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龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の冒険譚-

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17/40

宝石の龍神の冒険

某日、とある魔法王国にて――


 風が囁く様に、廃墟となった魔法王国の城壁を撫でていく。嘗て栄華を誇った王国は、今や崩れ落ちた石と蔦に覆われた瓦礫の山でしかない。

 その廃墟の中心、太陽の光すら届かない地下深くに、一人の女性が立っていた。彼女の名はレイラ。白く柔らかな髪が、微かに差し込む光を反射し、銀色の輝きを放っている。その瞳は深く、静かな熱を秘めていた。彼女は、嘗て龍神の国を統治していた元皇帝だ。

「此処が、魔法の知識が失われた場所……。」

 レイラは静かに呟いた。其の声は、嘗て世界を揺るがした龍神の歌声とは思えないほど、穏やかで優しい。彼女の耳元で、半透明の結晶の耳飾りが微かに脈打つ。彼女の闇喰であるヴァリアント/ヘファイストスが静かに語り出す。

『レイラ、あまり奥に進むのは危険です。この空間には、何者かの強い思念が残っています』

 ヘファイストスが囁く。その声は、レイラの心に直接語りかけるように響いた。

「心配ないわ、ヘファイストス。私を傷つけられるもの等、この世界には存在しないでしょう」

 レイラは微笑む。彼女の言葉には、揺るぎない自信が満ちていた。彼女の身体は、高密度の神秘を宿した神造宝石(レイ・ジェムニ)によって構築されており、並大抵の攻撃では傷一つ付かない。彼女は此の世界の魔法が滅びた原因、そして失われた最後の魔法の真実を、自身の目で確かめる為に此の地を訪れたのだ。

 伝説によると、此の王国が滅びる直前、一人の賢者が全ての魔法の知識を一つの書物に封印したという。そして其の書物は、この廃墟のどこかに隠されている。

 レイラは歩き出した。足元の瓦礫は彼女が通る度に砕け、微かに光る砂となって消えていく。それは彼女が意図せずとも放つ、膨大な魔力の波動によるものだ。

 どれ程歩いたのだろうか――彼女の行く手を阻む様に、巨大な石造りの扉が現れた。扉には、見慣れない複雑な紋様が刻まれている。ヘファイストスが、警戒を促す様に囁く。

『レイラ、これは……生命の樹のセフィラの紋様です。この奥に、君の探しているものがあります』

「ふふ、流石ね……でも、此れは只の扉ではないわ。侵入者を拒む、強力な結界も兼ねている」

 レイラは扉に手を触れた。冷たい石の感触が、彼女の掌に伝わる。彼女は目を閉じ、自身の魔力を扉の紋様に流し込んだ。すると、彼女の頭上に透き通る様な金剛石(ダイヤモンド)製の王冠が浮かび上がり、全身には龍の鱗が淡く光り始める。

「ケテルの王冠(ケテル・クラウン)。」

 レイラが静かに名を唱えると、王冠が放つ光が、扉の紋様をゆっくりと解析していく。そして紋様が描く複雑な回路が、彼女の魔力と共鳴し始めた。キィィィ……と、錆びた音が響き、重々しい扉がゆっくりと開いていく。

 扉の奥には、広大な空間が広がっていた。中央には、煌めく光を放つ台座があり、その上には一冊の古びた書物が置かれている。書物の表紙には、金色の糸で繊細な龍の模様が刺繍されていた。それは、正しく伝説の魔法書、龍神の秘蹟《ドラゴニック・アルカナ》だ。

 レイラは静かに台座へと近づいていく。其の時、空間全体が揺らぎ、無数の光の矢が彼女に襲いかかる。光の矢は彼女の魔力を感知し、自動的に発動した防御機構だ。

「あら、驚いたわね。」

 レイラは顔色一つ変えずに、光の矢の雨を躱していく。彼女は右手に、柄のない太刀、龍珠剣(ドラクルージュ)を生み出した。刀身に埋め込まれた龍珠石が虹色に輝き、迫りくる光の矢を弾き飛ばしていく。

「面白い。でも、私には効かないわ」

 レイラは、更に左手に精霊剣(ラピススピル)を出現させた。刀身には清らかな精霊石がはめ込まれており、その輝きは静謐な湖面を思わせる。龍珠剣が攻撃的な光を放つのに対し、精霊剣は防御的な結界を展開し、光の矢を無力化していく。

 光の矢が尽きると、空間は再び静寂に包まれた。レイラは、台座に置かれた魔法書に手を伸ばす。彼女の指先が書物の表紙に触れた瞬間、書物は眩い光を放ち空間全体を包み込んだ。

 光が収まると、彼女の目の前に一人の老人が立っていた。白く長い髭を蓄え、慈愛に満ちた瞳でレイラを見つめている。

「よくぞ、此処迄来た。予言の龍神よ」

 老人は静かに語りかけた。その声は、遠い昔から響いているかの様に、懐かしく、そして力強かった。

「貴方は……此の書物の賢者?」

「そうだ。私は、この国が滅びる運命を予知し、全ての魔法の知識をこの書に封印した。」

 そして此の国が滅びたのは、人々の心を蝕む闇が原因だ。彼らは、魔法の力を自己の欲望の為に使い、互いを傷つけ合った。その結果、世界から魔法の力が失われ国は滅んだのだ。其処迄言った老人は、悲しそうに目を伏せた。

「私は、未来にこの書物を託す者を待ち続けた。そして、君が来た」

 老人の言葉に、レイラは静かに頷いた。彼女の祖母は、強欲なまでに力を求め、彼女の姉カミラを傷つけた。その記憶が、彼女の心に痛みを刻む。

「……私の姉を傷つけた者も、同じでした。力を求め、そして……」

 レイラの瞳に、悲しみの色が滲む。彼女の心の奥底に刻まれた傷が、再び疼き始めた。その時、彼女の耳元にある結晶の耳飾りが、淡く輝きを増し脈打つ様に光る。

『大丈夫だ、レイ。君はもう、一人じゃない』

 ヘファイストスが囁く。その声に、レイラの心は安らぎを取り戻した。彼女の精神的な瘴気を吸収し、魔力へと還元する闇喰・ヴァリアント/ヘファイストスの存在が彼女を支えていた。

「有難う、ヘファイストス。」

 レイラは感謝を口にする。老人は、そんな二人を優しく見守っていた。

「君には、その闇を打ち砕く力がある。そして、その闇を癒す優しさも。さぁ、書物を受け取るが良い」

 老人が手を差し出す。すると、台座に置かれていた魔法書が宙に浮き、レイラの手に収まった。レイラが書物を開くと、中には空白のページが広がっていた。

「これは……?」

「その書物は、只の知識の集積ではない。君自身の魔力と、君の心に宿る光を映し出す鏡だ。君が新たな魔法を生み出す度に、そのページは満たされていくだろう」

 老人の言葉に、レイラは深く頷いた。彼女が探していた最後の魔法は、書物に記された知識ではなく、彼女自身の内に秘められた力だったのだ。

「龍神の秘蹟《ドラゴニック・アルカナ》。私が、この世界に魔法を復活させます」

 レイラは書物を胸に抱き、誓った。その瞬間、書物は再び眩い光を放ち、レイラの身体を包み込んだ。光が収まると、彼女の姿は一変していた。全身が高密度の神秘を宿した白銀の宝石で覆われ、瞳は虹色の光を放つ巨大な龍の姿。それは、彼女の本来の姿、龍神の姿だった。

「……これが、私の本当の姿。そして此の姿こそ、最後の魔法を紡ぎ出す為の鍵」

 彼女が呟くと、その声は空間全体に響き渡る。彼女の背中に生えた透明な水晶の翼が、光を反射して七色に煌めく。彼女の鱗は、一つ一つが精巧に磨かれた宝石で出来ており、その姿は生きた美術品だった。

「さぁ、此の王国に眠りについた魔法よ。今こそ目覚める時よ」

 彼女は天に向かって、静かに歌い始めた。その声は、慈母の様な優しさと、王者の風格を兼ね備えた、聴く者を包み込む歌声だ。歌声に宿った宝石の粒子が、世界中に拡散していく。廃墟に、そして世界に、失われた魔法の力が再び満ちていく。

「あぁ……魔力が満ちていく……。」

 光の柱が、夜空に煌めく。それは、失われた魔法が再び世界に満ちた証。そしてレイラの新たな旅が、始まった証でもあった。彼女の歌声は、遠く遥か彼方まで響き渡り、新しい時代の幕開けを告げていた。

 魔法は失われて等いなかった。それは、人々の心に深く眠っていたのだ。そして、それを目覚めさせたのは一人の龍神の、深く優しい愛だった。


 それから、数年が経った。


 ある日の午後、レイラの自室で、彼女はグレイと二人で、紅茶を飲んでいた。窓からは庭園で無邪気に遊ぶ、子供達の声が聞こえてくる。彼らの子供達も其々立派に成長し、其々の人生を歩んでいた。

「レイラ、君の心の傷は、もう癒えたのかい?」

 グレイが、優しく尋ねた。

「ふふ、どうでしょう?……でも、もう、痛みは感じませんわ。だって、私には君がいるもの」

 レイラはグレイの手を握り、微笑んだ。彼女の瞳には、嘗ての様な悲しみの色はなかった。只、深く優しい愛が満ちていた。

 その夜――レイラはグレイに、一つの宝石を渡した。それは、彼女が自らの体の一部を【神造宝石《レイ・ジェムニ》として創り出した、虹色に輝く小さな宝石だ。

「これは…?」

 グレイが尋ねる。

「私の、愛の結晶ですよ。もしも私が、悲しみに囚われそうになったら……この宝石を見て、思い出しています。私には、君がいるって事を」

 レイラは、そう言って、グレイにキスをした。

「グレイ、君の御陰で、私は再び笑う事が出来ました。あの時、絶望の淵にいた私を救ってくれたのは、君の優しさでした」

 グレイは宝石を大切に掌に包み、レイラの言葉を静かに受け止めた。彼は知っている。彼女がどれ程の苦痛と絶望を乗り越えてきたかを。そして其の傷が完全に消える事はない事も。だが、それでも彼女が今、穏やかに微笑んでいる。それだけで、彼にとっては十分だった。

「レイ……。」

 グレイが彼女をそっと優しく抱きしめる。彼の腕の中で、レイラは安心した様に目を閉じた。彼女の心に深く刻まれた傷は、完全に癒えた訳ではない。然し其の痛みを和らげ、彼女を支える存在が、すぐ傍にいる。その確信が、彼女の心を温かく満たしていた。

「さぁ、もう遅いわ。そろそろ眠りましょうか」

 レイラはグレイの胸から顔を上げ、彼の頬にキスを落とした。そして、二人は互いに寄り添い、静かに眠りについた。グレイは彼女を深く抱き締め乍ら耳元で静かに語りかける。

「レイ、君は、本当に強くなった。」

 レイラは、グレイの言葉に微笑んだ。

「えぇ、本当に……。」

 彼女の瞳には、愛と感謝の光が満ちていた。そして其の光は、永遠に輝き続けるのだった。






某日、とある深い森にて――


 レイラは深い森の奥、ひっそりと佇む古城の前に立っていた。鬱蒼とした木々に覆われたその場所は、陽の光も届かず、湿った空気が肌に纏わりつく。城壁には蔦が絡みつき、まるで城其の物が長い時を経て、大地に還ろうとしているかの様だ。

「ここが、あの剣を封印する所ね……。」

 レイラは独りごちた。任務はただ一つ。邪悪な魔術師が作り出したという呪われた剣を封印する事。その剣は、触れた者を狂気に陥れ、破滅へと導くという悍ましい力を持っていた。

 城門をくぐり、広間に足を踏み入れる。埃っぽい空気が舞い、微かにカビの匂いがした。広間の中心には、厳重に封印された祭壇が鎮座している。祭壇の奥には、黒く澱んだ瘴気を放つ、禍々しい剣が浮かんでいた。それが、今回の標的だ。

 祭壇に近づくにつれ、レイラの体に重い圧力がかかり始めた。剣が放つ呪いが、レイラの聖典・矢車菊(コーンフラワー)に阻まれ反発しているのだ。

「ふふ、中々のものだわ。でも、私には効かないわよ」

 レイラは微笑む。彼女の全身には淡い蒼色の光が浮かび上がり、剣の呪いを浄化していく。封印の手順は複雑だった。彼女は詠唱を始め、魔力を高めていく。レイラの頭上には透き通る様な金剛石(ダイヤモンド)製の王冠が浮かび上がり、全身には龍の鱗が浮かび上がる。レイラの権能が解放され、辺りに清浄な空気が満ちていく。其の時だ――祭壇の封印が突然、鈍い音を立てて崩れ始めた。どうやら時間の経過により、魔術師がかけた封印が弱まっていたらしい。

 呪われた剣が、祭壇から滑り落ち、レイラの方へ向かってくる。

「っ……!」

 レイラは咄嗟に手を伸ばし、剣を受け止めようとした。然し其の時、彼女の足元にあった石が崩れ体勢を崩してしまう。


 ガキンッ――。


 乾いた音が響き、レイラの掌と、呪われた剣の刀身が接触した。

「は……っ。」

 レイラは身構えた。視界が歪み、世界が反転する様な感覚を覚える。頭の中に、何千もの叫び声が木霊し、絶望と狂気の渦が彼女を飲み込もうとする。然し――。

「……あら?」

 何も、起こらない。レイラは呆然と、自分の手を見つめる。禍々しい筈の剣は、彼女の掌の中で、まるで大人しく眠る獣の様だった。此の剣は、レイラの内に宿る闇喰と共鳴し、その呪いを吸収している様だった。

「もしかして、君は……。」

 レイラは剣を手に取り、まじまじと見つめた。剣の刀身には、複雑な紋様が刻まれていた。これは呪いではなく、何かを伝えようとしている――そんな気がした。

 この剣の呪いは封印するのではなく、解くべきものなのではないか。レイラはそう確信し、かつて邪悪な魔術師がいたとされる古城へと向かう事を決意する。

 此の古城は、この世界で最も深い闇に包まれた場所だった。城の周りには、呪われた森が広がり、一歩足を踏み入れただけで、精神を蝕む瘴気が襲いかかってくる。

 聖典・矢車菊(コーンフラワー)を起動させ、瘴気を浄化しながら城の入り口へ向かう。古城の門は、重々しい鉄で出来ており、表面には奇怪なレリーフが刻まれていた。

「これは……嘗て、魔術師がこの城で生贄を捧げた儀式かしら?」

 レイラは、不気味なレリーフを前にして、思わず身震いした。魔術師の邪悪な思念が、今もなおこの城に渦巻いている。彼女が門に手を触れると、門はギィイ、と重い音を立てて開いた。その瞬間、城の奥から、無数の亡霊達が飛び出してきた。

「グルルル……!」

 亡霊達は、怨嗟の声を上げ乍らレイラに襲いかかる。然し、彼女は慌てない。

「全く、騒がしいわね。」

 レイラの頭上にはケテルの王冠(ケテル・クラウン)が輝き、彼女の体からは無数の光の粒子が放たれる。その粒子は亡霊達を包み込み、ゆっくりと昇天させていく。

「……感謝します。慈愛の龍神よ……」

 亡霊達は安らかな表情で、光となり消えていった。レイラは城の奥へと進んでいく。長い廊下を抜け、螺旋階段を降りていくと、其処に広がるのは、魔術師の実験室だった。

 其処には無数の錬金術の道具や、奇妙な生物の標本が並んでいた。部屋の中央には、巨大な魔法陣が描かれた祭壇がある。そして、その祭壇の上に置かれているのは――

「これは……賢者の石?」

レイラは、祭壇の上の石に目を奪われた。それは、彼女が常に身につけている賢者の石《ラピス・フィロソフォルム》と、酷似していた。然し此方より比べ物にならない程に巨大で、深い紅色の光を放っている。

 その石の周りには、夥しい数の古い書物が積まれていた。その中には、剣の呪いを解く方法が記されているかもしれない。レイラは、夢中で書物を読み漁った。

 レイラが書物を読み進めるにつれて、ヴァリアントの真実が明らかになっていった。この剣は呪いではなく、この世界を救う為の鍵だったのだ。

 魔術師は世界の終末を予言し、この剣に世界の負の感情を封じ込めた。触れた者を狂気に陥れるのは、その感情の波が強すぎる為だった。そして其の呪いを解くには、同じ賢者の石を持つ者が、この場所で、全ての負の感情を吸収し浄化する必要があった。

「そういう事だったのね……。」

 レイラは、闇喰と賢者の石、そして自分自身を見つめた。彼女を含め龍神族の闇喰は元々、負の感情を吸収し魔力に変える能力を持っている。そして彼女の内に秘めた王冠の権能は、その魔力を無限に生成し浄化する。つまりレイラは此処に来たのは、正しく運命だったという事になる。彼女は剣を手に取り、祭壇の上に置かれた賢者の石に手を翳す。

「さあ、始めましょう。」

 レイラは静かに、そして力強く呟いた。

「私の、慈愛の歌を――」

 彼女は歌い始めた。それは慈母の様な優しさと、王者の風格を兼ね備えた、透き通る歌声だった。歌声は空間に響き渡り、無数の宝石の粒子となって降り注ぐ。剣から溢れ出す負の感情が、彼女の歌声によって浄化されていく。

 黒く澱んだ呪いの霧は、美しい虹色の光となって、空へと昇っていった。剣の呪いが解け、本来の姿を現した。それは、禍々しい剣ではなく、光を放つ美しい太刀だった。刀身には、虹色の輝きを放つ魔晶石が埋め込まれている。その姿は、レイラの武器・龍珠剣(ドラクルージュ)と酷似していた。

「おかえりなさい。」

 レイラがそう呟くと、剣はまるで意思を持っているかの様に、彼女の掌に吸い付いた。その瞬間、レイラの体内に、新たな力が流れ込んできた。それは世界の負の感情を吸収し、浄化した事で得られた無限の魔力だ。

彼女の頭上には、より一層輝きを増したケテルの王冠(ケテル・クラウン)が浮かび上がり、その光は城全体を包み込む。城の呪いは解かれ、朽ち果てていた城壁には、美しい花々が咲き乱れ、天窓からは温かい陽の光が差し込んでいた。

 レイラは古城の中心で、清らかな空気に包まれ乍ら、静かに微笑んでいた。呪いは解かれ、世界は救われた。古城の窓から差し込む光を浴び乍ら、レイラは故郷にいる家族を想い、幸せそうに瞳を閉じた。


 目を開けると、レイラは何処か見覚えのある場所にいた。目の前には、白と青のコントラストが美しい、見慣れた水晶宮殿が広がっている。

「此処は……。」

 レイラは呟いた。

「白仙水晶宮(クリスタル・パレス)、私の心象世界ね。」

 レイラは自身の結界の中にいる事を理解し、安堵の息を漏らした。だが、何故此処に?レイラは心の中で、ヴァリアントに問いかける。

「ヴァリアント、一体どういう事なの?」

 レイラの問いかけに、ヴァリアントは静かに答える。

『レイラ、貴女は世界の負の感情を浄化し、その膨大な魔力を吸収なさいました。その結果、貴女の魂と肉体が一時的に不安定になったのです。私は、貴女を安定させる為に、この心象世界へと引き込みました』

 ヴァリアントの声は、何時もより少しだけ真剣みを帯びていた。

「そうだったのね。ありがとう、ヴァリアント」

 レイラは心から、感謝の言葉を述べた。ヴァリアントがいなければ、彼女の体は膨大な魔力に耐えきれず、消滅していたかもしれない。

『いえ、私の使命ですから』

 ヴァリアントはそう言って、再び静かになった。レイラは宮殿の中をゆっくりと歩き始める。床も壁も天井も全てが水晶で出来ており、光を反射して幻想的な輝きを放つ。

 宮殿の中央には、大きな玉座が置かれており、その隣には彼女の素体を収めた匣が静かに佇んでいる。レイラは玉座に腰かけ、深呼吸をした。体中に満ちた魔力は、彼女の想像を遥かに超えるものだった。

「この力……どうすればいいのかしら?」

 レイラは困惑した。彼女は元々、王冠の権能を厳しく制御していたが、この新たな力はその制御すら難しく思えた。その時――足元から柔らかな光が溢れ出し、彼女の心象世界に変化が起き始めた。

 水晶宮の壁が、少しずつ形を変えていく。それは、彼女の故郷である龍神の国の風景へと姿を変えていく。白く輝く水晶の壁には、雄大な山々が映し出され、床は清らかな湖面へと変わっていった。

「此れは……。」

 レイラは目を見開いた。彼女の心が、この世界に影響を与えている。彼女が故郷を想う気持ちが、この心象世界を創り変えているのだ。

『レイラ、貴女の力は、貴女の心に深く結びついています。心の儘に、その力を解放なさい』

 ヴァリアントが囁く。

「私の心の儘に……。」

 レイラは目を閉じ、故郷の風景を家族の笑顔を思い浮かべた。彼らが待つ場所に、早く帰りたい。その想いが、彼女の力を高めていく。レイラの頭上には、純粋な光の粒子でできた王冠が浮かび上がり、その光は、水晶宮全体を包み込んだ。そして光が収まった時、彼女の目の前には見慣れた故郷の光景が広がっていた。


 レイラは、故郷の屋敷の庭園にポツリと立っていた。彼女の目の前には、愛する夫であるグレイが立っている。グレイは、彼女が帰ってきた事に気づき、驚きと喜びが入り混じった表情で彼女を見つめていた。

「レイ……?」

 グレイは、恐る恐るレイラの名を呼んだ。

「只今戻りました、グレイ。」

 レイラは微笑み、グレイの腕の中に飛び込んだ。グレイはレイラを優しく抱き締め、彼女の頭を撫でた。

「お帰り、レイ……本当に、心配したよ。」

 グレイの声は、安堵に満ちていた。レイラはグレイの腕の中で、故郷の温かさを感じ涙を流した。

「ふふ、心配かけて御免なさい。でも、もう大丈夫ですよ」

 レイラは顔を上げ、グレイに微笑みかけた。

「ねぇ、グレイ……私、この旅で、新しい力を見つけたんです。」

「新しい力?其れは一体なんだい?」

「えぇ、この世界を救う為の、力なんですよ。」

 レイラはそう言って、呪われた剣が本来の姿を現した、光り輝く太刀をグレイに見せた。

「此れが、あの呪われた剣……か?」

グレイは驚きを隠せない。

「えぇ、厳密には此れは呪いではなく、この世界を救う為の鍵だったのです。」

 レイラは真剣な雰囲気で、今回の旅の出来事をグレイに語った。或る魔術師が、世界の負の感情を此の剣に封じ込めた事。そして其の呪いを解く為に、彼女が選ばれた事。グレイはレイラの壮絶な旅に耳を傾け、彼女の強さと優しさを改めて感じていた。

「……レイは、本当に凄い人だ。」

 グレイはレイラの頬に触れ、優しい瞳で彼女を見つめた。

「……有難う御座います、グレイ。」

 レイラはそう言って、グレイに優しくキスをした。其のキスは、彼女の感謝と愛をグレイに伝えていた。呪われた剣は、レイラの手に渡り、世界の鍵となった。そしてレイラは、愛する家族の元に帰り、新たな物語を紡ぎ始めるのだった。

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