テリヤキバーガーと美味しい取引~リナとの出会い~
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
「……死ぬかと思った。……というか、ここ、どこだよ」
『旧・大深度地下物流ターミナル、今は使われていない三〇〇年前の施設です』
「何とか逃げ切ったのか?セラ?」
『当面は……。見つかるのは時間の問題でしょうが………』
セラフィオンはその巨躰を無数のコンテナの中に沈めている。コンテナがクッション代わりになったらしい。シオンはセラフィオンを動かそうとした。が、反応がない。動けと何度、念じても指先一つ動かせない。
――動かない。
そして、空腹だけが、はっきりと生きていた。
「セラ、どうした。セラフィオンの躰が動かないぞ」
『マスター、朗報と地獄があります。どちらを先に聞きたいですか?私としては地獄推しですけど……』
「なら、地獄に決まっているだろうが!なんだよ、地獄って?」
『では遠慮なく。先ほどの衝撃で私の本体のセントラルコアが破損したようです。ホログラム体も展開出来ないようですね。これは計算外でした。三〇〇年分の未整備が、ここでツケとして来ましたね』
「なに!動けなくなっちまったのかっ?ポエム野郎が来たらどうすんだよ!!」
『そこは朗報です。敵は退却したようです。おそらく態勢を整えてから再度こちらに出向く気でしょう。私の演算では三日ほどかけて、袋のネズミにする気です』
「セントラルコアの故障はその間に直るのか?」
『無理ですね。専門の技術者が必要です』
「こんな所に技術者がいる訳ないだろ!どうすんだ!!」
『そこで相談です』
シオンはセラの相談に乗った。乗るしかなかった。セラフィオンを置いて一人で逃げることも考えたが、シオンにはそれがどうしても出来なかった。それで、こんな所に来ていた。
失敗作の楽園「エラータウン」。システム(お袋)の影響が比較的少ないそこは、情動が、普通の市民よりも「強すぎた」者たちが集まって作られた街だった。
シオンも噂だけは知っていたが、実際に来たのは初めてだった。
「しかし、腹がへったなあ。」
シオンの懐の中には、セラのセントラルコアが入っていた。
セラから託されたそれをシオンは大事に抱えていた。
「町工場で十分だって言ってたなぁ」
シオンは途方に暮れて、空を見上げた。
空。
そう、ここにも作り物の空がある。エラータウンは地下数百メートルに作られた。
人工の街だ。その地下にもホログラムの空が虚ろな青を映し出していた。
「くそ!ここも胸くそ悪いぜ!」
近くのゴミ箱を蹴りつける。それを警備中の開発局員が見とがめた。
「おい、お前何をしている!」
ヤバイ。そう思ったシオンは逃げ出した。
それを見た開発局員が追いかける。
何度目かの角を曲がった時だった。シオンの目の前に小型ドローンが待ち伏せていた。
捕獲ネットを打ち出すドローン。失敗すれば、そのまま「回収」される。シオンは間一髪でそれをさけるが、勢い余って近くの工房裏に飛び込んでしまった。
ドンガラ、ガッシャン!!
「……痛てて……。クソ、開発局の連中め、あんなところに新型のトラップ仕掛けやがって……」
シオンはそのまま工房裏に転がりこんでいた。
「どこに行った」通りの向こうからは、開発局員の怒声が聞こえる。
その声をやり過ごしていると、急にシオンは襟首を掴み上げられた。
振り向くと、ゴーグルを額にずらした、油汚れの残る茶髪の少女が睨みつけていた。
「ちょっとあんた、人の店のゴミ箱を何だと思ってるのよ。修理代、高くつくわよ」
シオンは慌てて、
「……へへ、悪りぃ。……それよりよ、姉ちゃん……。この近くに、いい匂いのする店、ねぇかな……」
シオンの腹が、ギュルルルルと雷のような音を立てて鳴った。
少女はその音を聴くと呆れたように。
「……あんた、名前は?」
「シオン。……シオン・グレイス。……腹が減りすぎて、もうテリヤキバーガーの幻覚が見えそうだ……」
少女は鼻で笑い、家の中へ一旦戻ると一缶の備蓄食糧を持って戻ってきた。
「テリヤキバーガーなんて知らないけど……。死なない程度の栄養なら、分けてあげるわよ」
少女はシオンを家に入れ、缶詰を食べ終わるのを待ってから、話しを聞いてくれた。
「あたしはリナ。リナ・アスカール。でアンタ何やらかしたの?」
シオンは不思議と何のごまかしも行わず、正直にすべてを話した。
セラのセントラルコアを見せると、リナの眼付きが変わった。
「あんた、これ旧時代の技術じゃないの!!こんな所でお目にかかれるとは思わなかったわ!!」
「直せるのか?」
「エラータウン随一のジャンク屋の腕を舐めないでよね!」
リナなら一日もあれば直せるらしい。
その顔は自信に満ち溢れていた。ナノテクノロジーは「お袋」の専売特許だが、町工場でもナノマシンの修理ぐらいは行われるらしい。
「その、……金が無いんだが……」
「じぁあ、あんたが言う『テリヤキバーガー』でいいわ。それをあたしに食べさせなさい」
「ああ、約束だ。美味くて甘辛い醬油とマヨネーズたっぷりのテリヤキバーガーを食わしてやるよ!」
シオンは大事なテリヤキバーガーのレシピをヒラヒラと見せながら請け負った。
リナはジャンク屋のアスカール商会を一人で切り盛りしているらしい。
本人談だがエラータウンでもかなり有名なようだった。
こうして、まだ見ぬテリヤキバーガーとセントラルコアの修理の取引は成立したのだった。
そのとき、シオンの腹が、はっきりと鳴った。
それは警報よりも、ずっと嫌な音だった。
次回、続きます。




