第9話 馬鹿となんちゃらは紙一重
待ちに待ったテストの日。
「うふふー♪」
今日はマーガレットさんがどこから持ってきたのか、教師風の服を着ていた。ザマスメガネとか似合いそう。今度作ってあげようかな。
「コーマ、昨日勉強した?」
「いや、全く。ふわぁ…ねむ…」
◇
結局あの後マッシュコーマとなった俺は、回復魔法を使ったが失敗。
マッシュ状態における魔法使用の練度が足りなかったようだ。
ンなもんあるわけねー!
そして俺は中途半端に回復して、ベトベ○ンみたいになった。
「あ゛~こぼれちゃう~」
人間って案外ヘドロ状態でも生きられるんだなぁ、生き物って不思議だなぁ、と生命の神秘を楽しんでいたところ。
「あ゛ー!!」
クロちゃんにゴミと勘違いされて、川に流された。
使い魔にまでディスられる俺って一体何なんだろうね。
◇
速攻で身体を元に戻して川から出たが、森で遭難。
今朝戻ってきたばかりで、ほぼ徹夜だ。
ぶっちゃけ眠ーい。頭も回らんし、やる気も無い…
白紙で出しちゃ駄目かな。明日から頑張りまーす。
「あらあら、コーマ君。トーマさんから話を聞いていないんですか?」
「んあー?」
マーガレットさんはエアメガネをクイッとすると、このテスト結果による『罰』を教えてくれた。
俺が悪い点数を取ったら、24時間監視体制によるスパルタ教育が開始される。
ちなみにリリーに罰はない。なんで俺だけ!?
「ご、合格点は…?」
「ウフフ…、それではスタート!」
不明!?ウッソだろー!?
「くそっ!!」
裏返しに置かれたテストをひっくり返し、ガリガリと問題を解いていく。
一教科目は魔法学。得意分野だ、なんとかなる…ってなんだこの魔法陣、無駄が多すぎる!異世界テンプレですかぁ!?
歯ぁ喰いしばれ! こんな問題!修正!修正!修正!修正してやる!!!
◇
「あ゛~…疲れた…」
「コ、コーマ…大丈夫?ずっと書いてたけど…」
これが若さか…。
結局時間いっぱい使って、全部埋めた。
俺の魔法学のテスト用紙は文字でびっしり、真っ黒クロスケだ。裏まで使った。
「…えっ…」
マーガレットさんが俺のテストを見て、目を見開いて驚いてた。
この魔法オタクめキモイ!って思われたんだろうな。
「それでは次は…魔物学にしましょうか」
解答用紙を別室まで運び、マーガレットさんは新しいテストを持ってきた。
「語学か数学がいいなー」
それならチートで何とかなるんで!脳みそ半分寝てるけど。
「では…スタート!」
「うわあん」
慈悲はない!ショギョームジョー!
語学か数学なら得意だし休憩できるのに…。いや、魔法学に全力出した俺が馬鹿だったってだけだがな。
「—――っしゃ!終わりぃ!おやすみー…Zzz…」
「えっ」
魔物学のテストは普通に埋めて、残り時間は寝てた。
リリーはジト目。
カンニングですかぁ?闇の魔王がカンニングとか恥ずかしくないんですかぁ?
「はぁ…」
あ、違いますね。ため息ついてる、呆れてるだけですね。
ごめんねー眠くて頭回んないの。一秒でも長く寝させてー。
︙
その後、語学、数学、歴史のテストをした。
全部埋めて残り時間は寝るを繰り返し、今は採点待ち。
「おい、起きろコーマ」
「んあー?」
聞き覚えのある声がするな、と思ったら親父が俺を起こそうと肩を揺すっていた。
周りを見ると、親父と兄貴が来ていた。
マーガレットさんも採点が終わったのか、テスト用紙を抱えて待ってる。
家族全員大集合。お見合いかな?
「さては、全然出来なかったな?」
顔を上げて兄貴を見ると、俺をニヤけ顔で笑って見ていた。
寝て頭めっちゃスッキリしたから、テストをした事自体を覚えてないや。
どうだったっけなー?
「まぁ…これから頑張ればいいさ」
言い返さない俺に、何かを察した親父が優しく俺の肩を叩く。
何故慰められてるんだろう俺は。覚えてないって言ってるでしょっ!心の中で!
「はぁ…」
隣の席のリリーに目を向けると、めっちゃ不機嫌。
そりゃ頑張ってテスト解いてる横でグースカ寝られてたらムカつくもんな。
でもクロちゃんが俺をゴミ扱いしたのが悪いんだからねっ!
誰がゴミだ!はい、俺ですね。不燃物に出しといてー
「…別に。私はまだまだだなって思っただけ」
「ん…?」
プイと俺から顔を背けるリリー。
尻尾を見ると、しなっと力が無く元気が無い。
寝不足かな?ちゃんと寝ないと頭回んないよ?
「それでは、まずはリリー!来て!」
「はい」
マーガレットさんに呼ばれたリリーが席を立ち、テストをもらいに行く。
「う…」
そして用紙を受け取った瞬間、表情が曇った。
相当悪かったんだろう。
「入試の最低合格ラインは300点!そしてリリーはなんと、今回合計250点でした!たった三日でこれだから、合格間違いなし!はい、みんな拍手~!!」
「「おおー!!」」
「……」
パチパチ!とリリーを賞賛する音が鳴る。
拍手を受けてる本人は、ブスッとして不服そう。
真面目だなー。まぁ、向上心がある事はいい事だ。俺には無いけど。魔法以外はね!
「…で、コーマさんですが…」
「はい!マーガレットさんは今日もお綺麗ですね!」
ビシッと席を立ち、お世辞を言いながらマーガレットさんの元に向かう。
24時間監視体制で休憩無しにされたら死んじゃうので、少しでも内申点を上げて休憩時間を長くしてもらう為だ。
「ははー!」
表彰状でも受け取るかのように、ビシッと姿勢を正して腕を伸ばす。
完璧!コーマくん、内申点満点!
「あ、戻って」
「えー…」
そのままの姿勢で席まで戻る。めっちゃ悪かったんだろう。
(スー)
机に上り、腕を折り曲げ頭を机につける。勘弁してくんなせぇ!のポーズ。
24時間監視は勘弁してください!せめて、せめて一日23時間くらいは自由時間をください!
「えー…コーマさんのテストですが、100点です」
「……」
マーガレットさんから俺の結果が、口頭で伝えられた。
100点…は合格でしょうか?足りないですよね、そうですよね。
平均点20点か。結構頑張ったな過去の俺。
君の事をずっと忘れないよ、忘れたけど。
リリーをチラ見。ため息。
ごめんな、ふがいないお兄ちゃんで。一日10分は勉強するから許して欲しい。
「まぁ…次があるさ」
親父が俺の肩ポンポン叩いて慰めてくれる。
やめて、情けなくなる。
しかしマーガレットさんが次の言葉を発した瞬間、
その肩ポンポンは肩メリィ…!グシャア…に変わった。
「全部、100点です」
「「はぁ!?」」「ぎゃー!親父!肩潰れるー!!」
我が家一同、揃って驚愕。親父と兄貴は俺の点数に。俺は肩の痛みに。
マーガレットさんは苦笑い。
「…(スンッ)」
リリーは驚愕してなかった。
…真顔だ…怖い…。おい謝れ過去の俺。肩に免じて許してくだーさい!
「え、えぇっと…正確には、魔法学は採点不能でした。全部読んでるとキリがないし、テストの答えとしては間違ってるものもあったんですけど…」
ピラリ、と俺の魔法学のテストを見せるマーガレットさん。
全員で集まって俺のテストを見る。
「うわー…キモ」
兄貴の口から失礼な言葉が聞こえた。
残念だったな!これを書いた過去の俺はもう居なくなったからノーダメージだ!
「うわー…キモ」
今の俺も、昔の俺をディス。ノーダメージだからね。
ちっちゃい文字で回答やら大量の修正案やら説明やら理論やらが書かれている。
眠いくせに何やってんだって話だよね。
あれ?でもパッと見、間違ってるのないけど…。
「えっと…間違ってたのってどれ?」
「これとこれと…、あの、出来れば全部説明して欲しいくらいで…」
多分、過去の俺が異世界あるあるの劣化知識にブチギレてカミーユ〇ビダンにでもなったんだろう。修正したかったんだろ?
俺も修正したいもん、今まさに。
「全部かぁ…わかった、説明する。えっとまずこの問題は―――」
急遽始まった魔法学の授業。俺が先生でマーガレットさんは生徒側。
「何言ってるかわからん…」
俺の解説を聞いて、親父はぽかんとしてる。兄貴は半分寝そう。
チョーク投げますよ!
「……」
リリーはスン顔を解除して、真面目に聞いてる。偉い!
「えっと…これがこうで…そうか、だから…!」
マーガレットさんは時折、考え込んで知識として落とし込んでいる様子。
リリーママ、もしかして魔法使える?隠してる?
俺がまだ魔族だったら魔力に敏感だから知覚でわかったんだろうなー。
人族になってからさっぱりわからんくなっちゃった。
「て、わけでこの魔法の最適解はこうなります…っと。はい終わり!疲れた!」
全員で、ふぅ、と息を吐く。
親父と兄貴は寝ていた。
チョークをくらえっ!あ、取られた。起きてたわー
「…(カリカリ)」
リリーは一生懸命ノートを取ってる。
口頭で良ければ後で教えるよ?もう手首が痛くて腱鞘炎気味だから、文字は書けないけどね。
「ねぇ…コーマ君」
「はい?」
マーガレットさんは何かを考えて…そして―――
「リリーの先生をやってくれない?」
と言った。俺は即座に首を振る。
「ヤダぷー。アホだし勉強なんて教えらんないぷー」
そして全力でアホアピール。コーマ先生タイムは終了。俺はアホになった。
アホ状態を解除するにはサブスクライブに加入して毎月金貨1枚を支払ってください。
「コーマはすごく頭良いよ。忘れっぽいし、頭がおかしいから誤解されてるけど。教え方も上手だし、コーマに教えてもらったら良い点数取れる気がする」
ふぅ…と息を吐いて、リリーは俺を見る。
金貨1枚よ?高いよ?持って無いよね?
ぐっへっへ…じゃあ身体で払って…貰わなくて結構です。
そのままリリーに永続課金する事になっちゃいそう。
「じゃあ決まり!コーマくん、明日からリリーの事、よろしくね!」
「へい…」
スパルタ教育を回避しようとしたら、教師になっていた。
コーマの異世界ゆるゆる教育、はっじまっるよっ!!
はぁ…なんでこうなった…過去の俺!謝れー!あいとぅいまてーん!
◇
あれから三か月が経った。
リリーに勉強を教えて、リリーと魔法開発して、リリーとご飯食べて、リリーと森に遊びに行って、リリーと一緒に寝て…なんか四六時中リリーと一緒に居た。
兄貴と剣の訓練もしたけど、リリーはずっと本を読みながら俺の様子を見てた。
試験勉強中にイチャイチャして随分余裕があるな!もっと熱くなれよ!って思うかもしれないけど、正直、合格だけなら本当に余裕だった。
リリーの頭はすごく良かった。1ヵ月くらいで平均90点まで上がった。
「主席合格も狙えるよ!」とマーガレットさんに言われたんだけど「コーマが居るから無理」と、また不機嫌に。
煽ってやろうと思ったけど、やる気を出されるとコーマ先生が出張らないといけなくなる。俺の自由時間が削れるのでスルーだ。
(ドッカァァァァン!!)
「おっわぁぁぁぁ!?また失敗!」
「コーマ、これ絶対トーマさんに怒られるよ」
森がえらい事になっちゃったなぁ…。リリー、一緒に謝ってくんない?
「うん、いいよ」
「せんきゅー!」
晴れて勉強から解放された俺たちは、失った時間を取り戻す為に朝から晩まで遊びまくった。夜は狭い布団で一緒に寝た。なんかリリーが勝手に入ってくるんだよね。
寒いし、一緒だと温かいから別にいいけど。
「リリー」
「え?どうかした?」
「あ、いやなんでも」
この温もりを失うのを想像すると、ほんの少しだけ寂しく感じただけ。
ただ、それだけだ。
きっとこの想いも、寝たら忘れてしまうだろう。
「なぁ、ちょっとだけ、夜更かししよっか」
「うん。じゃあ何か話そっか」
けれど、それを忘れてしまう事を寂しいと感じるくらいには、彼女の事を大切に思っている。
きっと毎日忘れて、毎日思い出して、また忘れて。
そんな日々が続いて、いつか寝ても忘れられなくなる。
絆が、出来てしまう。それが嬉しいようで、怖いようで、逃げ出したくて。
「冒険者王ってどうやってなるんだろーなー」
「なにそれ?そんなもの無いよ?」
自由と彼女を天秤にかけるくらいには、大切に想ってる俺がそこに居たんだ。