよ。甘酸っぱく、少し苦い、美しい思い出だ」

「素敵だね。記憶って、こんなにも綺麗なんだ」

 キラはそう言って、彼——店主に尋ねた。

「あのさ、店主さん。記憶って、どうやって売ったり買ったりするの?」

 店主は静かに立ち上がり、カウンターの奥から小さな天秤を取り出した。片方の皿には、私の手のひらを乗せるように促す。私は言われるがままに手を乗せると、彼はもう一方の皿に、先ほどの初恋の記憶が入った瓶をそっと乗せた。

「記憶は、重さを持つんだ。この天秤は、その記憶の価値を量る。そして、この天秤が釣り合った時、初めて売買が成立する」

店主の言葉に、私は胸が高鳴るのを感じた。

「じゃあ、店主さんは、この天秤で生計を立ててるんだ?」

「そうだよ。でも、ただ売買するだけじゃない。記憶は時に人を縛り付け、苦しめる。だから、私はその鎖を解く手伝いもしている」

店主はそう言って、再び微笑んだ。その笑みは、どこか寂しげで、しかし温かいものだった。

 その日以来、私は頻繁に想い出屋を訪れる様になった。店主と話す内に、彼の過去やこの店の成り立ちを知る事になる。店主は元々、記憶を扱う魔術師の一族の末裔で、世界の均衡を保つ為に、記憶の売買を管理する役目を担っていたらしい。

「でも、最近は記憶の売買が過熱していてね……。」

店主は溜息をつき、憂いを帯びた瞳で私を見た。

「辛い記憶を消したい者、他人の才能や知識を欲する者……記憶は本来、個人の経験と結びついている……それを安易に手放したり、他人のものを身につけたりすると、魂の形が歪んでしまうんだ」

 キラは店主の言葉に、一瞬だけ身震いした。確かに此の店には様々な人々が訪れる。ある者は愛する人の死の記憶を消す為に。またある者は、天才音楽家の技術を求めて……。

「ねぇ、店主さん……記憶を売るって、自分の存在を欠けさせていくようなものだよね?」

「そうだね……だから私はいつもお客さんに、本当にその記憶を消したいのか、買いたいのかを問いかけているんだ。」

 彼の言葉には、人々の記憶に対する深い愛情と責任感が感じられた。私は店主が抱える葛藤を、少しでも和らげてあげたいと思った。

 或る日、一人の若い男が店を訪れた。彼は自分の失敗の記憶を、全て消す為に来たという。彼の顔には深い絶望が刻まれており、見ている此方も辛くなる程だった。

「店主さん……お願いです。この記憶を消してください……此の儘では、もう生きていけない……。」

 男はそう言って涙を流す。グレイは天秤を取り出し、男の手に触れた。すると男の手から淡い光が立ち上り、瓶の中に吸い込まれていく。

「待って、店主さん!」

 キラは思わず声を上げた。店主は驚いた表情で私を見た。

「キラ君、どうしたんだい?」

「その記憶、消さないで!彼は、まだその記憶を乗り越えられる筈だよ!」

 キラの言葉に、男は顔を上げた。

「乗り越えるなんて……もう、無理なんだ……。」

「そんな事ない!辛い記憶は、君が今まで頑張ってきた証だよ!それを消してしまったら……君は、君でなくなってしまう……きっと、其の記憶が、何時か君を強くしてくれる日が来る筈だから!」

 私の言葉に、男は何も言わなかった。店主もまた、静かに私を見つめていた。キラは自分の感情に任せて、話しすぎた事を反省したが後悔はしていない。

 その日から、キラは此の店で手伝う様になった。辛い記憶を抱えた人々に寄り添い、彼らが記憶を売る以外の選択肢を見つけられるよう手助けをする日々だ。そんな或る日、店に一人の少女が訪れた。彼女は絵を描く才能が欲しいと、有名画家の記憶を買いたいと訴えた。

「その才能は、君自身で掴むべきだよ。」

 私は少女にそう言った。

「でも、私には無理……何度やっても、上手く描けない……。」

 少女は涙を零すと、キラは彼女の手を握る。白と黒の蝶達が優雅に舞い、少女の心を包み込む様に光の粒子を撒き散らす。

「ほら、見てごらん……君の世界は、こんなにも美しいんだよ?」

 キラは少女の心に語りかける。少女は、キラの言葉に誘われる様に、店の壁に飾られた白と黒の絵画に目を向けた。

「凄い……。」

 少女はそう言って、絵に触れた。絵画から抜け出した、白と黒の影絵の蝶達が、少女の周りを楽しそうに舞い始める。

「才能は、誰かから与えられるものじゃない……君の心の中に、既にあるんだ……後は其れを引き出す勇気だけだよ」

 少女はキラの言葉と歌声に、何かを感じ取った様だった。彼女は静かに店を後にした。其の日から数日後、再び少女が店を訪れた。彼女は少し照れくさそうに、一枚の絵を私に見せた。其れは、白と黒の濃淡だけで描かれた店の絵だ。

「これ……私が描いたんだ。まだ下手くそだけど……」

「すごく上手だよ。君の心には、こんなにも美しい世界が広がっていたんだね」

 私は心から感動した。少女は、私の言葉に、満面の笑みを浮かべた。

「有難う、キラさん……私、もう一度自分を信じて頑張ってみるよ。」

 少女はそう言って、店を後にした。彼女の背中は、以前よりもずっと強く見えた。然し平穏な日々は長くは続かなかった。ある日、記憶の売買が世界の均衡を、襤褸の様に崩し始めているという噂が街中に広まり始めた。

 記憶を消した人々は、過去の経験を失い、まるで感情を失った人形の様になり、逆に他人の才能や知識を買った人々は、その記憶に振り回され、精神を病んでいく者も増えていった。

「此の儘ではいけない……。」

 店主は、そう言って、深く憂いを帯びた表情を見せた。

「店主さん……どうすればいいの?」

「記憶の源流を辿るしかない。世界の記憶を司る、記憶の泉を探し出すんだ」

 記憶の泉は此の世界が生まれる前から、存在すると言われている伝説の場所だった。其処に行けば記憶の売買によって、歪んでしまった世界の均衡を、再び取り戻せるかもしれない。

「私も行くよ、店主さん!」

「キラ君……君は私にとって、大切な存在だ……危険な目に遭わせたくない……。」

「でも店主さん一人じゃ、危険すぎる……それに私は、店主さんと一緒に、この世界を救いたいんだ。」

 キラは店主の言葉を遮り、強い眼差しで彼を見つめた。キラの瞳の奥に、闇喰の紋様が微かに輝いているのが分かる。グレイは私の決意の強さを感じ取ったのか静かに頷いた。

 キラ達は記憶の泉を探している道中、記憶を失ってしまった人々や、他人の記憶に振り回され苦しむ人々と出会った。その度にキラは自分の歌声と幻想で、彼らの心を癒し本来の自分を取り戻す手助けをした。

 キラの周りには全身を覆う白と黒の濃淡、頭上には蝶の意匠が施された王冠が輝く。キラの瞳からは影絵の世界が映し出され、背中には墨絵の様な静謐な影の翼が生える。

「さぁ、皆!もう一度、自分自身の記憶を取り戻すんだ!」

 キラの歌声は自身の幻想と融合し、強大な力となって周囲に広がる。私の幻想の領域が展開され、辺りは白と黒のコントラストが際立つ、静謐な美術館へと変貌する。

 キラの作品群が、人々を優しく包み込む。彼らは其々の物語を語りかけ、記憶を失った人々の心に温かい光を灯す。軈て人々の瞳に、光が戻っていくのが分かった。彼らは失っていた記憶を取り戻していくと、泣いたり笑ったり、そして自分の人生を再び歩み始める。

「有難う……キラ君……。」

 店主はキラにそう言って、優しく微笑んだ。キラ達は遂に記憶の泉に辿り着いた。泉は眩い光を放ち、この世界に存在するすべての記憶が美しく輝いていた。

「この泉の力を借りれば、歪んでしまった世界の均衡を、元に戻せるかもしれない」

 店主はそう言って、記憶の泉に手を伸ばそうとした。その瞬間、私は、店主の手を掴んだ。

「店主さん……」

 店主は、不思議そうな顔で私を見た。

「この泉の力に頼るだけじゃ、根本的な解決にはならないんじゃないかな……?」

 キラの言葉に、グレイはハッとした表情を見せた。

「記憶は、売買されるべきものではなく……自分の記憶は、自分で大切に育んでいくもの……他人の記憶は、他人のものとして尊重するもの……それが、本来の形だよね?」

「そうだね……キラ君の言う通りだ。」

 店主は静かに頷き、キラと共に、記憶の泉に向かって深く頭を下げた。

「記憶の泉さん、どうか……この世界の人々に、記憶の大切さを教えてあげて。そして私達が、自分自身の力で、この世界を立て直せるように見守っていて欲しい」

 キラの祈りは、記憶の泉に届いた様だ。泉の光は、より一層輝きを増し、世界中へと広がっていく。光は、記憶を失った人々の心を癒し、他人の記憶に振り回されていた人々の心を鎮めていった。


 街に戻ったキラ達は、想い出屋を記憶を売る店から、記憶を大切にする店へと変えた。辛い記憶を抱えた人々には、その記憶を乗り越える勇気を与え、他人の才能を欲する人々には、自分自身の才能を見つけ出す手助けをしている。


 店主は記憶を大切にする事によって、人々を幸せにする道を選んだ。そしてキラもまた、人々の心に寄り添う日々を送っていた。

「キラ君、本当に有難う」

 ある日の午後、店主は私に、そう言って微笑んだ。

「どういたしまして。グレイさん」

 キラもまた、満面の笑みで答えた。路地裏の片隅にある小さな店は、記憶を大切にする、温かい光に満ちていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。