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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
最終章:テリヤキ・エンゲージ
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テリヤキ・ウェディングバーガー

【重要】明日は16:30の更新です。

結婚式当日の朝。


会場となったのは、かつて『お袋』の監視塔が

そびえ立っていた場所を見下ろす、小高い丘の上の広場だった。


今ではそこから、どこまでも続く本物の青空が見渡せる。


リナの運営するジャンク屋の裏部屋で、セラは鏡の前に立ち尽くしていた。


「……リナ。この、胸のあたりが締め付けられるような圧迫感は、

ドレスの設計ミスでしょうか。あるいは、呼吸中枢の異常……」


「それはね、セラ。……『緊張』っていう、最高に人間らしいバグなのよ」


リナは苦笑しながら、セラのドレスの背中にある

ジッパーを丁寧に引き上げた。


そのドレスは、かつて「天使装甲セラフィオン」の

一部だった白銀の装甲材を特殊加工し、

純白のシルクと組み合わせたリナ渾身の一作だった。


背中には、セラがかつて持っていた「天使の翼」を模した、

繊細なクリスタル・ガラスの装飾が施されている。


「……綺麗よ、セラ。本当に……。あの時、ボロボロのコアだったあんたを、

シオンが拾ってきて……。まさかこんな日が来るなんてね」


リナの瞳には、かつての初恋の記憶と、

目の前の親友の幸せを祝う、温かな涙が浮かんでいた。


「セラお姉様、おめでとうございます」


部屋に入ってきたのは、ネメシスとタナトス。


「ありがとう。ネメシス、タナトス」


「……はぁ。先、越されちゃいましたね」


ネメシスがため息をつく。


「次は私とマスター(グリード)の番、のはずなんですけど」


「“はず”って何よ、“はず”って」


リナが即ツッコむ。


ネメシスは不満げに頬を膨らませた。


「肝心なところで“美学がどうこう”って逃げるんですよ。

ほんっと、めんどくさいんです」


「うわ、それはダメなやつ」


リナが腕を組んでうなずく。


「今度あたしが言ってやるわ。女待たせる男は論外ってね」


「ぜひお願いします」


ネメシスが即答する。


「で、タナトスは? いい人いないの?」


「私は……いいわ」


そっけなく返すタナトス。


「この子、ファザコンなのよ」


ネメシスがすかさず暴露した。


「カイザーみたいな年上じゃないと無理らしくて」


「そんなことないわ。……多分」


「ほら、重症」


リナが呆れたように天を仰ぐ。


――そこで。


「……なるほど。タナトスのパートナー選定条件は、年齢と戦闘能力に偏重している、と」


セラが真顔で分析する。


「ちょっと、違うわよそれ!」


タナトスが即座に否定した。


「え、違うの?」


「違わないでしょ」


ネメシスとリナが同時に頷く。


セラは一瞬だけ考え込み、


「……では結論として、重症ですね」


「だから違うってば!」


タナトスの抗議もむなしく、部屋には遠慮のない笑い声が広がった。

 

一方、新郎のシオンは、式が始まる直前までキッチンカーの中にいた。


「おい、シオン! 新郎が何やってんだよ!早く着替えろ!」


乱入してきたグリードが、純白のタキシードを抱えて叫ぶ。


「うるせえ! 誓いのキスの前に、最高の『テリヤキ・ウェディングバーガー』を

完成させなきゃならねぇんだ!これが俺たちの……結婚指輪代わりなんだよ!」


「同じ味は二度と作れねぇ。火加減も、気分も、全部違うからな。


……でも、それでいいんだよ。不揃いで、不完全で――だから旨い」


シオンの義手が、精密な動きで特製ソースを煮詰めていく。


醤油と黒糖、そして秘密のスパイスが混ざり合った、

琥珀色の芳醇な香りが広場全体に漂い、参列者たちの胃袋を激しく揺さぶり始めた。


「……フン。相変わらず野蛮な男だ。だが……」


グリードは眼鏡を拭い、手帳に新たな詩を書き留めた。


「『焦げたソースは愛の証。鉄板の熱は、冷めた世界を焼き尽くす……』。

悪くない。実に、私好みの不純さだ」


ついに鐘が鳴り響いた。


参列したのは、地下居住区を共に生き抜いたジャンク屋の仲間たち。


そして新生レグナスの市民たち。


シオンが祭壇で待つ中、ゆっくりとセラが姿を現した。


本物の太陽の光を浴びて、彼女のドレスと銀色の髪が、

この世のものとは思えないほど美しく輝く。


『……シオン。……。……今の私は、エラーを起こしていませんか?』


セラは、シオンの前に立つと、少しだけ震える声で尋ねた。


「ああ、エラーだらけだ。

……世界で一番、最高に可愛いエラーだよ」


シオンはセラの人間らしい、温かな手をしっかりと握りしめた。


誓いの言葉が交わされようとしたその瞬間。


「待てい! この記念すべき瞬間に、さらなる芸術を添えてやる!」


グリードが叫ぶと同時に、彼が事前に仕掛けておいた

「全自動ポエム噴霧装置」が作動。


空一面に、ホログラムのポエムが花火のように打ち上がった。


「……あいつ、やっぱり余計なことを!!」


爆笑と混乱に包まれる式場。


だが、


そのカオスこそが、管理社会では決して生まれ得なかった「自由」の証だった。


笑い声の中で、シオンは用意していたバーガーを

半分に割り、セラに差し出した。


「なあセラ。テリヤキバーガーはな――人間を壊すんだよ」


一拍。


「……でもな。壊れたあとに残るもんの方が、ずっと大事なんだ」


沈黙。


「セラ。俺は誓う。一生、お前のために旨いもんを作ってやる。

……お前の『美味しい』を、俺が全部守ってやるよ」


「なあ、セラ。テリヤキってさ。

……ちょっと焦げてるくらいが、一番うまいんだよ」


一拍。


「完璧じゃないから、いいんだ」


「……はい」


「……だから俺は、お前の“そのまま”が好きだ」


セラは、その琥珀色のソースがついたバーガーを、愛おしそうに受け取った。


「……はい。……私も、誓います。

あなたのその『不合理な優しさ』を、私が永遠に演算……いいえ、愛し続けることを」


「なあ、セラ。俺ってさ――まだ“マスター・テリヤキ”か?」


セラは、ほんの一瞬だけ考えて、


「……はい」


一拍。


「ですが、定義を更新します」


「“最も人間らしい選択をする者”――です」


二人は同時に、その「幸せの塊」を頬張った。

口の中に広がる、甘くて、辛くて、少しだけ焦げた、人生の味。


――同時刻。


かつて世界を支配していた管理システムは、

その記録の片隅で、こう結論づけていた。


『警告。“味覚”の逸脱を確認。……概念汚染レベル、測定不能』


だが、その異常は――


もう、誰にも止められなかった。


——だがその光景を、

誰にも知られない軌道上から“観測”している存在があった。

次回、最終回です。


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