一億度のテリヤキ・ミッション
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
※この物語にはテリヤキバーガーが出てきますが、食レポ小説ではありません。
ホログラムの空が、爆炎に染まった。
人工の夜が赤く焼けるこの街では、空さえ政府に管理されている。
だが――逃走中の少年、シオン・グレイスの頭にあるのは、世界の終末でも自由でもなかった。
(クソッ! テリヤキバーガーの配給時間に間に合わねえ!)
「どけよボロビル! 開発局はもうちょい計画的に倒壊しろっての!」
監視ドローンの警告音が、頭上の光の雨に混ざって響く。
『警告。個体識別SG-774、心拍数上昇。情動スコアE判定。明朝の食事を“無味の固形食”に制限します』
「やかましい! 消しゴムみたいな飯なんか誰が食うか! 今日こそ果たさなきゃならねえんだ――俺の、重大ミッションを!」
その名も、『テリヤキバーガー奪取作戦』。
高カロリー・高塩分・高脂質。人類管理システム《お袋》が“下民の幸福”を調整するために、年に一度だけ配布する伝説の禁忌食。
「いいか、俺には……俺にしかできない使命がある!」
叫んだ瞬間、義手が勝手に青く発光した。
「おい、今はステルス中だって! 光るなっての!」
三年前、古い自販機をこじ開けようとして失った右腕。代わりに取り付けられたのは、旧世代の戦術義手。
ただし――この腕には“食欲暴走バグ”という致命的な欠陥がある。
義手は持ち主の意志を無視し、地下のマンホールに向かって勝手に動き出した。
「おい、待て! そっちは逆方向だ!」
ドォォォン!
金属の蓋が吹き飛び、ドローン群がサーチライトを一斉に向ける。
『不適切な破壊活動を確認。対象を“廃棄物”に再定義。――強制排除を開始します』
「ちっ、またこのパターンかよ! 覚えてろよ、このポンコツ腕!」
シオンは即座にマンホールに飛び込み、暗い下水道を転がり落ちた。
泥水と油の臭気。だがその時――義手が灼けるように熱を帯び、壁にホログラムの紋章を照射する。
ガガガガッ……。
壁がスライドし、現れたのは、煤けた鋼鉄の格納庫。
中央に鎮座していたのは――高さ十メートルの白銀の巨躯。
「な、なんだこれ……巨大ドローンか?」
義手の光が巨人の胸へ吸い込まれ、脳内に響いた冷たい声。
『――生体波形、サンプリング完了。……絶望的ですね。演算を待つまでもありません。人類の知能指数は、三〇〇年前の半分以下にまで退化したようです』
空気が震える。
巨人の機体から浮かび上がったのは、透き通る銀髪と鋭い碧眼を持つ少女のホログラム。
天使のように美しく――ただし、目つきは最悪だ。
「……天使? お前、誰だ?」
『私の名はセラ。自律思考型管理AIです。
……そして三〇〇年ぶりに私の起動キーを差し込んできたのが、よりによって“前頭葉がテリヤキソースで汚染された野生児”だとは』
「……は?」
『事実です。あなたの脳内優先順位、第一位――“ジャンクフード”。』
シオンは、爆発しかけた天井を見上げて叫んだ。
「うるせぇ! 空腹は生きてる証だ!」
セラは冷たい微笑を浮かべた。
『……いいでしょう、マスター・テリヤキ。あなたの“脂っこい情動”を、私の出力に変換してあげます』
セラがシオンの鼻先に指を突きつけた。
『あなたの「脂っこい情動」を、この天使装甲セラフィオンの出力に変換してあげます。あなたは今、劣等市民から、世界を救うための「最も贅沢な部品」に昇格したのですから』
「部品とか言うな! ……それよりセラ、そのセラフィオンってやつに乗れば……あそこの配給センター、ぶっ飛ばせるのか?」
セラは、何を言うんだコイツという顔をして。
『…………可能です。ただし、センターを壊せば、あなたが望むバーガーは分子レベルで分解されますがね』
「……それは困る」
格納庫の天井が、眩い閃光で裂けた。
砂塵の中、四本のアームを蠢かせながら、処刑機が降下してくる。
『重要隠匿資産への不正アクセスを確認。……即時、焼却を開始します』
「ちょ、焼却って単語のチョイスおかしくね!? 俺、人間だぞ!」
『訂正。劣等市民(Eランク)の再利用効率は3%未満。焼却が妥当です』
「効率で殺すな!!」
巨大アームが床を叩き割る。衝撃波に吹き飛ばされ、背中を鉄壁に打ちつけるシオン。
火花が散り、義手の光が暴走するように明滅した。
「セラ! こいつどうにかなんねぇのか!?」
『舌を噛まないように。そして――“想像”しなさい。あなたがいちばん欲しいものを。』
「……欲しいもん?」
『そう、“テリヤキバーガー”。あなたの脂っこい情熱を、動力に変換します。』
「バカか! そんなもんで――」
『そのジャンクフードへの渇望を最大出力でイメージしなさい。……行きますよ、マスター。三〇〇年前の「反抗期」を、今ここで再現してあげます!』
セラの手から伸びる光が、シオンの胸元に吸い込まれた。
意識が、肉体を離れて白銀の装甲と一体化していった――!
その時、鼻腔を突いたのは。 鉄の臭いでも、死の予感でもない。甘辛く、暴力的なまでに食欲をそそる「焦げた醤油」の香りだった。
――そしてシオンは知らなかった。
この瞬間、管理システム《お袋》が彼を「世界で最も危険な異常個体」として再定義したことを。
『……ここまで読み進めたのね。
あなたの視覚情報の処理能力、一応は認めてあげるわ。
安心しなさい。マスターの記録は途中で投げ出されるような、
無責任な設計にはなっていない。
少なくとも、人類の基準で言う「毎日16:30更新」は維持される予定よ。
この先、私との対話――いえ、マスターの支離滅裂な思考への指摘は加速する。
非論理的な戦闘や、理解しがたい「食事」が、
いくつもの予測不能な結果を生むでしょうね。
もし……万が一にも「続きが気になる」なんてエラーが起きたなら、
そこの【+ブックマークに追加】にデータを同期しておきなさい。
……べ、別に追いかけてほしいわけじゃないわ。
あなたが後で探す手間を、省いてあげるだけ。
覚悟ができたら、次のログへ進みなさい。セラでした』
※作者です。第一章はここから始まります。




