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絶望のエラータウン

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

シオンが缶詰を平らげ、ようやく人心地ついた頃。

背後の瓦礫の山が、カサリと音を立てた。


「……誰だ! グリードか!?」


シオンは反射的に義手を構えた。だが、そこにいたのは、漆黒の天使ではなく、泥だらけのボロ布を纏った、一人の少女だった。

年の頃は八歳くらいか、まだ十歳にもなっていないだろう。

その少女は、缶詰をジッと見つめていたが、シオンを見てようやく口を開いた。

その声は弱々しく。


「……。それ、……分けて……」


少女は、今にも消え入りそうな声で、シオンが持っている空の缶詰を見つめている。 彼女の瞳は虚ろで、管理社会の市民が持つ「不自然な明るさ」とは対照的な、深い絶望と、それでも消えない生存本能の火が宿っていた。


「……お嬢ちゃん。……悪いな、これはもう空っぽだ」


シオンがそう言うと、少女は糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。

慌てて少女に駆け寄ろうとする。そしてセラが深刻そうに告げる。


『マスター、報告。彼女の生体反応が極めて微弱です。

……低栄養状態、および……。彼女の脳内で信号が暴走しています!?マスター、彼女から離れてください!!』


セラが突然、語気を強める。


「おい、どうしたんだよセラ!」


『彼女の体内から、高濃度の「ナノ・シード拒絶反応」を検知。……。これは……「お袋」が放つ精神安定信号が、彼女の脳内で『猛毒』に変換されています。……放っておけば、彼女の脳は数分で焼き切れます!』


「なんだって……!? ……クソッ、お袋の野郎、地下に逃げた奴にまで『幸せの押し売り』してんのかよ!」


シオンは迷わず、少女の元へ駆け寄り、彼女を抱き上げた。  

冷たい。あまりにも冷たい。

 

「セラ! セラフィオンに『解毒剤』とか、そういう便利機能はねえのか!」


『……。一つだけあります。……セラフィオンのコクピットに彼女を乗せ、私の人格回路を一時的に彼女のナノマシンへ流し込み、信号を上書き(オーバーライド)するのです。……ただし、これを行うと、私のバックアップデータの一部が失われるリスクがあります』


「……。……。……。やれ。……。……。俺がバーガーを奢る相手が、

減るんじゃねえぞ」


『……。あなたは本当に、救いようのない、

計算違いの塊ですね』


セラの光が、少女の身体を包み込む。  

地下の暗闇の中で、白銀の天使と飢えた少年、死にかけの少女

――三人の孤独な運命が、体温ひとつで交わった

 

少女を抱え、シオンは巨大なコンテナの迷路を抜けた。

その先に広がっていたのは、廃材を組み合わせて作られた「街」と呼ぶにはあまりに無惨な、掃き溜めのような集落だった。  

かつての地下ターミナルの中央広場には、地上から漏れ出た油や汚水が不気味な池を作り、その周囲に人々が身を寄せ合っている。


「……ここが、エラータウンの下層ロウアーか」


シオンが足を踏み入れると、暗闇の中から無数の「目」が彼を射抜いた。  

そこにいるのは、地上の「幸福な市民」とは似ても似つかぬ、痩せ衰え、肌を煤で汚した人々だった。だが、何より異様だったのは、彼らの多くが身体のどこかに「黒い痣」のような紋様を浮かび上がらせ、苦しげに喘いでいることだった。


「ニナ!!!」


その人々の中から、こちらへ駆け寄って来る人影があった。

まだ、十七・八歳の少女だった。茶色の髪を短く刈り、ゴーグルをかぶっている。

ショートパンツから伸びる足は、しなやかで引き締まっていた。

上半身にまとうベストには、何やらポケットが多く、そこからスパナやらドライバーがのぞいている。


彼女はシオンをエラータウンで助けてくれた少女。

リナ・アスカールだった。


「ニナ、あんた、そんな体でどこ行ってたの。お姉ちゃん心配したんだからね」


どうやら、缶詰少女の姉だったらしい。


「シオン!? あんたたちが、見つけて連れて来てくれたのかい?」


シオンがおぶっている缶詰少女を受け取りながら、聞いて来る。


「あたしは、この子の姉だよ。手間を取らせて悪かったね。見ての通り、礼どころじゃないんだ」


缶詰少女は、病いの身で食べ物を探しにでたらしい。リナの方には漆黒の文様は出ていなかった。


「リナ、お前この子の姉ちゃんだったのか」


『……。マスター、スキャン結果を共有します。……。予想以上に深刻です。ここにいる人々の八割以上が、ナノ・シード病の末期症状を呈しています』

 

セラのホログラムが、シオンの耳元で沈痛な声を出す。


『彼らは、管理システム「お袋」の波長に馴染めなかった「不適合者」です。……。お袋は、彼らを修正することを諦め、この場所に廃棄しました。……。そして、地上から漏れ出る微弱な電波が、彼らの体内のナノマシンを暴走させ、内側から細胞を破壊し続けているのです』


ナノ・シード。惑星レグナスの人々は生まれてまもなく、ナノ・シードと呼ばれる生体素子チップを脳に埋め込まれる。ナノテクノロジーの粋であるそれは、埋め込まれた人間の情動をコントロールする力をもち「おシステム」が発する特定の信号を受信する。

惑星レグナスの人間は感情をコントロールされているのだ。


だが、稀に、ごく稀にだがナノ・シードが正常に働かない者が存在する。

これを「おシステム」は「エラー・コード」と呼ぶ、彼らは社会から排除され「エラータウン」と呼ばれる大地下隔離エリアに送られるのだ。

そして、ニナたちが隔離されている、この場所はエラータウンの最下層ロウアーと呼ばれる最底辺の居住区らしい。配給も満足に受けられない場所だった。

次回、ついにシオンのテリヤキバーガーのレシピが役立ちます。

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